異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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最後の春 2

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 春の会合が終わり、セイバーンに戻ってくれば、もう雨季が間近だ。

 にわかに忙しくなった俺たちは、まず帰宅早々に、研修生用の宿舎確保をどうするか……という問題から確認することとなった。
 今回の王都入りは留守番していたマルが、その間に色々な調節を進めてくれていたのだけど、研修生の到着は待った無し。俺たちの後に出立したろうから、下手をすれば数日後には到着だ。

「宿舎から、数部屋を確保しています。
 学舎と王都勤めを経験したならば、庶民と同じ扱いにもある程度耐性があるでしょうし」

 学舎出で成人までということは、せいぜい二年前後の滞在期間だ。
 貴族出身ならば当然自活などできないだろうし、学舎の延長戦としての宿舎暮らしを受け入れてもらうことになった。
 また、今回唯一の女性である女近衛の一名は、女性用宿舎に一室を設けてある。

「離宮の予定地もいくつか選別していますので、そちらの確認をお願いします。
 ただ、陛下はそれまでの間もこちらに出向き、出先機関となったブンカケンを視察したいという意向でしたから、ブンカケン内にも部屋を確保しておきましたよ」

 ブンカケンの建物内で、現在ほぼ使われていない三階。
 通常なら、貴族は地位が高い者ほど上階を使用するという、習慣的な常識が存在するのだが……、父上は足が不自由なため、一階の離れを使い、俺は俺でいちいち三階までの上り下りが面倒で、部屋を階段近くの二階に設けてしまった。
 サヤも女性用宿舎に部屋を持っており、実質三階はずっと空き部屋だったのだが、その三階を丸々陛下ご滞在時に使用するとしたらしい。

「……大丈夫か?」

 吠狼の警護があるブンカケンが、この村の中で最も強固な守りを誇っているのだけど……王族も影を持つ。こちらの影の動きは当然察知されようし、なんなら絡まれ、吠狼に獣人が含まれることがバレてしまうかもしれないと、そう思ったのだけど……。

「一見して獣の特徴を有した者は、元々村内には配置していなかったのですが、念のため周辺も含め、獣人は極力退けます。
 町人となっている獣人に関しては、そうもいきませんけれど……。移動させられる者は移します」
「…………だけどそれでは……」

 獣人たちの普通に暮らせる村を作るという、当初の予定が覆されてしまう……。

 マルは俺の懸念に、ひとつ溜息を吐いて、仕方ありません……。と、言葉を綴った。

「ですが、妥協案を確保したので、それで我慢しますよ。
 獣人らは、交易路の工事を終えたセイバーン村に移します。
 ここ、これから宿場となるよう改良していくってことで」
「……? 宿場……」
「速報案に出した関所ですよ。関所って言い方もおかしいですし、サヤくんの所では道の駅とか、サービスエリアって言うそうなんですけどね、どっちも微妙だなって。
 それで古くは宿場という言葉が使われていたというので、それにしました」

 この宿場、場所ごとに名前が付くそうだ。例えば今回だとセイバーン宿場などになる。
 それがまた、旅人らの指標となったりするのだそう。

「丁度周辺に宿舎もありますし、食事処もあるのでね。
 各地に宿場を作る用例としても必要でしょうから、完全な設備を有した施設としましょう。
 少し整備しますが、畑の方には影響の出ないようにしますよ」

 領主の館が無くなり、使用人として働いていた者らは職を失っている。
 交易路建設中は、滞在する騎士らの身の回りの世話役として働いていたのだけど、それも終わり、些か職不足だ。
 内職等で稼ぎは確保できているのだが、職種は多いに越したことはないだろう。

「分かった。その方向で進めていこう」

 それでこの件は一旦保留となったのだが……。

「それはそうと、孤児院の方、例の孤児が浮いてるそうですよ。
 あと、ロジオンが貴方に会う時間が欲しいと言ってきました」

 例の孤児とは、神殿から預かった子のことだろう。
 ロジオンは……何か問題でも起こっているのか?

「……分かった。とりあえずシュヴァル馬事商から寄ってみる。
 サヤ、それと……シザー」
「はい」
「……」

 こくりと頷き、呼ばれた二人が立ち上がった。

「帰って早々悪いけど……」
「それはお互い様ですよ」

 三人で久々の、村の巡回に向かうことにした。


 ◆


 村を出て、徒歩半時間の道を馬でほんの十分ほど。
 シュヴァル馬事商の拠点としてある馬場に赴くと、囲いにいた馬たちがこちらを見た。
 なんだ? 来客かな? といった感じに首をひょこひょこさせる姿が可愛い。ここの馬もだいぶん増えてきた。

 そのまま足を進めていくと、小屋の中から小さな影が飛び出してくる。

「クー、こんにちは。ロジオンはいる?」
「あっレイさまー! いるよっ、よんでくる」

 少し大きくなったクーは、とうとう仕事を貰えたようで張り切っている。どうやら受付係は、ティムからクーへと引き継がれたようだ。
 駆けていく後ろ姿を見送り、その幼き姿につい考えてしまうのは、子供らの教育のこと。
 クーとティム……幼い子供たちを学校へ通わせないか……と、何度かロジオンには話しているのだけど……やはり、なかなか難しいよう。
 子供たちの抜けた穴は、人を雇って埋められると助言してみたものの、口伝のみで伝えられてきている特別な技術を、血族以外に伝えるというのは考えられないことであるようだ。
 結果、彼らはここで、北の地でやっていたと同じ方法を、頑なに守っている……。

 とはいえ、子供というのは元来、好奇心旺盛な生き物だ。
 ティムは村の子供らのやっていることが気になっているようで、俺が訪れると、こっそり字について質問してくる。
 ねぇ、ティムって、どう書くの? ロジオンは? クーは? と、そんな風に聞かれると……なんとかしてやりたいと、思うのだけど……。

「領主様。申し訳ない。ロジオンは先ほどここを離れてしまった。
 直ぐに戻ってくると思うのだが」

 子供らのことを考えていたら、クーに呼ばれた小柄な人影が小走りでやって来た。
 短衣にダボついた細袴、腰には毛皮を挟み帯を巻いてある。頭にも布をぐるりと巻いて、髪を丸ごと隠した出で立ち。
 馬事師という職務の中で、『慣らし』という役職に就く者の姿だ。

「ロジオンいなかった」

 いると言ってしまったクーは、少しバツが悪いらしい。
 俯いて、頬をぷっくりさせたむくれ顔。
 その額をペチンと叩いたのは、呼ばれてきたその人物、アガタ。

「その態度はなんだ」
「大丈夫だよアガタ。クーは急いでくれた。頑張ってくれたよ」

 怒るほどのことじゃないと諫める俺に、アガタは困ったように眉を寄せる。
 北の地での記憶が無いクーは、貴族といえば俺たちしか知らないから、つい気安く接してしまうのだ。
 けれど、北での記憶がはっきりとあるアガタにとって、クーの態度は、首を跳ねられても仕方がないものだと思えるよう。
 いつも俺の顔色を伺う気配のあるアガタは、今日も俺の態度に敏感に反応する。

「その……戻ったならば直ぐ、館に向かわせるが……」
「いやいや、直ぐ戻るんだろ? なら待つよ。ところでティムはどこにいるのかな?」
「ティムもロジオンと共に行動している」
「そうか、残念だな……」

 今日教えるのは、アガタの書き方にしようと思っていたのだけど、居ないとは……。

 俺の要求がことごとく叶えられないことに焦ったのか、そわそわと視線を彷徨わせたアガタ。

「……あの……よければ、馬の様子を……見ようか」

 長くセイバーンを離れていたのだからと、気を使ってくれたよう。

「手間じゃないならお願いしたい」
「手間じゃない」
「じゃあ頼む。あ、馬房に連れていけば良い?」
「こっ、ここで預かる! なの、で……その……貴方がたは、小屋の中へどうぞ」

 あまり規格外の動きをするとアガタが困ってしまうだろうから、お言葉に甘えて、小屋で寛がせてもらうことにした。
 その場で三頭の馬の手綱をアガタに預け、俺たちは小屋に向かった。
 俺たちの背中を、アガタはほっとした様子で見送っていた。
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