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1章 新人杯

5. どうかな?

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 バトルパフォーマーとしてデビューした、初日の夜。
 レヴリッツは自室で夜風に当たっていた。

 彼の部屋に客人が訪れる。

 「こんばんは……ずいぶんと騒いだみたいだね」

 ベランダの手すりに座っていたのは、桜色の髪を下ろした少女。彼女はどこからともなく飛来し、いつの間にかレヴリッツの部屋へやって来ていた。
 若い少女の見た目をしているが、年齢は数百歳だとか。

 「サーラ理事長。玄関から入って下さいよ」

 彼女はバトルパフォーマンス協会の理事長であり、魔導学士院の重鎮でもある。
 そして、レヴリッツをバトルパフォーマーの道へ誘った張本人でもあった。

 「聞いたよ。新人狩りのガフティマを懲らしめてやったみたいだね」

 「これで昇格に近づきましたかね」

 彼が目指すのは、プロ級でもマスター級でもない。
 それよりもずっと先。世界最高のバトルパフォーマーである。アマチュアで燻っている余裕はないのだ。

 「まー、がんばることだね。せいぜい正体ばバレないように気をつけなさい」

 「……わかってますよ」

 ふっ、と理事長は姿を消した。
 彼女には感謝してもしきれない。レヴリッツはここで栄華を手に入れて、何としても契約を果たさなければならなかった。
 この人生を賭して。

 契約を果たすために、彼はバトルパフォーマーの道を全力で歩んでいく。

 ー----

 翌日。
 パイプ椅子に座りながら、レヴリッツたちは退屈な話を聞いていた。今日はパフォーマーデビューを祝う式典である。理事長の長々とした話を聞き流しながら、レヴリッツは周囲を見渡す。
 ほとんどが見知らぬ者だ。まあ、知り合いの者がヨミとリオート以外にいたら困るのだが。

 ヨミは何を考えているのかわからず、ひたすら前を見据えている。
 一方で隣人のリオートはうとうとと舟を漕いでいた。

 「……魅力あるパフォーマーとして大成できるよう願い、祝辞の言葉とさせていただきます」

 理事長が心にもない祝辞を終えたところで、拍手が響く。

 『続きまして、バトルパフォーマンス協会CEOのエジェティル・クラーラクト様よりお言葉をいただきます』

 「……!」

 告げられた名前に、思わずレヴリッツは顔を上げる。
 ──エジェティル・クラーラクト。
 幼き日に契約を交わした少女……ソラフィアートの父であり、かつて伝説のバトルパフォーマーと呼ばれた男。

 壇上に現れたエジェティルは、まるで老いを感じさせないオーラを放っている。金色の髪を揺らしながら階段を上って行く。そして壇の中央に立って新人のパフォーマー達を一望。
 一瞬、彼の碧色の瞳がレヴリッツを捉える。レヴリッツもまたその視線に気がついていたが、気が付いていないフリをした。

 「こんにちは、新人パフォーマーの皆さん。……ええっと、毎回のことなんだけど、私はこうしたスピーチが苦手でね。とにかく君たちを応援しているよ。
 バトルパフォーマーの道は決して平坦じゃない。強い心を持っていないと、すぐに潰れてしまう。だからこそ、何かあったら協会を頼って欲しいと思う。
 ……うん、言うべきことはこれくらいかな」

 彼は困ったように苦笑いしながら、頭を掻いた。

 「それでね……たまに新人パフォーマーの中には、ずば抜けて強くて、パフォーマンス力の高い人もいる。君たちも同期の中にそんな逸材がいるのかどうか……気にならないかな?」

 エジェティルの言葉の意味がパフォーマー達には解せなかった。
 たしかに、自分よりも強い者が何人いるのか気になるのは当然のことだ。だから何だと言うのか。

 彼は挑発的な笑みを浮かべてから、続けて言った。

 「実は、今年から新たな大会を立ち上げようとしてるんだ。
 その名も『新人杯』。今期デビューしたてのバトルパフォーマー限定の大会で、トーナメント方式でやろうと思う。ここで目立てば、いきなり衆目を集められるし、参加は自由……どうかな?」

 彼の「どうかな」という言葉には、ある種では強制参加の意も含まれていた。

 無論、わざわざパフォーマーに就職するような者たちは参加するに決まっている。誰もが自分の腕に自信を持っているのだから。

 別にこの新人杯で優勝しても、最下層のアマチュア級からプロ級へ昇格できるわけではない。昇格には実力だけではなく人気も必要なので、どう足掻いても即座の昇格は不可能。
 しかし新人杯に参加するデメリットも、醜態を晒さない限りはほとんどない。

 「新人杯は一週間後。まあ……気楽にね。私も君たちのパフォーマンスを見てみたいし。参加を待っているよ」


 入所式を終えて、レヴリッツは寮へ戻る道すがらヨミ、リオートと話し合っていた。

 「レヴは新人杯、参加する?」

 「参加しない理由がない」

 ヨミに問われたレヴリッツは即答した。
 もちろん、名声を稼ぎたいという狙いもあるのだが……彼はエジェティルから向けられた視線が気がかりだった。

 エジェティルは明らかに意図的にレヴリッツに視線を送っていた。
 もしかしたらエジェティルはレヴリッツの正体を既に見抜き、把握しているのかもしれない。

 ──参加しろ。そう言われている気がした。
 彼は迷いを振り払い、隣を歩くリオートに尋ねた。

 「リオートは?」

 「まあ……参加、する。結果は出さないといけないからな」

 彼は少し気後れしている面もあったが、参加する意思はあるようだ。
 しかしヨミは……

 「私はいいや。どうせ優勝できないし」

 「いや、それはもったいないんじゃないか?
 僕が優勝するのは確定的に明らかだけど、ヨミも参加した方がいいと思う」

 「いいのいいの。あんまり戦法とか晒すのよくないし」

 ヨミは意固地になって参加しないようだ。
 手の内を晒したくないのはリオートも一緒だが、さすがに参加しないレベルで嫌というわけではない。それほどヨミの能力は特徴的なものなのだろうか。

 リオートは自らの戦闘スタイルを振り返り、そして大会に向けて明かすべき戦法、隠すべき戦法を思案した。

 ー----

 「やあ、君がレヴリッツくんだね!」

 「げ」

 ヨミ、リオートと別れた直後。
 さきほど壇上で喋っていた男……エジェティル・クラーラクトが飛び出して来た。まるでレヴリッツが一人になるのかを見計らっていたかのように。

 もちろん、レヴリッツも何者かが潜んでいる気配を察知していたのだが。

 「君のことはサーラ理事長から聞いているよ。
 ……君の正体、例のあの人なんだって? 私の娘とも知り合いだとか」

 「なるほど。エジェティル様は……どこまで僕のことを知っていますか?」

 レヴリッツの疑問はある意味で挑戦的な問いだった。
 なぜレヴリッツが正体を偽っているのか、なぜ今この国にいるのかを確かめている。非常にデリケートな問題であるが、エジェティルは飄々と言い放つ。

 「君が国を追放されてしまったことは知っているよ。それで名と外見を偽っているんだろう? 世間一般では死んだことになってるらしいね。
 私の知己であるエシュバルトを……お父上を君が殺めたのも、私は何か理由があってのことだと思う。シルバミネ家のことだから、色々と複雑な事情があったのだろう」

 ──彼の言葉を聞いた時、レヴリッツは安堵に襲われた。

 レヴリッツは父エシュバルト・シルバミネを殺し、国外の生存不可能な領域へ追放となった。彼の祖国において死刑と追放刑は、実質的に同等の処罰である。
 追放と言っても帰還者が一人も確認されていない場所へ流されるので、実質的には死刑。しかし、レヴリッツは生き延びてこの国へやって来た。

 レヴリッツが実の父親を殺した理由が知られていないのならば、いくらでも言い繕える。


 エジェティルはニヤリと笑って彼に問う。

 「で、新人杯には参加するかい?」

 「もちろんです。この大会で戦績を上げて、昇格に近づいて見せますよ」

 「ふふ……そうか。君がどんな・・・戦い方をするのか、楽しみにしているよ」

 含みのある言葉だ。
 竜殺しの剣を振るうのか、あるいは──

 おそらく、レヴリッツはエジェティルの期待には応えられない。

 「でも新人杯の前に、初配信ですね」

 「ああ、そうだった! 今日の初配信もがんばってくれ。応援しているから」

 彼はひらりと手を振って、ゆっくりと去って行く。
 はためくエジェティルのコートを、レヴリッツはじっと見つめていた。
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