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対の飾り 12
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結局書類の隙間は埋められないまま日が暮れて、夕食時。
「サヤさあぁん!」
夕食で顔を合わせた途端にサヤに縋りつくルーシー。抱きとめたサヤは、よしよしと幼子をあやすような素振りだ。
「ルーシーさんお疲れ様です。大変そうですね」
「いえ、作業としてはまぁ、大丈夫なんですけど、職人さんの言っていることの意味を、私がうまく伝えられなくて……。それでちょっと、やり直しとか入っちゃって……。
装飾品はとても好きなのですけど、製造工程についてはまだ勉強不足でしたあああぁぁ」
そう言いサヤの胸にぐりぐりと頭を擦り付けるルーシー。
なんかロゼみたいになってる……。
「怒らないんですの?」
そんな俺の耳元で、不意打ちの声。
「えっ、そ、そんな誰彼構わず怒りませんよ⁉︎」
「ふふっ、ではギル殿には嫉妬なさるのね」
り、リヴィ様にまで揶揄われ出した……。
俺は絶望的な気分になりながらも、一応弁解を試みた。これ以上いじられるとか耐えられない……!
「あのですね、誤解ですよ⁉︎ ギルはわざとサヤにベタベタするから怒るんであってですね⁉︎」
「レイシール様!」
「お前自覚ねぇのかよ……相手構わず威嚇してるとこあるぞ、サヤに近付く男にことごとく」
「そっ、それは違っ……」
「子供にも威嚇してましたね」
「あれはお前もだろ⁉︎」
ハインだってあれは威嚇していたろうが⁉︎
俺がウォルテールを警戒していたのはな、なんかよろしくない空気というか、雰囲気というか、そういうのがあってだな……って、聞いてないだろ⁉︎
皆が揃って俺を嫉妬深いみたいに扱うから凹む……いや、そりゃ多少は自覚しているけども……だけど俺だって、誰彼構わずってわけでは、断じて無いし!
内心落ち込んでいたのだけど、そんな俺にギルは仕方ないなといった様子で笑うからほんと腹立つ! ハインに至っては仕方ないなに諦めまで滲んでるし!
「いや、何にも執着しなかった頃に比べたら、全然今の方が良いけどなって話なんだよ」
「笑えるだけマシです」
「真顔の奴に言われたくない!」
そんな風に憤慨し、それを笑われながら食卓につき、リヴィ様と過ごす最後の晩餐となった。
「オリヴィエラ様、料理長より、明日の昼食のご要望はございますか。とのことなのですが」
「そうね……できるならば、サヤの好物……あれがまたいただきたいわ」
「畏まりました、伝えておきます」
「オリヴィエラ様、乳酪のお菓子、大変美味しゅうございました。ありがとうございます」
「こちらこそ。私、お料理は初めてでしたの。そう言っていただけて、嬉しいわ」
終始和やかに受け答えするリヴィ様。
帰る間近になって、ようやっとギルのことも「ギル殿」と呼べるようになり、たまにだけれど、会話も弾む。
今まで遠慮していた彼女であったけれど、ギルの仕事に一区切りがついたことと、明日の昼までという期限が、彼女を少しだけ、積極的にさせているのだろう。
食事を終え、いつものお茶の時間。
「叔父様、約束のお時間なんですけど、書類の方はもう準備できてる?」
本来なら皆で寛ぐ時間なのだが、ルーシーがそう言って、お仕事しますよと腕まくり。
珍しい叔父からの頼みであるし、人肌脱ぐよとやる気を見せてくれた様子。けれど……。
「あ、すまん……まだ……な」
「もうっ。時間無いって言ってるくせに!」
「そりゃそうなんだけどよ……」
内容が内容だけに、結局リヴィ様に色々をお伝えできぬまま今に至るのだ……。
俺も提案はしたけれど、正直これは、ギルには向かない手段だと思っていた。
ギルは女性全般に優しい。その上で、整い過ぎなくらいに整った外見と、財を持つ。
当然モテるから女性が途切れたことがない。
が、その反面、一定以上に踏み込んだ相手を作らないことで知られていた。
もっとはっきり言うならば、恋人という関係に進むことを望まず、それを納得した上で、割り切った付き合いを受け入れてくれる女性としか、交流を持たなかった。
相手を一人に定めず、数多の女性と関係を持つという状態は、理由はどうであれ好ましい行為とは言い難い。
でもそれが彼のやり方だった。
バート商会は王都に本店を持つ大店で、当然それなりの財と、地位を持つ。恋人になれば、柵だってできてくる。
王都ならともかく、セイバーンという田舎には、それに釣り合う家や店、相手はそうそう見つからないし、相手の親族等が繋げた縁を幸いと、介入してくるのも好ましくない。
…………という、建前のもと、彼はそうしてきているのだけど……。
本当は、俺との縁が招く、負の繋がりを警戒して……というのが、主な理由だった。
ジェスルとの関わりには神経を使う。下手をしたら、命だって取られかねなかったから、支店の使用人も、王都から連れてくるほどに気を配っていたのだ。
けど、その問題は片付いた。本来なら、もう気兼ねなんてしなくても良いのだが……。
そこに絡むのが、上記の建前だ。
ギルの本質をちゃんと見ることのできる女性は、案外少なくて、彼はずっと、そんな女性らを見てきている。
長年、見た目や財力で言い寄られることが、ずっと繰り返されて来たから、彼の中でも、そんなものだという割り切りができてしまった。
ギルはある意味、潔癖すぎたのかもしれない。
利害関係で相手を選び、結ばれる……という手段を、選べなかった。
下手に人を見る目も、学もある。経営にだって才能を見せる彼は、使用人を養っていく責任も当然理解している。
美しいものは、手に入れずとも、見ていれば事足りる。そう結論を出してしまった。
ギルの外見や財力が目当ての女性を、心が拒否してしまったのだ。
俺たちとの縁に、重きを置くのもそのせいだと思う。
ギルがギルであれば良い。思うままを口にし、殴り合い、お互いに取り繕わず、全てをぶつけ合える。そんな、望まれる姿を演じずに済む相手を、彼はきっと無意識に切望したのだ。
そんな彼に、あの提案は……やっぱりちょっと……。
いや、そもそもがちょっと……という内容なのだけど、ギルには特に、難しいことだというか……。
「とりあえず、埋めたところまで見せて。
…………ええぇぇ、思い出も好きなものも好きな言葉も好きな色まで…………全部無い、全然埋まってない……」
「……い、一応三割くらいは埋まってるだろ⁉︎」
「当たり障りないやつだけじゃない」
う……やっぱりブツだけ先に用意するってわけにはいかないよな……。なら、事情を話して、リヴィ様に了承を得るしかないか……。
苦渋の決断をするしかないなとお互いに渋い顔を見合わせ、ギルなど本当に嫌そうに表情を歪めていたのだけど……。
「もう……しょうがないわね。ちょっとそれ貸して。
オリヴィエラ様、少し宜しいですか?」
書類を手にしたままルーシーが、俺たちが何か言う前にさっさとオリヴィエラ様に声をかけてしまった!
「ルーシー⁉︎」
お前相手が公爵令嬢だってこと覚えてる⁉︎
「歓談の時間に申し訳ございませんわ。私の手隙な時間がここにしか取れなかったもので。
オリヴィエラ様にいくつか答えていただきたい質問があるのですが、お聞きして宜しいですか?」
書類を手にしたままズバリと聞いちゃうから焦った。
ま、待ってルーシー! それは段階を追って、ゆっくり説明しないと……ほ、他の方の目だってここにはあるわけでね⁉︎
「…………質問ですの?」
「はい。耳飾を作るにあたり、題材を決める際に利用させていただくものです。
極力お二人の共通した思い出や……んぐっ……⁉︎」
ギルの手が、ルーシーの口を背後から塞いでいた。
「サヤさあぁん!」
夕食で顔を合わせた途端にサヤに縋りつくルーシー。抱きとめたサヤは、よしよしと幼子をあやすような素振りだ。
「ルーシーさんお疲れ様です。大変そうですね」
「いえ、作業としてはまぁ、大丈夫なんですけど、職人さんの言っていることの意味を、私がうまく伝えられなくて……。それでちょっと、やり直しとか入っちゃって……。
装飾品はとても好きなのですけど、製造工程についてはまだ勉強不足でしたあああぁぁ」
そう言いサヤの胸にぐりぐりと頭を擦り付けるルーシー。
なんかロゼみたいになってる……。
「怒らないんですの?」
そんな俺の耳元で、不意打ちの声。
「えっ、そ、そんな誰彼構わず怒りませんよ⁉︎」
「ふふっ、ではギル殿には嫉妬なさるのね」
り、リヴィ様にまで揶揄われ出した……。
俺は絶望的な気分になりながらも、一応弁解を試みた。これ以上いじられるとか耐えられない……!
「あのですね、誤解ですよ⁉︎ ギルはわざとサヤにベタベタするから怒るんであってですね⁉︎」
「レイシール様!」
「お前自覚ねぇのかよ……相手構わず威嚇してるとこあるぞ、サヤに近付く男にことごとく」
「そっ、それは違っ……」
「子供にも威嚇してましたね」
「あれはお前もだろ⁉︎」
ハインだってあれは威嚇していたろうが⁉︎
俺がウォルテールを警戒していたのはな、なんかよろしくない空気というか、雰囲気というか、そういうのがあってだな……って、聞いてないだろ⁉︎
皆が揃って俺を嫉妬深いみたいに扱うから凹む……いや、そりゃ多少は自覚しているけども……だけど俺だって、誰彼構わずってわけでは、断じて無いし!
内心落ち込んでいたのだけど、そんな俺にギルは仕方ないなといった様子で笑うからほんと腹立つ! ハインに至っては仕方ないなに諦めまで滲んでるし!
「いや、何にも執着しなかった頃に比べたら、全然今の方が良いけどなって話なんだよ」
「笑えるだけマシです」
「真顔の奴に言われたくない!」
そんな風に憤慨し、それを笑われながら食卓につき、リヴィ様と過ごす最後の晩餐となった。
「オリヴィエラ様、料理長より、明日の昼食のご要望はございますか。とのことなのですが」
「そうね……できるならば、サヤの好物……あれがまたいただきたいわ」
「畏まりました、伝えておきます」
「オリヴィエラ様、乳酪のお菓子、大変美味しゅうございました。ありがとうございます」
「こちらこそ。私、お料理は初めてでしたの。そう言っていただけて、嬉しいわ」
終始和やかに受け答えするリヴィ様。
帰る間近になって、ようやっとギルのことも「ギル殿」と呼べるようになり、たまにだけれど、会話も弾む。
今まで遠慮していた彼女であったけれど、ギルの仕事に一区切りがついたことと、明日の昼までという期限が、彼女を少しだけ、積極的にさせているのだろう。
食事を終え、いつものお茶の時間。
「叔父様、約束のお時間なんですけど、書類の方はもう準備できてる?」
本来なら皆で寛ぐ時間なのだが、ルーシーがそう言って、お仕事しますよと腕まくり。
珍しい叔父からの頼みであるし、人肌脱ぐよとやる気を見せてくれた様子。けれど……。
「あ、すまん……まだ……な」
「もうっ。時間無いって言ってるくせに!」
「そりゃそうなんだけどよ……」
内容が内容だけに、結局リヴィ様に色々をお伝えできぬまま今に至るのだ……。
俺も提案はしたけれど、正直これは、ギルには向かない手段だと思っていた。
ギルは女性全般に優しい。その上で、整い過ぎなくらいに整った外見と、財を持つ。
当然モテるから女性が途切れたことがない。
が、その反面、一定以上に踏み込んだ相手を作らないことで知られていた。
もっとはっきり言うならば、恋人という関係に進むことを望まず、それを納得した上で、割り切った付き合いを受け入れてくれる女性としか、交流を持たなかった。
相手を一人に定めず、数多の女性と関係を持つという状態は、理由はどうであれ好ましい行為とは言い難い。
でもそれが彼のやり方だった。
バート商会は王都に本店を持つ大店で、当然それなりの財と、地位を持つ。恋人になれば、柵だってできてくる。
王都ならともかく、セイバーンという田舎には、それに釣り合う家や店、相手はそうそう見つからないし、相手の親族等が繋げた縁を幸いと、介入してくるのも好ましくない。
…………という、建前のもと、彼はそうしてきているのだけど……。
本当は、俺との縁が招く、負の繋がりを警戒して……というのが、主な理由だった。
ジェスルとの関わりには神経を使う。下手をしたら、命だって取られかねなかったから、支店の使用人も、王都から連れてくるほどに気を配っていたのだ。
けど、その問題は片付いた。本来なら、もう気兼ねなんてしなくても良いのだが……。
そこに絡むのが、上記の建前だ。
ギルの本質をちゃんと見ることのできる女性は、案外少なくて、彼はずっと、そんな女性らを見てきている。
長年、見た目や財力で言い寄られることが、ずっと繰り返されて来たから、彼の中でも、そんなものだという割り切りができてしまった。
ギルはある意味、潔癖すぎたのかもしれない。
利害関係で相手を選び、結ばれる……という手段を、選べなかった。
下手に人を見る目も、学もある。経営にだって才能を見せる彼は、使用人を養っていく責任も当然理解している。
美しいものは、手に入れずとも、見ていれば事足りる。そう結論を出してしまった。
ギルの外見や財力が目当ての女性を、心が拒否してしまったのだ。
俺たちとの縁に、重きを置くのもそのせいだと思う。
ギルがギルであれば良い。思うままを口にし、殴り合い、お互いに取り繕わず、全てをぶつけ合える。そんな、望まれる姿を演じずに済む相手を、彼はきっと無意識に切望したのだ。
そんな彼に、あの提案は……やっぱりちょっと……。
いや、そもそもがちょっと……という内容なのだけど、ギルには特に、難しいことだというか……。
「とりあえず、埋めたところまで見せて。
…………ええぇぇ、思い出も好きなものも好きな言葉も好きな色まで…………全部無い、全然埋まってない……」
「……い、一応三割くらいは埋まってるだろ⁉︎」
「当たり障りないやつだけじゃない」
う……やっぱりブツだけ先に用意するってわけにはいかないよな……。なら、事情を話して、リヴィ様に了承を得るしかないか……。
苦渋の決断をするしかないなとお互いに渋い顔を見合わせ、ギルなど本当に嫌そうに表情を歪めていたのだけど……。
「もう……しょうがないわね。ちょっとそれ貸して。
オリヴィエラ様、少し宜しいですか?」
書類を手にしたままルーシーが、俺たちが何か言う前にさっさとオリヴィエラ様に声をかけてしまった!
「ルーシー⁉︎」
お前相手が公爵令嬢だってこと覚えてる⁉︎
「歓談の時間に申し訳ございませんわ。私の手隙な時間がここにしか取れなかったもので。
オリヴィエラ様にいくつか答えていただきたい質問があるのですが、お聞きして宜しいですか?」
書類を手にしたままズバリと聞いちゃうから焦った。
ま、待ってルーシー! それは段階を追って、ゆっくり説明しないと……ほ、他の方の目だってここにはあるわけでね⁉︎
「…………質問ですの?」
「はい。耳飾を作るにあたり、題材を決める際に利用させていただくものです。
極力お二人の共通した思い出や……んぐっ……⁉︎」
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