80 / 169
第6章 差別主義者の欺瞞
皇城へ
しおりを挟む
帝都エティス。
世界最大国、グラン帝国の首都。
ここを訪れたのはペートルスと出かけたとき以来だ。
貴族街の大路を立派な家紋入りの馬車が駆けていく。
馬車の中ではノーラとマインラートが向かい合う形で座っていた。
漂うは奇妙な沈黙。
二人は根本的に価値観が合わず、学園でも話すことが少なかった。
彼らが相対すれば気まずくなるのは想像に難くない。
「……ピルット嬢さぁ」
「は、はい?」
唐突にマインラートは沈黙を破った。
彼は頬杖をついて、ノーラと視線を合わせずに窓の外を見ながら話す。
「今からあんたが入る城には、お偉いさんが山ほどいるんだ。普段のあんたの態度は目に余る。決して粗相がないようにな」
「うーん……善処、します。口や態度が悪いのはわざとじゃないんですよ。自然と出てしまうというか」
「それをどうにかしろってんだ。はぁ……人手不足じゃなけりゃ平民なんて城に入れないのに」
マインラートはこれ見よがしにため息をつく。
ノーラは若干の怒りを覚えて、足を組む彼に苦言を呈した。
「そういうマインラート様だって態度が悪いじゃないですか」
「俺は然るべき相手にはちゃんとした礼を尽くす。ピルット嬢や学園の連中が敬意を払うに値しないだけさ。礼節を弁えているか、そもそも知らないかの違いだ」
ノーラだって多少はマナーを学んだのだ。
ルートラ公爵家に滞在しているとき、最低限のマナーは。
しかし感情が高ぶったときや驚いたとき、相手と親しくなったときに悪癖が出てしまう。
「仮にピルット嬢がやらかしたとして、責任を取るのは俺なんだからな。気をつけてくれよ。……っと、大橋が見えてきたな。相変らず気持ち悪いほどデカい城だ」
車窓から外を見る。
見上げても視界に収まりきらないほど大きな城。
正門の前にはとんでもなく長い大きな橋があった。
巨大な城はグラン帝国の威信そのもの。
千年以上にわたって歴史を紡いできた大国の誇りだ。
スクロープ侯爵家の家紋が入った馬車は、止められることなく正門をくぐる。
ついにノーラは皇城に立ち入るのだった。
◇◇◇◇
マインラートに連れられて、城の中をめぐる。
贅を尽くした絢爛豪華な内装、それでいて機能性を重視した効率的な造り。
名高い皇城は伊達ではなかった。
時折、場に馴染まぬノーラの姿を訝しんで見る貴族も多かった。
しかしマインラートが同行しているところを確認すると、警戒を解く人がほとんどだ。
そうして城を回ってしばらく。
「……ご覧の通り、城では魔法人形がたくさん動き回っている。大体は俺が作ったものだ。ピルット嬢にはその操作をしてもらいたい」
ノーラとマインラートの視界の先には、掃除をして回る魔法人形があった。
基本的に人がするのに相応しくない仕事を任せられているようだ。
例えば、あの魔法人形は落下したら危険な高い場所の掃除をしている。
他には夜間の警備をしたり、下水道の整備をしたり。
「魔法人形の操作……講義でやらせてもらったことがありますが、要領は魔石の操作とほぼ同じでしたね」
「そうそう。ピルット嬢は生意気にも魔力操作には長けている。あんたなら複数体をまとめて操縦することもできるだろうさ」
「人形を動かせばいいのは理解しましたが……仕事の内容がわかんないですよ。どの人形を動かすとか、どこを担当すればいいとか」
「ああ、仕事の内容に関しては……おーい! アリアドナ!」
マインラートは近くを歩いている女性を呼んだ。
黒いローブに身を包んだ、いかにも魔術師然とした少女である。
彼女は気だるげな様子で歩いて、ノーラに目をやった。
「マインラート卿。また愛人?」
「いやいや、コイツは平民。俺が平民なんかを愛人にするなんて死んでも御免だね。彼女はノーラ・ピルット。学園の同級生で、夏休みの間仕事を手伝ってくれる。……つーわけで、魔法人形を動かす仕事を教えてやってくれ」
アリアドナと呼ばれた少女は、ノーラの頭のてっぺんからつま先まで一見してうなずいた。
「うん。ウチはアリアドナ・ソール・アイノラモル。このお城で働いてる魔術師。よろしく」
「よ、よろしくお願いいたします……! ノーラ・ピルットと申します!」
粗相がないように。
ノーラはガチガチの初対面モードで頭を下げた。
「ああ、ピルット嬢。このアリアドナって女には無礼を働いてもいいからな。じゃ、俺はここらへんで。父上に呼ばれてるんでね」
片手を挙げて去っていくマインラート。
そんな彼の背を見つめ、アリアドナは欠伸をした。
「ふぁ……マインラート卿、新人連れてくるなら事前に言ってほしいわ。指導すんの怠いんだよ」
「あの。面倒だとは思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
なんというか威圧感のある上司だ。
態度に棘がないのに怖い。
アリアドナはローブのポケットに手を突っ込みながら、ノーラについてくるように促した。
「魔法人形の動かし方はわかる?」
「はい、わかります」
アリアドナから微弱に発される魔力。
彼女はただ城内をフラフラと歩きまわっているだけに見えるが、実際は人形を操って仕事をしているのだ。
「そ。じゃ、覚えるべきは巡回ルートだけだね。ウチについてきて」
緩慢な歩調で歩くアリアドナの後ろを、ノーラはおずおずとついて回る。
城内の各所に設置された魔法人形に次々と魔力を送り、雑務をこなしているようだ。
驚異的な集中力と精度だ。
「ええと……ノーラって言ったっけ。ウチらは決まった経路を歩いて、逐次魔法人形を動かして仕事をさせるだけ。管轄外の場所には絶対に行っちゃダメ。それさえ守れば後は適当でいいよ」
「いや、でも……お城の掃除とかさせてるわけですし、適当は良くないのでは? もしも掃除が行き届いていない箇所とかあったら……」
「違うちがう。マインラート卿の作った魔法人形はね、適当な操作でも仕事をしてくれんの。自動的に埃やゴミを探知してくれたり、人の接近を感知したり。もちろん細かい作業はウチらが命令しないとダメだけど、大体は雑な操作でなんとかなる」
「はぇ……」
たしかに……とノーラは想起する。
講義で魔法人形を操作させてもらった際も、簡単に命令を出すだけでお茶を淹れる一連の作業をしてくれた。
魔法人形を動かせる人は少ないらしいが、動かすことさえできれば後は簡単なのだ。
「じゃ、実際にあの人形を動かしてみようか。まずはこの城に仕える魔術師用の服を着て。わかんないことあったら聞いてね」
「はいっ!」
世界最大国、グラン帝国の首都。
ここを訪れたのはペートルスと出かけたとき以来だ。
貴族街の大路を立派な家紋入りの馬車が駆けていく。
馬車の中ではノーラとマインラートが向かい合う形で座っていた。
漂うは奇妙な沈黙。
二人は根本的に価値観が合わず、学園でも話すことが少なかった。
彼らが相対すれば気まずくなるのは想像に難くない。
「……ピルット嬢さぁ」
「は、はい?」
唐突にマインラートは沈黙を破った。
彼は頬杖をついて、ノーラと視線を合わせずに窓の外を見ながら話す。
「今からあんたが入る城には、お偉いさんが山ほどいるんだ。普段のあんたの態度は目に余る。決して粗相がないようにな」
「うーん……善処、します。口や態度が悪いのはわざとじゃないんですよ。自然と出てしまうというか」
「それをどうにかしろってんだ。はぁ……人手不足じゃなけりゃ平民なんて城に入れないのに」
マインラートはこれ見よがしにため息をつく。
ノーラは若干の怒りを覚えて、足を組む彼に苦言を呈した。
「そういうマインラート様だって態度が悪いじゃないですか」
「俺は然るべき相手にはちゃんとした礼を尽くす。ピルット嬢や学園の連中が敬意を払うに値しないだけさ。礼節を弁えているか、そもそも知らないかの違いだ」
ノーラだって多少はマナーを学んだのだ。
ルートラ公爵家に滞在しているとき、最低限のマナーは。
しかし感情が高ぶったときや驚いたとき、相手と親しくなったときに悪癖が出てしまう。
「仮にピルット嬢がやらかしたとして、責任を取るのは俺なんだからな。気をつけてくれよ。……っと、大橋が見えてきたな。相変らず気持ち悪いほどデカい城だ」
車窓から外を見る。
見上げても視界に収まりきらないほど大きな城。
正門の前にはとんでもなく長い大きな橋があった。
巨大な城はグラン帝国の威信そのもの。
千年以上にわたって歴史を紡いできた大国の誇りだ。
スクロープ侯爵家の家紋が入った馬車は、止められることなく正門をくぐる。
ついにノーラは皇城に立ち入るのだった。
◇◇◇◇
マインラートに連れられて、城の中をめぐる。
贅を尽くした絢爛豪華な内装、それでいて機能性を重視した効率的な造り。
名高い皇城は伊達ではなかった。
時折、場に馴染まぬノーラの姿を訝しんで見る貴族も多かった。
しかしマインラートが同行しているところを確認すると、警戒を解く人がほとんどだ。
そうして城を回ってしばらく。
「……ご覧の通り、城では魔法人形がたくさん動き回っている。大体は俺が作ったものだ。ピルット嬢にはその操作をしてもらいたい」
ノーラとマインラートの視界の先には、掃除をして回る魔法人形があった。
基本的に人がするのに相応しくない仕事を任せられているようだ。
例えば、あの魔法人形は落下したら危険な高い場所の掃除をしている。
他には夜間の警備をしたり、下水道の整備をしたり。
「魔法人形の操作……講義でやらせてもらったことがありますが、要領は魔石の操作とほぼ同じでしたね」
「そうそう。ピルット嬢は生意気にも魔力操作には長けている。あんたなら複数体をまとめて操縦することもできるだろうさ」
「人形を動かせばいいのは理解しましたが……仕事の内容がわかんないですよ。どの人形を動かすとか、どこを担当すればいいとか」
「ああ、仕事の内容に関しては……おーい! アリアドナ!」
マインラートは近くを歩いている女性を呼んだ。
黒いローブに身を包んだ、いかにも魔術師然とした少女である。
彼女は気だるげな様子で歩いて、ノーラに目をやった。
「マインラート卿。また愛人?」
「いやいや、コイツは平民。俺が平民なんかを愛人にするなんて死んでも御免だね。彼女はノーラ・ピルット。学園の同級生で、夏休みの間仕事を手伝ってくれる。……つーわけで、魔法人形を動かす仕事を教えてやってくれ」
アリアドナと呼ばれた少女は、ノーラの頭のてっぺんからつま先まで一見してうなずいた。
「うん。ウチはアリアドナ・ソール・アイノラモル。このお城で働いてる魔術師。よろしく」
「よ、よろしくお願いいたします……! ノーラ・ピルットと申します!」
粗相がないように。
ノーラはガチガチの初対面モードで頭を下げた。
「ああ、ピルット嬢。このアリアドナって女には無礼を働いてもいいからな。じゃ、俺はここらへんで。父上に呼ばれてるんでね」
片手を挙げて去っていくマインラート。
そんな彼の背を見つめ、アリアドナは欠伸をした。
「ふぁ……マインラート卿、新人連れてくるなら事前に言ってほしいわ。指導すんの怠いんだよ」
「あの。面倒だとは思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
なんというか威圧感のある上司だ。
態度に棘がないのに怖い。
アリアドナはローブのポケットに手を突っ込みながら、ノーラについてくるように促した。
「魔法人形の動かし方はわかる?」
「はい、わかります」
アリアドナから微弱に発される魔力。
彼女はただ城内をフラフラと歩きまわっているだけに見えるが、実際は人形を操って仕事をしているのだ。
「そ。じゃ、覚えるべきは巡回ルートだけだね。ウチについてきて」
緩慢な歩調で歩くアリアドナの後ろを、ノーラはおずおずとついて回る。
城内の各所に設置された魔法人形に次々と魔力を送り、雑務をこなしているようだ。
驚異的な集中力と精度だ。
「ええと……ノーラって言ったっけ。ウチらは決まった経路を歩いて、逐次魔法人形を動かして仕事をさせるだけ。管轄外の場所には絶対に行っちゃダメ。それさえ守れば後は適当でいいよ」
「いや、でも……お城の掃除とかさせてるわけですし、適当は良くないのでは? もしも掃除が行き届いていない箇所とかあったら……」
「違うちがう。マインラート卿の作った魔法人形はね、適当な操作でも仕事をしてくれんの。自動的に埃やゴミを探知してくれたり、人の接近を感知したり。もちろん細かい作業はウチらが命令しないとダメだけど、大体は雑な操作でなんとかなる」
「はぇ……」
たしかに……とノーラは想起する。
講義で魔法人形を操作させてもらった際も、簡単に命令を出すだけでお茶を淹れる一連の作業をしてくれた。
魔法人形を動かせる人は少ないらしいが、動かすことさえできれば後は簡単なのだ。
「じゃ、実際にあの人形を動かしてみようか。まずはこの城に仕える魔術師用の服を着て。わかんないことあったら聞いてね」
「はいっ!」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
103
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる