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失った地 3

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「この時期なら、春報が届いているはずと思い、出向いたんだ」

 ブンカケン所属の職人は、その証明を看板に掲げていて、直ぐにそれと分かるようになっている。
 その職人の元に、年に一度春報を届けるという試みが準備され、開始されていた。これは速報案の延長で、交易路を利用し、情報を伝達する方法を模索するための、試験的な試みだった。
 まだ交易路沿いの街や都で、複数名のブンカケン所属者がいる場合に限られていたけれど、この街はその対象であったそう。

 そして、各領地がきちんと仕事をしているならば、交易路の開通は速い。
 軍の派遣速度にも影響するし、隣国の動きが活発になっているのを感じていた今年は当然、意識的に通達も出されていた。
 そのためどこも整備は急ぎ行われていただろう。
 けれど、結局戦の話はまだ少ない。ならば、交易路は有事対応として国に抑えられてはおらず、通常使用のままであるはずだ。
 で、あれば、ブンカケンの春報は届いている。
 その考えのもとで赴いた職人の所に、狙い通り春報は届いていた。

「ブンカケンに職人を出すかどうか悩んでいるふりをした……。実際に赴き、研修を受けたことがある職人に話を聞きたかったと。
 すると毎年の無償開示品に加え、この春の報せも入っていると見せてくれた。
 無償開示品を毎年これだけ出していても、まだまだ大量の秘匿権を抱えている夢の都だと。
 不安ならばまずはあの都で生活してみるのが良い。無償開示品を身につける間に検討できる。
 けれど、所属して損は無い。今後所属ひとつでも空き待ちが当然になってくるだろうから……と、そんな助言を貰った。
 ブンカケンは、例年通り、所属職人を募集していて、無償開示も行われる……。その品にも変更は無かった。
 それに加え、アヴァロンに離宮が建設されることも、国の研究機関となる発表も添えられていた。
 もうひとつ、春には重大な発表があり、それは交易路沿いの都に、速報案を利用し届けられるとあった」
「は? どういうことだ⁉︎」
「分からない。陛下のご出産には触れられていなかったが……」

 アヴァロンが獣人の巣窟であったことや、俺やサヤが悪魔認定されたことどころか、アヴァロンを出奔していることにも一切触れられていなかったそう。
 まぁ、簡単に公にできる話ではないのは確かだ。しかし、責任者の置き換え等は、越冬中に検討されていて然るべき案件だろう。
 それに、国の研究機関となる話は、離宮建設が終わるまでを検証期間として、当面の発表は伏せておく話になっていたはず。
 にも関わらず、発表が添えられていたと?

 唖然とする俺に、サヤが遠慮しつつも、言葉を続けた。

「それで、お弟子さん等が後ろでお話ししているのにも、耳を傾けていたんです。
 今年こそ研修に行きたいと意欲的に取り組んでおられてまして、親方もそれを是としているようで、アヴァロンの問題は何も聞いていないようでした」

 何人かの職人を回ったが、全て同じような雰囲気だったのだそう。

「この春の重大発表というのが、私たちのことでしょうか?」
「そんなわけないだろう! 多分、陛下のご出産に関する通達であるはずだよ」

 流石に陛下のご出産を差し置いて、俺たちのことであるはずがないではないか。
 けれど、そうなると我々のことはどこで公表されるのだろう? まさか……。

「……まさかそこから揉み消そうとしてる?」
「なんのためでしょう?」
「なんのためって……」

 いや、確かに不祥事だし、陛下の御世を乱さないためにはそれが最良だろう。
 けれど、例え陛下がそれを望んだとしても、公爵四家は望むまい。陛下の血筋であるアギーはともかくとして、俺に裏切られた形となるヴァーリン、オゼロは特に、反発するはずだ。
 まさか公爵四家に知られていないとは思えない。あの場にはクロードが立ち会っていたのだし。
 何より俺は公爵四家全ての傘下にいる者を部下に抱えていて、アヴァロンには領事館まで置かれていたのだ。伝わらないはずがない。
 陛下がゴリ押しできるものでもない……はずだ。

 じゃあこれはなんだ?
 何かの罠?
 アヴァロンは今、どうなっている⁉︎

 吠狼らを全て退けてしまっているから、全く状況が分からない。

 けれど、俺が功績を重ねることをよく思わない者も当然いるだろうし、貴族間に広がっていれば反発はもっと大きくなっているはず。
 ならば、やはりアヴァロンの中で揉み消している可能性が濃厚となる。
 しかし、ホライエン伯爵様は領地に戻り、グラヴィスハイド様にこの話をされているのだよな? 俺とサヤが、悪魔とその使徒であったと、そう……。

 どうにも状況が分からない。
 だが少なくとも、このオゼロに俺の手配書は回っていないのだ。
 手配書どころか、逃走時の神殿との死闘すら抹消され、職人にも、この不祥事は伝えられていない……。
 分からない。
 これはなんの動きだ。何が起こっている?
 国は、王家は、神殿は、どうなっているのだろう?
 一生懸命に頭を捻るが、これでは到底分からない。圧倒的な情報不足だ。

 ……だが、もうスヴェトランは、動き出している。

 進軍を開始し、第一波は退けたものの、まだ国境沿いやジェスルからの進軍という次の手が続くだろう。
 その流れに乗じてエルピディオ様を討たれれば、戦況は一層危うくなる。
 なにせオゼロはこの北の地を統べる公爵家だ。陛下不在による国の動きの遅延に続き、ジェスルという不穏分子を抱えた状態で、北からの情報伝達にまで支障が出るとなれば、取り返せない失態に繋がりかねない。それは絶対に、あってはならない事態だ。

 当然アレクの狙いには、それも含まれているはずだ。徹底的に、オゼロを叩く。潰すつもりでいる。
 でも……。

 アレクが誰かが分かって、俺の中でもうひとつ、大きな疑問が生まれていた。
 フィルディナンド様であったアレクを死に追いやったのは、確かに祖父であるエルピディオ様であるだろう。
 まだ幼かったアレクが罪に加担していたとも思えない。理不尽に両親と自分を殺されたと考え、恨んだとしても、それは仕方がない。当然の結果だと思う。
 けれど、そうせざるを得ない状況にエルピディオ様を追い詰めたのは、他ならぬ神殿だ。
 ジェスルは裏の神殿の傀儡。そしてアレクの両親に手出しをしていたのは多分、ジェスルではなく、その、裏の神殿の方。エルピディオ様がジェスルの痕跡を掴めなかったと言っていたのは、それが理由だと思う。
 それを現在、その裏の神殿に属しているアレクが、気付かないだろうか?

 そんなはずはない……。

 分かっているのだと思う。その上で敢えて、あそこにいるのだ。
 なんでもしてきたと言ったアレク。自らを死に追いやった場所で、汚泥を啜るような方法で、食らいつき、生きてきた。何かを成すために。

 ……何かじゃないな。

 もう分かる、復讐のためだ。
 存在するもの全てに対し、復讐するため。
 自分にこんな苦しみを押し付けた世の中を。
 それを前世の業ゆえだと笑う神を。
 ならば自分に復讐させるお前たちも、それに値する業を抱えているのだと、知らしめるためだ。
 そのためだけに、全ての時間を捧げ、費やしてきた。

 だからこそ……ただ阻むだけでは、この戦は止まらないだろう……。

 どれだけ阻止しようが、アレクはどんな手を使ってでも、破滅をを推し進めようとするだろう。
 例え今回を潰しても、また次、その次と、手を打ってくる。彼が死ぬまでそれが続くだろう。
 ここで足踏みしている時間なんて無い。こうしている間にも、新たな一手を指され、また罪が重ねられていく。
 それを阻みたいなら、何をすべきだ。何が選べる?

「…………よし」

 優先順位と、何ができるか、どうしたいかを考えた。
 情報が得られないなら、得れば良い。そのために踏み出すしかないなら、踏み出すんだ。

「…………エルピディオ様に、お会いしよう」

 命を賭けるしかないなら、賭けるんだ。
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