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式典 8

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 腹も満たされ、俺たちは万全の態勢で祝賀会に挑むこととなった。
 空になった籠と、俺の任命書はオブシズが持ち帰ってくれた。ずっと持っておくわけにもいかないし、どうしようかと思っていたから丁度良かった。

「じゃあ、サヤたちも頑張って」
「はいっ」
「ご馳走様でした!」
「お世話になりました」
「またいつでも呼んでくれ!」
「呼んでなくても来たじゃないですか……」

 メリッサ殿すら少し笑って手を振ってくれ、ディート殿と四人で、任務に戻る後ろ姿を見送った。

「さて、俺たちも会場に向かいますか?」
「そうだな。先に入って適当な場所でも陣取っておくか」

 セイバーンは蝶との戯れを望まないので、正直祝賀会はさっさと時間が過ぎてくれれば良い。

「今まで通りで良いのだろう?」
「ええ。全てお断りしていただければと思います」

 サヤが任務で俺の傍にいないから、アギーの社交界よりも声を掛けられる可能性は上がるだろう。
 けれど、その全てをお断りする。会場内にサヤはいるのだし、俺の婚約者は黒髪の女近衛ですと言えば理解されるだろうからな。

「ルフスもまた待機だな……なんだか申し訳ない……」
「いえいえ、従者の待合室とて、情報交換の場ですから。
 こちらでも、レイシール様への打診は断っていきますので、ご安心ください」
「今回はアギー傘下じゃないし、別派閥の上位貴族なんかだと、ごり押ししてくる場合もあるかもしれない。
 その時は身の安全を優先して、自分では判断できないから直接確認してくれって、言えば良いからな?」
「お気遣い、ありがとうございます」

 アーシュがあまり口をきいてくれないので、ルフスとそんなやりとりをしつつ、会場に向かった。
 そうして入り口で別れ、俺たちは中へ。
 ここは、舞踏会専用として作られた舞踊館であるらしい。流石、王家。やることが違うなと感心する。

 中は三段構造になっており、入り口から入ると前に半階下がる階段。両脇に大廊下が続く。廊下と言っているが、幅は相当あって、壁際には長椅子なども並べられていた。
 この大廊下は、館の中心となる舞踏場を囲っており、所々にある階段を降りれば舞踏場に入ることが可能。まだ相手を見定めていない場合は、大廊下から舞踏場を眺めて相手を探せるようになっているということだろう。
 入り口の対岸となる場所は廊下が途切れているのだが、そこには別に舞台が設けられており、王家の観覧席となっている様子。王家の入場口は、その観覧席の後ろ側に設けられているのだろう。
 視線を巡らせると、俺たちが入場した入り口の両横にも階段があった。上に向かう階段だ。この上は歓談室や休憩室だろうな、構造的に。

 父上を上や下にお連れするのはちょっと難しいな……。俺の握力じゃ、アーシュと協力しても、父上を車椅子ごと担ぐのは無理だろうから。
 と、なると、この大廊下を適当に動き回って時間を潰すしかないか……。

「我らは少し、挨拶に回ってくることにするか」
「そうですわね。ディートのお相手を探さなくてはなりませんもの」

 また後でな!    と、それが当然のことのようにヴァイデンフェラー男爵様。本当に、気さくで良い方だ。
 だけど驚いたのは、ディート殿にお相手がいらっしゃらないこと……。あれだけの猛者だし、気の良い方だ。相手には困らないだろうに……。

「ヴァイデンフェラーにもそれなりの事情というものがあるのだよ。
 あそこには深窓の令嬢など不要だからな」

 奥方様であっても緊急時は部下の采配くらい、できねばならないという。夫が屋敷を空けていることも、日常茶飯事であるからだ。けど、その条件だと……。

「王家の社交界でお相手を探すのは、いささか難しいのではないですか……?」
「今まではそうだったろうな。だが、女近衛という新たな職ができた以上、状況は変わってくるだろう」

 そうか……。
 確かにそうかもしれない。
 王都を生活の中心とした上位貴族や子爵家の価値観からすれば、武術を嗜んだり、政治に口出しをする女性など、女性の価値からは逸脱しているのかもしれないが、セイバーンのような田舎や地方貴族からすれば、女王の治世は案外歓迎できることなのかもしれない。
 でも、ディート殿の妻探しというならば……。

「例えばですけど……ユーロディア殿では駄目なんでしょうか……」
「一緒に前線に出られたのでは困ると思うがな」

 至極当然のように父上がそう言い、あ、それは確かに!と、思う。……うん、ユーロディア殿は……前に出たがりそうだ。確かに難しいな……女性で軍事ごとにも精通しているけれど、前線を望まない方が必要なのか……。

「……世の中って、ままならないものですね……」

 俺も大概状況に恵まれてこなかったつもりでいたけれど、案外、普通なのかもしれない。
 皆がそれぞれ、何かしら、厄介ごとを抱えているものなのかもな。

 で、結局。
 王家の観覧席にほど近い場所。大廊下の終わり付近まで移動した。
 ここならサヤも近いし、階段までが遠いから、来る人も少ないだろうとふんだからだ。

「アーシュ、俺は動き回ることになると思うから、父上のことは頼む。万が一何かあれば、外に出ていてもらっても構わないから」
「畏まりました」

 舞踊場にある使用人の通用口が開いた。
 楽器を持った人々が入場してきたな……楽団だ。ならもうそろそろ始まることだろう。

 会場入りする人も大分増えてきた。さて、本日最後の戦場だ。


 ◆


 緩やかに流れる音楽。重なりすぎて内容の判別ができなくなった言葉の重なり……。
 それなりに賑わっていた会場なのに、唄女の旋律は思いの外響いた。

「陛下の御成りだ!」

 近くにいた誰かの、そんな歓喜の声。
 それを合図としたかのように、閲覧席の後方、紺の緞帳が両脇に開き、白い装束に身を包んだ陛下が入場された。
 皆が言葉を止めて、胸に手を当て、頭を下げる。その陛下は、観覧席に置かれた唯一の席……玉座に足を進め、陛下に続いて入場した近衛らが、舞台の守りを固めた。
 姫様が座席に着くと、チリンチリンと、澄んだ鈴の音。それにより音楽がまた再開され、音楽の再会が面を上げて良いということだと判断した面々が、また動き出す。
 あれ、陛下のお言葉は無いのかな?
 展開に、少々疑問を抱いたのだけど……その答えはすぐに出た。舞踏場にいた四人の公爵様らが、観覧席の前まで進み出てきた時に。

「陛下、一曲お相手願えませぬか?」

 四人を代表してそう声を発したのは、オゼロ公爵、エルピディオ様。
 そうか。この祝賀会、正式な舞踏会として執り行われるのだな。
 舞踏会の場合、まず会場で最も地位の高い方と、主催者側の女性が一曲踊り、その後皆が続く形式となっているのだ。
 しかし、公爵家は四家……誰を選ぶかで今後に影響が出そうで怖い……。
 そう思ったのだけど、席を立った姫様は、観覧席前の中心に設けられた階段をさっさと降り、一番若い男性の前に立った。ヴァーリン公爵、ハロルド様だ……。

「本来は、ヴァーリンが得るべき権利を放棄させた形となるゆえな」

 父上が小声でそう呟き、納得。
 姫様を妻とする権利が、ヴァーリン家にはあった。けれどそれを、姫様は退けた形になっている。
 まだ理由は伏せられているものの、リカルド様が夫の候補から外れたということは、アギーの社交界で父上も耳にしていた。だから、ヴァーリンを立てるために、ハロルド様の手を取ったのだろうとおっしゃったのだ。

「無上の喜びでございます」

 綺麗な笑顔で、陛下の左手を取ったハロルド様が、その小指の爪に唇を落とす。
 そうして挨拶を済ませてから、さっと右手を挙げた。
 すると楽団が、多分事前に決めてあったろう曲を、奏で出す。
 舞踊場の中心がサッと割れ、大きめの空間ができて、お二人はそこに進み出た。そしてハロルド様の手が、姫様の細い腰を抱き寄せる……。

 舞踊場は、ギラつくくらい照明がキツい。陛下は目が、お辛いのじゃないか…………。

 そう思ったけれど、彼の方は人に弱味を見せるような方ではない。
 辛かろうが、見えてなかろうが、踊りきってみせるのだろう。
 だけど、万が一の場合がある。万が一、踊りの最中に体調を崩されたらしたらどうしようかと不安で仕方がない。

「今度は何にハラハラしておるのだ?」

 陛下がくるりと回る度に息を詰めている俺をどう思ったのか、父上がくすくすと笑いつつそう問うてくる。

「あ、いえ…………陛下が、あまりにも華奢でお小さく……まるで雪の結晶のように儚く見えるものですから……。
 些細なことでお身体を痛めやしないかと、心配になってしまうのです」

 なんとかそう言って取り繕った。
 内面は、本当に豪胆で、気性が激しい方なのだけど……見た目だけは本当に繊細そうだからなぁ……。

 俺の心配をよそに、姫様は危なげなく一曲を踊りきった。
 会場が割れんばかりの拍手で覆われる中、近衛から一人、颯爽と陛下の前に足を進める者が現れ、皆の意識がそこに集中したのを感じた。

「陛下、どうかお席へ」
「うむ」

 リヴィ様だ。

 一瞬の緊張は、現れたのが女性であったことで緩んだ。
 会場の女性陣が、姫様に手を差し出すリヴィ様の凛々しいお姿に、きゃあきゃあと、何やら嬉しそう。
 ハロルド様の手から、姫様を受け取るリヴィ様に、あぁ、多分見えてないんだな……ということが、俺には分かる。
 ハロルド様も、きっとかなり気を使い、陛下と踊ってらっしゃったのだな。
 リヴィ様が迎えに来たのも、まず声を掛けたのも、見えていないだろう姫様への合図なのだと思う。

 姫様の手を預かったまま、リヴィ様は階段を登り切るまで付き添い、姫様が席に戻られてから、元の位置……玉座の左側に戻られた。すると今度は、右側で待機していた近衛隊長が、舞台端の配下にサッと合図を送る。
 その合図に頷いた近衛が、舞台脇にまとめてあった緞帳の飾り紐を解くと……。舞台の脇に避けてあった暗色の薄絹が、ふわりと玉座の前へ。舞踏場と舞台を隔てた。
 これには会場の皆が不思議そうに首を傾げたり、何かを囁き合ったりし始めたのだが、席に座っていた姫様がすくりと立ち上がり「皆の者!」と、呼びかけてことで、口を噤む。

「本日は大儀であった。
 今宵は、残り僅か。後は存分に楽しむがよい」

 暗色とはいえ、空けてしまうほどの薄絹だ。無論、陛下の表情が見えるとまではいかないが、陛下の浮き立ちつような白き輪郭は、しっかりはっきりと見えている。陛下が自らの口で、言葉を発してくださったことも、きちんと見えた。
 それにより、有るか無いか分からない隔たりへの意識は、格段に薄れたのだと思う。
 会場は一気に華やぎ、陛下を讃える声がいくつも上がる。それに対し陛下も手を振って応えたものだから、更に雰囲気は良くなった。

 無論、俺にはあの薄絹の役割が分かっていた。
 あれは、明るすぎる舞踏会の照明から、陛下をお守りするためのものだと。

「レイシール、陛下は無事大役を果たせられた。次は我々だぞ」

 父上の声に、俺もはい。と、返事を返す。舞台の中を警備していたサヤは薄絹に隔てられ、あまり見えなくなってしまったけれど、それは数多の視線からサヤが守られているということでもある。だからここからは、俺が頑張らないとな……と、気持ちを引き締めた。
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