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2章
2-31 こいつらは見逃せよ
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彼女は妖艶に微笑み、ゆっくりと首を傾げる。
「金髪君は、その人が大切?」
彼女の視線は、血まみれのフルゲンスさんを抱きかかえるベルさんに向けられていた。
ベルさんがコクリと頷けは、彼女は「良いわ」と、微笑みながら続ける。
「貴方が彼を運ぶのなら、彼に関しては見逃してあげる」
見逃す? 何故?
「もう、そっちのお姫様をおびき寄せる、っていう目的も果たしたし、ね」
彼女は、フィラさんを指差した。なるほど、目的はこっちだったか。
とはいえ、あまりにもずさんな計画だ。
本来であればもう終業時間であった。フィラさんが「謝る!」と騒ぐとも、フルゲンスさんがテロペアさんの店に行くと言う確証も無かった。
不確定要素に頼った計画は、まるで何種類か計画を用意しておき、何者かによって伝えられた情報によって選択していたように見える。
いや、まだるっこしい言い方はいらない。彼女達には、精術師の仲間がいて、精霊によってもたらされる情報を使って計画しているのではないだろうか。
ただ、目的の相手が分かっても、目的自体は分からないままというのが何とも……。そもそも精術師と手を組んでいる事は、テロペアさんの話からほぼ確定していた。
「……つまらない。誰かに愛される人を、生きて帰すなんて」
「誰にも愛されない人なんて、居ないわよ」
「居るわ。少なくとも、ここに一人」
「……本当、馬鹿な子」
二人の掛け合いは、まるで本物の姉妹のようだ。思春期を拗らせている反抗期の妹と、それを受け止めている姉のように見えるのだ。
ある意味では「普通」。だからこそ、本当に理由が分からない。
フルゲンスさんを誘い出し、ナイフで腹を刺し、フィラさんを狙っている理由が。
「見逃してはあげるけれど、その明かりは置いて行ってね。これが条件よ」
「な、何でそんな事言うんだよ! ベルは――」
「暗所恐怖症、でしょ?」
クルトさんが吠えるも、アマリネさんは微笑んだまま続ける。
「だから、よ。簡単に戻られて応援でも呼ばれたら困るの。分かるでしょう?」
クルトさんはベルさんを心配そうに見た。
「それと、あたしが見逃すのは、あの二人だけよ」
「……別に、そこの小さいのも見逃してもいいんじゃない」
「駄目よ。彼にも役割があるんだから」
「小さくねーよ!」
クルトさんにも役割がある?
フルゲンスさんは餌、フィラさんは狙い。では、クルトさんの役割、とは?
彼女達のシナリオは、一体どうなっているのだろうか。
「金髪君……いいえ、ベル君。どうする? ここに三人を置いて暗闇の中をこの怪我をしているお友達と一緒に歩くか、ここでナイフに突き刺されて苦しむお友達を放置して、あたし達と戦うか。尤も、戦えたら、だけれども。貴方に選ばせてあげるわ」
アマリネさんはクルトさんの「小さくねーよ」を無視して、ベルさんに優しく問いかけた。
「あたし個人の意見としては、早めにお友達のルース君を病院にでも連れて行ってあげる事をオススメするわ」
ただし、灯りを返すつもりはないが。
俺は口を挟まずに、成り行きを見守る。
「女の細腕……それも、ビスの力だからそう強くはないけれど、ナイフが何度も突き刺さってるんですもの」
ベルさんは静かに俯いたまま。俺はどう動くべきかをじっと見定める。
ここで変な動きをして、こちらにとって不利な状況になるのは避けたい。まして、彼女達からはおおよそ殺気と呼べるものは無く、ベルさんの件に関しては裏があるようには思えないのだから。
「だー! もう! ベル、しっかりしろ!」
クルトさんが大きな声を出すと、ベルさんの肩が揺れる。やはり夜は、彼にとって辛い時間だ。
「ルースと一緒に逃げろ!」
「でっ、でも……でも……」
「でも、じゃない!」
クルトさんは、震えながらも動けないでいるベルさんを元気づけるように、ニカっと笑う。
「オ、オレは……オレはどっちかっていうと弱い方っていうか、なんか、レベルで言えば中間、くらいのアレなんだから、お前が……お前が、ルースと一緒に助けを呼んできてくれ!」
言葉は残念だが、彼の気持ちは伝わった。ベルさんはやがて、「……わ、か……った」と小さな声を上げて、頷いた。
「これでいいだろ。ちゃんと、こいつらは見逃せよ」
「いいわ」
クルトさんがビシっとアマリネさんを指差すと、彼女はゆっくりと頷き、スカートの下のガーターベルトに挟んでいた魔陣符を取り出す。
魔陣符を持っている可能性は考えていたが、まさかあんな……取ると下着が見える場所に隠しているとは。こんな状況でなければ視線を外したかったが、仕方がない。
というよりも、この状況で俺が彼女に配慮する必要はない、か。
「ジギタリスさん、もしもこの二人がいなくなる隙をついて何かしようとお考えなら、止めた方がいいわよ」
彼女は魔陣符を俺に向けている。アマリネさんからしても、この場で厄介なのは俺しかいない、とでも言うような態度だ。
このタイミングで、後ろでも人が動いた気配がする。ビデンスさんも魔陣符を取りだしたのだろうか。
「あなたが動いた瞬間、あたしはコレを発動させる。ほぼ同時に、あなたの後ろのビスも、ね」
「……意図は、伝わりました」
「ふふっ、それは何よりだわ」
なるほど、俺の想像は当たっていたらしい。今、アマリネさんとビデンスさんに、魔陣符で挟まれている。
俺はチラリとフィラさんを覗き見たが、彼女はぽかんと口を開けていた。
狙われているのはフィラさんなのだが……分かっているのだろうか。
「……ジス先輩……オレっ……」
フルゲンスさんが、力を振り絞るかの様にゆっくりと身を起こす。
ジス先輩、か。一応信頼の表れ、と捉えてもいいだろうか。
「いいから行って下さい。立てますか?」
「オレ、一時的にっ、体力の消耗が激しくなる魔法……かけられた、っぽい、ッス」
俺の問いには答えず、彼は現状を簡潔に伝えた。
なるほど、そういう理由で起き上がれなかったのか。と、なれば、彼自身は自らを少しずつでも回復させる魔法でも使っていたのかもしれない。
フルゲンスさんは身体に力を入れ、ぎこちなく立ち上がった。力が入った事により、刺された脇腹からはボタボタと血が零れた。
「ルース、ルース、大丈っ……大丈夫か?」
「ベル、大丈夫……ッス」
ぐらりと傾いだ身体を、ベルさんが慌てて支える。
「ジス先輩、気を付けて、ほしい……ッス」
「わかりました」
この場を預けてもいいと、そう思って貰えただろうか?
彼は怪我をしているが、まるで憑き物が落ちたような顔つきになっていた。
「……ルースも、しっかり気を付けて。管理官として、友人として、ベルさんをお願いします」
「ッス!」
信頼に応えるのなら、と、俺はフルゲンスさんをルースと呼ぶと、彼は僅かに頷いた。
俺はフルゲンスさんの……ルースの上司として、この場を出来るだけ早く切り抜け、彼らに合流しよう。ベルさんに明かりを渡す為にも、だ。
「クルト、ベルを、任せてもらっても、いいッスか……?」
「おう、頼む! んで、ベル。お前もルースのこと、頼んだぞ」
「……わ、わかった」
クルトさんは、こういった場ではムードメーカーなのだろうか。模擬戦では分からなかった一面が、心強く感じた。とはいえ、どこまで彼に任せられるかは……まだ計りかねているが。
「金髪君は、その人が大切?」
彼女の視線は、血まみれのフルゲンスさんを抱きかかえるベルさんに向けられていた。
ベルさんがコクリと頷けは、彼女は「良いわ」と、微笑みながら続ける。
「貴方が彼を運ぶのなら、彼に関しては見逃してあげる」
見逃す? 何故?
「もう、そっちのお姫様をおびき寄せる、っていう目的も果たしたし、ね」
彼女は、フィラさんを指差した。なるほど、目的はこっちだったか。
とはいえ、あまりにもずさんな計画だ。
本来であればもう終業時間であった。フィラさんが「謝る!」と騒ぐとも、フルゲンスさんがテロペアさんの店に行くと言う確証も無かった。
不確定要素に頼った計画は、まるで何種類か計画を用意しておき、何者かによって伝えられた情報によって選択していたように見える。
いや、まだるっこしい言い方はいらない。彼女達には、精術師の仲間がいて、精霊によってもたらされる情報を使って計画しているのではないだろうか。
ただ、目的の相手が分かっても、目的自体は分からないままというのが何とも……。そもそも精術師と手を組んでいる事は、テロペアさんの話からほぼ確定していた。
「……つまらない。誰かに愛される人を、生きて帰すなんて」
「誰にも愛されない人なんて、居ないわよ」
「居るわ。少なくとも、ここに一人」
「……本当、馬鹿な子」
二人の掛け合いは、まるで本物の姉妹のようだ。思春期を拗らせている反抗期の妹と、それを受け止めている姉のように見えるのだ。
ある意味では「普通」。だからこそ、本当に理由が分からない。
フルゲンスさんを誘い出し、ナイフで腹を刺し、フィラさんを狙っている理由が。
「見逃してはあげるけれど、その明かりは置いて行ってね。これが条件よ」
「な、何でそんな事言うんだよ! ベルは――」
「暗所恐怖症、でしょ?」
クルトさんが吠えるも、アマリネさんは微笑んだまま続ける。
「だから、よ。簡単に戻られて応援でも呼ばれたら困るの。分かるでしょう?」
クルトさんはベルさんを心配そうに見た。
「それと、あたしが見逃すのは、あの二人だけよ」
「……別に、そこの小さいのも見逃してもいいんじゃない」
「駄目よ。彼にも役割があるんだから」
「小さくねーよ!」
クルトさんにも役割がある?
フルゲンスさんは餌、フィラさんは狙い。では、クルトさんの役割、とは?
彼女達のシナリオは、一体どうなっているのだろうか。
「金髪君……いいえ、ベル君。どうする? ここに三人を置いて暗闇の中をこの怪我をしているお友達と一緒に歩くか、ここでナイフに突き刺されて苦しむお友達を放置して、あたし達と戦うか。尤も、戦えたら、だけれども。貴方に選ばせてあげるわ」
アマリネさんはクルトさんの「小さくねーよ」を無視して、ベルさんに優しく問いかけた。
「あたし個人の意見としては、早めにお友達のルース君を病院にでも連れて行ってあげる事をオススメするわ」
ただし、灯りを返すつもりはないが。
俺は口を挟まずに、成り行きを見守る。
「女の細腕……それも、ビスの力だからそう強くはないけれど、ナイフが何度も突き刺さってるんですもの」
ベルさんは静かに俯いたまま。俺はどう動くべきかをじっと見定める。
ここで変な動きをして、こちらにとって不利な状況になるのは避けたい。まして、彼女達からはおおよそ殺気と呼べるものは無く、ベルさんの件に関しては裏があるようには思えないのだから。
「だー! もう! ベル、しっかりしろ!」
クルトさんが大きな声を出すと、ベルさんの肩が揺れる。やはり夜は、彼にとって辛い時間だ。
「ルースと一緒に逃げろ!」
「でっ、でも……でも……」
「でも、じゃない!」
クルトさんは、震えながらも動けないでいるベルさんを元気づけるように、ニカっと笑う。
「オ、オレは……オレはどっちかっていうと弱い方っていうか、なんか、レベルで言えば中間、くらいのアレなんだから、お前が……お前が、ルースと一緒に助けを呼んできてくれ!」
言葉は残念だが、彼の気持ちは伝わった。ベルさんはやがて、「……わ、か……った」と小さな声を上げて、頷いた。
「これでいいだろ。ちゃんと、こいつらは見逃せよ」
「いいわ」
クルトさんがビシっとアマリネさんを指差すと、彼女はゆっくりと頷き、スカートの下のガーターベルトに挟んでいた魔陣符を取り出す。
魔陣符を持っている可能性は考えていたが、まさかあんな……取ると下着が見える場所に隠しているとは。こんな状況でなければ視線を外したかったが、仕方がない。
というよりも、この状況で俺が彼女に配慮する必要はない、か。
「ジギタリスさん、もしもこの二人がいなくなる隙をついて何かしようとお考えなら、止めた方がいいわよ」
彼女は魔陣符を俺に向けている。アマリネさんからしても、この場で厄介なのは俺しかいない、とでも言うような態度だ。
このタイミングで、後ろでも人が動いた気配がする。ビデンスさんも魔陣符を取りだしたのだろうか。
「あなたが動いた瞬間、あたしはコレを発動させる。ほぼ同時に、あなたの後ろのビスも、ね」
「……意図は、伝わりました」
「ふふっ、それは何よりだわ」
なるほど、俺の想像は当たっていたらしい。今、アマリネさんとビデンスさんに、魔陣符で挟まれている。
俺はチラリとフィラさんを覗き見たが、彼女はぽかんと口を開けていた。
狙われているのはフィラさんなのだが……分かっているのだろうか。
「……ジス先輩……オレっ……」
フルゲンスさんが、力を振り絞るかの様にゆっくりと身を起こす。
ジス先輩、か。一応信頼の表れ、と捉えてもいいだろうか。
「いいから行って下さい。立てますか?」
「オレ、一時的にっ、体力の消耗が激しくなる魔法……かけられた、っぽい、ッス」
俺の問いには答えず、彼は現状を簡潔に伝えた。
なるほど、そういう理由で起き上がれなかったのか。と、なれば、彼自身は自らを少しずつでも回復させる魔法でも使っていたのかもしれない。
フルゲンスさんは身体に力を入れ、ぎこちなく立ち上がった。力が入った事により、刺された脇腹からはボタボタと血が零れた。
「ルース、ルース、大丈っ……大丈夫か?」
「ベル、大丈夫……ッス」
ぐらりと傾いだ身体を、ベルさんが慌てて支える。
「ジス先輩、気を付けて、ほしい……ッス」
「わかりました」
この場を預けてもいいと、そう思って貰えただろうか?
彼は怪我をしているが、まるで憑き物が落ちたような顔つきになっていた。
「……ルースも、しっかり気を付けて。管理官として、友人として、ベルさんをお願いします」
「ッス!」
信頼に応えるのなら、と、俺はフルゲンスさんをルースと呼ぶと、彼は僅かに頷いた。
俺はフルゲンスさんの……ルースの上司として、この場を出来るだけ早く切り抜け、彼らに合流しよう。ベルさんに明かりを渡す為にも、だ。
「クルト、ベルを、任せてもらっても、いいッスか……?」
「おう、頼む! んで、ベル。お前もルースのこと、頼んだぞ」
「……わ、わかった」
クルトさんは、こういった場ではムードメーカーなのだろうか。模擬戦では分からなかった一面が、心強く感じた。とはいえ、どこまで彼に任せられるかは……まだ計りかねているが。
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