異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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 ダウィート殿の更なる問い。
 貴族であるのに、貴族の特権を捨てるつもりかと、敢えての指摘。
 そんなもの……初めから欲していないって、分かっているでしょう?

「書き手が増えれば、照らし合わすための資料が増える。
 沢山の書物が残れば、何かが失われても、別の何かでそれが残っていたはず……。
 我々貴族はごく些細な特権を守るために、多くの犠牲を払っていた可能性があります。それが後々、自分の首を絞める所業だと気付かずにね……。
 情報を握るというのは、それだけ重大な責任を負うことです。だからこそ、貴族の独占はもう、あってはならないと考えます。
 民の識字率を上げる。即ち、貴族にのみ特権が行き渡るようになっている、この天秤の傾きを正そうと考えた。それで合ってますよ」

 ダウィート殿の警戒がどこに向けられているか。
 それを見極めるために、敢えて際どい言葉を選んだ。
 貴族の力を削ぐのだと。貴族の俺が口にする。

「貴方の考えは危険であると、私は思います……。
 秘匿されるものには秘匿されるべき理由がある。
 確かに全てがそうではないでしょう。でもそれを理由に手綱を緩めてしまえば、本当に守るべきものが守れない。
 私は、前時代の知識が失われたのは、こちらの理由が大きいと考えます。
 守るべき技術を守る力を持たなかったがために、守り通せなかったのだと。
 だから貴族が、力ある者が、失うべきでない、残り僅かな知識を庇護している。それが秘匿権でしょう」
「勿論、秘匿すべきものがあることは、重々承知しておりますよ。
 けれどそれを守ろうとするあまり、数多の可能性を切り捨てることを、私は厭うているのです。
 ただ守るだけなら、それはいずれ失われます。世を謳歌していたラクルテルですら、そうだった。
 ですから……ね。
 別にオゼロの秘匿権を開示しろだなんて、私は言いませんし、今後も言うつもりはないんです。
 我々が見つけたものだけ。それを広めようと考えているだけです。
 そのために木炭が必要で、王家が本当の姿を晒したこの時代、国のあり方が問われるこの時代に、少しでも国民の生活を豊かにするため、力をお貸しいただきたいと乞うているのです。
 木炭の値上げは困ります。他の輸送路で対処できるのならば、それで対応していただきたい。
 できないと言うならば、オゼロは私どものすべきと思うこと……国の内政に力を入れよとの陛下の思し召しを、尊重せぬのだととらえます。
 そして、こちらもそれを踏まえて行動します。
 私も職務ですから。無いから無理だなんて、言っていられないのですよ。託されたからには、陛下のご期待に応えるつもりです。
 少々遠回りにはなりますが、そうですね、例えば……別の燃料を模索し、確保する……だとかね」

 顔色が変わった。

「その中に、オゼロの持つ秘匿権と似て非なるものが含まれている可能性はありますが……」

 それまでのこちらを探る気配が、更に警戒を強めるものに、傾いた。
 そうですね。この言い方だと木炭に取って代わるものがあると、示唆しているようにも聞こえる。

「お聞きの通り、前時代の文献は、然程残っておりませんから」

 無いとは、言いませんけどね……。

「私は私の思い描く未来さきを形にするため、足掻くのみです」

 ここに布石をひとつ置いた。
 木炭を提供してくれるならば、そちらの園を荒らすなどいたしませんよ……と、言葉に含めた。
 単なる口頭での脅しだけれど、笑って済ますことは難しいだろう。
 実際に俺たちは秘匿権の無償公開を始めており、井戸の水をくみ上げる特殊な装置まで開発した。

 それに……これはあくまで今の話なのだ。この先に俺たちは、オゼロの木炭に頼らぬ方法を得る可能性がある。

 例えばそれが、木炭以外の燃料である可能性も……。

 そう聞こえるように、言葉を発した。
 ダウィート殿が俺の思う立ち位置の人物ならば、この話はオゼロ公爵様に直接届くだろう。
 そうすれば、何かしらの形で俺に接触しようとするはず。
 今の時期ならば、次の王都での会合……そこが決戦の場として選ばれるかな。
 それとも、もっと早く、動こうとするだろうか……。

「…………別の燃料……」

 無意識であるかのように、そう零したダウィート殿。

「あくまで可能性の話ですけどね。前時代には、今では考えられないものが山ほどあったようですから。
 私は学舎時代、本を読み漁って過ごしていましたから、色々な記述に心踊らされたものです。
 何もない空から力を得るだとか、砂を金に変えるだとか、荒唐無稽な絵空事が多かったですが。
 ……あぁ、でも水が湧き出る仕掛けは再現できました。他も絵空事ではないかもしれませんね。そう考えると、本当に、ワクワクします」

 敢えて緊迫感を削ぐように言葉を選び、この話はここまでだと暗に示すと、ダウィート殿もそれに応じた。
 それまでの剣呑なやり取りが無かったかのように、俺たちは普通の会話を楽しんだ。
 それができてしまうダウィート殿も、結構な胆力の持ち主だと思う。
 瞳は揺れていたし、少々顔色も陰っていたが、なんでもない素振りを貫いたのだから。


 ◆


 部屋に戻ると、吠狼の二人が待ち構えており、暫くすると他の面々も集まった。
 まずはじめにジェイドとアイルから、レイモンドとヤロヴィ宝石商団についての報告。

「部屋に戻って、厠に行くふりして外に向かった。
 んで、紙に石を包ンで、ご丁寧に油紙まで巻いて、外に投げてやがったぜ」
「わざわざ雨の中を散歩していた商団の輩が、その包みを拾った。
 定期的に外に人を向かわせていたから、もとより示し合わせていたのだろう。流石に紙の中は見れなかったが……」
「ンなン、悪巧み書きつけた紙に決まってンだろ」
「分からずとも、これで繋がりがあることは、はっきりしたがな」

 ブリッジスの商団は、問題無く吠狼の経営する一棟貸しの宿に入り、従業員の勧めにより食事処で夕食を取ったそう。
 雨の中、積極的に村の中を散策していたが、それ以外に関しては、これといって目立った行動は取っていないよう。
 開村前の村は店舗も閉まっているし、買い物等の、他にすべきこともなかったからな。

「散歩中は調子外れの口笛を吹く輩が多かった」
「口笛?」
「なんの歌かは知らん」
「…………村を散策する輩……全員がか?」
「違う。護衛の傭兵団と思しき者らのみだな。随分と人相の悪い連中をご利用のようだ」
「見合ってンだろ。嫌がらせに買い占めする連中なンだからよ」
「傭兵団……」

 行商団が傭兵を雇っていることは珍しくない。
 特にヤロヴィのような、高額商品を扱う店なら、当然の自衛として傭兵を雇うだろう。

「……村の地形確認か?」
「そういうことをするの?」
「あぁ、俺たち傭兵は、町や村の中でも護衛対象を守ることが契約に含まれている。
 だから、ある程度周りを把握しておこうとするものだ。が……」

 口笛……と、呟いたオブシズは、眉間にしわを寄せる。
 何か考えている様子であったけれど、とりあえず彼の思考が纏まるまでは保留しておくか……。

 次はウーヴェより、ブリッジスへの対応を行った際の報告。

「買い占めに関しましては、ヤロヴィよりの謝罪は特にございませんでした。土産を購入しているだけだと……。
 個数制限後は、制限の中でしか購入していないということです。
 また、今一度髪留めを取り扱いたいという旨の商談を持ちかけられたのですが……申し訳ありません、私の一存でお断りいたしました……」
「え?    正規取引契約を結んでもらうって話じゃなかった?」
「そうだったのですが……職人に無理を強いる取引を当たり前のように提案されまして、その内容では無理ですとお断りさせていただきました。
 こう申しましては……いや、正直に申しまして、職人に対する横暴さが私にはどうにも受け入れられず……!
 大口であったとしても、好ましく思えなかったもので、申し訳ございません!」

 深々と頭を下げるウーヴェ。だけど、謝ってもらうようなことは何もない。

「いや、ウーヴェがそう判断したならそれで良い。
 正直長く縁を繋ぎたい相手でもないしな……。ていうか、正規取引契約突っぱねてくるかと思ってたのに……繋ぐって?」
「いえ……繋ぐと申しますか……忠告だと申されました。それを飲むならば契約を結ぶのもやぶさかではないと」

 上から目線かよ……と、ギル。結局彼も気になるからと、ここに参加したのだよな。

「それがその……この品は利益率が低いのでもう少し勉強しろとゴリ押しされ……職人の取り分が多い。この細工ならば今の支払いの七割で充分だとか、その上納期を縮めさせるべきとか…………」
「…………断ってもらって良かったよ。こっちの職人の働き方にまでケチつけてくる商人なんてまともじゃないから。
 そもそも、職人たちに髪留めだけを作らせておくつもりはないんだよ。これはあくまで、稼ぎの一部で良いんだ」

 俺の言葉にホッと胸をなでおろしたウーヴェ。
 だから「ウーヴェの目は信頼してるって言ったろう?」と、念を押すと、恥ずかしそうに苦笑。
 ウーヴェの決定で良いんだよ。ここの店主はウーヴェなのだから、職人を大切にしてくれるからこそ、貴方が店主なんだ。

 さて、じゃあ残りはカタリーナたちだけど……。

「カタリーナたちは大丈夫だった?」

 そう問いかけると、思案に耽っていたオブシズはハッと我に返り、カタリーナたちの様子について報告してくれた。

「……結局、ヤロヴィの来訪は伏せたんだ……。
 下手に口にすると、逆に混乱させてしまう気がしてな……」
「そうか……。まぁ、知らないで平穏に過ごせるなら、その方が良かったと思うよ」
「あぁ。相変わらず敷地は出なかったし、ヤロヴィには気付いていない。
 俺が来たことは訝しんでいたが、ジークが模擬戦要因に呼んのだと、気を利かせてくれてな」
「模擬戦要員……」
「あぁ……お陰で子供らの剣の稽古に付き合わされた……が……」

 そこでオブシズは、少し言い淀み、結局考えた末、言っておこうと思ったのだろう……。

「……カタリーナたちではないんだが……今日は男児どもが……夕飯の席で、静かだったような気がするんだ……」

 稽古の時は元気すぎるくらいに元気で、野盗さながらに一対多数の戦法を仕掛けてきて大変だったらしい。

「実践慣れしてる奴らだからな……」
「子供相手にかよ。鈍ってンじゃねぇの?」
「馬鹿を言え。石飛礫やら投擲やら駆使してくるから手こずっただけで、当然下したさ。
 ジークにそれは剣の稽古じゃないと叱られても大笑いして……そこまでは、いつも通りという雰囲気だったんだがな」

 また少し考え……「ハヴェルが、珍しく食事を残した」と、言葉が続いた。

「…………残した?」
「あぁ、まぁ……ハヴェルだけな。いつも食事の後は騒ぎ立てて走り回る連中も、今日は行儀が良かった」
「稽古で疲れたンじゃねぇの?」
「…………まぁ、そうかもしれんが……」

 なんとなく座りが悪い。そんな様子のオブシズ。
 だがその違和感は俺も確かに感じていた。
 今まで、子供らが食事を残すなんてこと、一度だって無かったのだ……。

「ん……明日も食事はオゼロの方々と共に取ることになるだろうしな……。
 朝方、極力時間を作って一度孤児院に顔を出すことにする。俺も様子を確認してみるよ」
「そうしてやってくれ」
「あっ……」

 そんな時だ。

 それまで黙って情報交換を見守っていたサヤ。
 それが不意に声を発し、窓辺に足を急がせた。

「どうした?」
「えっと……」

 窓を開ける。
 降りしきる雨。雨音が大きくなり、そんな夜空に向かい顔を向けていたサヤなのだけど……。
 窓を閉め、戻ってきて、なんとなく釈然としない……といった風に、首を傾げ……。

「……気のせい?    だったみたいです」
「何が?」
「いえ……聞こえた気がしただけだと思うんですけど……」

 口笛が。と、サヤ。

「…………調子っぱずれの音階の?」
「いえ、イイイィィっていう……高くて短い音です……多分風の音か何かを、聞き間違えたのかと。
 こんな夜中ですし……」

 そう判断したサヤであったけれど、彼女の耳が特殊なことは、皆が理解している。
 ジェイドが確認すると言いだし、結局また窓が開けられた。
 そして、音のない音が幾度か吹き鳴らされ、ハインとアイルが耳を塞いでいたのだけれど……。

「聞き間違いではない。短く高い音が一度。
 北側から響いた気がする。だそうだが」

 という、アイルの返答。

「北側……って、ここだよな?」
「ここ、騎士宿舎、孤児院、治療院までかな、北側と言うなら」
「……………………」

 皆で顔を見合わせた。
 なんだろう……状況は理解できないけれど、とにかく違和感はある。

「歯に物が挟まっているみたいな感じだ……」

 なんか気持ち悪いなぁとユスト。

「……とりあえず。今話したことは全て頭にとどめておいてくれ。
 見張りは絶やさず、滞在中の者らには必ず誰かを付けておく。
 相手の行動は交渉次第だと思うけれど、動くとしたらブリッジスらになると思うから、気を抜くな。
 以上、ちょっと大変だと思うけど、よろしく頼む」
「はっ」
「畏まりました」
「当面寝不足かぁ」

 各々が愚痴を口にしつつ、俺の部屋を辞していき、最後に残ったのはハインのみ。

「ではさっさとお休みください」
「はい……」

 ちゃっちゃと寝支度が整えられ、俺は寝台に放り込まれた。
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