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2章
2-33 話は終わっていないわ
しおりを挟む俺はと言えば、何とかこの二人を捕縛……ひいては攻撃するチャンスは無いかと狙っていた。
だが、そろそろ動こうか、といったタイミングで、必ずと言っていいほどフィラさんが飛び出そうとし、結果として何度かフィラさんを捕まえる事になった。
その上、俺が動こうとしていた事がバレて、アマリネさんからはけん制を込めた魔法を放たれる。結局、俺はその魔法を食らわないようにフィラさんを守るのが精いっぱい。
どうしても彼女の存在が、足枷にしかならないのだ。困った事に。
不幸中の幸いは、二人……正確にはアマリネさんは、フィラさんを殺す意思がない、という事だ。
「父はよそに愛人を作り、愛人との間に出来た子がそこのリネ。リネは12枚、私は11枚でそれだけで惨めだったわ」
「け、けれど、貴女のお家は……」
「そうね、王族と比べたら小さなものかもしれないけれど、立派なものよ」
ようやっと大人しくなったフィラさんは、ビデンスさんの話に口を挟んだ後、ぽかんと口を開けた。何故か、クルトさんも同様に。
「その方はお姉様だ、って」
驚いているのは、その部分か。というか、あまり良好な関係ではないのは分かっていたのではないのだろうか。
「ああ、昼の話。あの話、信じているの? 家を出たのも、父が死んだのも、母がおかしくなったのも本当だけど、あの女の事を姉だなんて思った事は無いわ。本当に、おめでたい頭ね」
残念ながら、ビデンスさんの言っている事は若干分かってしまった。
憎悪、というほどではないにせよ、俺にとってのバンクシアさんが似たようなものだと思ったからだ。
父を父と思えない。これは、義理とはいえ姉を姉と思わないのと、どこか似ている気がしたのである。あえて口にしようとは思わないが。
「……ま、そういう事よ。お互いの利害が一致したから、たまにこうしてつるむだけ」
「あら、いやだ。つるむ、だなんて」
「んもう、面倒くさい子ね」
やるならこのタイミングか。
「とにかく、わたくしは――!」
駄目だった。俺は慌ててフィラさんを止め、口を塞ぐ。
どうも俺が仕掛けようとするタイミングと被る。間が悪いとは、こういう事なのか。
「貴女に何かを言われたくはないわ。知ったような口を利かないで。私は貴女が嫌いなのだから。貴女さえいなければ、私は――」
「はいはい、ごめんなさいね。けれど、先に一仕事、終わらせてしまいましょう。長くは一緒に居たくないのでしょう?」
二人とも、一瞬だけフィラさんを見たが、やがてアマリネさんは俺に向き直った。
「話は終わっていないわ」
「あら、そうなの? それじゃあたっぷりとお姫様に語ってあげて頂戴。その時間稼ぎくらいならしてあげるわ」
余裕そうなアマリネさんに苛立ったのか、ビデンスさんは舌打ちをしながら魔法陣を描き始めた。
「どうせお父様はあんたの方が好きだったのよ。可愛かったのよ。だって家にはあまり帰って来なかったけれど、そっちにはよく行ってらしたようじゃない!」
ひゅん、と、風の刃がこちらを襲う。俺は強引にフィラさんの頭を押しながら屈んだ。
「伏せて下さい」
同時にクルトさんにも言えば、彼も少々強引な体制でしゃがみ込む。
「あら、そんな事は無いと、いつも言っているのに。本当、しょうがない子」
俺達が立ちあがると、アマリネさんの方へと向かった魔法に対し、彼女は既に魔陣符を構えていた。そして跳ね返す。
「本当に、本当に本当に本当に本当に妬ましい! 妬ましいわ!」
必死に身を捩って躱し、躱させると、今度は二つ目の魔法がビデンスさんから放たれていた。
一つ目はどこにも着弾していない。俺達を狙う魔法が二つに増えたのだ。
「幸せな人が妬ましい。恵まれている人が妬ましい」
フィラさんを庇いながら躱すだけで精一杯で、中々攻撃に転じられない。クルトさんも一人で避けるだけで精一杯のようだ。
そうこうしている内に、ついには三つ目の魔法陣も描かれ始める。
どうすればいい。俺は、ここにフィラさんを置いて斬り込みに行けるのか? いや、無理だ。
「そこの女のように、何不自由なく暮らして、何も疑問に持たず、人におんぶにだっこで生きて迷惑をかけても自覚すら出来ず、ただのうのうと自分の人生だけを楽しんで、他者を見下してそれにすら気付かず、人を傷つけるだけ傷つけ、幸せである事を知らずに最高の環境で持て囃されるだけ持て囃され、いいように使われているだけなのに笑って生きているような奴が、死ぬ程、殺したい程、憎い、妬ましい!」
ビデンスさんが歪んだ顔でがなり立てる。そうしながらも彼女は魔法陣を描く事を止めなかった上に、アマリネさんは宣言通り俺に反撃の隙を与えない。
ついには三つ目の魔法は完成し、俺に向けて放つ。
――このままでは埒があかない。こうなっては、フィラさんを解放し、直ぐに攻撃に転じるしかあるまい。
俺は彼女を解放すると、狙い澄ましたかのようにフィラさんはするりと俺の腕を抜け、ビデンスさんの方へと走り始める。
「フィラさん!」
「わ、わたくしだって、わたくしだって管理官ですわ!」
俺の制止を振り切り、フィラさんは腰のサーベルを引き抜いた。
この位置から追えないのであれば、せめて回り込もうと動けば、俺が動こうとした方向から魔法が向かってくる。避けてからちらりとアマリネさんを見れば、彼女は相変わらず余裕そうな微笑みを浮かべていた。
俺が彼女をそのままに出来ない事を読まれている。いや、読むも何もそのままの状況ではあるが、これは中々に難しい。
「てめぇ、待ちやがれ!」
クルトさんが大声を出し、必死に腕を伸ばしてフィラさんを捕まえようとしたが、残念ながら空振りしたまま転倒。
「クルトさん、そのまま動かないで下さい!」
俺はそのクルトさんの上を飛び越え、彼女の方へと向かう。
その隙にフィラさんはビデンスさんにサーベルを振るったが、あっさりと躱された。と、同時に、躱された事でバランスを崩したフィラさんの襟を掴み、彼女が「うぐっ」と声を上げるの構わずに引き倒した。
「んなもん、オレが魔法ぶっ叩けばいいんだろ。頼むぞ、ツークフォーゲル」
んなもんって、どんなもんだ。飛び回る魔法をどうにかしようとする気持ちはありがたいが、頼むから大人しくしていてくれ。
そんな俺の想いなど伝わっているはずもなく、クルトさんは精霊石を取り出すと槍へと変えた。そしてアマリネさんの方へと一気に加速した。
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