呪われ姫の絶唱

朝露ココア

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第10章 飢える剣士の復讐

手負い猪

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校舎の外に出ると、獰猛なうなり声が鼓膜を叩いた。
ノーラは咄嗟に顔を上げる。

「っ!?」

校舎の外壁に爪を食いこませる合成獣。
獲物が建物から出てくるのを待っていたのだろうか。
ノーラとガスパルが外に出た瞬間、合成獣が飛びかかってきた。

瞬間的に幻影魔術を展開しようとしたが、隣のガスパルが動いたのを見て手を止める。

「――氷槍ミキュラドゥス

急激に大気が冷え込む。
ガスパルの手元に凝集した魔力が氷塊となり、氷槍となる。
鋭利な穂先が飛びかかってきた合成獣の懐を貫通。

「ふふっ……咄嗟に手を出したが、サポートは不要だったかもしれないね」

「い、いえっ……助かりました。びっくりしたぁ」

いきなり襲ってくるとは……本当に油断ならない。
少しでも気を緩めれば死んでしまう。

「こんなに危険な場所にヴェルナー様が留まっている理由……」

「不思議だね。彼はペートルスのように、進んで死地に飛び込みたがる性格とは思えない。力こそ求めるが、己の命を燃やすまで戦い続ける戦闘ジャンキーじゃないのに」

「とにかく、早くヴェルナー様のもとへ急ぎましょう!」

いくらヴェルナーが実力者だとはいえ、合成獣は強力な生物兵器。
何体も相手にすれば疲弊して倒れてしまう。

ガスパルに先導され、ノーラは駆ける。
ヴェルナーが斬り捨てたのだろうか、そこら中に合成獣の骸が転がっていた。

「ヴェルナー様!」

学園の中央にある、海蛇の銅像前にて。
ヴェルナーは像に背中を預けて屈みこんでいた。
全身からの出血、激しく荒い呼吸。
満身創痍にも見える。

「ノーラ……なぜここにいる……? ガスパルも……」

「やあ、ヴェルナー。ずいぶんと見るに堪えない姿じゃないか」

「……チッ。安全な場所に籠っていろ。ガスパルはともかく、ノーラは危険だろう」

ヴェルナーは剣を支えにして立ち上がり、話す気はないと言わんばかりに背を向けた。
しかし、そんな彼の背にノーラは追い縋る。

「お待ちください! ヴェルナー様は避難されないのですか? その傷でこれ以上動くのは……」

「俺に構うな。奴を……殺さねば」

「奴……? と、とりあえず手当てだけでも……」

「構うなと言っている……!」

ヴェルナーは怒気が乗った言葉を向けた。
刺々しい口調はいつものことだが、普段よりも熱が籠っている。
だが……いまさら激しい言葉をぶつけられたくらいで狼狽えるノーラではない。

「ダメです、ダメ! 死にたいんですか!?」

「ノーラ嬢の言う通りだよ、ヴェルナー。君に理由があるのは重々承知だが、レディの献身を無碍に扱うのはよろしくないかな。せめて生徒会室へ赴き、治癒魔術を受けてから戦場へ戻るべきだ」

「……」

ヴェルナーは煮えきらない様子で喉を鳴らした。
しばし沈黙し、彼は渋々振り返る。

「ガスパル。西の森に剣術サロンの生徒たちが取り残されている。合成獣に負けるほどの腑抜けに育てた覚えはないが……」

「承知したよ。僕が救援に行こう」

「話が早くて助かる。ノーラは俺が生徒会室まで連れて行く」

当意即妙、ガスパルは西方へ向かっていった。
踵を返したヴェルナーはそのままノーラの横を過ぎ去り、校舎の方角へ歩きだす。
ノーラの戸惑いを感じ取ったのか、ヴェルナーは足を止める。

「どうした。お前が傷を治せと言ったのだろう。早く行くぞ」

「は、はいっ!」

「どこから獣が攻撃してくるかわからん。気を抜くな」

自分の傷など気にもせず、彼は淡々としていた。
怒り、焦り、憎しみ。
あらゆる負の感情がヴェルナーの背から伝ってきて。
どう切り出したものか……ノーラは迷いを見せる。

周囲に転がる合成獣たちの骸。
ヴェルナーに斬られた死体の数々を見て、ノーラは尋ねる。

「この合成獣って……学園長が造ったものだって、ガスパル様が言ってましたけど。本当なんでしょうか?」

「……ああ。すべて奴の子飼いだ」

「でも合成獣の開発って、法律で禁止されているのでは?」

「法律、倫理、地位。そんなものは奴を縛る枷にならん。これ以上被害者が出る前に……早急に始末せねば」

ますます怒りの念が強くなる。
なんとかして鎮めなければ……とノーラは泡を食って策を考えた。

「そうだっ! ヴェルナー様、テュディス公爵から書簡を預かっています!」

「義父上が……?」

ヴェルナーは書簡を受け取り、訝し気にそれを眺めた。
しかし封を開けることなく懐にしまう。
たしかに今は真剣に読んでいる場合ではない。
呑気に書簡なんて読んでいたら合成獣に襲われてしまうかもしれないし。

「……俺にはもう必要のない縁だ」

消え入るように呟いた。
ノーラはかろうじて彼の呟きを聞き取ったが、今の状況はセンシティブだ。
なんだかすごく殺気立っているようだし、あまりヴェルナーに話しかけない方がいいかもしれない。

不意にヴェルナーが足を止める。
何事かと彼の視線の先――空中をたどってみれば。

「貴様……!」

学園長アルセニオ。
彼が悠々と天から降りてきていた。

最大限の憎しみを籠めた、獣のようなヴェルナーの眼光。
威圧を伴う視線を受けてもなお、アルセニオは微笑を崩さない。

「やってくれたな、ヴェルナー。まさか我が作品たちを地上へ解き放つとは。これで私の権威を失墜させようという魂胆か?」

「何を言っている……! この獣供は貴様が解き放ったのだろう……!?」

「白を切るつもりか。このタイミングで合成獣を解き放つ者など、お前たち以外にいないだろうに」

地上へ降りたアルセニオ。
彼は靴音をコツコツと響かせて、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

「復讐を目的に挑みにくるのならば、まだ許容範囲だが。研究の障害となるのならば排除せねばならんな」

お前には死んでもらおう――と言葉を結んで。
アルセニオは両の手から黒き波動を打ち出した。
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