忘れじの契約~祖国に見捨てられた最強剣士、追放されたので外国でバトル系配信者を始めます~

朝露ココア

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5章 晩冬堕天戦

11. vs【陰伏】

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 運命の日がやってきた。
 レヴリッツの炎上は依然として続いているが、こうなったら視聴者に圧倒的なパフォーマンスを魅せつけて黙らせるしかない。

 今日はヨミの昇格戦。
 レヴリッツは中央闘技場の観客席で試合開始を待っていた。
 そんな彼の隣席に一人の女が腰を下ろす。

 「先生……とうとうこの日が来ましたか。先生のパフォーマンスは唯一無二。
 プロ級へ昇格するのは至極当然と言える」

 「アリッサ先輩……あの、当然のように僕の鞄を足置きにするのやめてもらっていいですか」

 「おや失敬、ゴミかと思ったよ。マスター級に昇格あそばされるレヴリッツの鞄を踏んでしまうとは……申し訳ない」

 確実に嫌味な言葉をぶつけ、アリッサはレヴリッツの鞄をハンカチで拭いた。

 「しかし疑問だ。なぜ先生がプロ級で、レヴリッツがマスター級なのか。意味がわからない。
 先生の方が全てにおいてレヴリッツよりも優れているのに」

 「べ、別にいいじゃないですか……どうせヨミもそのうちマスター級になりますよ。順番が違っただけです……あと僕の方が実力は上で、」

 「チッ……戯言を。もっと誹謗中傷のリプライを飛ばしておくべきだったか」

 「もしかしてあの誹謗中傷の中にアリッサ先輩紛れてます!? 裏垢で粘着するタイプですか!?」

 やはりレヴリッツに対する他パフォーマーの嫉妬は測り知れないようだ。
 アリッサも苦労して人気を集めているだけあり、協会の決定には不満を抱いている。

 「ふん……まあ、レヴリッツの実力だけは認めているからね。将来性を考えれば納得できないこともない。
 そんなことはどうでもいいんだ。今は先生の応援ッ! 共に先生を応援する者同士、全力で声援を送ろうじゃないか!」

 「あっはい……がんばって応援します」

 『みなさま、お待たせいたしました!
 これより、ヨミ・シャドヨミのプロ級昇格戦を開始いたします!
 挑戦者の入場です! 東側、ヨミ・シャドヨミー!』

 アナウンスと共に歓声が響き渡る。
 アリッサも立ち上がり、入場してくるヨミへ声援をぶつけた。

 「せんせぇええええええぇっ!! うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 「うるせえ!」

 レヴリッツは強引に叫ぶ彼女を引き戻して席へ座らせる。
 ヨミがアリッサの超大声に一瞬歩みを止めたが、前に向き直って中央へ立つ。

 今日のヨミはガチだ。おそらく。
 笑顔がトレードマークの彼女も今ばかりは真剣な表情を湛えている。

 『続きまして、試験官の入場です!
 西側、ジルフ・アーラ!』

 西門より歩いて来るのは……奇妙な男だった。
 レヴリッツは思わず目を疑う。ジルフと呼ばれた試験官は、まったくオーラがないのだ。華やかさ、派手さ……バトルパフォーマーに要求されるオーラが存在しない。
 しかしながら、彼には闘技場中から歓声が送られていた。

 彼を見てアリッサは考え込む。

 「【陰伏】のジルフ・アーラか……ふむ。先生との相性はどうだろうか」

 「あの試験官、どんなパフォーマーなんですか? なんかその辺のモブにしか見えないんですけど」

 「表層だけで人を判断するとは笑止千万。彼は個性のなさがむしろ個性なのだよ。無個性にこそ感情の本質がある……と巨匠ゴウティは述べた。
 あまりの存在感のなさゆえに、彼は戦闘中にも姿を消すことができる。独壇場スターステージは有していないが、厄介な戦術を用いる御仁だとも」

 「聞く限り、幻術使いですかね? それならヨミの完全有利ですが……」

 実際に闘いを見てみないとわからない。
 とりあえずレヴリッツは勝負を静観してみることに。

 ステージではヨミとジルフが言葉を交わす。

 「ヨミ・シャドヨミです! どうぞお手柔らかじゃなく、全力でお願いします!!」

 「……ッスー……イヤ、よ、よろしく……ジルフす。自信満々なの……? ナニソレ、キイテナイヨ……このコ、絶対強いじゃん……カッ。
 、俺喋るの苦手だから……早めに勝負、始めるか。
 ジルフ・アーラ」

 「はいっ、喋るのが苦手なんですね! 了解しました!
 ヨミ・シャドヨミ」

 両者は距離を取り所定の位置まで下がる。そして名乗りを上げた。
 普通はもう少し勝負前の口上が交わされるのだが、ジルフは会話するつもりがない……というか会話できないらしい。

 これはあくまで勝つことが目的の昇格戦。
 投げ銭を稼ぐことが目的のパフォーマンスではないので、そこまで見栄えを重視する必要もない。

 『両者、準備完了です!
 はたしてヨミ・シャドヨミは昇格を迎えることができるのか……
 ──試合開始です!』

 ヨミは抜筆、ジルフは魔力を身に纏う。
 この対戦カード、不思議なことに剣呑な雰囲気が一切感じられない。弛緩した雰囲気の下に勝負が始まった。
 殺し合いをしているわけではないのだから、本来はこんなものでいいのだ。

 「マジ無理だョ……消えよ……」

 ジルフが呟くと同時に魔力がバトルフィールドに拡散。ヨミの頬を奇妙な空気の流れが撫でた。

 「あれ、ジルフさーん?」

 ──ジルフの姿が消えた。
 360度、どこを見渡しても対戦相手の姿が見えずヨミは警戒する。

 視聴者も画面越しにはジルフの姿を捉えられていない。唯一彼の居場所を追えているのは……現地で観戦し、なおかつ魔力察知に長けたレヴリッツ。彼はフィールド上を駆け巡るジルフの気配を感じ取っていた。

 「ジルフ先輩があっちこっちに……姿を消して移動してますね。アリッサ先輩、彼の能力は姿を消すものなんですか?」

 「ああ。あれこそ【陰伏】の二つ名に相応しい能力。
 幻術と陰魔術の複合により姿を消しているんだ。魔力察知に長けた強者か、あるいは特殊な目を持つ者でなければ……勝つことは難しいだろう」

 「なるほど。対処できない相手にはとことん強く、対処可能な相手にはほとんど意味のない能力か。
 それなら……ヨミには通用しないだろうな」

 眼下、ヨミは戸惑っているように見える。
 一見すればジルフの術に翻弄されているように見えるが……あくまでパフォーマンスだ。

 「とりあえず《ムキダシノシンリ》
 ──燃える情熱を、【落星】」

 筆に僅かな魔力を通したヨミ。
 周囲を疾走するジルフは、とにかく彼女に致命の一撃を与えようと狙いを定めていたが……

 「ッ!?」

 足を止め、天を見る。
 闘技場の吹き抜けとなった遥か彼方──夜天より。無数の光が迫って来ている。
 さきほどヨミはこう言った……『落星』と。まさか本当に星が降ってくるとは思うまい。

 無数の烈火、光輝が弾幕の如く降り注ぐ。
 星々に当たれば勝負どころの話ではない。セーフティ装置が作動し、一瞬でジルフの敗北となるだろう。

 「ヤベぇよ……なんだよコレ……無理だょ……だから試験官なんてやりたくないって……言ったのに……」

 ぼやきながらも、確実に彼は流星の弾幕を躱していく。腐ってもプロ級だ。この程度で折れたりはしない。

 一方、現地で観戦している観客の多くは慄いていた。星を堕とすという超常現象を一介のパフォーマーが実現できるという事実に。
 ただし、ヨミは本当に宇宙から星を引っ張っているわけではない。あくまで魔力で作り出した星を、宇宙から落ちているように演出しているだけ。本当に星が落ちたら競技どころの話ではない。

 「はぁああっ!」

 渾身の勢いでジルフは道を切り開く。
 影を身体に纏わせ、不可視の身体を維持したままヨミの方角へ。衝撃と黒煙に呑まれながらも前へ進む。

 ヨミの広範囲爆撃は、たしかに不可視のジルフを攻撃するには有効な手段だったのだろう。
 しかしデメリットを考えていない。爆撃によって生じる黒煙で視覚を、衝撃によって聴覚を……あらゆる感知手段を封じられてしまうのだ。

 そんな状況下で有利に立ち回れるのは、戦闘経験が豊富なジルフに他ならない。

 (見えたッ……!)

 煙の切れ目から彼はヨミの姿を捕捉。
 影の刃を作り出し、一気に跳躍する。勝負は一瞬で決するだろう。

 「陰伏奥義──」

 試合開始からここに至るまで、ジルフが走り続けていたことには理由がある。
 バトルフィールド全体に魔力を張り巡らせていたのだ。

 全方位に撒かれた魔力を今こそ起動する時。
 魔力は暗黒の渦と化し、ヨミを中心として吸い寄せられる。まるで海中で渦潮に呑まれたように。

 影の渦に溺れて、彼女は呟く。

 「……あ、まずい」

 足場は不安定となり、思うように身動きが取れない。
 ジルフの姿は依然として見えず、確実に危機が迫っていることだけが自覚できていた。

 夜の海でサメに襲われる……そう形容すれば、彼女がどれくらいの危機に陥っているかわかるだろう。

 「──『砕渦』ッ!」

 彼女に迫った残光──魔力の過剰注力により赤化した影の刃。
 ジルフの奥義『砕渦』。
 相手の感覚を徹底的に断った上で、動きを封じて撃破する。

 (まるで殺し屋の技術だな……たしかに普通のパフォーマーでは受けきれない。
 だが……)

 戦場を俯瞰していたレヴリッツは、ヨミが瞳を閉じたことを確認。
 同時に勝負の決着を悟った。
 
 ヨミの足に絡みつく風波が滑り、彼女は凶刃の餌食へと……

 「わかった!」

 ──ならなかった。
 万端に整えられたジルフの一撃を、ヨミは筆の側面で受け止めていた。

 「ヒエッ……!? な、な、な、なぜ……俺のコッ、攻撃が……」

 奥義を防がれたジルフは咄嗟に距離と取る。
 威力も相当に高めた。筆の一本で防がれるわけがない。

 「私の特技は……下着の形を言い当てることです」

 「!? 何言ってんの……?」

 「今、こうして私が瞳を閉じている状況でも……観客全員の下着の形を言い当てることができます。
 同じように攻撃の流れを読むことなど造作もないのです。攻撃の読みならお任せください、ヨミだけに」

 「寒いョ……てかどうすんの、コレ……俺の超苦手なタイプじゃん……無理だって……」

 いっそ投了してしまおうか……などと考えたジルフ。しかし試験官が投了など炎上まったなし。
 炎上するなら無様に負けた方がマシだ。

 稀にいるのだ、こういうバケモノが。
 ジルフが弱いわけではなく、ヨミが規格外。
 例えば『天上麗華』、『FランVIP』……彼女もそういった傑物の一人と言えよう。戦闘経験こそ浅いようだが、あまりに能力が桁外れだ。

 プロ級に通すのは全く文句なし。
 ジルフは試験官として合格を認め、素直に引き下がらねばならない。

 「とりあえず全力で……挑んでみよ……」

 ヨミに対して、隠れて戦うことはもはや不可能。ジルフは姿の隠蔽を解除。
 暗器を振り抜き、早々の決着を狙う。純粋な近接戦ならばジルフに勝ち目はまだある。鋭く振るわれた暗器が宙を舞う。

 「光が好きなのね、【発芽の蝶】」

 ひらひらと。鈍色に輝く蝶の群れが、彼の横を過ぎ去った。
 暗器が持っていかれた。手から滑り落ちるように攫われていく。

 「武器奪うとか……鬼畜……」

 しかし彼は攻撃の手を緩めない。
 魔力で生成した魔刃を右手で振り被り、足軸をずらして回転斬り。魔刃は筆の側面で受け流され、ジルフの体は踊るように滑る。
 蹈鞴を踏みつつも左足を蹴り上げ、攻撃を受け流したヨミへ追撃。

 「たたん」

 と、軽快な音が響く。ヨミの姿が消え、彼の左足は空を切る。
 ──背後。

 「ひゃああああっ!」

 ジルフは絶叫しながら背後に気配を察知し、後方へ刃を一閃。
 だが、ヨミの姿はホログラムのように霞んでいて。

 「眼に見えるモノ、肌で感じるモノだけが全てじゃないのです。私はここだよ」

 バシリ、と激しい衝撃がジルフの後頭部に叩き付けられた。
 ヨミの生み出した閃光の槌が彼の頭をスイングしたのだ。セーフティ装置が作動し、試合終了を告げる。

 同時にヨミは瞳を開けた。
 そう、この一連の勝負……ヨミは大半を瞑目して闘っていたのだ。


 『決まりましたーっ!
 ヨミ選手、見事勝利を果たし、プロ級へ昇格を決めました!
 これは期待のエースが生まれましたね!』

 アナウンスが響く中でジルフは立ち上がる。

 「お、お、俺の負けだな……対戦ありがとうございました……。
 ああ、やだなぁもう……また視聴者に馬鹿にされるよ……」

 「元気出してください、ジルフ先輩!
 あとシャツに穴が開いてるので直した方がいいと思います。これが私の特技……下着の感知なのです」

 「お、お、おぇ……ワリィ……」

 「対戦ありがとうございました!!」

 ヨミはカメラへと笑顔を向けて、最後にレヴリッツたちへとピースサインを送ったのだった。

 「せ、先生……おめでとうございます!
 先生ならば確実に昇格を迎えられると確信しておりました……!」

 これには思わずアリッサも感涙。
 耳元で騒がれてしかめ面を晒しながらも、レヴリッツはヨミに頷いた。

 「しかし、不可思議な闘いだった。ジルフの攻め立てに対して先生がどう対処しているのか……燕雀えんじゃく安んぞ鴻鵠こうこくの志を知らんや。僕ごときには先生の行動は読み取れないか」

 「ヨミはね……心眼を持っていると言いますか、どこか特殊な感覚器官を備えているようです。詳細は僕もわかりませんが、一般的な感覚に頼らないスタイルで動くことができるんです」

 「ほう。さすがは先生、もはや俗人の領域に非ず。
 また学ぶべきことが増えたな……」

 「さあ、お祝いに行きましょう。もちろんアリッサ先輩も来るでしょう?」

 「無論だ。レヴリッツは来なくていい」

 初日、ヨミ・シャドヨミの昇格戦はつつがなく行われた。
 この調子でOathの快進撃が続けばいい……そうレヴリッツは思ったが、はたして現実はどうだろうか。

 明日はリオートの昇格戦だ。
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