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対の飾り 1
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まずはとにかく戴冠式の準備だ。
メバックに帰り着いた俺たちは、翌日からまた忙しくなった。
作られた試作をリヴィ様に試着していただき、修正を加えて再検討。クオン様の意見も聞きながら作業を進め、更に翌日、なんとか本縫いへと取り掛かる目処が立った。
そこでようやっと、女近衛の正装が正式に定まり、今度は他の隊員となる女性らの採寸。
現在決まっている他の方々は、手元にある数値からギルが体型を推測し、似た背丈の女性を使用人から見繕っての作業だ。
「身長と体重からして、多分もう少し筋肉が厚い。
腕、脹脛は一糎、太腿は更に五粍余裕を持たせろ。そのかわり腰はちょい締めろ」
「……相変わらず変態じみてますね」
背丈の合う女中の採寸を進めつつそんな指示を飛ばすギルに、ハインが遠慮のない一言。
そんな言葉など意に介さず、惚れ惚れとギルを眺めるリヴィ様に対し、クオン様は逆に、変なものを見る目だ。
「数字でなんでそこまで推測できるのよ……」
「あー……才能ですかね……」
まさか服の中が透視できるくらいの勢いで、境界線が見えているなんて口にできない……。
多分ギルの頭の中では、その女近衛の方の肢体が立体的に再現できていて、正直それで大まかには衣装が作れてしまうのだと思う。
けれど、より正確に身体に沿わせるため、細かい部分の差異を埋めようと、若干曖昧な部位の数値を女中で補っているのだろう。
「ギル本人も、結構な手練れなんですよ。
だから、鍛えた肉体に筋肉がどのようについているかも推測できます。
長年女性の衣装を手掛けている実績もありますし……姫様や、サヤやリヴィ様の数値も参考にしていると思いますよ」
それでも女中を採寸するのは、より正確性を求めてなのだと思う。どこまでも完璧主義だ。
「あの人、剣術もするんだ。強いの?」
「オブシズより……ちょっと劣るかな?」
「ギルバートの方が体型に恵まれていますからね。力押しで来られると厳しいですよ」
正直にそう答えるオブジズ。それをふーんと、半分興味なさげに聞くクオン様。
「じゃあ、そっちの挙動不審気味な武官は?」
「シザーですか? 俺たちの中では一番強いです」
「えー?」
そう言われて、疑い深げに目を細め、シザーを見るクオン様に、それまで以上にオロオロするシザー。
あんな風だから、そう見えないのはよく分かりますけどね、あれでも学舎では何度も武術の首席を勝ち取っているんですよと伝える。
サヤとの鍛錬でも、シザーはディート殿に劣らず長時間の打ち合いに耐えるのだ。
というかむしろ、終わりが無いのかってくらいに打ち合い続ける。サヤに押し勝つことは滅多に無いけれど、負けることも滅多に無い。結構な大剣を振り回すのに、俊敏なサヤについていくのである。
「でもまぁ……実戦だと圧倒的に、オブジズが強いんでしょうけどね」
「え? 今までのは何の話だったのよ?」
「試合ではって話です。
実戦経験が最も豊富なのはオブシズなので」
相手を殺すことを前提にするならば、オブシズが圧倒的な強さを誇っているだろう。
次がシザーだと思う。そしてそうすると、サヤが最も弱くなる……。
まず無手であるということが既に、人を殺めるには適していないだろうし、彼女はそういった戦い方をしない。
俺の言葉に、クオン様は何かを書き記しつつ、他人事みたいに呟いた。
「強さって、ただ武術の腕では決まらないのね」
「そうですね……。どれだけ強くとも、結局は覚悟一つで大きく違いが出ます……。
でも、フェルドナレンは平和ですから。それで良いと俺は思っていますけどね」
誰かを死なせるようなことは、もう起こってほしくない……。
相手を殺めなければならないことなんて、無いに越したことはない。
女近衛となる方々にも、できれば実戦の場なんて、あってほしくないと、俺は思っている。
「そういった意味では……ヴァイデンフェラーからいらっしゃるこの方、きっと、強いんでしょうね……」
他国と隣接するせいで、罪人や不法侵入者と命のやり取りをすることの多い、ヴァイデンフェラー。ディート殿の出身地。
ここからいらっしゃるという、ユーロディア殿。女近衛となる女性方の中では、断トツの実戦経験を誇っていることだろう。
士族家の娘とあるが、いったいどんな方なんだろうな。
◆
その日の昼からは、ホーデリーフェ様の耳飾の微調整となった。
「如何でしょう? 少し頭を振ってみていただけますか?」
「こうかしら」
「違和感はございませんか? 上手く合っていると、ピタリと密着して飾り以外は動かないのですが」
「ええ。動く感覚は無いわ。揺れている部分以外は」
「ようございました。職人に、一度確認させていただいてもよろしいですか?
より正確に密着するように調整できますが、少々触れさせていただくことになります」
「……良くってよ」
顔を伏せるホーデリーフェ様の横にはイザーク殿がおり、鋭い眼光でロビンを見る。
その視線に慄きつつ、ロビンは失礼しますと、ホーデリーフェ様の耳の周りを遠慮がちに確認し、耳飾を一旦外した。
そうして、サヤの時と同じく微調整を済ませ……。
「これで、如何でしょうか」
「まぁ! 先程より耳が軽く感じるわ」
「でしたら、釣り合いが取れたのですわ。微調整も完了です。
「これにてホーデリーフェ様の耳飾、完成となります」
来訪から五日目。ホーデリーフェ様の耳飾が完成した。
金の蔦が耳に絡むような意匠に、翠玉(エメラルド)の葉があしらわれている、素朴な題材ながら、落ち着いた雰囲気の良い品だ。
垂れ下がる飾りには、翠玉で作られた珠と、羽ばたく金の小鳥が一羽あしらわれていて、それもまた愛らしい。
イザーク殿の襟飾は、葉を咥えた小鳥となっており、葉の部分が翠玉だ。
その意匠に見入っていると……。
「私たちの、大切な思い出を形にいたしましたの」
と、微笑みながらホーデリーフェ様。その言葉にイザーク殿が若干頬を染めて、あらぬ方向に視線を泳がせる。
「とても良くお似合いです」
「サヤのように、大きくなるのかしらって思っていたのだけど、これで宜しかったの?」
「サヤさんの場合は宣伝を兼ねておりましたから、あえて主張するよう大きくいたしました。
ですが、日常的に使われる場合、あの大きさでは耳への負担が大きいですから」
そうルーシーが説明すると、ホーデリーフェ様は納得したと頷く。
「それでも、重さに慣れるまでは、耳が痛かったり、頭痛がしたりする場合がございます。
まずは少しずつご利用いただき、使用時間を伸ばしていっていくことをお勧めいたしますわ」
「そうなのね。
あぁ、でもこれで私も、印の有無をとやかく言われずとも良いのね……」
「……まだ、意味は形を成しておりません……」
「承知しております。そのために、私もこれを身に付けるのですもの。
そして明日の女性のために、今の一歩を踏み出すのですわ」
おっとりと優しい笑顔で、けれど勇気ある決断をしたホーデリーフェ様。
その様子をイザーク殿が、どこか眩しげに見つめていて、お二人がこのまま無事成人を迎えることを、俺も強く願った。
ヒルリオの横槍はもう無いと思うが、やはり心配になってしまう。
「五日間か。まあ早くできたわね。これなら、十組くらいはいけるかしら。職人は今何人だって言ってた?」
「五人です。最大で……十五組くらいですか」
「上々。それに、自分たちの思い出を意匠にできるって良いわね。飾りも大きいから、意匠の自由度も広い。
サヤの魚のヒレのような飾りも美しいと思ったけれど、ホーデリーフェの絡みつくつ蔦の装飾も、とっても良いわ」
「さながら森の乙女ね。ホーデリーフェにとても良くお似合いだわ」
「そんな……勿体無いお言葉ですわ」
リヴィ様の褒め言葉に、頬を染めるホーデリーフェ様は、けれどどこか申し訳なさげに見える。きっとリヴィ様のことを、まだ憂いているのだろう。
それを察したのか、リヴィ様はことさら朗らかに微笑んで見せた。
「ライアルド殿ならば、私をどう表現したのでしょう。
虫籠に閉じ込められた蝶? それとも、鎖に繋がれた犬かしらね。
でも私、彼の方はきっと、この飾りが既に世にあったとしても、それを私に差し出しては下さらなかったと思いますの。
私との縁を、周りに知らしめようなどとは、きっとなさらなかったわ。私のこと、恥じていらっしゃったものね。
最終的に、婚姻を結ぶことになったとしても、形の上だけの第一夫人に収まって、窓辺に座っていることが、私の唯一の仕事になったのではないかしら……」
「オリヴィエラ様……」
声を詰まらせるホーデリーフェ様。
けれど、多分それは、あながち間違ってもいない推測なのだと思う……。
俺のライアルドの印象も、そう違わないものであったから。
「ですから、ホーデリーフェは気に病まないでくださいまし。
私、女近衛の道を、悪くは思っておりませんの。
フェルドナレンの歴史に、私の名も刻まれる……それはとても、名誉あることでしょう?
世の殿方は、歴史に名を刻むことを誉とし、大変望まれます。その中に、私の名が加わるのよ」
明るくそう言い、微笑むリヴィ様。
だけど、リヴィ様は別に、それを誉だなんて、思ってやしないのだ……。
名誉など、リヴィ様にとってはさして価値の無いもので、この方が女近衛となるのは、アギーに生まれた者としての責任を全うするため……。フェルドナレンの、後の世の女性のためなのだよな……。
そして、それを誰よりも理解しているのは、多分クオン様。
その話を断ち切るためにか、話題を逸らす。
「ライアルドは正直私もないわーって思ってたから、ほんと賛成」
「あら、そうなの? クオンは何も口出ししてこなかったではないの」
「だって姉様、私が何言ったってどうせ聞きやしなかったでしょ。相手の体面とか家の体裁とか気にして。
けどあいつ嫌味ったらしいし、偉そうだし、絶対義兄って呼びたくなかったから、ほんと拍手で祝福してあげる。ライアルドざまぁ!」
本当に手を叩いてそんなことを言うクオン様に、リヴィ様ははしたない真似はおよしなさい! と、慌てて嗜める。
けれど、従者らもツンとすまして口出ししないところを見ると、多分クオン様と同意見なのだと思う。
「王都に良縁があると良いわね」
「クオンっ。私は職務で王都に参りますの! そういうのじゃありません!」
「でも女性を近衛に召抱える以上、その問題って避けて通れないと思うわ。あと出産とかその辺り、姉様がちゃんと制度を整えてあげなきゃ駄目よ!
女近衛は結婚できないなんて言われちゃ、成り手がなくなるんだからね!」
ビシッと指を突きつけてクオン様。
それはそれは的確な指摘に、リヴィ様もうっと言葉を詰める。
「あぁ、でもそれは確かに。
それに、女王であられる姫様にも出産は大きく関わることですから、この期にきちんと制度を整えないと、女近衛というもの自体の存続に関わり兼ねませんね」
「ほら、サヤだってそう言ってるわ! 貴女自身にも関わるしね!」
「いっ、いえ、私は…………っ」
「三年後でしょ、婚姻。それまでに整えてもらっときなさいよ!」
「私のことは良いですから……!」
慌てるサヤにリヴィ様も「本当だわ。それまでにはちゃんと纏められるよう、頑張るわね」なんて言うものだから、サヤが火を噴きそうなほどに赤くなる。
その様子に場が和んだのだけど……俺には、ただ状況を見守り、周りに合わせて微笑んでいたギルが、心からそうしているようには見受けられなかった。
メバックに帰り着いた俺たちは、翌日からまた忙しくなった。
作られた試作をリヴィ様に試着していただき、修正を加えて再検討。クオン様の意見も聞きながら作業を進め、更に翌日、なんとか本縫いへと取り掛かる目処が立った。
そこでようやっと、女近衛の正装が正式に定まり、今度は他の隊員となる女性らの採寸。
現在決まっている他の方々は、手元にある数値からギルが体型を推測し、似た背丈の女性を使用人から見繕っての作業だ。
「身長と体重からして、多分もう少し筋肉が厚い。
腕、脹脛は一糎、太腿は更に五粍余裕を持たせろ。そのかわり腰はちょい締めろ」
「……相変わらず変態じみてますね」
背丈の合う女中の採寸を進めつつそんな指示を飛ばすギルに、ハインが遠慮のない一言。
そんな言葉など意に介さず、惚れ惚れとギルを眺めるリヴィ様に対し、クオン様は逆に、変なものを見る目だ。
「数字でなんでそこまで推測できるのよ……」
「あー……才能ですかね……」
まさか服の中が透視できるくらいの勢いで、境界線が見えているなんて口にできない……。
多分ギルの頭の中では、その女近衛の方の肢体が立体的に再現できていて、正直それで大まかには衣装が作れてしまうのだと思う。
けれど、より正確に身体に沿わせるため、細かい部分の差異を埋めようと、若干曖昧な部位の数値を女中で補っているのだろう。
「ギル本人も、結構な手練れなんですよ。
だから、鍛えた肉体に筋肉がどのようについているかも推測できます。
長年女性の衣装を手掛けている実績もありますし……姫様や、サヤやリヴィ様の数値も参考にしていると思いますよ」
それでも女中を採寸するのは、より正確性を求めてなのだと思う。どこまでも完璧主義だ。
「あの人、剣術もするんだ。強いの?」
「オブシズより……ちょっと劣るかな?」
「ギルバートの方が体型に恵まれていますからね。力押しで来られると厳しいですよ」
正直にそう答えるオブジズ。それをふーんと、半分興味なさげに聞くクオン様。
「じゃあ、そっちの挙動不審気味な武官は?」
「シザーですか? 俺たちの中では一番強いです」
「えー?」
そう言われて、疑い深げに目を細め、シザーを見るクオン様に、それまで以上にオロオロするシザー。
あんな風だから、そう見えないのはよく分かりますけどね、あれでも学舎では何度も武術の首席を勝ち取っているんですよと伝える。
サヤとの鍛錬でも、シザーはディート殿に劣らず長時間の打ち合いに耐えるのだ。
というかむしろ、終わりが無いのかってくらいに打ち合い続ける。サヤに押し勝つことは滅多に無いけれど、負けることも滅多に無い。結構な大剣を振り回すのに、俊敏なサヤについていくのである。
「でもまぁ……実戦だと圧倒的に、オブジズが強いんでしょうけどね」
「え? 今までのは何の話だったのよ?」
「試合ではって話です。
実戦経験が最も豊富なのはオブシズなので」
相手を殺すことを前提にするならば、オブシズが圧倒的な強さを誇っているだろう。
次がシザーだと思う。そしてそうすると、サヤが最も弱くなる……。
まず無手であるということが既に、人を殺めるには適していないだろうし、彼女はそういった戦い方をしない。
俺の言葉に、クオン様は何かを書き記しつつ、他人事みたいに呟いた。
「強さって、ただ武術の腕では決まらないのね」
「そうですね……。どれだけ強くとも、結局は覚悟一つで大きく違いが出ます……。
でも、フェルドナレンは平和ですから。それで良いと俺は思っていますけどね」
誰かを死なせるようなことは、もう起こってほしくない……。
相手を殺めなければならないことなんて、無いに越したことはない。
女近衛となる方々にも、できれば実戦の場なんて、あってほしくないと、俺は思っている。
「そういった意味では……ヴァイデンフェラーからいらっしゃるこの方、きっと、強いんでしょうね……」
他国と隣接するせいで、罪人や不法侵入者と命のやり取りをすることの多い、ヴァイデンフェラー。ディート殿の出身地。
ここからいらっしゃるという、ユーロディア殿。女近衛となる女性方の中では、断トツの実戦経験を誇っていることだろう。
士族家の娘とあるが、いったいどんな方なんだろうな。
◆
その日の昼からは、ホーデリーフェ様の耳飾の微調整となった。
「如何でしょう? 少し頭を振ってみていただけますか?」
「こうかしら」
「違和感はございませんか? 上手く合っていると、ピタリと密着して飾り以外は動かないのですが」
「ええ。動く感覚は無いわ。揺れている部分以外は」
「ようございました。職人に、一度確認させていただいてもよろしいですか?
より正確に密着するように調整できますが、少々触れさせていただくことになります」
「……良くってよ」
顔を伏せるホーデリーフェ様の横にはイザーク殿がおり、鋭い眼光でロビンを見る。
その視線に慄きつつ、ロビンは失礼しますと、ホーデリーフェ様の耳の周りを遠慮がちに確認し、耳飾を一旦外した。
そうして、サヤの時と同じく微調整を済ませ……。
「これで、如何でしょうか」
「まぁ! 先程より耳が軽く感じるわ」
「でしたら、釣り合いが取れたのですわ。微調整も完了です。
「これにてホーデリーフェ様の耳飾、完成となります」
来訪から五日目。ホーデリーフェ様の耳飾が完成した。
金の蔦が耳に絡むような意匠に、翠玉(エメラルド)の葉があしらわれている、素朴な題材ながら、落ち着いた雰囲気の良い品だ。
垂れ下がる飾りには、翠玉で作られた珠と、羽ばたく金の小鳥が一羽あしらわれていて、それもまた愛らしい。
イザーク殿の襟飾は、葉を咥えた小鳥となっており、葉の部分が翠玉だ。
その意匠に見入っていると……。
「私たちの、大切な思い出を形にいたしましたの」
と、微笑みながらホーデリーフェ様。その言葉にイザーク殿が若干頬を染めて、あらぬ方向に視線を泳がせる。
「とても良くお似合いです」
「サヤのように、大きくなるのかしらって思っていたのだけど、これで宜しかったの?」
「サヤさんの場合は宣伝を兼ねておりましたから、あえて主張するよう大きくいたしました。
ですが、日常的に使われる場合、あの大きさでは耳への負担が大きいですから」
そうルーシーが説明すると、ホーデリーフェ様は納得したと頷く。
「それでも、重さに慣れるまでは、耳が痛かったり、頭痛がしたりする場合がございます。
まずは少しずつご利用いただき、使用時間を伸ばしていっていくことをお勧めいたしますわ」
「そうなのね。
あぁ、でもこれで私も、印の有無をとやかく言われずとも良いのね……」
「……まだ、意味は形を成しておりません……」
「承知しております。そのために、私もこれを身に付けるのですもの。
そして明日の女性のために、今の一歩を踏み出すのですわ」
おっとりと優しい笑顔で、けれど勇気ある決断をしたホーデリーフェ様。
その様子をイザーク殿が、どこか眩しげに見つめていて、お二人がこのまま無事成人を迎えることを、俺も強く願った。
ヒルリオの横槍はもう無いと思うが、やはり心配になってしまう。
「五日間か。まあ早くできたわね。これなら、十組くらいはいけるかしら。職人は今何人だって言ってた?」
「五人です。最大で……十五組くらいですか」
「上々。それに、自分たちの思い出を意匠にできるって良いわね。飾りも大きいから、意匠の自由度も広い。
サヤの魚のヒレのような飾りも美しいと思ったけれど、ホーデリーフェの絡みつくつ蔦の装飾も、とっても良いわ」
「さながら森の乙女ね。ホーデリーフェにとても良くお似合いだわ」
「そんな……勿体無いお言葉ですわ」
リヴィ様の褒め言葉に、頬を染めるホーデリーフェ様は、けれどどこか申し訳なさげに見える。きっとリヴィ様のことを、まだ憂いているのだろう。
それを察したのか、リヴィ様はことさら朗らかに微笑んで見せた。
「ライアルド殿ならば、私をどう表現したのでしょう。
虫籠に閉じ込められた蝶? それとも、鎖に繋がれた犬かしらね。
でも私、彼の方はきっと、この飾りが既に世にあったとしても、それを私に差し出しては下さらなかったと思いますの。
私との縁を、周りに知らしめようなどとは、きっとなさらなかったわ。私のこと、恥じていらっしゃったものね。
最終的に、婚姻を結ぶことになったとしても、形の上だけの第一夫人に収まって、窓辺に座っていることが、私の唯一の仕事になったのではないかしら……」
「オリヴィエラ様……」
声を詰まらせるホーデリーフェ様。
けれど、多分それは、あながち間違ってもいない推測なのだと思う……。
俺のライアルドの印象も、そう違わないものであったから。
「ですから、ホーデリーフェは気に病まないでくださいまし。
私、女近衛の道を、悪くは思っておりませんの。
フェルドナレンの歴史に、私の名も刻まれる……それはとても、名誉あることでしょう?
世の殿方は、歴史に名を刻むことを誉とし、大変望まれます。その中に、私の名が加わるのよ」
明るくそう言い、微笑むリヴィ様。
だけど、リヴィ様は別に、それを誉だなんて、思ってやしないのだ……。
名誉など、リヴィ様にとってはさして価値の無いもので、この方が女近衛となるのは、アギーに生まれた者としての責任を全うするため……。フェルドナレンの、後の世の女性のためなのだよな……。
そして、それを誰よりも理解しているのは、多分クオン様。
その話を断ち切るためにか、話題を逸らす。
「ライアルドは正直私もないわーって思ってたから、ほんと賛成」
「あら、そうなの? クオンは何も口出ししてこなかったではないの」
「だって姉様、私が何言ったってどうせ聞きやしなかったでしょ。相手の体面とか家の体裁とか気にして。
けどあいつ嫌味ったらしいし、偉そうだし、絶対義兄って呼びたくなかったから、ほんと拍手で祝福してあげる。ライアルドざまぁ!」
本当に手を叩いてそんなことを言うクオン様に、リヴィ様ははしたない真似はおよしなさい! と、慌てて嗜める。
けれど、従者らもツンとすまして口出ししないところを見ると、多分クオン様と同意見なのだと思う。
「王都に良縁があると良いわね」
「クオンっ。私は職務で王都に参りますの! そういうのじゃありません!」
「でも女性を近衛に召抱える以上、その問題って避けて通れないと思うわ。あと出産とかその辺り、姉様がちゃんと制度を整えてあげなきゃ駄目よ!
女近衛は結婚できないなんて言われちゃ、成り手がなくなるんだからね!」
ビシッと指を突きつけてクオン様。
それはそれは的確な指摘に、リヴィ様もうっと言葉を詰める。
「あぁ、でもそれは確かに。
それに、女王であられる姫様にも出産は大きく関わることですから、この期にきちんと制度を整えないと、女近衛というもの自体の存続に関わり兼ねませんね」
「ほら、サヤだってそう言ってるわ! 貴女自身にも関わるしね!」
「いっ、いえ、私は…………っ」
「三年後でしょ、婚姻。それまでに整えてもらっときなさいよ!」
「私のことは良いですから……!」
慌てるサヤにリヴィ様も「本当だわ。それまでにはちゃんと纏められるよう、頑張るわね」なんて言うものだから、サヤが火を噴きそうなほどに赤くなる。
その様子に場が和んだのだけど……俺には、ただ状況を見守り、周りに合わせて微笑んでいたギルが、心からそうしているようには見受けられなかった。
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