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視線 6

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 昨日はゆっくりお休みいただけましたか。と、言う俺に、ダウィート殿は「お気遣いありがとうございます。よく休めました」と、当たり障りない返答を返した。
 朝食の席。本日の会合はいつ頃から始めましょうかと問うと……。

「必要なお話は昨日全て伺えましたので、本日午後より帰路につこうと考えております。
 つきましては、午前を利用して、この拠点村の視察を許可いただけませんでしょうか」
「…………視察……ですか」
「はい。我が主は拠点村に強い関心を示しておいでなのです。その土産話にでもなればと。
 それと、昨日は告げませんでしたが……実は木炭に関しましても、主より極力便宜を図るようにと仰せつかってきております。
 ですので、とりあえず今は、前向きに検討をさせていただくとだけ。八の月にあります王都での会合。そちらに結果をお持ちできるよう、早めに戻ることに致しました」

 部下の二人は驚くでもなく、淡々と朝食を摂っており。このことは部屋で予め、伝えられていた様子。
 昨日までのやり取りがなんだったのかというほどに、あっさりと告げられた、便宜を図る……の、言葉。

「視察……ですか。
 申し訳ないのですが、この村はまだ開村前。一般客は八の月より受け入れる予定なのですが、貴族は来年度を見越しております。
 なので本来は、お断りさせていただきたいのですが……」

 ちらりと俺に視線を向けてくるレイモンド。
 広の視点を維持している俺には見えていたけれど、敢えて気付かぬふりを貫く。

「せっかくですので、職人の不敬に目を瞑っていただけるのであれば、許可を出しましょう。
 ここには貴族慣れしていない職人が多いうえに、幼子も多い。それをどうか、ご理解いただきたい」

 引きつるように持ち上がる口角。それを昨日同様、手で隠したレイモンド。

「それで構いません」
「申し訳ないが、護衛を兼ねて案内を付けます。それも、ご承知いただけますか?」
「無論」

 では準備が整いましたら、部屋に使いをやりますと約束した。
 帰りの荷物を纏める必要もあるため、一時間後ということで、食堂を後にしたオゼロの方々。

 これがレイモンドにとって想定内なのか、外なのか……。
 午後には帰還すると言うならば、もう時間は然程無い。

 さて、どう動くだろうな……。
 レイモンドは。


 ◆


 一時間後ということで少し時間が取れたため、俺はサヤ、オブシズを伴って、孤児院に向かうことにした。
 朝食の終わった時間にバタバタやってきた俺に、子供らは不思議そうな顔。

「おはよう。今日はちょっと忙しくてね、食事を共にできそうになかったから、先に顔だけ見たくなったんだ」

 そう言うと、子供らはいつも通り遊ぼうとか、今日は文字の練習しないの?    とか、色々話しかけてくれる。

「ごめんな。あまり時間が無いんだよ。
 今村に貴族の偉い人が来ていて、村の中を視察したいっておっしゃってる。
 ここにも来ることになるかもしれないから、それを先に告げておこうと思ったんだ。
 一応、中を案内するようなことにはならないようにしようと思うけれど、相手次第なところもある。念のため今日もオブシズをこちらに置くよ」

 俺の言葉に、職員らとカタリーナは若干訝しげな顔。
 けれど、貴族に粗相をし、子供が手打ちにされてしまうといった話はよく聞く。気をつけなければと気を引き締めたようだ。特にカタリーナは気負いすぎなほどに表情が硬い。

「大丈夫。オブシズは貴族慣れしてるから、何かあったら彼を頼れば良い。間違っても皆を危険に晒すようなことはしないよ」

 皆が遊んで過ごす大部屋の前にオブシズを残し、俺とサヤは更に足を進めることにした。

「今日の朝食は……あぁいた、テイク!」
「あれっ、おはようレイ様。朝食向こうじゃなかったっけ?」
「朝食はいいんだ。それよりちょっと良いか」

 彼も学舎在学歴のある男だから、貴族対応は慣れている。
 事情は知らずとも、子供らには気を回してくれるだろうと、貴族の視察の可能性を伝えておいた。

「へー、なんかレイ様忙しいんだ」
「うん。いつもはこんなこともないんだけど……まぁ、一応気を付けていてくれる?
 昨日に続き、オブシズをここに残す。彼も元貴族だし、貴族対応は問題無い。二人で子供らを頼むよ」
「了解。まぁそれは良いんだけども。
 …………それよりさぁ」

 テイクが腕を伸ばして来て、俺の首をがしりと捕まえた。
 そうして部屋の隅に連行される。な、なに?

「昨日今日ここに来たばかりの僕が言うのもなんなんだけどさぁ、なんか子供らが、変」
「……変?」
「初日すっげぇ元気だったじゃん。長雨で鬱憤溜まってんのかもしんないけど、あの後も悪戯ざんまいで、僕散々いじめ倒されてんだけどさ」

 ……そんなことになってたんですか?

 誰とも距離感の近いテイクは、昔から子供に好かれやすいのだけど、今回も例に漏れず、子供らに子供認定されてしまっていたよう。
 学舎を卒業してから何年も経つし、もうそこまでじゃないと思ってたのだけど……そこは今まで通りだったらしい。

「昨日の夕方くらいからかな、仕掛けてこねぇの。こっちは全力警戒してんのに!    何?    なんかとてつもない大きな陰謀の予兆?    レイ様何か聞いてない?」
「いや……何も聞いてないけど……?」
「嘘っ⁉︎    一緒になって僕を陥れようって魂胆じゃない⁉︎    庭の隅に巨大落とし穴製作してたりしない⁉︎」
「……この時期じゃ溜池になってしまうよ……」

 そもそも庭の隅に落とし穴を製作したところで人は来ないだろうに……。
 相変わらず若干とんちんかんな被害妄想だよなぁと、半ば感心してしまった。警戒してるって言うより、期待してる風に聞こえなくもない……。
 けれど、テイクが違和感を感じているなら、子供らの異変は確かなのだと思う。同じ目線に立てる彼だから、そこはほんと、信頼しているのだ。

「そういえば……昨日、口笛を聞いた?」

 一応念のために聞いてみたのだけど……。

「口笛?    まぁ……何度か聞こえたけど?」
「夜中のやつは?」
「夜中?    夜中って僕……寝てたし」

 そりゃそうだよね。
 現在、館の客室の一つで寝泊まりしているテイク。
 一応館の料理人となってもらったため、使用人宿舎に近々引っ越すのだけど、それはこのゴタゴタが終わってからということでお願いしている。
 因みにヨルグも客室。とはいえ、朝も早くからロビンたち装飾品の職人の元へと足繁く通っているので、館にはほぼいない。
 それというのも、ヨルグが持ってきた傷物の宝石を活用する方法を、ロビン、ルーシーと共に話し合っているからなのだ。

「何か……また子供らのことで気になることがあったら、知らせてもらえるかな」
「良いけど……ほんと、なんか企んでたら僕泣くからね?    泣いて呪詛を半日吐き続けるからね?」

 半日なんだ。忙しそうだからちょっと遠慮してくれるってことかな……。

 テイクと別れて、他の職員や子供らとやり取りしつつ孤児院内を巡回した。
 サヤはずっと黙ってついてきているのだけど、耳を澄まし、子供らの会話に何か気にかかるものはないか、意識を集中している様子。
 その中で、ふと、足を止めた。

「?    どうした?」
「誰か泣いてます……」

 泣いてる⁉︎

 サヤが顔を向けているのは洗い場の方。たまたま扉が開いていた。その更に奥の、勝手口も……。
 その先にあるのは、水路沿いにある洗濯物用の洗い場で、屋根はあるものの……行き着くまでは雨ざらしだ。この雨の中ではあまり出向かない場所。
 それにこの時期の洗濯は煮洗いが主で、余程の汚れものでなければ、外は使わない。なのに……。

 唇の前に指を当てたサヤ。俺もそれに頷いた。そうして扉をくぐり、洗い場の中に。
 降りしきる雨の中、外の洗い場に見える人影はふたつ……。勝手口の外に遮蔽物は無いから、出れば即見つかるだろう。
 だから、とりあえずはサヤの耳を頼りに話を聞くことにする。
 人らしき影は二つ見えるものの、雨だれに阻まれて誰かは定められない。
 職員ではないよな。先ほど皆に一通り、声を掛けた。ということは、子供らの誰かだろう。

 トゥシュカとスティーン……。そういえば、まだ中で姿を見ていなかったな……。

 現在十四の彼女らは、ここでは一番最年長で、近くここを出て職を持たなければならない年齢だ。
 とはいえ、まだここに来たばかりの子らだから、何も身に付いていない。だから彼女らに限り、一年の延長をと考えていたのだけど……それはまだ伝えていない。ここに落ち着いて間もないし、もう少し慣れてからと思っていたのだ。

「何か話してる?」
「…………」

 雨音が大きいし、聞き取れないかもしれないと思いつつサヤにそう聞いた。
 それに対しサヤの返事は無く……真剣な顔。
 根気強く待っていると……。

「トゥシュカ、本当は十六だそうです」

 瞳を閉じて、耳に手を当てたサヤ。俺は洗い場の扉を閉めて、外の音と共に人の出入りを遮ることにした。
 そうして音を立てぬように、動きを止める。

「……食べなくっても来ちゃったなら、もう、食べないのはやめよう?」

 食べない……やはりトゥシュカかな。
 ならば、サヤの口から零れているのは、スティーンの言葉なのだろうか……。
 来ちゃった……誰が?    食べないことがどう関係…………っ。

「まだ分かんないよ。娼館にやられるとは限らないしさ、あいつら勉強させてくれるって言ってたし、それ以外の仕事かもしれないじゃん。
 あたし心配だよ……それ以上痩せたら、トゥシュカ本当に死んじゃう。寝たまま起きないんじゃないかって、あたしいつも気が気じゃないんだよ。
 ねぇトゥシュカ、もし娼館に行かなきゃならないなら、私も一緒のとこ行くって言うからさ……最悪でも、二人一緒なら、まだ平気、頑張れるよ。
 だからねぇ、もうやめよう?    お願い、食べてトゥシュカ。あたしを独りにしないでよ……」

 悩む前に、娼館という言葉が出て慌てた。
 十四歳の幼き少女らが口にする言葉じゃないと、一瞬そう思い……あの子らにとってはさほど特別なことではない、ありふれた現実のひとつなのだということを、その言葉の後に目の当たりにした。

「娼館だって、勉強させられるんだよ。
 教養がないと、高い女にはなれないんだから。
 だけど、ちょっと字が書けるくらいじゃ駄目なんだ。礼儀作法に歌、踊り、言葉遣いだって歩き方だって……!
 あたしがついた姉様は頭のいい人だった。貴族と変わらないくらい作法も綺麗だったし……なのに、やな客に当たったらそれまでなんだ。一回の粗相で散々殴られて、たらい回しにされて嬲られて、逃げたら折檻されて、木に逆さに吊るされて、泣いても血を吐いてもやめてもらえなくて、結局死んじゃった……。
 勉強して努力して、それでもそうなった!
 殴られるのも酷いことされるのも当たり前。
 病気もらってぐずぐずになって死んだ姉様も知ってる……だからあたしは絶対、あそこにだけは、戻りたくない。戻るくらいなら、死んだほうがマシ!」
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