579 / 1,121
対の飾り 3
しおりを挟む
その日の夜、就寝の準備を進めていた時のことだ。
「ううぅ、クオン様とんでもないな……あの人、口と頭が回りすぎると思わないか?」
「隙を見せる貴方が悪いのですよ」
「……お前も助けてくれたら良いのに……」
「巻き込まれるのはごめんです」
取りつく島のないハインに適当にあしらわれつつ、就寝の準備を進めていると、トントンと扉が叩かれた。
返事をするとそれはサヤで、先程クオン様に呼ばれてそちらに赴いていたのだけど……。
「クオン様が、明日ホーデリーフェ様と共に、アギーに帰還されるそうです」
「え⁉︎ 急に⁉︎ それ、準備間に合うのか⁉︎」
「従者の方々は、慣れっこだそうで……」
「あちらの従者方も、苦労人揃いであるようですね……」
「……手のかかる主人で悪かったな……」
ハインの嫌味たっぷりに強調された「も」に、俺はげんなりとそう返す。
その様子にサヤまでくすくすと笑うからもう……いや、分かってます。手のかかる人間であることは自覚してるよ、ほんと。
「では、レイシール様の仕度も済みましたので、料理長とワドに明日の変更を知らせてきます。
サヤ、この方を寝台に放り込んでおいてください」
「お前なんか機嫌悪くないか⁉︎」
「いいえ、全然」
「嘘! 絶対に機嫌悪い!」
そう言ったけれど完全に無視。
スタスタと早足で退室され、俺は深く息を吐いた。
なんなんだよもう……今日は厄日なのだろうか……。
本日に限っては、ハインを怒られるようなことをした覚えが無い。断じて無い! だって出掛けてないし!
……だけどどこかで何かしたろうかと頭を悩ませていたら、傍にやって来たサヤが、少し困ったように苦笑しつつ、俺にこう言った。
「ハインさん、留守番なのが凄く嫌なんでしょうね」
…………。
その考えには至っていなかった。
おかげでようやっと腑に落ちる。
そうか、お茶の時の会話……自分が戴冠式の時、蚊帳の外になることが、ハインはきっと嫌だったのだ。
だけど……。
「留守番ったって……バート商会に世話になるんだよ? ちゃんと一緒に、王都まで行くじゃないか……」
「でも、ハインさんはレイシール様をお守りすることが生き甲斐じゃないですか。
なのに、肝心の時に一緒にいられない……。そう考えてらっしゃると思いますよ」
そう諭され、ぐうの音も出ない……。
サヤの言う通りなのだと思う……。だけどハインは獣人だから、王宮の中に連れて行くことは憚られる。
ディート殿にも前に指摘されたが、あそこには沢山の貴族が集まる。無論、北の地からも沢山来るのだ。
ハインが獣人であることを、ヴァイデンフェラー出身の方々は高確率で気付くかもしれないと言われたし、北の方々にだって、その可能性がある。
獣人に多く接している地域だからだ。
そんな場所にハインを連れて行くのは危険だ。ハインが獣人だとバレてしまったら、あいつがどうなってしまうか分からない。
それに王都は……ハインが孤児として過ごした所だ……。神殿にいたこともあったと聞いたし……辛い記憶がそこかしこにこびりついているのじゃないかと、それも心配だった。
本当は、セイバーンに残しておきたかったのだけど……。
どうせそれは、絶対に受け入れられないと分かっていたから、口にしていない。
なんとなく気持ちが沈んでしまった俺を見て、サヤはどう思ったのか……不意に懐から、いつもの小袋を取り出した。
「髪、櫛を通しておきましょうか。座ってください」
「……うん……」
もうハインに整えてもらっていたけれど、サヤの柘植櫛でもう一度、梳いてもらうことにする。
長椅子に座り、サヤの優しい手つきに身を任せた。
頭のてっぺんから、腰よりも長い毛先まで。スルスルと櫛が通る。その感覚に浸って暫く過ごしていたら、サヤがポツリと、囁くように言った。
「……分かっていても……割り切れへんって、ある思う……。
ハインさんにとって王都は……自分が辛いかどうかやのうて、レイを傷付けてしもうた地やろ。
せやし余計に、気にしてしまうんやない?」
そう言われて、ああ、そうだったと、やっと気付くのだ……。
あいつはそういうことを、気にする奴なんだ……。
「そんなこと……忘れてしまっているくらい、俺とっては、どうでもいいことなんだけどな……」
確かにかつて、そういうことがあった。でもそれが、なんだと言うのか。
褒められた出会い方ではなかったけれど、俺にとってはあれも含め、今がある。俺には全てがかけがえのないものだ。
確かに手の不自由を感じる瞬間はあるけれど、だけどそれは俺にとって、もう生活の一部でしかない。
ハインがいなければ、今の俺は無い……きっとどこかで来世に旅立っていたろうとすら思う。
ハインはもう、あれ以上のものを俺に返してくれている。それ以上の絆が俺たちにはある。そう思うのに……。
「二人はお互いを、心配しすぎやね。なのにそれを、言葉にしいひん……」
「……したら絶対に不機嫌になるし怒るんだよ……」
「ハインさんもきっと同じこと思うてはるんや思う。レイは口にしたらきっと、そんなことどうでもええとか、逆に感謝してるとかって、言うんやろ。とか」
「………………」
「似た者同士やね?」
そんなことを、そんな風に優しい声音で言われたら……たまらなくなる。
「…………サヤ、抱きしめても良い?」
そう聞くと、恥ずかしそうに視線を逸らす。だけど、珍しくあかんとは言われなかった……。
そのまま肩に腕を回して抱き寄せると、サヤの額がポスンと俺の肩に預けられ、近くなったサヤからか、どことなく甘い香りが鼻孔を掠める。
「……サヤもどうしたの?」
こんな風に素直に身を委ねてくれることなんて、滅多に無いのに……。
そう問うても、サヤは無言だった。
けれど離れようともしない。逆にサヤの手が、俺の背に回されて遠慮がちにさするから……触れられた箇所から熱を帯びるみたいに、気持ちに熱が移っていく……。
「…………サヤ」
肩に手を掛けて名を呼ぶと、抗うみたいに背中の手に力が篭った。離れる気は無いらしい。
これは顔を見られまいとしているのかな?
なら……。
口元にあった左耳に、音を立てて口づけした。
すると肩が跳ねる。そのまま耳を甘噛みしていくと、堪えきれなかったのか、サヤの上ずった甘い声が溢れ、それでより一層、気持ちに火が付いた。
「それっ、あかん……っ」
「サヤは耳、弱いもんね……」
「ちっ、ちがっ……」
違わない。もう知ってるからね、俺……。
「言わないなら、もっと食べるよ」
わざと息がかかるように、耳元でそう囁くと、サヤの身体はふるりと揺れた。
駄目押しとばかりに耳朶を食むと、慌てて身体が距離を取る。
「いけず!」
「あ、それ可愛い、なんて意味?」
「い……いわへん!」
真っ赤になった顔。だけどそれだけじゃない。熱に浮かされてしまったような、酔いが回ってしまったみたいな、どこか艶めいた……。
グッと欲望が高まったけれど、それは気合でねじ伏せた。自分で墓穴を掘ってちゃ世話無い。まだあと三年だと、言い聞かせる。
「悪かったよ。もう意地悪しないから、おいで」
そういい腕を広げると、怖い顔で警戒しつつも身を寄せてきて、その様子がもう可笑しくて、可愛くて、つい吹き出してしまった。
「レイがいけずしたからやろ⁉︎」
「いや、ごめん。違うよ、サヤを笑ったんじゃないって。
可愛すぎて……俺の華はなんて愛らしいのかって思ったらさ、自然と顔が緩んじゃって……」
「そういう、恥ずかしいこと、当たり前の顔して言わんといて!」
その反応がもう既に、たまらないんだけどなぁ。
腕の中に収まっても怒っている。怒っているのに、身を任せてくる……そんな全部が、愛おしくてたまらないのだって、気付いていないのかな?
そんな風に考えながら頭を撫でると、少し溜飲が下がったのか、サヤがもう少し、俺に体重を預けてきた。胸にかかる重みが、サヤが俺に寄せてくれる信頼の証なのだと分かるから、そんな細やかなことすら嬉しくてたまらない。
「……夜会、一緒じゃないのが、不安だったの?」
「…………」
「俺のことが心配? 頼りないって思ってる?」
「違う……。レイは、頼りのうない……けど、心配なんは、どうしたって、心配なんやから、仕方ないやんか」
そう言ってサヤは、俺の胸に額を押し付けた。
そこからくぐもった声で「ジェスルかて、来るんやろ……」と、言葉が溢れる。
「お父様に、あんなことした人らや……。もしまたって、今度はレイに何か、してきはるんやないかって、そう思うたら……。
ハインさんかて、そら、心配になるわ。
なのに私も…………レイの隣に、おられへんのやろ」
ぁぁぁああもう! この人はいったい俺をどうしたいんだろう⁉︎
「そんなこと言うと口づけしたくなるだろ⁉︎」
「な、なんで⁉︎」
「なんでじゃない! サヤはずっと俺のこと煽ってる! どうしてそうたまらないことを言うかな⁉︎」
「ふ、普通に心配してるだけ……レ、っ……!」
もう振り切れた。そのままサヤの唇に食らいついて、これでもかと愛でる。
何か言おうと暴れる舌を、強引に絡め取って、言葉を封じた。
サヤの不安や心配を全部舐め取って、代わりにサヤが愛しいという気持ちを、擦り付けていく。
はじめこそ必死で抗おうとしていたサヤだったけれど、そのうちにいつも通り抵抗は弱まり、最後はくたりと力を抜いた……。
このまま全てを手に入れてしまいたい。今すぐに。この場で!
「…………」
唇をもぎ離すと、サヤは愛撫と熱に翻弄され、蕩けた表情。
その頬を撫でると、その蕩けた瞳が、反射で俺を見た。
だけど今のこの時間を、これからもずっと得たいと思うから、今は耐えるんだ……。
「目一杯、気を付ける……。
俺はサヤと、これからだってずっと、一緒にいたい。
どれだけ時間があったって足りないと思うくらいなのに、その時間を断たれるようなこと、許すわけないだろ」
微笑んでそう言うと、またキュッと、眉が寄った。
「俺だってそれなりにできるよ。
それでも危険だって感じたら……サヤを呼ぶから。
サヤなら俺の声、ちゃんと拾ってくれるだろう?」
「…………絶対に、約束やしな」
どこかまだ虚ろな瞳で、そう言い俺の首に手が伸びた。
身体を傾けると、するりとその腕が首に絡みつく。
「呼んでくれへんかったら、絶交する……」
「えっ⁉︎」
「それは私への信頼が無いとみなす」
「そっ、それはちょっと……」
「ハインさんの分も、私が頑張るって、言うておく。絶対に守るって。せやし、ちゃんと呼んで」
「…………うん」
王宮だし、そうそう滅多なことは起こらない。
それはサヤだって充分に理解していると思う。それでもこの約束を必要とするのだろう。
だから必ず呼ぶよと約束して、もう一度唇を啄ばん……。
「なんで塞ぐの……」
「もうあかんっ、それされたら頭働かんようになるのに!」
「これだけは自由にして良いって言った!」
「時と場合による!」
押し問答をしてたら、帰ってきたハインがいつの間にか呆れ顔で俺たちを見ていて、二人して顔から火が出るかと思った。
「ううぅ、クオン様とんでもないな……あの人、口と頭が回りすぎると思わないか?」
「隙を見せる貴方が悪いのですよ」
「……お前も助けてくれたら良いのに……」
「巻き込まれるのはごめんです」
取りつく島のないハインに適当にあしらわれつつ、就寝の準備を進めていると、トントンと扉が叩かれた。
返事をするとそれはサヤで、先程クオン様に呼ばれてそちらに赴いていたのだけど……。
「クオン様が、明日ホーデリーフェ様と共に、アギーに帰還されるそうです」
「え⁉︎ 急に⁉︎ それ、準備間に合うのか⁉︎」
「従者の方々は、慣れっこだそうで……」
「あちらの従者方も、苦労人揃いであるようですね……」
「……手のかかる主人で悪かったな……」
ハインの嫌味たっぷりに強調された「も」に、俺はげんなりとそう返す。
その様子にサヤまでくすくすと笑うからもう……いや、分かってます。手のかかる人間であることは自覚してるよ、ほんと。
「では、レイシール様の仕度も済みましたので、料理長とワドに明日の変更を知らせてきます。
サヤ、この方を寝台に放り込んでおいてください」
「お前なんか機嫌悪くないか⁉︎」
「いいえ、全然」
「嘘! 絶対に機嫌悪い!」
そう言ったけれど完全に無視。
スタスタと早足で退室され、俺は深く息を吐いた。
なんなんだよもう……今日は厄日なのだろうか……。
本日に限っては、ハインを怒られるようなことをした覚えが無い。断じて無い! だって出掛けてないし!
……だけどどこかで何かしたろうかと頭を悩ませていたら、傍にやって来たサヤが、少し困ったように苦笑しつつ、俺にこう言った。
「ハインさん、留守番なのが凄く嫌なんでしょうね」
…………。
その考えには至っていなかった。
おかげでようやっと腑に落ちる。
そうか、お茶の時の会話……自分が戴冠式の時、蚊帳の外になることが、ハインはきっと嫌だったのだ。
だけど……。
「留守番ったって……バート商会に世話になるんだよ? ちゃんと一緒に、王都まで行くじゃないか……」
「でも、ハインさんはレイシール様をお守りすることが生き甲斐じゃないですか。
なのに、肝心の時に一緒にいられない……。そう考えてらっしゃると思いますよ」
そう諭され、ぐうの音も出ない……。
サヤの言う通りなのだと思う……。だけどハインは獣人だから、王宮の中に連れて行くことは憚られる。
ディート殿にも前に指摘されたが、あそこには沢山の貴族が集まる。無論、北の地からも沢山来るのだ。
ハインが獣人であることを、ヴァイデンフェラー出身の方々は高確率で気付くかもしれないと言われたし、北の方々にだって、その可能性がある。
獣人に多く接している地域だからだ。
そんな場所にハインを連れて行くのは危険だ。ハインが獣人だとバレてしまったら、あいつがどうなってしまうか分からない。
それに王都は……ハインが孤児として過ごした所だ……。神殿にいたこともあったと聞いたし……辛い記憶がそこかしこにこびりついているのじゃないかと、それも心配だった。
本当は、セイバーンに残しておきたかったのだけど……。
どうせそれは、絶対に受け入れられないと分かっていたから、口にしていない。
なんとなく気持ちが沈んでしまった俺を見て、サヤはどう思ったのか……不意に懐から、いつもの小袋を取り出した。
「髪、櫛を通しておきましょうか。座ってください」
「……うん……」
もうハインに整えてもらっていたけれど、サヤの柘植櫛でもう一度、梳いてもらうことにする。
長椅子に座り、サヤの優しい手つきに身を任せた。
頭のてっぺんから、腰よりも長い毛先まで。スルスルと櫛が通る。その感覚に浸って暫く過ごしていたら、サヤがポツリと、囁くように言った。
「……分かっていても……割り切れへんって、ある思う……。
ハインさんにとって王都は……自分が辛いかどうかやのうて、レイを傷付けてしもうた地やろ。
せやし余計に、気にしてしまうんやない?」
そう言われて、ああ、そうだったと、やっと気付くのだ……。
あいつはそういうことを、気にする奴なんだ……。
「そんなこと……忘れてしまっているくらい、俺とっては、どうでもいいことなんだけどな……」
確かにかつて、そういうことがあった。でもそれが、なんだと言うのか。
褒められた出会い方ではなかったけれど、俺にとってはあれも含め、今がある。俺には全てがかけがえのないものだ。
確かに手の不自由を感じる瞬間はあるけれど、だけどそれは俺にとって、もう生活の一部でしかない。
ハインがいなければ、今の俺は無い……きっとどこかで来世に旅立っていたろうとすら思う。
ハインはもう、あれ以上のものを俺に返してくれている。それ以上の絆が俺たちにはある。そう思うのに……。
「二人はお互いを、心配しすぎやね。なのにそれを、言葉にしいひん……」
「……したら絶対に不機嫌になるし怒るんだよ……」
「ハインさんもきっと同じこと思うてはるんや思う。レイは口にしたらきっと、そんなことどうでもええとか、逆に感謝してるとかって、言うんやろ。とか」
「………………」
「似た者同士やね?」
そんなことを、そんな風に優しい声音で言われたら……たまらなくなる。
「…………サヤ、抱きしめても良い?」
そう聞くと、恥ずかしそうに視線を逸らす。だけど、珍しくあかんとは言われなかった……。
そのまま肩に腕を回して抱き寄せると、サヤの額がポスンと俺の肩に預けられ、近くなったサヤからか、どことなく甘い香りが鼻孔を掠める。
「……サヤもどうしたの?」
こんな風に素直に身を委ねてくれることなんて、滅多に無いのに……。
そう問うても、サヤは無言だった。
けれど離れようともしない。逆にサヤの手が、俺の背に回されて遠慮がちにさするから……触れられた箇所から熱を帯びるみたいに、気持ちに熱が移っていく……。
「…………サヤ」
肩に手を掛けて名を呼ぶと、抗うみたいに背中の手に力が篭った。離れる気は無いらしい。
これは顔を見られまいとしているのかな?
なら……。
口元にあった左耳に、音を立てて口づけした。
すると肩が跳ねる。そのまま耳を甘噛みしていくと、堪えきれなかったのか、サヤの上ずった甘い声が溢れ、それでより一層、気持ちに火が付いた。
「それっ、あかん……っ」
「サヤは耳、弱いもんね……」
「ちっ、ちがっ……」
違わない。もう知ってるからね、俺……。
「言わないなら、もっと食べるよ」
わざと息がかかるように、耳元でそう囁くと、サヤの身体はふるりと揺れた。
駄目押しとばかりに耳朶を食むと、慌てて身体が距離を取る。
「いけず!」
「あ、それ可愛い、なんて意味?」
「い……いわへん!」
真っ赤になった顔。だけどそれだけじゃない。熱に浮かされてしまったような、酔いが回ってしまったみたいな、どこか艶めいた……。
グッと欲望が高まったけれど、それは気合でねじ伏せた。自分で墓穴を掘ってちゃ世話無い。まだあと三年だと、言い聞かせる。
「悪かったよ。もう意地悪しないから、おいで」
そういい腕を広げると、怖い顔で警戒しつつも身を寄せてきて、その様子がもう可笑しくて、可愛くて、つい吹き出してしまった。
「レイがいけずしたからやろ⁉︎」
「いや、ごめん。違うよ、サヤを笑ったんじゃないって。
可愛すぎて……俺の華はなんて愛らしいのかって思ったらさ、自然と顔が緩んじゃって……」
「そういう、恥ずかしいこと、当たり前の顔して言わんといて!」
その反応がもう既に、たまらないんだけどなぁ。
腕の中に収まっても怒っている。怒っているのに、身を任せてくる……そんな全部が、愛おしくてたまらないのだって、気付いていないのかな?
そんな風に考えながら頭を撫でると、少し溜飲が下がったのか、サヤがもう少し、俺に体重を預けてきた。胸にかかる重みが、サヤが俺に寄せてくれる信頼の証なのだと分かるから、そんな細やかなことすら嬉しくてたまらない。
「……夜会、一緒じゃないのが、不安だったの?」
「…………」
「俺のことが心配? 頼りないって思ってる?」
「違う……。レイは、頼りのうない……けど、心配なんは、どうしたって、心配なんやから、仕方ないやんか」
そう言ってサヤは、俺の胸に額を押し付けた。
そこからくぐもった声で「ジェスルかて、来るんやろ……」と、言葉が溢れる。
「お父様に、あんなことした人らや……。もしまたって、今度はレイに何か、してきはるんやないかって、そう思うたら……。
ハインさんかて、そら、心配になるわ。
なのに私も…………レイの隣に、おられへんのやろ」
ぁぁぁああもう! この人はいったい俺をどうしたいんだろう⁉︎
「そんなこと言うと口づけしたくなるだろ⁉︎」
「な、なんで⁉︎」
「なんでじゃない! サヤはずっと俺のこと煽ってる! どうしてそうたまらないことを言うかな⁉︎」
「ふ、普通に心配してるだけ……レ、っ……!」
もう振り切れた。そのままサヤの唇に食らいついて、これでもかと愛でる。
何か言おうと暴れる舌を、強引に絡め取って、言葉を封じた。
サヤの不安や心配を全部舐め取って、代わりにサヤが愛しいという気持ちを、擦り付けていく。
はじめこそ必死で抗おうとしていたサヤだったけれど、そのうちにいつも通り抵抗は弱まり、最後はくたりと力を抜いた……。
このまま全てを手に入れてしまいたい。今すぐに。この場で!
「…………」
唇をもぎ離すと、サヤは愛撫と熱に翻弄され、蕩けた表情。
その頬を撫でると、その蕩けた瞳が、反射で俺を見た。
だけど今のこの時間を、これからもずっと得たいと思うから、今は耐えるんだ……。
「目一杯、気を付ける……。
俺はサヤと、これからだってずっと、一緒にいたい。
どれだけ時間があったって足りないと思うくらいなのに、その時間を断たれるようなこと、許すわけないだろ」
微笑んでそう言うと、またキュッと、眉が寄った。
「俺だってそれなりにできるよ。
それでも危険だって感じたら……サヤを呼ぶから。
サヤなら俺の声、ちゃんと拾ってくれるだろう?」
「…………絶対に、約束やしな」
どこかまだ虚ろな瞳で、そう言い俺の首に手が伸びた。
身体を傾けると、するりとその腕が首に絡みつく。
「呼んでくれへんかったら、絶交する……」
「えっ⁉︎」
「それは私への信頼が無いとみなす」
「そっ、それはちょっと……」
「ハインさんの分も、私が頑張るって、言うておく。絶対に守るって。せやし、ちゃんと呼んで」
「…………うん」
王宮だし、そうそう滅多なことは起こらない。
それはサヤだって充分に理解していると思う。それでもこの約束を必要とするのだろう。
だから必ず呼ぶよと約束して、もう一度唇を啄ばん……。
「なんで塞ぐの……」
「もうあかんっ、それされたら頭働かんようになるのに!」
「これだけは自由にして良いって言った!」
「時と場合による!」
押し問答をしてたら、帰ってきたハインがいつの間にか呆れ顔で俺たちを見ていて、二人して顔から火が出るかと思った。
0
お気に入りに追加
838
あなたにおすすめの小説
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる