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1章 新人杯

3. 腹が減っても戦はできる

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 「まさかレヴが総合適正『F』だなんて……」

 ヨミは信じられない。
 だって、レヴリッツはとんでもなく強いのだ。適正が努力の限界値ではなく初期値だとしても、この評価は少しおかしいのではないか。

 「まあまあ、本人の僕が納得したんだし。これで僕に勝負を持ちかけてくれる人も出てくるだろう。それに、配信で話のネタにもできそうだしな」

 先の会場では、誰もが恐れをなして勝負を仕掛けてこなかった。
 しかし、いずれはレヴリッツをカモだと思って接近してくる者がいるに違いない。

 適性検査を受けている間に、時刻は既に夕方になっていた。空が茜色に染まっていく。

 「さて、この後は個人的に知り合った先輩と食堂に行くんだ。ヨミも来るか?」

 「うん、行く!」

 同期から馬鹿にされていることも露知らず、レヴリッツは威風堂々と進んでいく。
 一度来た道を戻って、再び寮へ。フロントでは銀髪の少女が立っていた。

 「ペリ先輩、お待たせしました」

 彼女はレヴリッツを見て、続いて後ろを歩いてくるヨミを見た。

 「レヴリッツくん。このきゃわわな方は?」

 「はじめまして、ヨミ・シャドヨミです!
 レヴリッツとは幼馴染です、今期デビューしました! よろしくお願いします!」

 元気溌剌なヨミの挨拶を受け、ペリも笑って手を差し出す。

 「はじめまして、バトルパフォーマー歴二年のペリシュッシュ・メフリオンです」

 「じゃあ、シュッシュセンパイって呼びますね!」

 「ど、独特な呼び方ですね……なんでもいいですけど。ヨミさん、よろしくお願いします」

 二人は握手を交わして笑い合う。
 相変わらずペリの笑顔は裏があるな……とレヴリッツは思いながら、二人の間を引き裂いた。

 「ペリ先輩。早速で悪いんだけど僕と勝負しよう」

 「うわでた。この戦闘狂がよ」

 突然の勝負の申し込みに、ペリは顔を顰める。
 出会って五秒で戦闘のノリである。

 「いや……私たち、今からご飯に行くんですよね。なんなんすかもう」

 「ちょうどいいじゃないですか、夕食。勝負するには」

 「い、いやいや……ご飯と勝負の因果関係がわからんですし!? 後でもいいでしょう?」

 「腹が減っては戦はできぬ……よくそう言われますよね。
 でもそれってさ、甘えなんじゃないですか?」

 困惑するペリをよそに、戦闘狂レヴリッツは滔々と語り続ける。

 「そのことわざを常人に当てはめるのなら。
 『腹が減っても戦はできる』……それが武の達人ということだ」

 彼のぶっ飛んだ理論に恐慌するペリ。もしかしたらレヴリッツという男、相当にヤバい奴なのでは……と。

 その時、ヨミは戦意を滾らせる彼の肩を掴む。

 「レヴは養成所でも目が合ったらすぐに勝負を申し込んでたもんね。でも、迷惑だからやめようね」

 「ヨミ、それは酷いだろ。せっかくバトルパフォーマーになったのに……」

 ヨミがレヴリッツを宥めたことにより、ペリは食前の勝負を回避することになった。曰く、レヴリッツはバトルパフォーマーの養成所でも一本道に張り込み、目が合った通行人に勝負を仕掛けていたとか。

 ペリは安堵する。ヨミが止めてくれなければ、どれだけ疲れていたことか。それに、彼女は可能な限り戦闘は回避したかった。
 レヴリッツと接する時は、手綱を握っているヨミと行動した方がいいかもしれない。

 「じゃあ、三人でご飯に行こう!」

 「勝負……」

 ヨミに半ば強引に引きずられるレヴリッツ。
 そして二人を案内するペリという図で、食堂へ向かうのだった。


 食堂には様々なメニューが並んでいた。
 国内のソウルフードから、国外のジャンクフードに至るまで、様々なニーズに応えられるようにメニューが作られている。
 世界各国から優秀な人間が集う場所なだけはある。外国にもバトルパフォーマー用のターミナルは存在するのだが、一番栄えているのはここ『リンヴァルス国』のターミナルだ。

 「レヴリッツくんは何を食べますか?」

 「僕は……ヨミと同じのでいい」

 「えっと……じゃあ、私はパスタにする」

 「では、私は……あっちの安いメニューにします。こっちのメニューは私のような貧乏人には高い……」

 ペリはそそくさと二人から離れ、別の列へと並ぶ。
 一足先にパスタを受け取り終えたレヴリッツとヨミは、三人分の席が空いている場所を探す。

 「おっ、空いてんじゃーん。あそこ行こう」

 ちょうど一番奥に空いている席をレヴリッツは発見。日陰になっている隅の席に座ろうとした。
 テーブルにトレーを置き、席に座る二人を見て周囲の面々がざわめく。

 「おい、あいつらって……」
 「新入りだろ? 教えてあげないと」
 「まったく、ヒヤヒヤさせるなよ……」

 「あ、ちょ? レヴリッツくん! その席は……」

 ペリも一拍遅れて、レヴリッツたちがとんでもない席へ座ろうとしている光景に気がつく。彼女がレヴリッツたちに声を掛けようとした時、角からどよめきが上がった。
 人の波をかき分けてきた影は、角刈りの大男。
 彼はレヴリッツの席へと歩み寄り……

 「邪魔だ」

 食べ物が置かれていたテーブルを蹴り飛ばした。
 甲高い音を立てて、食器が割れる。床に散乱した食べ物を呆然と見ながら、レヴリッツとヨミはパスタ喪失の悲嘆に暮れる。

 「僕のパスタ……」
 「私のパスタ……」

 「……って、ちょっと!? パスタの心配してる場合じゃないですよ!?」

 キレの良いツッコミをしたペリの視線の先には、剣呑な大男の眼光。
 随分と他の奴らに恐れられている男のようだ。

 彼はすごんでレヴリッツの胸倉を掴む。

 「この席はなあ、俺の……ガフティマの特等席だ。テメエらみてえな雑魚が座っていい席じゃねえ」

 「え? 僕が先に座ったんだから、僕の席だろ。馬鹿なのか?」

 レヴリッツの言葉にガフティマは目を瞠り、彼を投げ飛ばす。
 華麗に着地したレヴリッツは、割れた食器を踏まないようにステップを踏んで移動。

 「テメエ……調子乗ってんじゃねえ。俺が何者か知らねえようだな」

 「ほーん。偉そうにしてる割に……この第一拠点ファーストリージョンに居るってことは、君アマチュアだよねw
 雑魚だからいつまでも昇格できてないってこと?」

 彼の煽り文句に、ついにガフティマは怒髪冠を衝く。
 頭に血管を浮かび上がらせて、レヴリッツに飛びかからんばかりの激怒。

 「おい……テメエみてえな調子乗った新入りが、毎年来るんだよ。生意気な新人を教育してやるのも先輩の務めだな?」

 「なるほど。なに、簡単なことだ。バトルパフォーマンスで決着をつければいいだろ。
 ガフティマ──君に決闘デュアルを申し込む!」

 意気揚々と指先を突きつけるレヴリッツ。
 対するガフティマも彼を見下ろして、指の骨を鳴らした。

 「いいだろう。その生意気な面、ボコボコにしてやらあ……!」

 「バトルパフォーマーになって、ついに本格的な決闘……!」

 レヴリッツは不敵に笑い、拳を握りしめる。
 パスタを無碍にするほど横柄な態度を取っているということは、さぞ腕前に自信があるのだろう。食べ物の恨みは怖い。降って湧いたような強者の出現に、彼は拳を握りしめた。

 強者に勝てば勝つほど名声は高まり、昇格は近くなるのだから。

 「……明日にはターミナルを歩けねえようにしてやる」

 ガフティマは傍にあった空間拡張衛星を起動し、レヴリッツを誘い込む。
 同時、二人の姿はふっと消え、食堂の一角に転移ポータルが作られた。観戦を希望する者はポータルを潜り、勝負を見届けるのだ。
 周囲のパフォーマー達は入るのに躊躇っていたが、臆せずにヨミが入って行くと続々と入り出した。

 「あ、あのヨミさん……大丈夫なんですか? 今からでも止めた方がいいんじゃ……」

 「……? なんでですか?」

 ペリの問いに、ヨミは首を傾げる。
 眼下のバトルフィールドでは、レヴリッツとガフティマが向かい合っていた。

 「いや、だって……あのガフティマ、かなり凶悪ですし。最悪レヴリッツくんが負けて、首が飛ぶかもしれませんよ?」

 「……なるほど! レヴが負ける可能性……!? 考えてなかったです!」

 ヨミはレヴリッツに絶対的な信頼を置いているようだった。
 信頼の理由は彼の実力を知っているからなのか、単なる天然か。ペリは前者であることを祈った。
 周囲には怖い物見たさ、あるいは好奇心によって引き寄せられたパフォーマー達が集っている。ガフティマはこの第一拠点ファーストリージョンでも幅を利かせる不良パフォーマー。二年間在籍するペリもまた、ガフティマを煙たがっていた。

 調子に乗った新入りがガフティマに叩きのめされる悲劇は、毎期のように起こっている。バトルパフォーマーを志す者は、地元では負け知らずだった強者が多く、それゆえおごりが見られる者も少なくない。
 しかし、ここバトルターミナルに来て自らの非才に気づいて絶望するのだ。

 堂々と立つレヴリッツを、ガフティマの剣呑な視線が射貫く。

 「二度と逆らえねえように、ぶっ殺してやる」

 「殺すのは規則違反だよ。長年ターミナルに居るのに、そんなことも知らないのか? 痴呆?」

 「……テメエ。タダじゃ済まさねえぞ」

 ガフティマが生成した武器は、巨大な戦斧せんぷ
 魔力により生成される魔刃である。常人であれば一つ作り出すのが限界。しかし、レヴリッツは恐るべき戦斧を見ても動じない。恐れることはない、相手は格下だ。

 彼は刀を抜き、準備を完了する。

 「レヴリッツ・シルヴァ」

 「……ガフティマ・ナベル」

 両者の準備完了を請けて、カウントダウンが開始。名乗りを上げれば準備完了の合図だ。
 緊迫した空気の中、刻まれる数字。ふたつ、ひとつと数は減少し……ゼロが刻まれる。


 ──試合開始


 「死ね、『烈風波動』!」

 開幕、凄まじい衝撃が吹き荒れる。

 ガフティマは渾身の力を籠めて斧を振り下ろした。嵐の如き波動が拡散し、レヴリッツに向けて放たれた。魔力が広範囲に爆発、くぐもった衝撃音が響く。

 ほとばしる熱風を受けて、観客のほとんどがため息を吐いた。またガフティマの横暴によって、やる気に満ちた新人が潰されたと。
 ガフティマの秘技──『烈風波動』を受けて耐えられる者は、新人には存在しない。
 ペリも自分がレヴリッツを止めなかったことを後悔していた。

 しかし──

 「……な、なるほど。今の一撃で試合を熱くしてくれたのか?
 心遣い、感謝するよ」

 刀の切っ先が、煙の中から姿を現す。
 一振り。刀が空を斬ると、煙は全て払われ。無傷のレヴリッツがバトルフィールドに佇んでいた。

 「なっ……!?」

 最も驚いたのは、相対していたガフティマ。確実に攻撃は命中したはず。
 しかし、相手は無傷で立っていた。

 レヴリッツは初撃で彼我ひがの力量差を把握する。
 相手が使った魔力の規模、身体の捌き方。そして、呼吸の巡りと戦意の練り方から見るに、今の攻撃が相手の最大火力。

 「……鈍っているな」

 ──弱い。レヴリッツは嘆息する。
 これなら目を瞑っても勝てる相手だ。

 「それで、ガフティマ。次はどんな一手を見せてくれるんだ?」

 「テメエ……御託はいい!」

 無論、レヴリッツも立ち合いがバトルパフォーマンスでなければ即座に敵の首を斬っていた。
 しかし……今の闘いは観客が観ているパフォーマンスなのだ。試合を熱くするための煽り合いは必須。

 「おいおい。もっと観客を楽しませないと。例えばほら……こんなのはどうかな」

 レヴリッツは刀を掲げ、雷を鞘に宿す。
 雷鳴が轟き、紫電がフィールドを駆け抜けた。特に意味のない演出だ。ガフティマに直接ダメージを与えるわけでもない。

 「なんのつもりだ……!」

 「キラキラ光って綺麗だろ?
 僕が扱う剣技は、竜を狩るための剣術なんだ。あまり対人向きとは言えない。でも、ほら……君って図体がデカいからさ。竜狩りのための剣術も効くんじゃないか?」

 観客席の隅から小さな笑いが起こる。
 ガフティマは客席を睨もうとするが、

 「よそ見とは余裕だね」

 「がっ……!?」

 巧みなレヴリッツの雷捌き。蓄積された雷糸が走る。
 地面から伝った雷電はガフティマの動きを制限し、身体を拘束した。

 「竜をこうして雷撃で拘束するんだ。君は横暴な性格で恐れられていたみたいだけど、こうして動けなくなると可愛いもんだな?」

 彼は演技のスマイルを客席へ向け、余裕をアピールした。バトルパフォーマーには、相手との力量差をアピールする演出が求められる。余裕こそがもっともわかりやすい強さの魅せ方だからだ。
 客席の雰囲気は徐々に弛緩し、次第にレヴリッツを応援する声が高まっていった。

 「……もしかしてあの新人、勝つんじゃないか?」
 「う、嘘でしょ……? ガフティマが負けるって……」
 「たしかあいつの名前は……レヴリッツ! レヴリッツ、勝ってくれー!」
 「生意気な新人狩りに、痛い目見せてやってよ!」

 一気に変化するフィールドの空気に、ペリは驚嘆する。
 傍観者は熱しやすく、冷めやすい。観客は勝負の趨勢すうせいを見て、簡単に手のひらを返すのだ。

 「す、すごい……かなりのパフォーマンス力ですね。ヨミさん、本当にレヴリッツくんは初心者なんですか?」

 「うん、あれが最初の試合。でも、戦いに関してはベテランですよ」

 新人でも戦いに慣れているのは当然だ。バトルパフォーマーを志す者は皆、かなりの強者なのだから。
 しかし、ここまで空気の掌握に長けた者はなかなかいない。

 「さて、声援もあることだし……そろそろ終わらせようか」

 「調子、乗ってんじゃねえぞ……!」

 ガフティマは魔力を身に纏い、防御力を高める。彼の周囲に厚い不可視の鎧が出来上がる。
 俗に言う《魔装》という技術。
 悪くない選択肢だ。動けないとなれば、耐久を高めるのは良策と言えるだろう。

 ただし、それは両者の実力が肉薄していればの話だ。

 「龍狩たつがり──」

 レヴリッツは刀の柄に右手に添え、左手で魔力を練る。
 周囲の電光がバチバチと明滅し、彼の刀に集約。あくまで、それは竜狩りのための技だった。彼が竜殺しとして名を馳せるために使われた剣技の一つ。

 人を殺すための剣ではない。

 ──《鱗薙ぎ》

 刀が抜き放たれる。
 レヴリッツの姿は無数に分身し、斬撃が全方位から生じた。凄まじい突風が吹き荒れ、数多の剣閃と共にガフティマの魔力鎧が削られていく。
 本来は竜種の鱗を削ぐための大技。パフォーマンスでは、こうした大規模な見応えのある技は視聴者の印象に残りやすい。

 「く、そおおおッ!」

 動けないガフティマは、全力で障壁を展開させ斬撃に耐える。
 しかし、両者の力量差は彼の抵抗を拒絶した。たった三発の斬撃で結界は破られ、急所に雷の刃が降り注ぐ。
 轟音と共に、セーフティ装置が作動する。

 ──試合終了

 勝者、レヴリッツ・シルヴァ。

 「おおおおおっ!」
 「マジかよ!? あのガフティマが!」
 「どりゃああああああ!」

 観客席がどっと沸く。
 歓声がフィールド全体を包み込み、次々と舞い上がるは勝利の熱気。

 レヴリッツは右手で刀を高く上げ、勝利を宣言した。

 「腹が減っても戦はできる……それが達人だ」
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