異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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逢瀬 1

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 久しぶりの王都。久しぶりの街並み。だけど建物は全く変わっていない。昔からのものを再利用しつつ、続いてきた都市だから。

「だけど流石に店は入れ替わったりしてるな。あそこは俺のいた頃には精肉店だったのに」

 小洒落た装飾品の店に変わっていた。たった三年なんだけどな……。

「それにしても人通り凄い……」

 先程から、幾度となく人にぶつかりそうになっている。男性も、女性も、子供も酔っ払いも、皆が笑顔だから、大ごとにはなっていないけど。
 本日は祝いのため、この近辺の大店では振る舞い酒が用意されていたり、菓子を配っていたりしていて、普段はこの界隈に立ち入らない、下町にいるような身なりの者も、多く出歩いている様子。
 振舞われるものを、味わいに来ているだけなら良いんだけどな……。

「サヤ、危ないからもう少しこっちへ……」

 懐の豊かな富裕層の財布を狙っている輩も、紛れているかもしれない。
 そういった連中が一番に狙うのは、決まって護衛の少ないご婦人方なのだ。
 だから、俺から離れて歩くサヤの手を引いた。
 だけど、一瞬だけ引っ張られたサヤは、直ぐに態勢を取り戻し、俺から一定の距離を詰めてくれない。
 指先だけが握られた左手に視線をやり、今一度サヤを見たのだけど……どうせ薄絹越しで見えやしないのに、慌てて更に頭巾を引き、顔を隠してしまう。

「その……もう少し、こっちにおいで」
「いえ、これで大丈夫です」

 二人の時は訛りのままで喋るのに、それすらしない……。
 いや……大丈夫じゃないでしょ。
 さっきから何度も手が離れそうになっているし、俺たちの間を通り抜けようとする人だっていたじゃないか。
 そう思い歩調を緩めると、サヤの足も止まる。もう一度手を引いてみたけど、がんとして動かない。
 俺たちの後方を歩いていた人が、邪魔そうに舌打ちして、横をするりと抜けて先に行く。
 そんな中で俺が意識していたのは、サヤの指先だけを握っている、左手。
 震えては、いない……いないけど…………。

「…………やっぱり怖いよね……。それなら、戻ろうか」
「えっ⁉︎」

 汗ばむ指先。まだ春先の肌寒さが残る中で、緊張しているサヤが不憫で、もう、腹を括るしかないのだと思った。

「あまり覚えてないんだけど、俺、昨日サヤに結構酷いことしたんだろう?
 だから、怖いなら、我慢しなくていい。
 そうだ、ルーシーと、ギルとでお祭りを楽しんできたら良いのじゃないかな。
 嫌な思いしてまで、俺に付き合うことなんてないからさ。
 あぁでも、戻るまでは我慢して。王都はメバックよりもずっと、治安が悪いから……」

 もうこれ以上は、駄目だと思った。
 理性の飛んでしまっていた俺が、サヤにちゃんと配慮できていたとは思えない。
 俺にだってサヤに対する欲望はあるから、そういったものを隠しもせず、ぶつけていた可能性は、大いにある。
 サヤは、男性の劣情を湛えた視線にだって敏感に反応し、恐怖に身を竦ませる。それくらい、過去に恐ろしい経験をしている。
 そんなサヤが、俺を怖いと思うようになったのだとしたら、それは確実に、俺自身が招いたことだ。
 なら、もう現実を受け止めるしかない……。
 そう思い、道を引き返そうと、流れに逆らい、来た方向に足を向けたのだけど……。

「待って!」

 振り解かれたサヤの腕が、するりと俺の左手を抱き込み、引いた。
 胸に抱え込むようにして縋られ、そちらに引っ張られた身体がつんのめる。

「ち、違うから!    怖いんやのうて、私はただ、は、は、恥ずかしぃて……思うてただけや!」

 急な動きでズレてしまった頭巾から、左目だけが覗いていた。
 頬の染まったサヤが、泣きそうに潤ませた瞳で、俺を見上げている。

「だってレイ、昨日あんな……あ、あんな、やったし、あんなこと、言うし……するし!
 二人きりとか、余計、意識してしまう。それは、仕方ないやんか⁉︎
 もうちょっと、待ってくれたら、もう少し、落ち着いてくる。せやし、戻らんでもええの!」

 必死にそう言い、腕を抱いたまま、俺に体当たりする勢いで身を寄せて来た。
 その勢いに押されて、道の端の方にまろび出てしまい、人の波からはみ出してしまった俺たち。
 流れる人波に呆然とし、腕に絡みついたまま顔を伏せてしまっているサヤを、見下ろした。暫くそうして待っていたのだけど、離れる様子を見せないから……。

「……本当に、怖くない?    俺が悪いんだって分かってるから、無理しなくて良いんだよ?」
「無理してないもん!    い、一緒なんは別に、嫌やない、もん……。で、でも……」
「でも?」
「き、昨日のレイが、頭にチラついて……まだ、落ち着かへん……顔、見るのは恥ずかしい……」
「…………俺、そんなに醜態晒してた?」

 まぁ、聞いた内容だと相当晒してたみたいだけど……。
 だけどそれは、俺が恥ずかしがることで、サヤじゃないと思うんだけどなぁ……。

「醜態……醜態やのうて…………………………い、色香?」

 サヤの返答に、反省しよう。もう一生酒は飲まない。と、改めて誓っていた気持ちが、ぼやける。

「………………はぁ?」
「はぁ?    って⁉︎」
「いや、だって俺男だし」

 昔の、女の子みたいだったって言われていた頃なら、まだしも。

「サヤは普段から俺の着替えだってさんざん手伝ってるのに」

 男の裸を見慣れてるって言ってたのだって、覚えてる。
 それの、一体どこに、色香が?

「あっ、そうか。サヤの国の言葉か!    ごめん、こっちにも色香って言葉があるから、ちょっと混乱してた。
 サヤの国のイロカって、どういう意味?」
「……………………」
「……サヤ?」
「教えへん!」

 プイッと、顔を背けたサヤが、何故か急に怒り出してしまった。
 その急激な変化についていけず、呆然と見下ろす。
 ……イロカって、意味を聞いたらいけない系のことだったのかな?    この前のイケズと同じ分類?

「ご、ごめん。もう、聞かないから……。
 あ、あの、反省してないわけじゃ、ないんだよ?」
「……………………」
「でもごめん、俺、ほとんど何やらかしたか、覚えてなくて……はじめの方は、まだ記憶があるんだけど、その辺りもすでに、思考がぼやけてて……。
 ……。………………あっ…………あっ⁉︎」

 い、いや、いやいやいや!    その覚えている部分にもあった、サヤが怒って当然のこと!

「ご、ごめん!    本当にごめん‼︎    俺、匂い嗅いだり舐めたりしてた!」
「いやーー‼︎⁉︎」
「いやっ、あれはやましい気持ちでやったのじゃなくて、サヤからお茶の匂いがしてて、それの所在を探してたのであって……」
「キャー!    口にせんといて、言わんといて!    思い出させんといてー!」
「待って、謝らせて!    ほんと、あの時は全然、全く、不埒なことは考えてなくて……」
「言わんといてって言うてるー!」

 暫く周りなんて意識に無かった。
 謝ろうと躍起になる俺の口を、サヤが必死で塞ぎにくるから、それを俺がなんとか押しとどめつつ謝罪を口にすると怒られる。という、なんとも不毛なやりとりを繰り返し、お互いちょっと息の上がってしまった頃合いに、周りに人だかりができているのに気付いて、やっと現実に引き戻された。

「……………………あ、あの……騒いですいません!」
「…………な、なんでもないです!」

 そのまま路地に逃げ込み、勝手知ったるなんとやらで、記憶に任せて走った。
 それでも本当に危険な場所には踏み込まぬよう気をつけて、そうして少し離れた場所にある広場に抜け出し、息を整える。

「はぁ、ごめ、あんな……」
「言わんといてって、言うてる!    しつこい!」
「いやだって、弁明くらいは聞こうよ⁉︎」
「それも含めてもういいって言うてる!」

 また言い合いになりそうになったけれど、俺たちをガン見してる子供に気付き、慌てて愛想笑いを振り撒いた。
 いや、違うよ、喧嘩じゃないよ。ちょっと白熱して意見交換していただけだよ。そんな感じで誤魔化し、足早にその場を去る。

 暫く無言で足を進めていたのだけど、そのうちどちらかが吹き出して、そうしたらもう、ふたりして笑うしかなかった。
 ツボに入ってしまってなかなか止まらない。

「あー……もうほんと、これ絶対、一生忘れない……とんでもない十九歳初日の思い出だ……」
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