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対の飾り 2
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ホーデリーフェ様の帰還は明日の朝方と決まり、本日の晩餐はご一緒にということで纏まった。
本来ならば貴族のみでの会食なのだけど、ここはバート商会であるし、店主のギルと耳飾担当のルーシーも同席を許される形となった。
とはいえ、俺以外の貴族……しかも子爵家の方と公爵家の方が同席となって、ルーシーはもうガチガチだ。
彼女にも緊張するってことがあるんだなぁ……。いや、何となくそう思っただけで他意はない。うん。
耳飾は見事に作り上げたルーシーであったけれど、仕事を離れた部分での関わりはあまり意識していなかったのだろう。
結局料理の味も分からなかった様子で、見かねたギルが先に休むよう、退室させることと相成った。
そうして今は、食後のお茶の時間……。
「任命式後の夜会ですの?」
「はぁ……なにぶん私は、社交界自体が先日の、アギーで初体験したような感じで……。
正直雰囲気も何も想像ができないんですよね」
他愛ない雑談を進めていたのだけど、ホーデリーフェ様が女中としてなら夜会に出席した経験があるとおっしゃったため、状況だけでも伺えないかと聞いてみたのだ。
するとホーデリーフェ様は、少々言いにくそうに小首を傾げ……。
「ごめんなさい、正直……よく分からないわ……。男爵家の方は領主様以外、参加していらした方を見かけたことがございませんの。
使用人意外として出席された方は、殆どいらっしゃらないのじゃないかしら……」
という、不穏な回答……。
マジですか……。
もうそれ聞いただけで嫌な予感しかしない……。
「ですけど、役職を賜った方々はだいたい集まって、親睦を深めていらっしゃるわ。
レイシール殿も、その輪に加わっていれば、大丈夫なのではないかしら?」
「親睦ねぇ……。派閥や優劣の競い合いじゃないと良いわね。
貴方みたいに地位の低い軟弱そうに見える人、直ぐに吹き飛ばされちゃうわよ」
「クオン」
辛辣ぶりを発揮して、俺を不安に陥れようとしていたクオン様を、リヴィ様が即座に嗜める。
軟弱そうかぁ……。ま、髪が長い時点で成人前ってまる分かりだし、そう見られるのは諦めてるしな。
「歴史を紐解いてみても、成人前で役職を賜った方というのが、まず相当異例ですしねぇ。
そんな場合は、高位の血筋の方が、お飾りとして役職を賜る感じでしたし。
そう考えると、レイシール様はどうやったって悪目立ちしかしませんから、もう諦めるしかないですね!」
俺の副官として晩餐に出席していたマルが明るくそう言い切るものだから、ハインの眉間のシワがより一層深くなる。
ギルは若干心配そうに俺を見て、隣のサヤは苦笑。
うん、まぁそうだね……。その通りだと思うよ……。
「大丈夫ですわ。
私もサヤも、出席するのですもの。
悪目立ちと言うなら、女性の立場で近衛という地位を賜る私たちだって、負けず劣らずですわ」
「サヤなんて貴族でもないのだからもっと悪目立ち……」
「クオン!」
更に被せてきたクオン様を、リヴィ様が一喝。
けれど、クオン様は「でも意識しといた方が良いんじゃない?」と、言葉を慎む様子は無い。
「アギーの社交界では、主催はお父様だったもの。
レイだって、お父様が賓客として招いたことになるのだから、滅多なことなんて起こらないわよ。
だけど、王家の社交界なら、お父様の影響力だってそこまでにはならない。公爵家は他に三家あるのだし。
極力王家の力を削ごうって思ってる輩だったり、少しでも権利を多く得ようと画策してる輩だっているのよ。
心構えくらいしておくべきよ。
だいたい、姫様が王位に就くっていうことにすら大混乱だったのでしょう?
王家には姫様しかいらっしゃらないのだから、そうなるのは分かっていたはずなのに」
クオン様の言葉に、言い淀むリヴィ様。
そうなるのは分かっていた……か。本当は、そうならないはずであったのだから、混乱は致し方なかったのだと思う。
国王様は、姫様を王位には望んでいらっしゃらなかった……。
王家には、血の病が潜んでいて、それが王家を虚弱で短命にしていたからだ。
姫様は、血を残さなければならない……。それは、逃れられない責務だ。その上、更に王の重責まで背負わせてしまうことを、国王様は望まなかった。
三人生まれたお子の中で、姫様しか残らなかった……。その、一人しか残らなかった娘に、命を削るほど過酷な責任を、押し付けたくなかったのだ……。
「姫様の王政をここぞとばかりに叩きに来るような連中なら、レイやサヤは良い標的になるのじゃない?
いくら功績を認めてるったって、男爵家に異国人。しかも二人揃って成人前なんだから、叩かれない方がおかしいと思うけど」
ごもっともな指摘。
不安そうに眉を寄せるホーデリーフェ様が、俺とサヤを交互に見る。
だけど俺は、サヤの名を出されたことで、逆に心が定まっていた。
「……自分に降りかかるものくらい、自分でなんとかしてみせますよ。
そもそも、それが出来なければ、役職なんて、元より務まらないでしょうし」
国王様のお気持ちを知った上で俺は、姫様の背中を押した。
姫様が王位を望まれていたから。……と、いうのは言い訳だろう。俺は傀儡の王になどなりたくなかったから、俺と姫様の望みで折り合いがつく場所を探し、結果として国王様の望みを切り捨てたのだ。
それだけのことをしたのだから、姫様を支え、国を守る責任の一端を、俺は担うべきだと思うし、もう、それだけではない……俺個人の望みもある。
サヤを守ること、獣人を受け入れられる世の中を作ること……。
そのために得る役職だ。これくらいの苦難になど、拘っている場合ではない。
その決意を込めての言葉だったのだけど、聞き咎めたクオン様が揶揄い半分に絡んでくる。
「あらあら、急に強気ね?」
「強気というか……それこそ分かっていたことですしね」
立場が弱いことも、異例であることも、分かっていた。
そこにサヤが巻き込まれる想定はしていなかったけれど、なら尚のこと、サヤを守るためにも俺は、前に立たなければならない。
「どうせ前例が無いなら、それに倣う必要もないってことですし。
それが分かっただけでも意味がありましたよ。ありがとうございます、ホーデリーフェ様。おかげで腹を括れます」
そう言い笑い掛けると、ホーデリーフェ様は曖昧に微笑む。
大丈夫かしら? と、俺を心配してくださっているのだろう。
「ま、我が主人はこれでいて胆力だけはありますから、少々の棘など意に介しませんよぅ、ご安心ください」
「学舎でも、腹の探り合いならば好成績を収めておられましたしね」
どこまでも楽観的なマルに、それを擁護するギル。
俺の学舎での成績などたかがしれているし、それが実戦でどれほど役に立つかなど分かったものではないけれど、少なくとも領主代行となって過ごした三年の間に、積んだ経験がある。
それは必ず、俺の力となってくれるだろう。
「レイシール様は、必ずお守りします」
そこに、決意を込めたサヤの宣言。
俺は、一瞬呆気にとられ……慌ててしまった。
「い、いや! いくらなんでも戦いを挑まれるなんてことはないからね⁉︎
だいたいサヤは女近衛として参加だから、姫様の護衛だと思うし」
俺の傍にはいないと思うよ……。
「えっ、そうなんですか⁉︎」
途端サヤの瞳に混乱と不安が過ぎる。
夜会で俺と離れていることは想定していなかったらしい。
いや、だから俺、自分のことは自分でするって話を、今してたんだけどね?
だってこの夜会で一番厄介なのは俺自身が場をどう乗り切るかであって、サヤは問題無いのだ。
姫様の護衛であれば、近くにルオード様もいらっしゃるだろうし、彼の方にはサヤのことはだいたい伝えてある。きっと気を配ってくださるだろう。
姫様本人も、無論リヴィ様だって傍ににいる。運が良ければ、ディート殿もいるかもしれない。
だから、サヤを直接攻撃しようとする輩はいないと思う。
俺にとってはそれが、何よりも心強い。
「大丈夫だよ。父上も一緒だし」
俺を心配して狼狽えるサヤに、そう言って苦笑した。
頼りないって思われてるんだろうなぁ……。まぁ実際、頼りない身なのだけど。
でも、本当ならこの頼りない身の俺が、サヤを守り、戦わなければならなかったのだ。
そうであったなら、こんなもんじゃなかった……。
「本当なら、俺は一人で挑まなきゃならなかったんだよ。
だけどサヤのおかげで、父上がいてくださる。サヤだって同じ会場にいるんだ。とても心強いし、有難いことだ」
心底そう思う。俺は一人じゃない。味方だと思える方々が、沢山いる。それがどれだけ幸せなことか。
きっと姫様はサヤを守ってくださる。
だから俺は、俺の身だけをどうにかすれば良い。それに……。
「サヤは、耳飾を身に付けておいてくれるだろう? なら、俺たちはちゃんと繋がってる。
サヤのくれた襟飾が、俺の守りになってくれるよ」
だから、そんな不安そうな顔をしないでくれ。俺は大丈夫だから……。
「はあぁ、隙あらば惚気るわね貴方……」
無意識で、サヤの左耳に伸ばしていた手が、その言葉でピタリと止まった。
それまで俺を見ていたサヤの瞳が、ハッと我に帰り、瞬間で顔も首も真っ赤に染める。
慌てて手を引っ込めたけれど、周りはなんとも言えない雰囲気……。
「の、惚気てないですよ⁉︎」
「惚気てるわ」
「惚気てません!」
「申し訳ありませんクオンティーヌ様、レイシール様は……真面目なんです」
「惚気じゃなく、心底サヤくん好きで好きでたまらないんですよねぇ」
「ギル! マル⁉︎」
いらぬ言葉を挟んでくる親友と副官に怒りの矛先を向けると、明後日の方向に視線をそらされた。
二人の言葉にクオン様まで乗っかって、パタパタと手で顔を仰ぎながらさらに畳み掛けてくるから、俺とサヤは更に追い詰められる……。
「初夏かってくらい暑いわー」
「クオン様!」
「良いではありませんの。仲睦まじいお二人は、見ているこちらも幸せな気持ちになれますわ」
心優しいホーデリーフェ様がそう仲裁してくださり、後方のイザーク殿にちらりと視線をやる。
その様子にクオン様は、今度は標的をホーデリーフェ様へと定めたようだ。
「そう言えるのは、ホーデリーフェにもお相手がいらっしゃるからよ。私や姉様には目の毒でしかないわ」
すると今度は、慌ててリヴィ様まで……。
「クオン、巻き込まないで!」
プッと吹き出したのは誰だったか……。
くすくすとリヴィ様の女中が堪えきれずといった様子で笑い出し、もうそれが誰かのツボにはまってしまったのだろう。
笑いの波はそのまま広がって、しばらく皆でその温かな雰囲気を楽しんだ。
「私も、奥様付きの女中として会場に参ります。万が一の時は、お力添えできますわ」
「いえそんな、滅相もございません!」
「耳飾の援護だけで百人力よね。
ふふふ、後日耳飾を作りに来る他の方たちも、極力会場に立ち入る方を選んでおいたから、抜かりないわ。
大丈夫よ、イザーク殿、そんな顔なさらないで。
母様方にもちゃんと伝えておく……例えヒルリオが会場にいたとしても、ホーデリーフェには近付けさせないからね!」
今度の標的はイザーク殿であるらしい。真っ赤になったイザーク殿は公爵令嬢に物申すわけにもいかず、ただ口をパクパクさせるしかない。
その様子にクオン様は、更なる悪戯を思いついたとでもいうように、にんまりと楽しそうに笑い……。
「もっとも、ホーデリーフェはイザーク殿が、耳飾で守っていらっしゃるでしょうけれど」
「もう、クオン! それくらいになさい!」
結局食後のお茶の時間は、十五歳の少女に翻弄されて幕を閉じたのだった。
本来ならば貴族のみでの会食なのだけど、ここはバート商会であるし、店主のギルと耳飾担当のルーシーも同席を許される形となった。
とはいえ、俺以外の貴族……しかも子爵家の方と公爵家の方が同席となって、ルーシーはもうガチガチだ。
彼女にも緊張するってことがあるんだなぁ……。いや、何となくそう思っただけで他意はない。うん。
耳飾は見事に作り上げたルーシーであったけれど、仕事を離れた部分での関わりはあまり意識していなかったのだろう。
結局料理の味も分からなかった様子で、見かねたギルが先に休むよう、退室させることと相成った。
そうして今は、食後のお茶の時間……。
「任命式後の夜会ですの?」
「はぁ……なにぶん私は、社交界自体が先日の、アギーで初体験したような感じで……。
正直雰囲気も何も想像ができないんですよね」
他愛ない雑談を進めていたのだけど、ホーデリーフェ様が女中としてなら夜会に出席した経験があるとおっしゃったため、状況だけでも伺えないかと聞いてみたのだ。
するとホーデリーフェ様は、少々言いにくそうに小首を傾げ……。
「ごめんなさい、正直……よく分からないわ……。男爵家の方は領主様以外、参加していらした方を見かけたことがございませんの。
使用人意外として出席された方は、殆どいらっしゃらないのじゃないかしら……」
という、不穏な回答……。
マジですか……。
もうそれ聞いただけで嫌な予感しかしない……。
「ですけど、役職を賜った方々はだいたい集まって、親睦を深めていらっしゃるわ。
レイシール殿も、その輪に加わっていれば、大丈夫なのではないかしら?」
「親睦ねぇ……。派閥や優劣の競い合いじゃないと良いわね。
貴方みたいに地位の低い軟弱そうに見える人、直ぐに吹き飛ばされちゃうわよ」
「クオン」
辛辣ぶりを発揮して、俺を不安に陥れようとしていたクオン様を、リヴィ様が即座に嗜める。
軟弱そうかぁ……。ま、髪が長い時点で成人前ってまる分かりだし、そう見られるのは諦めてるしな。
「歴史を紐解いてみても、成人前で役職を賜った方というのが、まず相当異例ですしねぇ。
そんな場合は、高位の血筋の方が、お飾りとして役職を賜る感じでしたし。
そう考えると、レイシール様はどうやったって悪目立ちしかしませんから、もう諦めるしかないですね!」
俺の副官として晩餐に出席していたマルが明るくそう言い切るものだから、ハインの眉間のシワがより一層深くなる。
ギルは若干心配そうに俺を見て、隣のサヤは苦笑。
うん、まぁそうだね……。その通りだと思うよ……。
「大丈夫ですわ。
私もサヤも、出席するのですもの。
悪目立ちと言うなら、女性の立場で近衛という地位を賜る私たちだって、負けず劣らずですわ」
「サヤなんて貴族でもないのだからもっと悪目立ち……」
「クオン!」
更に被せてきたクオン様を、リヴィ様が一喝。
けれど、クオン様は「でも意識しといた方が良いんじゃない?」と、言葉を慎む様子は無い。
「アギーの社交界では、主催はお父様だったもの。
レイだって、お父様が賓客として招いたことになるのだから、滅多なことなんて起こらないわよ。
だけど、王家の社交界なら、お父様の影響力だってそこまでにはならない。公爵家は他に三家あるのだし。
極力王家の力を削ごうって思ってる輩だったり、少しでも権利を多く得ようと画策してる輩だっているのよ。
心構えくらいしておくべきよ。
だいたい、姫様が王位に就くっていうことにすら大混乱だったのでしょう?
王家には姫様しかいらっしゃらないのだから、そうなるのは分かっていたはずなのに」
クオン様の言葉に、言い淀むリヴィ様。
そうなるのは分かっていた……か。本当は、そうならないはずであったのだから、混乱は致し方なかったのだと思う。
国王様は、姫様を王位には望んでいらっしゃらなかった……。
王家には、血の病が潜んでいて、それが王家を虚弱で短命にしていたからだ。
姫様は、血を残さなければならない……。それは、逃れられない責務だ。その上、更に王の重責まで背負わせてしまうことを、国王様は望まなかった。
三人生まれたお子の中で、姫様しか残らなかった……。その、一人しか残らなかった娘に、命を削るほど過酷な責任を、押し付けたくなかったのだ……。
「姫様の王政をここぞとばかりに叩きに来るような連中なら、レイやサヤは良い標的になるのじゃない?
いくら功績を認めてるったって、男爵家に異国人。しかも二人揃って成人前なんだから、叩かれない方がおかしいと思うけど」
ごもっともな指摘。
不安そうに眉を寄せるホーデリーフェ様が、俺とサヤを交互に見る。
だけど俺は、サヤの名を出されたことで、逆に心が定まっていた。
「……自分に降りかかるものくらい、自分でなんとかしてみせますよ。
そもそも、それが出来なければ、役職なんて、元より務まらないでしょうし」
国王様のお気持ちを知った上で俺は、姫様の背中を押した。
姫様が王位を望まれていたから。……と、いうのは言い訳だろう。俺は傀儡の王になどなりたくなかったから、俺と姫様の望みで折り合いがつく場所を探し、結果として国王様の望みを切り捨てたのだ。
それだけのことをしたのだから、姫様を支え、国を守る責任の一端を、俺は担うべきだと思うし、もう、それだけではない……俺個人の望みもある。
サヤを守ること、獣人を受け入れられる世の中を作ること……。
そのために得る役職だ。これくらいの苦難になど、拘っている場合ではない。
その決意を込めての言葉だったのだけど、聞き咎めたクオン様が揶揄い半分に絡んでくる。
「あらあら、急に強気ね?」
「強気というか……それこそ分かっていたことですしね」
立場が弱いことも、異例であることも、分かっていた。
そこにサヤが巻き込まれる想定はしていなかったけれど、なら尚のこと、サヤを守るためにも俺は、前に立たなければならない。
「どうせ前例が無いなら、それに倣う必要もないってことですし。
それが分かっただけでも意味がありましたよ。ありがとうございます、ホーデリーフェ様。おかげで腹を括れます」
そう言い笑い掛けると、ホーデリーフェ様は曖昧に微笑む。
大丈夫かしら? と、俺を心配してくださっているのだろう。
「ま、我が主人はこれでいて胆力だけはありますから、少々の棘など意に介しませんよぅ、ご安心ください」
「学舎でも、腹の探り合いならば好成績を収めておられましたしね」
どこまでも楽観的なマルに、それを擁護するギル。
俺の学舎での成績などたかがしれているし、それが実戦でどれほど役に立つかなど分かったものではないけれど、少なくとも領主代行となって過ごした三年の間に、積んだ経験がある。
それは必ず、俺の力となってくれるだろう。
「レイシール様は、必ずお守りします」
そこに、決意を込めたサヤの宣言。
俺は、一瞬呆気にとられ……慌ててしまった。
「い、いや! いくらなんでも戦いを挑まれるなんてことはないからね⁉︎
だいたいサヤは女近衛として参加だから、姫様の護衛だと思うし」
俺の傍にはいないと思うよ……。
「えっ、そうなんですか⁉︎」
途端サヤの瞳に混乱と不安が過ぎる。
夜会で俺と離れていることは想定していなかったらしい。
いや、だから俺、自分のことは自分でするって話を、今してたんだけどね?
だってこの夜会で一番厄介なのは俺自身が場をどう乗り切るかであって、サヤは問題無いのだ。
姫様の護衛であれば、近くにルオード様もいらっしゃるだろうし、彼の方にはサヤのことはだいたい伝えてある。きっと気を配ってくださるだろう。
姫様本人も、無論リヴィ様だって傍ににいる。運が良ければ、ディート殿もいるかもしれない。
だから、サヤを直接攻撃しようとする輩はいないと思う。
俺にとってはそれが、何よりも心強い。
「大丈夫だよ。父上も一緒だし」
俺を心配して狼狽えるサヤに、そう言って苦笑した。
頼りないって思われてるんだろうなぁ……。まぁ実際、頼りない身なのだけど。
でも、本当ならこの頼りない身の俺が、サヤを守り、戦わなければならなかったのだ。
そうであったなら、こんなもんじゃなかった……。
「本当なら、俺は一人で挑まなきゃならなかったんだよ。
だけどサヤのおかげで、父上がいてくださる。サヤだって同じ会場にいるんだ。とても心強いし、有難いことだ」
心底そう思う。俺は一人じゃない。味方だと思える方々が、沢山いる。それがどれだけ幸せなことか。
きっと姫様はサヤを守ってくださる。
だから俺は、俺の身だけをどうにかすれば良い。それに……。
「サヤは、耳飾を身に付けておいてくれるだろう? なら、俺たちはちゃんと繋がってる。
サヤのくれた襟飾が、俺の守りになってくれるよ」
だから、そんな不安そうな顔をしないでくれ。俺は大丈夫だから……。
「はあぁ、隙あらば惚気るわね貴方……」
無意識で、サヤの左耳に伸ばしていた手が、その言葉でピタリと止まった。
それまで俺を見ていたサヤの瞳が、ハッと我に帰り、瞬間で顔も首も真っ赤に染める。
慌てて手を引っ込めたけれど、周りはなんとも言えない雰囲気……。
「の、惚気てないですよ⁉︎」
「惚気てるわ」
「惚気てません!」
「申し訳ありませんクオンティーヌ様、レイシール様は……真面目なんです」
「惚気じゃなく、心底サヤくん好きで好きでたまらないんですよねぇ」
「ギル! マル⁉︎」
いらぬ言葉を挟んでくる親友と副官に怒りの矛先を向けると、明後日の方向に視線をそらされた。
二人の言葉にクオン様まで乗っかって、パタパタと手で顔を仰ぎながらさらに畳み掛けてくるから、俺とサヤは更に追い詰められる……。
「初夏かってくらい暑いわー」
「クオン様!」
「良いではありませんの。仲睦まじいお二人は、見ているこちらも幸せな気持ちになれますわ」
心優しいホーデリーフェ様がそう仲裁してくださり、後方のイザーク殿にちらりと視線をやる。
その様子にクオン様は、今度は標的をホーデリーフェ様へと定めたようだ。
「そう言えるのは、ホーデリーフェにもお相手がいらっしゃるからよ。私や姉様には目の毒でしかないわ」
すると今度は、慌ててリヴィ様まで……。
「クオン、巻き込まないで!」
プッと吹き出したのは誰だったか……。
くすくすとリヴィ様の女中が堪えきれずといった様子で笑い出し、もうそれが誰かのツボにはまってしまったのだろう。
笑いの波はそのまま広がって、しばらく皆でその温かな雰囲気を楽しんだ。
「私も、奥様付きの女中として会場に参ります。万が一の時は、お力添えできますわ」
「いえそんな、滅相もございません!」
「耳飾の援護だけで百人力よね。
ふふふ、後日耳飾を作りに来る他の方たちも、極力会場に立ち入る方を選んでおいたから、抜かりないわ。
大丈夫よ、イザーク殿、そんな顔なさらないで。
母様方にもちゃんと伝えておく……例えヒルリオが会場にいたとしても、ホーデリーフェには近付けさせないからね!」
今度の標的はイザーク殿であるらしい。真っ赤になったイザーク殿は公爵令嬢に物申すわけにもいかず、ただ口をパクパクさせるしかない。
その様子にクオン様は、更なる悪戯を思いついたとでもいうように、にんまりと楽しそうに笑い……。
「もっとも、ホーデリーフェはイザーク殿が、耳飾で守っていらっしゃるでしょうけれど」
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