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1章 新人杯

4. お前──《FランVIP》だな!?

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 少年が刀を高々と上げて勝利する。
 客席の隅で、レヴリッツの勝利を見つめる者があった。

 桃色の髪の少女は、誰にも気取られることはない。
 彼女が身に纏っているのは、超高度な気配遮断。彼女は最上位のマスター級バトルパフォーマーとして有名であり、アマチュアに見つかれば人が群がってしまうので気配を遮断していた。

 彼女……ユニ・キュロイは今期の新人に注目している。今日は新人が入ってくる日。面白い新人がいるのではないかと……はるばる最終拠点グランドリージョンからやって来たのだ。
 わざわざ底辺アマチュアまでやって来るのはダルかったのだが……

 「へえ……ドラゴンスレイヤーはそこまで珍しくないけど、動きが洗練されてるね。身体さばきも、結構……というか、めちゃくちゃ上手い。
 だがケビンに絡まれ敗北……とはならないでもらいたいなぁ」

 面白いモノを見つけた。

 彼女は立ち上がり、ポータルを通って食堂へ戻る。
 これは期待の新人だ。

 「さて、どこまで成長してくれるかな。フィアにも話しておこっと」

 ユニは友人の姿を思い浮かべる。
 黄金の輝きを纏う、神が作ったように整った美貌を持つ少女。
 
 《天上麗華》──ソラフィアート・クラーラクト。
 世界一のバトルパフォーマーにして、彼女の為だけに用意された特級ランク、『グローリー級』に属する少女。
 本来、バトルパフォーマーの階級はアマチュア、プロ、マスターの三つのみ。しかし、彼女は世界で唯一マスターよりも上の階級に属している。ソラフィアートの父親もかつては世界一のパフォーマーと謳われたが、既に彼女は父親の伝説を凌駕しているのだ。

 ソラフィアートは他のパフォーマーのことなど眼中にない。誰も相手にならない。
 しかし彼女は時折、誰かの幻想を見ているかのように剣を振るう時があった。それが誰なのかはわからない。
 きっとユニではない。他のパフォーマーの誰でもないのだろう。

 「……そういえば、あのドラゴンスレイヤーの名前なんだっけ。まあ、どうでもいっか」

 どうせ新人のパフォーマーなど、数か月後には大半が消えているのだから。

 ー----

 (あの気配遮断してた人、なんだったんだ……?)

 気絶して倒れるガフティマを見下ろしながら、レヴリッツは思案する。
 客席の隅で気配を消している少女がいた。殺意や害意は持っていなかったので、純粋な興味から観戦していたのだと思うが……気配を消している意味がわからなかった。

 まあいいか。
 とりあえず、目の前のガフティマだ。

 「パスタ代……」

 彼の懐から財布を取り出し、きっちりレヴリッツとヨミのパスタ代だけを徴収する。勝者であっても余分な金銭を搾取することは、レヴリッツの信念に反するのだ。
 観客たちは日頃から悪辣なガフティマが討伐された光景を見て、満足そうにポータルから帰っていく。

 「いやあ、いい勝負だったね! ……な、ガフティマ?」

 「……クソ。気絶してるフリも気づいてたのかよ」

 ガフティマは巨体をむくりと起き上がらせ、レヴリッツの手から財布を奪い取る。

 「君に蹴っ飛ばされた料理代以外は取ってないから。パフォーマンスで闘った相手へのリスペクトは忘れないよ」

 「クソが……テメエ、覚えてろよ!」

 お手本のような捨て台詞を吐き、彼は屈辱の中で去っていく。
 ガフティマの巨大な背にレヴリッツは彼なりの称賛を送る。

 「まずは僕の一勝な。君も磨けば光りそうだ。リベンジマッチ、待ってるぞ!
 次は生配信で闘おう!」

 「ぐ……う、うっぜええええええぇぇぇ!
 クソ、クソ! レヴリッツ・シルヴァッ! テメエ絶対潰してやるからな!」

 レヴリッツは彼なりの称賛を送ったつもりだったのだが、ガフティマをさらに怒らせてしまったようだ。
 わめき散らしながら去っていくガフティマを見て、彼は勝利の余韻に浸った。
 ──完勝。

 ガフティマが消えた後、バトルフィールドにペリとヨミが降りてくる。

 「レヴ、お疲れー! いい試合だったね!」

 「二人とも、僕のパフォーマンスは楽しんでもらえたか?」

 「え、ええ……それはもう。
 ……レヴリッツくん鬼つええ! このまま逆らうやつら全員ブッ倒していきましょう!!」

 ペリが何やら調子に乗っているが、完全に虎の威を借るというやつである。
 ガフティマはこの地ではどれくらいのカーストなのだろうか……とレヴリッツが考え始めたところで。

 ぐう、とヨミの腹が鳴った。

 「おなかすいた」

 「そういえば、ご飯がまだだったな。夕食前に極上の勝負も楽しめたし、初日は言うことなしだ」

 起床したら勝負。食事の前に勝負。風呂の前に勝負。
 レヴリッツは養成所でも、そんな戦闘漬けの日々を送ってきた。負けたら首が飛ぶので、負けることはなかったが。

 三人は食堂へ戻り、ガフティマに邪魔された夕食を終えた。

 ー----

 その後、ペリと別れたレヴリッツとヨミは寮へ戻って来る。
 自分たちの部屋がある三階へとエレベーターを使って昇り、レヴリッツの部屋の前で立ち話をしていた。
 今日の予定はもう終わり。

 「明日は入所式と初配信か。めんどくせ」

 投げやりに言い放った彼に対して、ヨミは笑顔で答える。

 「でもでも、初配信が重要なんだよ? 今期デビューするパフォーマーなんて、たくさんいるんだから……視聴者に強烈な印象を与えないとね!」

 正直なところ、レヴリッツは闘って昇格さえできれば何でもいいのだが。バトルパフォーマーという職業柄、配信は避けて通れない。
 人との接し方が分からないレヴリッツには、いささか厳しい道だ。

 求められるのは『実力』と『人気』。
 どちらか一方では駄目なのだ。実力があっても、人気による知名度がなければ昇格はできない。
 明日の初配信で面白い印象を視聴者に与えなければ、次回以降の配信を見てくれなくなる。そして、バトルパフォーマンスにも視聴者がつかない。それは御免だ。

 「そうだよな。うん……僕は人気者になる。よし、がんばろうか」

 「おー!」

 気合があるのは結構なことだが、ここは寮の廊下。
 声を張り上げると周りの迷惑になることは必然だったのだが、アホ二名は気づいていない。

 苦情を言いに来たのか、レヴリッツの部屋の隣ドアが開く。
 ヨミの部屋が右隣で、その反対側の左隣のドアだ。

 「おい、うるせえぞ」

 冷たい水色の髪、琥珀を思わせる黄土色の瞳の少年。
 ラフなパーカーを着ているが、なんだか似合ってない。着慣れていない……と言うべきだろうか。高貴な雰囲気を放っているのに、民衆的な服を着ている感じだ。
 歳はレヴリッツと同じくらい。彼もまた今期デビューしたバトルパフォーマー。

 「お? 君は……僕の隣人か。僕はレヴリッツ・シルヴァ。よろしくな」

 レヴリッツは気さくに手を差しのべる。
 苦情を言ったにもかかわらず、全く悪びれる素振りのないレヴリッツに、少年は苛つきながらも握手を交わした。
 レヴリッツは自分と同じVIP待遇。仮にも喧嘩を売るような真似をすれば、問題になるかもしれない。ここは穏当に。

 「リオートだ」

 「よろしく。リオート、早速で悪いんだが僕と勝負しよう」

 「……はあ?」

 ヨミが自己紹介する暇もなく、レヴリッツは宣戦布告した。
 言葉を受けたリオートはしばしフリーズしていたが、手を離してじっとレヴリッツを凝視する。頭のてっぺんからつま先まで。

 「着物。黒髪。刀。宣戦布告。頭のおかしい言動……ハッ!」

 何かに気づいたのか、雷に打たれたようにリオートは顔を上げる。
 完全に『例のアレ』と特徴が一致しているではないか!
 人差し指を眼前のレヴリッツへ突きつけた。

 「お前──《FランVIP》だな!?」

 「えふらんびっぷ?」

 「総合適正F、VIP待遇のサムライ。適性検査の時に周囲のパフォーマーに宣戦布告した、頭がおかしいって話題になってる奴だ。
 ……お前だろ?」

 「ああ、僕だね。でも適正ってのは、あくまで初期値と成長率を表したもの。僕が今、Sランクに近い実力を持っていたとしても、Fランクとして判定されてしまう。何の参考にもならないな」

 なるほど、自分は《FランVIP》と仇名がついているのか。おいしい。
 明日の初配信のネタにしよう……とレヴリッツは思うのだった。

 彼の言葉を受けたリオートは、どこか複雑な表情を浮かべる。

 「……適性ってのは才能だ。超えられるもんじゃねえよ。素直にバトルパフォーマー、諦めたらどうだ?」

 「なるほど。きっと君は僕より総合適正は高いんだろうね。Fより低いランクなんて存在しないし。
 ──じゃあ、勝負しようか。リオートの論だと、適正の低い僕は君に敵わないんだろ?」

 リオートとて、自分の実力にはそれなりの自信を持っている。
 かと言って、圧倒的な才能があるとも思っていない。才能がないにもかかわらずバトルパフォーマーとなった……リオートの行動と言葉は矛盾していた。

 「……公式大会まで手の内は晒したくないんでね。勝負は遠慮しておく。別に俺が負けると思ってるわけじゃないぞ」

 「その自信、大変結構。じゃあ、公式大会で当たるのを楽しみにしてるぞ。君の自信ごと吹っ飛ばす」

 両者の間には得も言われぬ雰囲気が漂っていた。
 敵意ではなく、戦意でもない。なぜか期待が混じった、緊迫した雰囲気。
 二人の様子を眺めていたヨミは、特に何も言わずに傍観している。

 「……とりあえず、夜は静かにしてくれよ。明日の初配信に備えて、色々と俺も準備してるんだ。じゃあな」

 リオートは吐き捨てて自分の部屋へ戻っていく。
 たしかに、廊下で騒ぐのは迷惑だったかもしれない。レヴリッツとヨミは反省し、各々自分の部屋へと戻った。
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