異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
927 / 1,121

婚姻の儀 4

しおりを挟む
 白く染められた道を、二人で手を繋いで歩いた。
 歩く中も、白の花弁や紙吹雪が舞い、後の掃除が大変なんじゃないかと場違いなことを考えつつも、皆の祝福が嬉しくて……。

 隣を見ると、真っ白い衣で着飾ったサヤが、頬を紅潮させ、俯き気味に歩いている。
 同色の刺繍でほぼ見えはしないのだが、陽の光により柄が輝くように浮かぶ花嫁衣装は、本当にサヤを女神のように神々しく彩っていて、俺には勿体無いのじゃないかとちょっと思った。

 この人が、今日から俺の妻……。

 三つ編みにされ、後方に回された横髪は、纏められた部分に芍薬の花が飾られている。
 薄衣は後方に撥ね上げられているから、麗しい横顔が良く見えた。
 右耳に揺れる、新たに作られた真珠の耳飾。半分に割った真珠は、魚のひれの耳飾から外され、ここにまた使われており、俺の襟にも、かつてサヤに貰った真珠の襟飾がある。

 ……この割った真珠は今度、髪飾に直してもらおう。

 俺の妻となったサヤは、両耳に穴を開け、耳飾りを身につけることができるようになった。
 だから、この片耳だけの飾りは、もう使わない……。
 髪も切ってしまうけれど、サヤが俺に望んだように、俺もサヤに、髪をまた伸ばしてほしいと、お願いするつもりでいた。

 そうしてこれからずっと、その髪を、俺が梳いていこうと思う。
 毎日毎日。毎夜、毎朝。
 始まりも終わりも二人で。ずっと最後までだ。


 ◆


 館に戻り、父上と、貴族のお歴々に迎えられた。ここからはもう、職務としての婚姻の儀となる。

「よくぞ連れ帰った」
「はい……サヤは妻となってくれました」

 父上にそう報告すると、腕が伸び、俺たちの繋いでいた手に、その両手が添えられ……。

「サヤ、其方がこれの妻となってくれたこと、本当に嬉しく思う。これからも、どうか息子を頼む」

 平民のサヤに、父上は躊躇なく頭を下げた。
 それでもって、サヤの貴族入りは確定。サヤはセイバーン男爵家の者となった。

 そうしてその後直ぐに宴へと移動。席は、大会議室に用意されている。
 そこで数々の料理を振る舞いつつ、居並ぶ方々に、サヤを覚えてもらうため挨拶をして回る。
 会場には近衛の方々が警備として立っており、その中にはロレンの姿もあった。
 白い衣装で美しく着飾ったサヤに魅入る様子が少々気になったものの、妻となりましたサヤですと口にして回ることは、俺の不安を払拭してくれた。
 もう俺とサヤは他人ではない。誰憚ることなく、サヤは俺のものだと口にできるのだ。

 主催者側には当然父上もいたのだけれど……。
 途中で疲労の色が隠せなくなり、ガイウスからの申告もあって、退室を許していただいた。
 まぁ、領主はもう俺なので、そこまでの不敬とはならないし、皆様もご了承くださった。

「ホッとして、気が抜けたのだろうよ。其方の晴れ舞台を目にできたからな。
 親孝行だったと思うぞ」

 来客のうちのひとり、ヴァイデンフェラー殿もそのようにおっしゃってくださり、後で見舞おうと申し出てくださった。
 遠方の方だし、領地が慌ただしい時だから無理だろうと思ったいたのに、駆けつけてくださって有難い。
 あまり接点の多くないオーストからも、高官の方がいらっしゃり、挨拶と共に祝いを述べてくださった。
 マルの不在を残念に思ってらっしゃるようだったけれど、今は重要任務を預けているのだと誤魔化しておいた。

 その他にも、交易路を通して交流のある方々と言葉を交わしていく。
 一通り巡り終わった頃に、立ち歩いていたビーメノヴァ様に酒を勧められたのだけど……。

「あまり虐めてやるな」

 陛下がやんわりと止めてくださった。
 昔俺に酒を飲ませたことがある張本人だから、俺がどうなってしまうかご存知だしな。

「ふむ。では奥方殿はどうかな?」

 ビーメノヴァ様はそう言い、今度はサヤに酒を勧める。
 この方自身、多少酔っているのか、あまり思考が働いていないのかもしれない。

「サヤの国も、成人まで飲酒を禁じられているので……」
「おや、その成人を迎えたゆえに婚姻したのだろう?」

 ……あ、そうだった。

「少しくらいは飲んで、勢いをつけておく方が良いと思うけどねぇ」

 含んだような物言いをするビーメノヴァ様。
 その言葉が指すものが何か、当然俺には分かっていた。

 苛立ちを覚えなかったといえば嘘になる。サヤは特にそういったことに敏感だ。
 この日がどんな日であるか、サヤがそれを分かっていないはずがない。今だって気を張り詰めているというのに……。

 余計なお世話だ。
 けれど……。

 よりによって公爵家の方……。

 陛下が俺への勧めを断ってくださったがゆえに、サヤまで断るのは些か……。

「いただきます」

 俺が断りの文句を考えつく前に、サヤがそう言葉を返し、慌てた。
 けれど、サヤも公爵家の方への不敬を懸念し、引き受けてくれたのだろう。
 その返事ににこりと笑ったビーメノヴァ様は……。
 持ってきていた瓶を傍の机に置き、別のものを手に取った。

「初めてなら、この銘が良い。
 少しだけにしておこうな。いきなりは身体に毒だ」

 絡んできたわりに気遣ってくださる……。
 そうして、本当に少量、硝子の杯に入れられたそれに、ホッと胸を撫で下ろす。

 酒は飲まないから、味や酒精量には詳しくないのだけど、これくらいならば……。

 杯の底の、薄桃色に色付いた酒を見ていたサヤ。
 口元に近付け、香りを嗅いでから恐る恐る、口に流し込んだ。
 ちびりと本当に、少しだけ。
 けれどそこで瞳を見開いて。

「あ、飲みやすい……」
「それは口当たりが良いだろう? 酒精も然程強くない」

 杯のものを全て飲み干した。とはいえ、二口分も無いほどの量だ。サヤの変化は特に無かった。
 それを見て瞳を細め、笑みを深くしたビーメノヴァ様は、持っていた瓶をサヤに手渡す。

「この銘柄を覚えておくと良い。
 ベイエルの私に勧められて気に入ったのだと言えば、それを注いでもらえよう。
 酒は多種多様だし、酒の席は色々な輩がいるからね。線引きに、私は有用だよ」

 そう言いひらりと手を振って立ち去る。
 ……あ、これってもしかしなくても、サヤが無茶な酒を勧めなれないよう、牽制手段を与えてくれたのか?

「それは、ベイエルの酒だ」

 ビーメノヴァ様を目で追っていた俺の背に、陛下のお声。
 振り返ると、ニヤニヤと笑う陛下。
 俺がビーメノヴァ様を警戒しているのを、察していた様子だ。
 だって、ベイエルとは特別な接点を持っていないし、恩の押し売りをしてきたのかと思ったのだ。
 けれど陛下は、サヤの持つ瓶を指差す。

「あれの言う通り、飲みやすいし強くもない。サヤへの見立てとしては、確かに良いと思う」

 そう言われ、そう言えばベイエルは葡萄酒の産地だったと思い出す。
 なら本当に、ただの厚意でああしてくれたのか?

「それで恩に着せようなんて風には思うておるまいよ。あれも損はしていない。
 ベイエル公爵家のビーメノヴァから勧められた酒と言えば、今後其方らを招く席には、必ずそれを用意することになるしな」

 成る程。
 自領の特産品の売り込みであったらしい。何気にマメな人なのかもしれない。
 まぁ、女装した俺にも甘かった人だし、全般的に女性には優しいのだろう。そう思っておこう……。

「ま、お前が相手をしたなら容赦無く強い酒を注ぐ気であったようだがな……」

 お前にと持ってきたその酒、かなりの強者だぞと、机に置かれた瓶を指差す陛下。

 …………いきなり喧嘩を売られるところだったらしい。

 あのアギーの社交会後、男の俺が女装していたと知ったあの方、どう思ったんだろうな……と、心配になった。
 まぁ、わざわざ出向いてこられてるし、今回だって何も仰ってなかったし、こちらから聞くこともないだろう……うん。触れない方向でいこう。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?

サイコちゃん
恋愛
リジューレ伯爵家のリリウムは養女を理由に家を追い出されることになった。姉リリウムの婚約者は妹ロサへ譲り、家督もロサが継ぐらしい。 「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」 リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...