異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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最後の春 3

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 アガタは、子の中では最年長。そして女性だ。
 けれど、男のなりをしており、男として振る舞っている。
 当初はサヤと同じく、男装で身を守っているのかと思っていたのだが……そうではなく、彼女の『慣らし』という職務は、男装した女性か、まだ骨格の華奢な少年が行うものであるらしい。
 慣らしというのは、若い馬のうちから、人が乗ることを当然とするように、馬に覚えさせる重要な職務だそう。
 馬もまだ未熟な体格であるため、身の軽い者がこれを担当するのだ。
 このシュヴァルには、現在適した体型の者がアガタしかおらず、男装して、その職務の遂行にあたっているというわけだ。
 どうして男装してまで男のなりでなければならないのか不思議だったのだけど、軍用馬を必要とするのがほぼ男性であると言われて納得した。
 まぁ、門外不出の技術だから、俺が知れたのは、ここまでなのだけど……。

「すまない。待たせたようだ」

 半時間も経たず、ロジオンとティムは戻った。
 たいして待ってないよと伝えると、後方で控えていたアガタがホッと息を吐く。

「ありがとう、アガタ」

 そう声を掛けると、意表を突かれたのだろう、慌ててお辞儀をし、去っていった。
 今回はきっと仕方なしに出てきてくれたんだろうなと思う……。アガタって俺のこと凄い苦手みたいだし。

「アガタは俺に慣れてくれないなぁ……。いっつも凄く緊張している」

 俺の一挙手一投足に神経を使い、機嫌を損ねていないか気にしてくる。
 だから俺も、怖がらせないよう、極力近付かないように気を付けてはいるのだけど……。
 やっぱりあんな風に怖がられると、傷付くし、困ってしまう……。

「初めの頃がいけなかったのかな。俺、アガタに何かしてしまった?」
「…………」
「あっ、別に気分を害したりってわけじゃないよ?」
「あれの態度は……あんたが原因じゃない……」

 そこでロジオンは言葉を濁し、俺たちを外へと促した。ついてこようとするティムに、サイロの様子を確認してきてくれと指示を飛ばし、人払い。
 そのまま言葉なく、馬場の周りを半周分ほど歩いたのだけど……。
 人の姿が近くになくなってから、ロジオンはおもむろに口を開いた。

「……北の地で、俺たちが流民となる選択をした最後の切っ掛けが、アガタだった」
「彼女、何か叱責でも受けたの?」
「いや……。
 …………慣らし、という職務は本来、女の方が適していると、言われている……」

 ロジオンの口から唐突に語られたのは、今まで極力伏せてきた、馬事師の仕事についてと、彼らが囲われていた、北の貴族のこと。

「女の方が、馬の機微に敏感だ。
 あの当時まだアガタは幼かったがそれでも……きちんと仕事を任せるに足る成果を上げていたと思う。
 馬は繊細で臆病な生き物だ……。それに人を慣れさせるには、根気と愛情がいる。体格だけで決めるものではない。
 だが当時の領主は、子供が自分の大切な馬で、好き勝手に遊んでいると、不快に感じたようだ」

 馬と信頼関係を築くため、アガタは兄弟と接するようにしていたという。
 背中に被さったり、跨ったり、鬣を美しく刈り込んだりと、かいがいしく。

「……それを咎められた?」

 返事は返らなかったが、そうなのだろうことは察せた。

 ロジオンは伏せたが、男装もまた、問題だったのではないかと思う。
 貴族は女性の職務者を受け入れない傾向が強い。北の地は特に、古い考えが残っていることが多いのだ。
 元々、ロジオンたちが赤の馬を三代にわたり生産できなかったことで、彼らとの契約を打ち切る方向に考えていた当時の領主は、理由なんでなんでもよく、ただ口実が欲しくて難癖をつけていたのではという気もしていた。

「あんたがアガタを性別でどうこう言わないことは、本人が一番よく分かっている。
 だが、あれの中でこれは、簡単に割り切れることではないようだから……」
「うん。俺からは別に、何も言わないし、それを咎めるつもりもないよ。
 理由が分からないから不安だっただけなんだ。俺が何かしてるなら、正したいと思っていただけで」

 そう言うとロジオンは、ふっと表情を緩めて「恩に着る」と、小声で言った。
 そうして「アガタにもよく言って聞かせる」と、言葉が続く。

「無理しなくて良い。……信頼してもらえるかどうかは、言葉で伝えることじゃなく、俺がどうするかってことだと思うしね。
 それよりも、俺に何か用があったんじゃないのか? マルから希望が出てるって聞いて来たんだ」

 すると、驚いた表情。
 てっきり俺たちに何か用があって、ここに赴いたと思っていたらしい。
 こちらから出向かず申し訳ないといったようなことを口にしだすから、ついでだったからと宥める。

「お前たちから言ってくるって、珍しいから。急ぎの件なのかと思ったんだ」
「いや……急ぐ……は、急ぐが……あんたを急がせるほどのことでは……。
 ただ、許可を得るべきかと思ったから……」
「うん?」
「この春から、種付けの量を増やしたい……。
 そのために雌馬を極力確保したいんだが、そうなると騎士用の軍用馬の仕入れを減らすことになる。だから……」
「今年の軍用馬を何頭確保しておけば良いかって話? まだ馬を買える資金を確保できる者は少ないから、なんなら全頭雌馬にして買い付けたって問題無いよ。
 種付けも……お前たちの負担にならないなら、好きにしてもらって構わないが……どれくらいを予定しているんだ?」
「できうる限り。最低でも、今の倍以上にはしたい」
「倍⁉︎」

 それは……また、どうして?
 唖然とする俺たちに気付かぬ様子で、ロジオンの言葉は更に続いた。

「前々から言われていた、人を雇うという話も……少し考えてみようかと、思っている。
 とにかく、これからは買い付けにあまり頼らず、馬を確保できるようにしたいと……」
「……ちょ、ちょっと待って⁉ 何、なんか焦ってる⁉︎ そんなに慌てて生産量増やす必要無いよ!
 それとも何か……何か、理由があるのか⁉︎」

 ロジオンたちが、外から人を雇い入れようとするなんて、当面無いことだと思っていた。
 なのにこんなこと言い出すなんて、尋常じゃない!
 経営的にもまだ安定しているとは言い難いだろうに、全資金を投入してでも買うといった物々しい雰囲気。
 だから慌てて問い質したのだけど……。

「資金的な問題⁉︎ それとも人間関係で悩みでも⁉︎」
「違う、そうじゃなく……」

 ロジオンは、困ったように視線を彷徨わせた。
 言うべきか? しかし……と、逡巡する様子が見えたので、この際全部言って! と、促すと。

「……馬の質が、落ちている」

 良い馬が最も市場に出回るのは春だ。
 貴族は春の会合からが始動となるし、馬の種付けも、春に行われるから。
 そのため、四の月の競売が最も賑わうし、良い馬も多いそうなのだけど……。

「今年は相当な不作だった。
 だが、今年に限ったことではなく、段々と……良い馬が減っているとは、考えていた」

 ロジオンらがシュヴァル馬事商として運営を始めた時からのことらしい。
 競売は北から南へと移動しつつ行われるため、南は元々質の良い馬が少なくなる傾向はあるのだそう。

「西廻りが、東回りかは馬事師によるが、概ね南は中間地点だから……また北に戻っていくことになる。
 どちら周りかでの影響は受けないはずなのに、年々……。
 憶測だが、北で買われる馬の量が増えているのだと思う。そうなると、南に回ってくるのを期待しても無駄だ」
「……北が一定量を買えば、また落ち着いてくるものじゃないのか?」

 供給過多になれば、当然そうなるはずだ。
 けれどロジオンは、眉間にシワを寄せて首を横に振った。

「ならないと思う……」
「なんでそう思う?」
「体力のある馬が見られない。白に至っては全く入ってこない。
 こういうのは……どこかで小競り合いがある時だ」
「そんな話は聞かなかったぞ。もしそうならば、会合の時に……」

 その手の話題が出るはずだ。と、そう言ったけれど、ロジオンはまた、首を横に振った。

「違う……。
 多分、もっと北で買われている」

 そうして、厳しい北の地では、フェルドナレンの外に馬を売る密売業者が存在するのだということを、彼は、初めて教えてくれたのだ…………。

「買い付けてるのは、スヴェトランだと思う」
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