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逢瀬 2
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五十になっても、六十になっても、恥ずかしいのだろうな。そうして隣で、サヤがやっぱり、笑うのだ。
そんな風に未来を想像し、当たり前のようにサヤが隣にいるのだと、そう思っている自分に、驚きと、幸せを感じた。
そうして、笑うサヤにもう一度視線を戻したら、何故かまた怒った顔!
「レイが悪い! お酒飲めへんって言うといてくれたら私かて、気をつけたのに!」
「いや……酒を飲んだら笑って脱ぎ出すっていうのは、俺も今日初めて知った……。
今までは結構すぐ、酩酊して、意識無くて……。酒に弱いんだ。くらいの認識しかしてなくて」
そう告白すると、何故か驚愕の顔に。
あわあわと手を空中に泳がせて、俺の腕に縋り付き必死の顔で……。
「…………じゃあ、いっつも、あんな風だったってこと⁉︎」
「あ、いや! 普段は全然飲まないから! ハインも犠牲者はほぼ自分とギルだけだって言ってたし!」
「そ、そう。そうなら、うん……。でももう、極力人前では飲まんとこ。その……お、お願いやし……」
「頼まれたって飲みたくない……」
「…………ふっ」
「わ、笑う⁉︎ 俺も結構傷ついてるんだけど⁉︎」
やっと警戒を解いてくれたサヤが、俺の左腕に自身の右腕を絡めたまま、また笑う。
ひとしきり笑ってから、ホッと息を吐き、安堵したように、俺を見上げた。
視線はもう逸らされず、自然と絡み合って、サヤがもう、俺を避けていないことが分かり、俺も内心で本当に、安堵した。
そんな俺を見て、サヤも安堵したのだと思う。
「良かった……。
昨日のレイ、なんやレイやないみたいやって、朝からちょっと、落ち着かんかったんやわ。
けど、今のレイはちゃんと、いつものレイ……。それが分かったし、もう、大丈夫そう。良かった」
「そんなに酷かったのか……ごめん……ほんと、今度から気を付ける……」
そう言うと、またちょっと恥ずかしそうに首を竦める。
「ううん。知らんままより、知ってる方がええ。知れて良かったって思う。
それにその……膝の上は、恥ずかしかったけど…………す、凄く沢山、褒めてくれて……それは、嬉しかったし……」
ちょっと無理やり、俺の痴態からも良い部分を探し出してくれる。
無理しなくて良いのになぁ。って、そんな風に思うものの、心遣いが嬉しかった。
「……お祭り、夜市以来じゃないかな」
「うん。祝詞の祝いは、参加できひんかったし」
「じゃあ、ゆっくり色々、回ろうか。今日は陽除け外套もあるし、俺たちみたいな人も多いから、そんなに目立たないと思う」
「…………うん」
左腕に絡む、サヤの右腕。
だけどサヤはそれをするりと解いて、何故か逆側に回った。
そうして、少しだけ躊躇ったものの、俺の右手に、指を絡ませるようにしてきて……。
「……こっちは、こういうの、する?」
「こういうのって?」
「…………恋人握り…………って、言う。指を……こんなふうに、するの」
あまり自由にならない薬指は、サヤの手を握れず、浮いてしまっていた。
だけどそんな俺の右手を、大事そうに、サヤは握ってくれて、俺を見上げてにこりと笑う。
「どこから、回る?」
その表情が、とても愛おしくて、サヤが自らが、恋人同士でする触れ方をしてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
「サヤは、行きたい場所ってあるの?」
「…………学舎は、見てみたい。
あと、レイが、ハインさんと出会った場所……。
だけど、レイが懐かしい、もう一回行きたいって思う場所なら、何処でもええかなって、思う」
あぁもう。この娘はなんでそう……俺の忍耐を刺激することを、口にするのだろう。
「……学舎は外からしか見れないと思うけど、良いの?」
「うん」
「…………じゃあ、俺がサヤに見せたいなって、そう思う場所も混ざって良い?」
「うん」
「今、凄く口づけしたいんだけど、していいかな」
「う……あ、あかん!」
「だよね。知ってる」
「そ、そういう、悪巫山戯は、あかん!」
いや、実は本気で思ってたんだけどね。
ぷんぷんと怒るサヤに笑って、指を絡めたままの手を引いた。
すると今度は、ぴたりと吸い付くように身を寄せて、サヤの足が俺の横に沿い、同じ一歩を前に。
こんな風に、これからの時間を二人でずっと、歩んでいけたらと思う。
そうなれるよう、俺は沢山、頑張らないとな。
「そういえば、護衛……良かったんやろか」
「そんなの、サヤがいれば充分。
では、行きましょうか、お嬢様。学舎へご案内いたします」
「そ、それもあかん……お嬢様は、昨日のレイを連想するから、あかん……」
慌てるサヤの手を笑って引いて、耳元で「そうやってすぐに慌てるところ、可愛いよ」って囁いたら、サヤはまた、茹で蛸のように、赤くなってしまった。
◆
王都の中を、二人で歩き、人の間を泳ぐように抜けて、思い出の場所を巡った。
たまに屋台で買い食いなんかも挟みつつ。
疲れれば広場に出て、座って休憩した。
まるで夢のような時間だった。
王都を恋人と、二人で……手を繋いで歩くなんて。
◆
薄焼きの麺麭に、少量の野菜と焼いた肉を挟んだものを買い、齧りながら進む。
これを前に食べたのは、学舎にいた頃、ギルたち町人の友人と参加した祭り以来だ。
あの時は、ただ焼いてあるだけの串焼き肉すら妙に美味に感じて、楽しくて門限も忘れ、帰宅が大幅に遅くなってしまった。おかげでアリスさんに怒られたっけな。
思い出すと笑えてきて、サヤがそれを不思議そうに見ているのに気づき、俺も頬が赤くなる。
いや、子供の頃のことを、思い出したんだと言い訳すると、サヤは私も、カナくんとはぐれて、大泣きする羽目になったことがあると苦笑する。だから、手を離さんといてな。と言って、俺と繋ぐ右手を確かめるように握り直した。
サヤから溢れた、カナくんの名に、一瞬胸が詰まったけれど、離さないでと、その言葉が嬉しかった。だから、指を絡めた手を引いて、サヤをすぐ隣に引き寄せる。
「人が多いから、できるだけ近くにいた方が良いと思う」
「……う、うん…」
若干恥ずかしそうに周りを見渡し、最後に俺を見上げてから一歩、身を寄せてきた。
右耳の耳飾の魚が揺れて、鈍く光を反射する。
広場まで来ると、音楽が流れ、踊りを踊る輪ができていた。
貴族のそれと違って、軽快に跳ねるようにして、足捌きで踊る。上半身はというと、ずっと腕を腰に組んだまま。
二重になった輪の内側が女性、外側が男性となって、お互い逆の方向に、踊りながら回転していく。
「逆方向に踊ってる」
「うん。これはそういう踊り。気になる相手がいたら、目で合図を送るんだ。それで、あの輪になった腕に、自分の腕を絡める。
お互いが逃げなかったら、承諾の証だから、踊りの切れ目で輪から抜け出して……」
その先は…………口にしにくいことになる……。
「……まぁ、恋人を探す踊り……かな」
そう濁すと、何かを察したサヤは、頬を染めてあっちに行こうと、俺の手を引いた。
俺たちは、踊りの輪の外側を避けて進み、木陰に空いた空間を発見して、足を止める。
地面に座ることになってしまうけど……こんな日だし、空いた席を探すのは難しいだろう。他にも結構座っているし……だからまぁ、良いよな。
一応懐から手拭いを引っ張り出して広げ、サヤをそこに促した。
「サヤは、疲れていない?」
「大丈夫。レイが先を歩いてくれたから……」
そう言って微笑む。
「飲み物とか、買ってこようか?」
「ううん。別に……それに、離れるんはちょっと、不安……」
「……そう、か。うん」
夜市の時はそれで、サヤに怖い思いを、させてしまったのだ。
俺があの時のことを思い出し、表情を曇らせてしまったものだから、それに気付いたサヤは、慌てて手を振った。
「あっ、夜市の時のやのうてな! あっちで……ちょっと」
少し、寂しさをにじませた笑み。
俺の向こうの、もう見えない何かを見てる瞳で、笑うサヤ。
俺は手を伸ばして、サヤの肩を抱き寄せた。
「れ、レイ?」と、サヤは慌てるが、そのまま肩に頭を乗せて「これくらい周りもしてる」と、耳元に囁く。
それで余計にサヤがガチガチになったのだけど、寂しい笑顔より、真っ赤になってワタワタしてるサヤの方が、俺はホッとする。
「サヤには、俺がいるよ。ずっと一緒にいる。
ご家族や、友人たちのぶんも、俺がサヤを大切にするから」
「レイ、解ってる、から……て、手を離して……」
「駄目。きっとまだ解ってないから離さない」
「解ってる! ちゃんと解ってるからっ」
「駄目」
すぐ近くにあった額に、唇を押し当てたら、胸元から「ひあぁ」という悲鳴が聞こえてきた。
俺はそれにくつくつと笑って首を両手で抱えるようにして抱きしめる。
「解ってないよ。
寂しいのを、笑って誤魔化さなくて良いって言ってるんだ。
寂しいって溢すくらい良い。……泣いても良いんだ」
額に唇を寄せて、サヤにだけ聞こえる小さな声でそう言うと、暫くして、少しだけ肩に体重が掛かる。
「……うん……」
分かってる。誰を思い出して、そんな顔をしたのか。
さっきつい、溢してしまったカナくんの名を、気にしていることだって、分かってるよ……。
覚悟は、もうしてある。
次に機会があったらと、そう、心に決めていた。
ずっと一緒にいる。
サヤの全部を大切にする。
だから、サヤの思い出も……俺は、大切にしなきゃ、いけないんだ。
「…………サヤ。俺……サヤの話を、聞きたい」
「……私の話?」
「うん」
沢山、聞きたいと思ってた。サヤのことを。
だけど、引っかかるその人物を引っ張り出したくなくて、避けていた。
でも、サヤの全ては、そこにある。
俺を俺たらしめた、全てが始まった場所があるように、サヤにもそんな場所があるだろう。
そしてそれは多分……あの事件から、始まってる……。
「教えて。サヤの……全部。
誘拐されかけた時のことも、カナくんのことも、全部を聞きたい」
そんな風に未来を想像し、当たり前のようにサヤが隣にいるのだと、そう思っている自分に、驚きと、幸せを感じた。
そうして、笑うサヤにもう一度視線を戻したら、何故かまた怒った顔!
「レイが悪い! お酒飲めへんって言うといてくれたら私かて、気をつけたのに!」
「いや……酒を飲んだら笑って脱ぎ出すっていうのは、俺も今日初めて知った……。
今までは結構すぐ、酩酊して、意識無くて……。酒に弱いんだ。くらいの認識しかしてなくて」
そう告白すると、何故か驚愕の顔に。
あわあわと手を空中に泳がせて、俺の腕に縋り付き必死の顔で……。
「…………じゃあ、いっつも、あんな風だったってこと⁉︎」
「あ、いや! 普段は全然飲まないから! ハインも犠牲者はほぼ自分とギルだけだって言ってたし!」
「そ、そう。そうなら、うん……。でももう、極力人前では飲まんとこ。その……お、お願いやし……」
「頼まれたって飲みたくない……」
「…………ふっ」
「わ、笑う⁉︎ 俺も結構傷ついてるんだけど⁉︎」
やっと警戒を解いてくれたサヤが、俺の左腕に自身の右腕を絡めたまま、また笑う。
ひとしきり笑ってから、ホッと息を吐き、安堵したように、俺を見上げた。
視線はもう逸らされず、自然と絡み合って、サヤがもう、俺を避けていないことが分かり、俺も内心で本当に、安堵した。
そんな俺を見て、サヤも安堵したのだと思う。
「良かった……。
昨日のレイ、なんやレイやないみたいやって、朝からちょっと、落ち着かんかったんやわ。
けど、今のレイはちゃんと、いつものレイ……。それが分かったし、もう、大丈夫そう。良かった」
「そんなに酷かったのか……ごめん……ほんと、今度から気を付ける……」
そう言うと、またちょっと恥ずかしそうに首を竦める。
「ううん。知らんままより、知ってる方がええ。知れて良かったって思う。
それにその……膝の上は、恥ずかしかったけど…………す、凄く沢山、褒めてくれて……それは、嬉しかったし……」
ちょっと無理やり、俺の痴態からも良い部分を探し出してくれる。
無理しなくて良いのになぁ。って、そんな風に思うものの、心遣いが嬉しかった。
「……お祭り、夜市以来じゃないかな」
「うん。祝詞の祝いは、参加できひんかったし」
「じゃあ、ゆっくり色々、回ろうか。今日は陽除け外套もあるし、俺たちみたいな人も多いから、そんなに目立たないと思う」
「…………うん」
左腕に絡む、サヤの右腕。
だけどサヤはそれをするりと解いて、何故か逆側に回った。
そうして、少しだけ躊躇ったものの、俺の右手に、指を絡ませるようにしてきて……。
「……こっちは、こういうの、する?」
「こういうのって?」
「…………恋人握り…………って、言う。指を……こんなふうに、するの」
あまり自由にならない薬指は、サヤの手を握れず、浮いてしまっていた。
だけどそんな俺の右手を、大事そうに、サヤは握ってくれて、俺を見上げてにこりと笑う。
「どこから、回る?」
その表情が、とても愛おしくて、サヤが自らが、恋人同士でする触れ方をしてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
「サヤは、行きたい場所ってあるの?」
「…………学舎は、見てみたい。
あと、レイが、ハインさんと出会った場所……。
だけど、レイが懐かしい、もう一回行きたいって思う場所なら、何処でもええかなって、思う」
あぁもう。この娘はなんでそう……俺の忍耐を刺激することを、口にするのだろう。
「……学舎は外からしか見れないと思うけど、良いの?」
「うん」
「…………じゃあ、俺がサヤに見せたいなって、そう思う場所も混ざって良い?」
「うん」
「今、凄く口づけしたいんだけど、していいかな」
「う……あ、あかん!」
「だよね。知ってる」
「そ、そういう、悪巫山戯は、あかん!」
いや、実は本気で思ってたんだけどね。
ぷんぷんと怒るサヤに笑って、指を絡めたままの手を引いた。
すると今度は、ぴたりと吸い付くように身を寄せて、サヤの足が俺の横に沿い、同じ一歩を前に。
こんな風に、これからの時間を二人でずっと、歩んでいけたらと思う。
そうなれるよう、俺は沢山、頑張らないとな。
「そういえば、護衛……良かったんやろか」
「そんなの、サヤがいれば充分。
では、行きましょうか、お嬢様。学舎へご案内いたします」
「そ、それもあかん……お嬢様は、昨日のレイを連想するから、あかん……」
慌てるサヤの手を笑って引いて、耳元で「そうやってすぐに慌てるところ、可愛いよ」って囁いたら、サヤはまた、茹で蛸のように、赤くなってしまった。
◆
王都の中を、二人で歩き、人の間を泳ぐように抜けて、思い出の場所を巡った。
たまに屋台で買い食いなんかも挟みつつ。
疲れれば広場に出て、座って休憩した。
まるで夢のような時間だった。
王都を恋人と、二人で……手を繋いで歩くなんて。
◆
薄焼きの麺麭に、少量の野菜と焼いた肉を挟んだものを買い、齧りながら進む。
これを前に食べたのは、学舎にいた頃、ギルたち町人の友人と参加した祭り以来だ。
あの時は、ただ焼いてあるだけの串焼き肉すら妙に美味に感じて、楽しくて門限も忘れ、帰宅が大幅に遅くなってしまった。おかげでアリスさんに怒られたっけな。
思い出すと笑えてきて、サヤがそれを不思議そうに見ているのに気づき、俺も頬が赤くなる。
いや、子供の頃のことを、思い出したんだと言い訳すると、サヤは私も、カナくんとはぐれて、大泣きする羽目になったことがあると苦笑する。だから、手を離さんといてな。と言って、俺と繋ぐ右手を確かめるように握り直した。
サヤから溢れた、カナくんの名に、一瞬胸が詰まったけれど、離さないでと、その言葉が嬉しかった。だから、指を絡めた手を引いて、サヤをすぐ隣に引き寄せる。
「人が多いから、できるだけ近くにいた方が良いと思う」
「……う、うん…」
若干恥ずかしそうに周りを見渡し、最後に俺を見上げてから一歩、身を寄せてきた。
右耳の耳飾の魚が揺れて、鈍く光を反射する。
広場まで来ると、音楽が流れ、踊りを踊る輪ができていた。
貴族のそれと違って、軽快に跳ねるようにして、足捌きで踊る。上半身はというと、ずっと腕を腰に組んだまま。
二重になった輪の内側が女性、外側が男性となって、お互い逆の方向に、踊りながら回転していく。
「逆方向に踊ってる」
「うん。これはそういう踊り。気になる相手がいたら、目で合図を送るんだ。それで、あの輪になった腕に、自分の腕を絡める。
お互いが逃げなかったら、承諾の証だから、踊りの切れ目で輪から抜け出して……」
その先は…………口にしにくいことになる……。
「……まぁ、恋人を探す踊り……かな」
そう濁すと、何かを察したサヤは、頬を染めてあっちに行こうと、俺の手を引いた。
俺たちは、踊りの輪の外側を避けて進み、木陰に空いた空間を発見して、足を止める。
地面に座ることになってしまうけど……こんな日だし、空いた席を探すのは難しいだろう。他にも結構座っているし……だからまぁ、良いよな。
一応懐から手拭いを引っ張り出して広げ、サヤをそこに促した。
「サヤは、疲れていない?」
「大丈夫。レイが先を歩いてくれたから……」
そう言って微笑む。
「飲み物とか、買ってこようか?」
「ううん。別に……それに、離れるんはちょっと、不安……」
「……そう、か。うん」
夜市の時はそれで、サヤに怖い思いを、させてしまったのだ。
俺があの時のことを思い出し、表情を曇らせてしまったものだから、それに気付いたサヤは、慌てて手を振った。
「あっ、夜市の時のやのうてな! あっちで……ちょっと」
少し、寂しさをにじませた笑み。
俺の向こうの、もう見えない何かを見てる瞳で、笑うサヤ。
俺は手を伸ばして、サヤの肩を抱き寄せた。
「れ、レイ?」と、サヤは慌てるが、そのまま肩に頭を乗せて「これくらい周りもしてる」と、耳元に囁く。
それで余計にサヤがガチガチになったのだけど、寂しい笑顔より、真っ赤になってワタワタしてるサヤの方が、俺はホッとする。
「サヤには、俺がいるよ。ずっと一緒にいる。
ご家族や、友人たちのぶんも、俺がサヤを大切にするから」
「レイ、解ってる、から……て、手を離して……」
「駄目。きっとまだ解ってないから離さない」
「解ってる! ちゃんと解ってるからっ」
「駄目」
すぐ近くにあった額に、唇を押し当てたら、胸元から「ひあぁ」という悲鳴が聞こえてきた。
俺はそれにくつくつと笑って首を両手で抱えるようにして抱きしめる。
「解ってないよ。
寂しいのを、笑って誤魔化さなくて良いって言ってるんだ。
寂しいって溢すくらい良い。……泣いても良いんだ」
額に唇を寄せて、サヤにだけ聞こえる小さな声でそう言うと、暫くして、少しだけ肩に体重が掛かる。
「……うん……」
分かってる。誰を思い出して、そんな顔をしたのか。
さっきつい、溢してしまったカナくんの名を、気にしていることだって、分かってるよ……。
覚悟は、もうしてある。
次に機会があったらと、そう、心に決めていた。
ずっと一緒にいる。
サヤの全部を大切にする。
だから、サヤの思い出も……俺は、大切にしなきゃ、いけないんだ。
「…………サヤ。俺……サヤの話を、聞きたい」
「……私の話?」
「うん」
沢山、聞きたいと思ってた。サヤのことを。
だけど、引っかかるその人物を引っ張り出したくなくて、避けていた。
でも、サヤの全ては、そこにある。
俺を俺たらしめた、全てが始まった場所があるように、サヤにもそんな場所があるだろう。
そしてそれは多分……あの事件から、始まってる……。
「教えて。サヤの……全部。
誘拐されかけた時のことも、カナくんのことも、全部を聞きたい」
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