異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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後日談

本意ではない未来

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 片脚の無い私を連れていては、火急的速やかにとは参りません。なのでロレン様だけ、先に向かってもらおうと思ったのですが……。
 レイシール様の言いつけで飛んできたウォルテールが、背を貸してくれました。わざわざ狼姿なのは、その方が速かったからでしょう。
 無論乗れはしないのですが、大柄な彼が右側を歩き、右腕を背に預けておけるだけで、安定感も速度も違いました。

 直ぐに応接室へと案内されたのも、火急と伝えていたからでしょう。
 促されるまま長椅子に座るとほぼ同時に、レイシール様だけでなく、サヤ様も部屋へとお越しになりました。

「ロレン! フォギーと来たと聞いた、どうしたんだ⁉︎」

 ……そういえばそうですね。ここまで来るのに狼を使っていないはずがなかった。
 私が慌てて知らせることもなかったですね、これは……。

「レイシール様、私は席を外します」

 従者を辞す身で、耳にして良い案件とは思えませんし……。
 そう考えたのですが……。

「いや、ハインもいてくれ。彼女のことは、俺よりお前の方がよく理解していると思うんだ」
「……ですが……」
「頼むから、そうしてやってくれ。
 まずお前に会ったということは、彼女にとってその方が良い理由があったのだと思う」

 …………先に私に会った理由?
 いえ、私が外を歩いていたから、たまたまお会いしただけかと……。
 そう思ったのですが、レイシール様は真剣な表情で、本心からそう考えているのだと伺えます。
 そしてロレン様の様子が気になるのも事実でした。
 初めのうちは、ここまでの案件とは思えないくらい、ハキハキと喋ってらっしゃったのですから。

 ……まぁ、昨年の越冬の間、ずっと共にあったのは事実ですし……。
 つい皮肉を口にする彼女の性質を考えると、正直に話をしない可能性もありますしね。
 レイシール様が彼女の気持ちを読み違うとも思えませんが……ご命令ですから……。

 内心でそんな風に言い訳を重ねつつ、もう一度席に座ると、レイシール様は安堵の息を吐き、ロレン様にお心を傾けられました。

「よく来たねロレン。急ぎとのことだったが、何があった。
 王宮からの知らせではないとフォギーには聞いた。だから、君個人の案件なんだろう?
 なんでも話してくれて良い。俺は君に大きな借りがあるし、力になれることならなんでもするよ」

 普段なら甘すぎると腹の立つ言葉も、今日は頼もしく聞こえます。

 レイシール様の言葉に、しかしロレン様は口を閉ざされています。
 すると席を立ったサヤ様が、こちらにお越しになり、そのまま床に膝をついて、ロレン様の手をその両手で包み込みました。

「ロレンさん……」

 かつて慕っていた女性ですからね。
 それでようやっとロレン様の凍えきっていた心が、動いたのでしょう……。

「サヤ、さん……」
「大丈夫。心配しないでください。
 レイシール様は口にされたことを、違えたりなさいませんから」

 そう言うと、くしゃりと表情を歪め、顔を俯けた彼女は…………っ、まさかっ⁉︎

 ぽたりと膝に落ちた雫に、驚きを通り越して呆然と見入るしかありませんでした。
 これは、やはり涙? この方が? けれど気のせいではない様子で、それは二つ、三つと数を増やし……。

「…………近衛を、辞す、ことに、なりそう……です」

 絞り出した言葉は、更に驚きを呼ぶ内容でした。

「何故ですか? ロレンさんは、近衛の職務に誇りを持ってらっしゃいました」
「……い、家の……指示で。ボクに、縁談の話が……。
 こんな機会、今後は絶対に無いだろうからと、そう、言われ……春にも辞すようにと……」
「貴女は士族家の方でしょう⁉︎ 血を繋ぐことを義務とはしないでしょうに!」

 ついそう口を挟んでしまったのは、私も驚いてしまったからです。
 貴族であるならば……血を繋ぐことを義務とされる家もございます。
 ですから、職を辞して嫁ぐべしと指示されることも分かる。けれど、士族職は世襲ではございません。

「なにより近衛は、名誉ある陛下のおそばにはべることが許された特別な職務なのですよ⁉︎
 婚姻を理由に辞すほどそれは……陛下の命より優先せよとのことなのですか⁉︎」
「故郷の、幼馴染に……伯爵家の者が、おります。それの、五番目の妻にと……。
 まだあそこには、後継が生まれておらず、そ、それで……」

 成る程。血を繋げる義務を持ち出されたのですね。
 ですが、昨年の彼女の話を思えばおかしな内容でした。
 今までずっと、彼女の彼女らしさは否定され、故郷では虐げられていたはず。なのに五番目とはいえ妻へと望まれ、近衛の職務よりも優先せよとは……。
 彼女は、生きていくために近衛となった。自らの足で立ち、稼ぎ、生きると叫んでいたのに。

「…………ロレン様は、その方へ嫁ぐのが、お嫌なんですね?」

 冷静なサヤ様の声が、部屋に響きました。
 キリリとした真剣な表情のサヤ様は、そのままロレン様が座る長椅子の隣に腰を下ろし、ロレン様の肩をさすり、頭を抱き寄せます。

「正直に言って、大丈夫ですよ……。私たちは貴女の味方です」
「…………ずっと、ボクを馬鹿にしてきた奴……っ。だから、これも……ボクが、女近衛になったのが、気に入らないから……。
 ボクを、貶めるためだけの、婚姻。だって今、子を孕んでる奥方も、いる……」

 歯を食いしばり、伏せられたお顔が絞り出す声……。
 それを見守っていたレイシール様が、やっと口を開きました。

「…………つまり、子は授かっているけれど、生まれるまでは確証が無い。
 だから、子を授からぬからという理由が成立し、ロレンは求められた。……そして父親には、その命に逆らえないしがらみがあるということか……」

 五人目の妻など、本当は必要無いのでしょう……。
 何より彼女をあそこまで頑なにした相手だと思えば、腹が立つでは済まない話でした。
 ですが……。

「これをどうにかするとなると……それより優先される理由が必要ってことだもんな」

 それですね……。

「因みに、その身籠られてる奥方は何番目で、何ヶ月目なんだ?」
「……三番目の方で、今、四ヶ月くらいに……」
「成る程。その婚姻の話がロレンに来たのはいつ?」
「…………先月……」
「……つまり、身籠みごもっているという確証を持ったうえで、婚姻の話を取り下げる気もない……ということなんだな?」

 女近衛はまだ人数も少なく、ロレン様は貴重な人材でしょう。
 だから陛下も、ロレン様を手放したくはないはずです。けれど、伯爵家の血を繋げる義務を持ち出されると、少々厄介でした。
 妊娠四ヶ月ほどと言うならば、奥方の腹も目立たぬ段階でしょう。まだ身籠っていない。気付いていなかったなどと言い張れなくもないでしょうし、流れる可能性があると言われれば、強くも出れませんか……。
 それを確認してから、レイシール様は更に質問を重ねました。

「リカルド様やハロルド様には相談できなかったの?」

 それに顔を伏せたままのロレン様……。
 見かねてサヤ様が口を開きました。

「……レイ、あちらは血の地位を強く意識する土地柄ですよね……」
「あぁ、そういえばそうか。……だけど、リカルド様なんかは、相談すればきちんと話を聞いてくださるだろう?」
「……レイシール様、ヴァーリンの感覚ならば、女の幸せは家庭に入ることだという意識も強いのではと」

 私がそう口添えすると、レイシール様は眉を寄せました。
 そうして暫く考えてから……。

「……腹がしっかり目立ち出すのは三ヶ月後くらいか。
 それまでに式を済ませるとなると、本当に突貫……妻を娶ると言うわりに、おざなりな扱いだな」

 確かに伯爵家に嫁ぐとは思えない性急さです。
 しかし、士族の娘とはいえ平民で、五人目となればそのようなもの……と、言い逃れもできそうですね。
 良識ある行動の範囲。隙間を縫うようなねちこいやり口。そのお相手とやらはあまり良い気質ではなさそうです。

 私がそんな風に考える間も、レイシール様は瞳を伏せて何か思考にふけってらっしゃいましたが……暫くするとまた顔を上げ。

「……ロレン、その話が嫌だったのは分かった。それで、どうしてセイバーンへ?」
「っ……!」

 その質問で、ロレン様は少し落ち着いていたはずの気持ちを、また硬直させてしまったよう。
 ガチガチに緊張してしまった様子に、レイシール様も驚いたのか、目を見開きました。
 ロレン様を抱きしめていたサヤ様も同じく驚いたようで、ぽかんと口を開いて、隣に座る同僚に視線を向けております。

「…………いえ、理由は、無い……んです。なんとなく……ただ、なんとなくで……」

 そう絞り出した声は震えておりました。
 元々サヤ様に懸想されておりましたしね……。サヤ様は流民という立場から男爵夫人となられましたから、立場的にはロレン様と似ておられます。
 それでこの地へと気持ちが向いたのかもしれません。

「……そうか」

 とりあえずはそう返事をしたレイシール様。またキュッと一瞬だけ、眉間に皺を寄せましたが、次の瞬間ふわりと表情を緩めました。

「と、いうか。来て早々に長々問い詰めてしまった。ロレンも疲れているだろうに、配慮が足りなかったな。
 一旦この話は終わろう。どうするかはまた明日以降にして、まずは休むべきだ。
 サヤ、彼女の客間を準備するよう指示してもらえる?」

 のほほんと平和なお顔で、そう言いますと、サヤ様がはいと席を立ちます。

「ロレン、安心して。何か方法はあると思うから、少し時間をもらうだけだ」

 そう言ったレイシール様は、私でも内心を読みにくい、完璧な笑顔を作っておられました。
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