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5章 晩冬堕天戦

12. いやー蝉鳴夜バジリスクタイムは圧巻でしたね。特に伊藤ブレイカー後の中浦エクスキューションは……

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 ヨミ昇格戦の翌日。
 今日も今日とてレヴリッツはぼんやりと闘技場のギャラリーに座っている。
 まもなくリオートの昇格戦開始だ。

 誰かと一緒に観戦しよう……という気はない。
 友の勝負は落ち着いてゆっくりと観るに限る。

 「どうも、レヴリッツ殿」

 「なんだこのオッサン!?」

 「いやですね、俺ですよ。若……リオート様の従者のダルベルトです。まあ……久々に顔を合わせますからね。忘れられてるのも仕方ありませんな」

 リオートの従者、ダルベルト・フーザー。
 主人の活躍を拝見するべく、故郷ラザ国よりはるばるやって来た。

 「今日は若の晴れ舞台。よく知らねえが、プロ級になるってのはすごいことなんでしょう?
 俺はもう、若の成長が嬉しくて……涙が止まらねえ……うおおおおお!」

 「あーはいはい、親馬鹿? 従者馬鹿?
 頼むから昨日のアリッサ先輩みたいに奇声を上げるのはやめてくださいよ」

 今日はレヴリッツも少しばかり緊張している。
 ヨミは確実に勝つという確信があったから楽観視していたものの、リオートは才能がない男。はたしてプロ昇格の壁を越えられるのか……信じてはいるが、どこかハラハラしてしまう。

 『みなさま、お待たせいたしました!
 これより、リオート・エルキスのプロ級昇格戦を開始いたします!
 挑戦者の入場です! 東側、リオート・エルキスー!』

 アナウンスが響き渡り、熱狂と共に本日の主役が迎えられる。
 スタイリッシュな歩き方で入場したリオートは、カメラに手を振りながら中央まで歩いていく。

 「若ぁー! がんばってくださいよおおー!!」

 ダルベルトの声援が届いたのか、リオートは若干苦笑いして頷いた。

 『続いて、試験官の入場です!
 西側、サリーシュ・アルバナー!』

 西門より姿を現したのは、着物を着た乙女。
 青みがかった黒髪、黒い瞳。そして特徴的なのは……腰に提げた二刀。

 「あれは……レヴリッツ殿と同じサムライ、ですかな?」

 「そうですね。まあ……僕みたいな似非サムライではなく、真正のサムライみたいですが。いったいどんなパフォーマーなんでしょう?」

 レヴリッツはあくまで侍の皮を被っているだけで、実体は殺し屋。忍者に近い性質を持つ。
 レヴハルトとして過ごしていた時期は着物すら着ていなかったし、侍かどうかはかなり疑わしい。

 その時、レヴリッツの隣席……ダルベルトの反対側から声が響いた。

 「リオートの相手は【月輪の風】か……厄介な相手だな」

 「ん? その声はケビ……ん……? 先輩……?」

 隣にはケビンが座っていた。
 だが、レヴリッツの視線はケビンの顔ではなく頭頂部に向かっている。

 「なんでまだちょんまげなんですか!? もうそのノリいいですから!
 いつもの髪型に直していいですから!」

 「あぁ……? なんか文句あんのかよ、いいだろまげ
 手前もちょんまげにならないか?」

 「ならない。もういいや、僕がツッコミに回るのは御免だね。
 ……で、あの試験官。どういう性質の人なんですか?」

 レヴリッツの問いに、ケビンは頭の側面を撫でながら答える。

 「俺がプロとして活動してた当時、何度かやり合ったことがある。
 二刀を自在に操り、様々な技を繰り出してくる女だ。代表的な必殺技は、
『伊藤ブレイカー』『千々和クロス』『中浦エクスキューション』『原ビックバン』など。
 特に最終奥義『蝉鳴夜せみなりよバジリスクタイム』は初見じゃ対応できねえ……リオートは咄嗟の判断力が鈍いからな。数々の技に翻弄されちまうかもしれねぇ……」

 「つっこみどころが多すぎる。
 絶対あの人、僕と同じ似非サムライじゃないですか」

 とりあえず見守るしかない。
 バトルフィールドでは現在進行形でリオートとサリーシュの煽り合いが行われている。技名はふざけていても、勝負は真剣に行ってくれるといいのだが……

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 結果から言うと、リオートは敗北してしまった。

 『いやー蝉鳴夜バジリスクタイムは圧巻でしたね。特に伊藤ブレイカー後の中浦エクスキューションは……』

 アナウンスが先の試合を語る中、両隣のダルベルトとケビンは露骨に気落ちしている。
 プロ級昇格戦は、三試合のうち一試合でも勝てばいい。これから一時間後に次の試合が行われる予定だ。

 「ま、まあまあ……二人ともそう落ち込まず。次がありますよ次が!」

 「……レヴリッツ殿。俺は……情けねえです。
 俺が、俺が……! もっと若を全力で応援していれば……ッ!
 レヴリッツ殿、俺から折り入ってお願いがあります! どうか若を励ましてやってください!」

 ダルベルトは涙を流しながら頭を下げた。
 きっとリオート今、控室で悔しさに打ち震えていることだろう。

 もちろんレヴリッツも彼に激励の言葉をかけにいくつもりだ。

 「いいか、レヴリッツ。手前が仮にもリオートの相棒を名乗るってんなら……今すぐに行ってやれ。
 メンタルケアも相棒の仕事だからな」

 「ケビン先輩……」

 「バトルパフォーマンスってのはな、一人じゃ成り立たねえ。
 敵も味方も、酸いも甘いも呑み込んで……辛さを超えて強くなる。この敗北は次の勝利への踏み台だと……リオートの野郎に伝えてやってくれ」

 「あの、すごく真面目に仰ってるところ申し訳ないんですが……その髪型で言われると……あの、ギャグ、に見えてしまいます……」

 「……そうか」

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 「邪魔するよ」

 「レヴリッツか……悪いな、負けちまって」

 「僕に謝る必要はない。ただ、次は勝てよ」

 控室にはレヴリッツとリオートの二人きり。
 絶妙な気まずさが漂っていた。

 「ったく……キツいぜ。一時間後に再試合だってよ。
 闘うほど体力が削られて、勝てる可能性も減っていく……魔力の回復が次の試合までに間に合うといいんだが」

 「まあ、あの対戦カードは相性が悪かったね。ただ……「相性が悪かった」なんて言葉で片づけられる君じゃないだろう?」

 「ああ、悔しいぜ。これまでの中で……一番悔しいかもしれねえ」

 その悔しさが糧になる。
 レヴリッツはかつてソラフィアートに敗北した日のことを思い出した。あの日から、常軌を逸する強さへの執着が始まったのだ。

 「負けたことに対する悔しさ……それは君の糧になるはずだ。
 ケビン先輩も言ってた」

 「……いいや、そうじゃねえ。
 たしかに純粋な勝負に負けたことも俺の悔しさの一つ。
 だが……」

 リオートは立ち上がり、勢いよく壁を殴りつけた。

 「なんだよ『蝉鳴夜バジリスクタイム』ってよぉ!?
 ふーざけてんのか!? なにが中浦エクスキューションだ、千々和クロスだ!?
 相手が真顔で原ビックバンとか呟いた時、噴き出して防御が遅れたじゃねえか!! 卑怯だろアレはよお!」

 「それも一つの戦略だ。たしかに相手の不意を突くという意味では有効かもしれないな。僕も技名を変えなければ……」

 「ああ、もういい! お前がいると逆に調子が狂う。早く観戦席に戻ってろ」

 「了解。まあ、アレだろ。
 次の試合はさすがにまともな相手だろうし、がんばってくれ」

 なんだかんだで仲間の顔を見られて、リオートの調子は戻りつつあった。緊張もほぐれ、バイタリティが安定してきている。
 彼はレヴリッツをさっさと追い出し、深く呼吸した。

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 ギャラリーに戻ったレヴリッツ。
 彼はケビンとダルベルトから見えない位置に腰を落ち着けた。むさくるしい従者とちょんまげの変人に囲まれるのは嫌だ。

 そして二試合目開始のアナウンスが響き、リオートがさきほどのように登場。
 はたして次なる相手は──

 『西側、ペリシュッシュ・メフリオンー!』

 「ペリ先かよ……(絶望)」
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