異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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式典 7

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 俺の後は、騎士団長や、近衛総長、副総長を代表とする、武官位の任命。そして最後に、大臣の任命だ。

 フェルドナレンの騎士団は四つ。白・黒・赤・青となっており、リカルド様は赤の騎士団長。

「赤騎士団長、ヴァーリン家、リカルド」
「おう!」

 武官は文官とは迫力が違うよな……。返事からして腹の底に響く。
 颯爽と進み出たリカルド様の迫力たるや……。圧倒されているご婦人方は、少々逃げ腰だ。
 本当は、思慮深くで穏やかな方なのだけど……やっぱりこれだけ見事に演じられるとなぁ……。

「其方を赤騎士団長に任ずる。以後励むよう」
「剣に誓って、御守り致す」

 あっさりと済まされた言葉。
 俺も拍手を送り、おめでとうございますと祝福の言葉が飛び交うが、リカルド様は我関せずといった様子。ただ前を見据え、足を進めるに徹する。もしかしたら照れているのかもしれないけれど。
 そうやって、騎士団長の任命の後は、近衛。

「近衛副総長、ルオード」
「はい」

 家名を呼ばれなかった。
 確かルオード様は、アギーに連なる子爵家、ヘルナル家の方だ。母君は庶民の方であったけれど、その場合名は、ルオード・母君の出身地・ヘルナルとなる。
 そうそう、思い出した。ルオード・セドラ・ヘルナルだ。
 けれど、陛下は訂正せず、式もそのまま進んだ。それで、理解する。
 あぁ、家との縁を絶たれたのだな……と。
 ごく稀に、そんな方もいらっしゃる。
 陛下の夫となるのだから、それを発表すれば、ヘルナル家には有象無象が縁を繋ごうと押し寄せることになるだろう。
 だからだ……。
 余計な権力の歪みを作らないため、ルオード様は家を捨て、ヘルナル家もそれを受け入れたのだと思う。
 当然、それを陛下のために選んだのだ。

 こうやって、色々な方が、いろいろな決意をしてらっしゃるんだな……。

「其方を近衛副総長に任ずる。以後励め」
「この命にかえましても、お護りすると誓います」

 さらりと言われた誓いの言葉であったけれど……。
 この先を知る身としては、赤面しないよう顔を作るのに必死だった。
 ルオード様は、とても自然にその言葉を選んだのだと、理解したのだ。
 やれることの全てを、姫様のために行う。それが、ルオード様の愛し方なのだと。
 子爵家の庶子。当然権力など持ち合わせていない。けれど、その身でできることの全てを、姫様に捧げる。
 若い副総長に、会場も盛り上がる。女性の歓声も大きかった。
 ルオード様はそれらの声の中、柔らかい表情を維持したまま、席に戻った。
 この方の瞳には、陛下以外映っておられないのだ……。

 最後に、大臣の任命。
 これはもう決まり切ったものとなる。
 大臣に任じられるのは、公爵家の領主と決まっているからだ。
 とはいえ、誰が何になるかは決まっていない。能力を鑑みて選ばれる。
 それでも、よほどの功績がなければ、引き続き同じ役職で任じられることはない。
 癒着や不正が起こらぬよう、大抵は前の役職とは違うものを賜るのだが……。
 アギー公爵様は、引き続き、財務大臣であるらしい。

 外務大臣は、エルピディオ・ホグン・オゼロ様。一番の年長者だ。
 財務大臣は、オズヴァルト・イングクス・アギー様。……正直、お名前は初めて知った。ずっとアギー公爵様という認識であったから、お名前を意識したことがなかったのだ。
 アギー公爵様がイングクスの血を持つ方ということも、ここで初めて知った。成る程……だからイングクスはアギーで羽振り良かったのか。
 法務大臣は、レオンハルト・オゼロ・ベイエル様。きっちりと髪を撫で付け、まるで絡繰り仕掛けかと思うほどに表情を動かさない方。几帳面そうだ。
 防衛大臣は、ハロルド・ラーベ・ヴァーリン様。リカルド様の、腹違いの兄。
 戴冠式で、俺がハロルド様と思ったのは、違う方であったらしい。進み出たのは、リカルド様をもう少し穏やかにしたような面差しの方だった。
 と、いうか……リカルド様があんな風に穏やかな表情をし、髪色が同じであれば、見間違うかもしれない……。それくらい、似ていた。異母兄弟であるはずなのだけど。
 では、俺に笑いかけて下さった方は誰だったのだろう……そう思ったけれど、まぁ、今は保留にしておくことにする。

 大臣の任命までが終わり、会場が拍手で満たされた。
 席を立って、後ろ側に向き直る。皆に顔を覚えてもらうためだ。
 とはいえ、俺は王都にはほぼ居ないだろうから、あまり関係ないと思うんだけどな。


 ◆


 任命式までが終わると、ほぼ夕刻間近という刻限。
 祝賀会まであと二時間程しかない……。こちらは別の大広間が使われるようで、女性陣はここからの身支度が大変そうだ。
 とはいえ俺はー……。

「何か食しておかないと身が持ちそうもないな……」

 軽食は少しつまんだけれど、それだけじゃ全然足りなかった。いまにも腹が鳴りそうだ。
 結局昼を食べ損ねたまま、この時間。一応祝賀会にも食べ物はあると思うけど、でもそこでがっつくわけにいかないし……うーん……だけどまた軽食を頼むのもなぁ……。
 そんなことを考えつつ父上を探していたら、サヤが俺を呼ぶ声。

「レイシール様!」
「サヤ、任務は?」
「祝賀会まで自由を許すと、姫さ……あっ、へ、陛下が」

 とりあえず刻限の半時間前までは自由にせよと言われたらしい。

「あちらで、お父様方がお待ちです。
 オブシズさんが、いらっしゃったらしく……」
「え?」

 本日、名を捨てているオブシズは留守番だったのだけど、来ていると言われて驚いた。
 沢山の方々が地方から集まっている時期だから、オブシズの実家……バルカルセ家だっている可能性がある。だから敢えて、留守番をと言い置いておいたのだけど……。

「戴冠式と任命式、お疲れ様でした。
 で。そろそろ胃袋が限界なのじゃないかと思いまして」

 笑ってそう言い、大きな籠を掲げてみせたオブシズ。
 こういった祭事では、だいたい食事時間が犠牲になると理解していたため、腹に入れられるものを持って来てくれたのだという!
 成る程、シザーは肌の色的に引っかかり、中に入れてもらえなさそうだし、ハインはバレた時を考えたら王宮内には入れられないものな。マルには…………こんな籠持てそうもない。道中で力つきるか追い剥ぎに会って全部取られるか…………うん。正しい人選だ。

 それで、また庭の東屋に向かった。
 父上と共にいて下さったヴァイデンフェラー男爵様らにも、一緒に如何ですかと誘い、道中で右往左往していたユーロディア殿、メリッサ殿を発見し、こちらも回収。

「私たちも一緒で良いんですか⁉︎」
「うん。だって、行き場に困ってたんだろう?」
「は……ぅ……はぃ……」

 士爵出身の二人は、王宮に来た経験なんて無いだろうし、王都の知り合いだっていないだろう。二時間かそこらじゃ、街に降りるわけにもいくまいし……そもそも王宮でどう過ごして良いかも分からないと思ったのだ。
 他の貴族出身者は身内のところに向かっていると思うけれど、この二人の身内は誰も参加していないのではと思ったら、案の定。そりゃそうだよな。一人分の旅費だけでも結構な金額になるのだから。
 そうして……。

「来るんじゃないかと思ってましたよ……」
「さすがレイ殿、分かってるな!」

 食べ物の匂いでも嗅ぎ分けているのか、ディート殿まで現れたため、皆で腹を満たすことにした。
 ユーロディア殿の興奮が凄かった。「アイドル前にした時みたいや……」とは、サヤの言葉だ。アイドルって、なんだろうな?

 それに、ずっと護衛任務に就いていた近衛らは、何も口にしていないと言ったのだ。近衛らこそ任務があるのだから、食べねば祝賀会が大変だ。

「サンドイッチ様様だな!    大変世話になる」
「本当ですね。これにはほんと、助けられます」

 籠の中には色々なサンドイッチやバーガーがぎゅうぎゅうに敷き詰められていた。揚げ芋もある。薄くてサクサクしてるやつ。これがまた暴力的な美味さなのだ。
 留守番のハインも加わって、ユミルと二人せっせと作ってくれたらしい。少し多すぎじゃないかと思うくらい入っていたが、この人数でなら食べきれるだろう。

「セイバーンの郷土料理か?」
「サヤの国のものだよ」

 父上とヴァイデンフェラー男爵様がそんな風に話し、興味深そうに覗き込む奥方様。手に持って食べるのだと言うと、とても喜ばれた。

「これは良い!    楽だ!」
「楽な上に美味だからな」

 その父上に対し、何故か自慢げにディート殿……。

「お前これ食いたさに実家に帰戻らなかったな⁉︎」
「これだけのはずがない!    セイバーンの食事はだいたいおいて全部美味なのだ!」

 なんて親子喧嘩をしながら手と口を動かしている。……うん、ヴァイデンフェラー男爵様夫婦にも気に入っていただけたようで、良かった。
 従者の方々や、アーシュらにも遠慮するな、さっさと取って食べないと無くなるぞ!    と、言っておく。主に、ディート殿の胃袋に収まるだろう。血筋的にヴァイデンフェラー男爵様の胃袋も強く、大きそうだ。

 初めは遠慮がちにしていた娘二人も、サヤがサンドイッチを手渡してからは、一心不乱に食している。
 寡黙そうなメリッサ殿まで頬を膨らまして……栗鼠みたいになってるな。
 そうして俺は、ようやっと隣に帰って来たサヤに安堵し、お疲れ様と声を掛けた。

「サヤもしっかり食べて。まだ任務が続くんだから」
「レイシール様もですよ。ここからが大変なのでしょう?」

 お互い、どこかホッとしているのをなんとなく感じる。
 サヤもきっと、神殿に赴いている時だって、俺の心配をしてくれていたのだろうな……。
 抱きしめたいけど人目があるし……肩が当たるくらい近くに座るだけで、とりあえず我慢した。
 そうすると、サヤも少しだけ俺に身を寄せてくれ、左耳の飾りがシャラリと動いて、俺の肩に触れる。
 たったそれだけのことが、サヤは俺の華なのだ。サヤも俺を受け入れてくれているのだという、えもいわれぬ満足感となり、心が満たされた。

 伏せられた瞳……長い睫毛が、横からはよく見える。こちらを見ないのは、気恥ずかしさのためか……頬が少し赤い気がする。
 そんな風に魅入っていたら、あまり見ないでください。と、言葉で言う代わりに、机の影で膝をコツンと叩かれた。
 成る程。机の下は見えないわけだ。
 ならばと膝もピタリとくっつけたら、サヤの頬が膨らむ。そうして、上目遣いに聞いてますか?    と、こちらを睨め上げてくるが、その表情が俺にはたまらないのだから、そんな風にするのは逆効果でしかないんだよ。

「可愛くてたまらない」

 サヤにしか聞こえない、極小の声でそう言うと、ボッと顔の赤味が増す。
 マルやハインがいればいれば茶化されたかもしれないが、今この場には食事に夢中な者しかいない。だから俺は、大いにサヤを揶揄って、反応を愛でた。可愛い。まぁあれだ、安心したから余計、絡みたくて仕方がなかったのだ。

「これ良いわねぇ。緊急時にも手軽に食べられそう……」

 奥方様の呟きに、サヤが飛び上がる。
 そうして慌てて、その言葉に返事を返したのは、俺たち二人が机の下でやっていた攻防を誤魔化すためだろう。

「手近なものをパンで挟むだけでも美味ですよ。
 あっ、レイシール様、もう多領の職人を受け入れることが可能なのですよね?」
「そうだなぁ、料理の分野はまだと思っていたけど、ヴァイデンフェラーにはとてもお世話になっているし、まぁ数人くらいから、試験的に試してみますか?」
「なにっ、解禁か⁉︎    親父殿よ!    セイバーンに職人をよこしてくれ、若手の料理人……何人までいける⁉︎」
「えー……とりあえずまずは三人……。だけどその前に同意書が必要で……」

 すかさず食いついてきたディート殿に苦笑しつつ、サヤへのちょっかいを控えることにした。
 なんなら休暇をもぎ取って俺が帰って職人を吟味するとまで言いだしたディート殿。この人の食事にかける情熱は凄いな……と、半ば呆れる。
 ブンカケンに所属すると、美味なる料理が百種類以上覚えられるのだと盛り上がるものだから、まだ内密に願いますよと宥めておく。秘匿権の放棄が条件だからね。何もタダで教えるんじゃないんだから。
 料理の分野はなかなかにややこしいから、とりあえず慎重に進みたいのだと説明したのだが……。

「ちょっと、ディート殿、聞いてますか⁉︎」
「なんだっていい!    親父殿、とにかく人員確保だ!」

 まぁこのような時なのに俺たちは、美味なる食事に随分と、気持ちを解されたのだった。
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