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対の飾り 13

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 言葉を封じられたルーシーが、先程口にした言葉。
 耳飾。
 それはリヴィ様だけでなく、配下の方々の耳にも届いてしまっていた。
 それまで和やかな雰囲気だった場が、緊張を孕んでいることで、いやが応にもそれが伝わる……。

「…………くそっ」

 俺の耳にかろうじて届いた、ギルの悪態。
 見えなくても分かる。ギルは今、とても苦しげに顔を歪めていることだろう……。
 当然、ルーシーには事情を伝えていなかったろうし、彼女がリヴィ様本人の要望だと判断したって、仕方がなかった。
 なかったけど……。

「…………耳飾……とは?」
「……………………も、もうしわけ、ございません、オリヴィエラ様。ちょっとこれには事情が……」
「…………っ!…………⁉︎」
「あの……苦しそうですから、離して差し上げて?」

 リヴィ様の言葉に、ルーシーの口から弾かれたように手を離すギル。彼の手は大きいから、彼女の鼻も口も、塞いでしまっていたのだ。
 ルーシーは盛大に咳き込んで床に崩れた。必死で呼吸を繰り返し、落ち着いたと思ったら、ガバリと顔を上げ……。

「も、もぅ!    叔父様、急になん……っ」
「はいっ、ルーシー!    君はこっちに来てっ。サヤと二人でお話しなんてどうかな⁉︎    最近忙しくて時間も取れていないだろう⁉︎」

 そのルーシーを、俺は半ば強引に引き寄せ、サヤの方に押しやった。
 これ以上余計なことを口にされたら困るんだよ!    ただでさえこじれそうな内容がよりこじれてしまいかねないからね⁉︎
 ちょっと状況を配慮している余裕もなくて、あからさますぎたかもしれないけれど、今はとにかく何も聞かないで、何も言わないで!    と、心の中と瞳で必死に訴えた。
 まだ状況を説明できていないサヤも、不審そうな表情になってルーシーを抱き止めているけれど、ほんとごめん、当たり障りない部分だけは、後でちゃんと説明するから!
 えええぇと、あとは連れて来られてる従者方にどう説明したものかって部分だよな、と、とりあえず……。

「ワドっ!    へ、部屋を準備してもらえるかな⁉︎    ちょっと込み入った話になるから、まずはリヴィ様にご確認いただきたいのだけどね⁉︎」

 無理やり笑ってそうお願いしたのだけど、硬い声音で「それには及びませんわ」とリヴィ様の声。

「その込み入ったお話、ここでお聞き致しますわ。
 アギーの者らを心配なさっていらっしゃるのなら、彼らは父の覚えもめでたい者らです。口も固く信頼に足る者しかおりませんから、ご安心なさって。
 それとも……彼らにも聞かせられない類の話ですの?
 そうであるならば、私も首を縦に振ることはできかねると思いますわ」

 それまでの柔らかい雰囲気は無かった。
 サヤのように凛としたリヴィ様が、美しい所作で両手を膝の上に重ね、背筋を伸ばす。
 多くは語らず、それだけ言って口を噤んだリヴィ様に、従者と武官のお二人が歩み寄り、背後に立った。
 その物々しい雰囲気に、焦ったのはルーシーだ。
 慌てて視線を左右に走らせ、縋るように俺を見る。何か粗相をしてしまったと考えたのかもしれない。
 いや……ルーシーは、何も悪くないんだよ……。

「ごめんなルーシー。こちらが事情を伝えていなかったのが原因だから、君は何も悪くない。気にせず休んでくれ。
 ……サヤ、大丈夫だから……ルーシーを部屋に、送り届けてもらえる?」

 できればサヤにも聞かせたくなかったから、とりあえずこの二人を退室させることにした。
 物言いたげな視線で訴えかけてきていたサヤだったけれど、ルーシーの避難が先と判断したのか、畏まりました……と、席を立つ。

「さ、サヤさん⁉︎」
「大丈夫ですよ。今は……ということでしょうから。
 明日、きちんと説明していただきましょう?」

 にこりと笑ってそう言ったサヤが、そのまま笑みを貼り付けた顔をこちらに向けた。
 後で絶対に聞き出すという宣言なのだろう。瞳が、笑ってない……。

「うん。ちゃんと話す。だから、おやすみ。二人とも」

 一応の事情は伝えるしかなさそうだ。うん、そこはもう覚悟してたから、大丈夫。……全部を言うかはともかくとして。
 心の中で溜息を吐きつつ、俺も顔だけは笑っておく。

 二人が退室し、充分な間を取ってから、俺はギルの肩を叩いた。
 そろそろ、サヤも遠く離れたと思うし、俺たちも覚悟を決めよう。

「……リヴィ様…………我々と、取引を致しませんか?」
「……取引?」

 責任の一端を担うため、俺は敢えて自分から口を開いた。
 ギルを促し、リヴィ様の向かいの椅子に腰を下ろすと、それまで後方に下がっていたハインとシザーが即座に進み出て、俺の背後に立った。
 この二人にだって事情は伝えていなかったけれど……二人は口を開かない。ただ黙って役目を果たすつもりでいてくれる。
 そのことに内心ではホッとしつつ、俺はリヴィ様の返事にこくりと頷いた。

「はい。お互いにとって、とても有意義な提案だと思っています。
 しかし……あまり大っぴらに勧められる内容とは言い難いもので……そのためお伝えして良いものかどうか、思案しておりました。
 ただ、これだけは理解していただきたいのですが、我々は……」

 そこで何故か、ギルが俺の肩を掴むから、俺は反射で言葉を飲み込んだ。
 目を向けると、彼の鋭い視線が俺を射抜いており、その瞳がそれ以上を言うなと語っている……。

 これは俺の役目だ。
 お前の出る幕じゃない……。

 もうここまで来たならばと、腹を括ったのだろう……。
 だけど、何が吹っ切ってしまったようなその表情に、若干不安を覚えた。
 でも、それは振り払う。
 ギルがそれを自分の役割だと言うのなら、俺がしゃしゃり出るべきではないだろうから……。

「…………失礼致しました。
 詳しくは、こちらのギルバートから、お話しします」

 後は彼に任せることにして、俺は口を閉じた。
 見届けよう。下手に口を挟んだら、俺にまで出てろって言いそうな雰囲気だったし。
 ギルはきっと、何かやらかすつもりだ……。

 瞳だけを、緊張を孕む二人に向け、しばらく待った。

 するとギルが、深く深呼吸をしてから、頭を下げ……。

「……まず、謝罪致します」

 一番初めに口にしたのは、そんな言葉。

「オリヴィエラ様に無断でことを進めようとしていたことについて。
 正直……時間が差し迫っておりましたので、気持ちが急くにまかせ、間違った選択をしておりました……」

 リヴィ様は硬い表情で、そんなギルを見つめていたけれど、暫く逡巡した後。

「……耳飾を準備されてましたの?」

 質問のていを取っていたけれど、確認の言葉。
 それにギルは顔を伏せ、是と答えた。

「そうです。オリヴィエラ様に、耳飾をご用意すること……。
 それが我々が提案する取引の内容となります」

 その言葉に、リヴィ様の表情が強張り、武官殿からの圧が一気に強まった。
 ギルが口にした言葉は、貴女を抱くと言っているに等しい。縁もゆかりもない公爵家のご令嬢に対し、耳飾を用意する……という言葉自体が、既に不敬。言語道断だった。
 ギル本人が言っていたように、身分差からして甚だしい相手だ。そんな相手を組み敷く宣言などしたら、通常その場で切り捨てられている。
 但し今回は、オリヴィエラ様が先にそれを口にされ、武官が先走らないよう制した。
 だから武官は、剣の柄を握るのみで動きを止めた。視線は俺たちを射殺さんばかりに鋭かったけれど……。

 ギルも当然、その殺気を感じていたろう。俺よりも武に優れている彼だから、俺以上に重圧を感じているはずだった。
 けれど微動だにせず、それを受け止めている。
 そうして、言葉を発しないリヴィ様に、続きを促されていると判断したのだろう。改めて口を開いた。

「王都での貴女様の立場を考えると、それが必要だろうと僭越ながら愚考致しました」
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