異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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対の飾り 4

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「じゃ、短い間だったけど、とても楽しかったわ。後は草紙ができるのを楽しみにしておいて」

 そう宣言したクオン様は、最後に俺の耳元で「姉様任せたからね!」と、言い置いて、颯爽と馬車に乗り込み、帰っていった。
 ホーデリーフェ様とイザーク殿も、仲睦まじい様子で、最後に深く一礼して「次はまた戴冠式で」と、言葉をいただいた。

 その後はなんだか平穏な、けれど忙しい日々だ。
 忙しいのは主に針子なのだけど、絶対に失敗の許されない、期間に猶予の無い女近衛の正装製作だから、細かなこともいちいち確認しながら縫い進められていった。
 幸いにも短衣に関しては従来のものと大差ない。腰帯も革帯をお願いしていた外注先に細かく指示を飛ばし製作してもらっていたため、大変なのは上着と中衣、袴の製作のみだ。
 長靴も女性用のものがあるので、それをそのまま使用するらしい。

 耳飾の方も、順調である様子。
 揃いの装飾品というのはとても新鮮であるし、何より思い出やお互いの好むものを意匠に取り入れられるというのが好評で、気付けば十組分はあっという間に作り上げられていた。
 職人らからしても、貴族とのやりとりはルーシーが担当してくれる。それで随分と気持ちに余裕が持てるようで、また実入りも良いので喜ばれていた。

「ルーシーに仲介料を差し引かれるとしても、貴族との取引は高収入になるもんなぁ」
「あいつ、上手い部分を取り入れやがったもんだって、今更感心してる」

 ルーシーのいない所でギルもそんな風に褒めていた。本人に言ってあげれば良いのに、図にのるから駄目なんだそうだ。

 そんな風に忙しく過ごした十日間はあっという間だった。
 そして本日、なんとか中衣と上着は完成し、まずはそちらの試着として、サヤとリヴィ様がただ今小部屋の中である。
 近衛は当然、自ら着脱できなければ話にならないので、女中らの手伝いも無し。
 そうして小部屋から出てきた二人に、正直俺たちは見惚れた。
 深藍の上着に、濃灰色の中衣。そして純白の短衣。美しい。引き締まった身体の曲線に沿った、なんとも清廉な姿だ。
 墨色に染めた革帯は中衣に隠れてほぼ見えないが、深藍の細袴がまた凛々しい。

「細袴もできてるんだな」
「あれは正装用じゃない」

 え?    でもあれ、サヤが前に試着していた、太腿のゆったりした細袴だろ?

 サヤの世界で軍事用の正装だと言っていた細袴は、女性の優美な曲線に沿っていて、とても良いと思ったのだけど……。

「あれも選択肢として提示しようとは思ってる。
 つうか、女性の衣服は男よりよほど意匠の幅が広い。
 それはなんでかって、体型の個人差が大きいからでもあるんだよ」

 急に始まったギルの講義に、俺たちは顔を見合わせた。
 それが細袴とどう絡むのかが分からなかったからだ。

「胸、腰、尻、太腿なんかもうかなり幅広い。男は太ってさえいなけりゃ基本的に一直線だからな」
「うん……まぁ……」

 確かにサヤの胸は、ルーシーと違うし……うん。腰は二人とも細い……うん。でも太腿の張りは……やっぱりサヤの方が……。

「つまりな、全ての女性に必ず似合う袴なんてものは、現時点では無い」
「うん……う?」
「無い!」
「…………そ、それは困るんじゃ無いか⁉︎」

 正装は美しく揃えなければならないのだ。式典の時、左利きの者でさえ左腰に剣を携えるほどに、一律であることが求められる。
 近衛に至っては正装すれば皆同じ礼服を身に纏うのだ。違いがあるとすれば階級別に袖の折り返しの幅や、釦が違う程度……。

「男性の近衛はなり手も多いから、身長や体格にだって選定の基準が設けられているが、女性でそれをやってたらまずなれる方が見つからん。
 それも理由にあり、体格の個人差はかなり大きいと思う。実際身長差ひとつ取ってもかなり広いしな」

 ギルのその言葉に視線を落とすリヴィ様。
 リヴィ様がそれを気にしていらっしゃるのは分かっているだろうに……と、少しギルらしくない言葉の選び方だなと思った。

「まぁそれで、女性の袴に関しては、今別の形を再現してる最中なんだよ。
 二つあるんだが、まだ定めきれてない……」

 けれど、その二つから決めるらしい。

「日数は大丈夫なのか?」

 もう四の月も半ばだ。ギリギリまで待って、あと五日が限界だろう。

「なんとかする」

 なんとかって……。

 断言しないことに不安を覚えた。
 だけど、俺に手伝えることなんて無いし、とにかく邪魔になることだけはしないでおこうと心に誓う。

「分かった……。頑張れ」
「おぅ」

 簡潔な返事のみ。
 本当にギリギリまで粘る気でいるギルに、大丈夫かなと思ったものの、結局任せるしか俺にはできないのだよな……と、溜息を吐いた。


 ◆


「やぁ。久しぶり、カタリーナ。ジーナも元気にしていた?」

 時間の合間に裏庭にやって来ると、久しぶりの親子を見付けた。
 丁度カタリーナは仕事の合間にある、休憩時間であった様子。ジーナの相手をしていたのか、二人揃っていたのだが、俺が声を掛けるとハッと緊張しジーナを腕の中に抱きかかえる。
 久しぶりだけど、やっぱり警戒されているなぁ。

「すまないな、まだ拠点村に連れて行けなくて。
 とりあえず、近況報告をと思ったのだけど、少しお茶でもどうかな?」

 そう声を掛けたのだけど、どう返事をしたものかと困ったように眉を寄せるカタリーナ。
 どこに連れて行かれるのかと、不安を感じている様子だったから、笑って首を振った。

「違う違う、ここで、お茶をするから。もうだいぶん暖かくなったし、俺も息抜きに来たんだ」

 そう言って場所を譲ると、後ろに付き従って来ていたハインが、手に持っていた盆を少し低めに持ち替えた。
 大きめの盆の上には茶器と、皿に盛られた甘味……もう俺たちの中では定番の、クッキーだ。

「おかし⁉︎」

 途端に反応するジーナ。それに慌てるカタリーナ。

「うん、ジーナのもあるよ。あとね、今日は牛乳茶といって、甘いお茶も用意したんだ」
「あまいの⁉︎」
「そう。異国のお茶の飲み方なんだよ。
 茶葉は普通の香茶だから、心配しなくて大丈夫だよ、カタリーナ」

 不安そうにするカタリーナにそう前置きして、俺は縁側に、率先して腰を下ろした。

「ジーナ、おいで。これが美味しいんだ。果実の砂糖煮の方」
「……かじつ?」
「えっとね、苺を蜜や砂糖で煮てあるんだ。俺の従者の国ではジャムって言うらしい。それをクッキー……この硬い小さな麺麭パンの凹みに流し込んで焼くんだよ」
「あかい!    母様の胸飾りみたい!」
「あぁ、確かに。胸飾りの形に似てる。甘くて美味しい胸飾りだね」

 子供は元気だ。どんな状況にだって途端に順応してしまう。
 報告によると、カタリーナは相変わらず口数少なく、不安そうで、緊張している様子が続いているのだけど、ジーナはもうここにも慣れ、最近では使用人の子供と遊んだりもするらしい。
 特に動物が好きで、小鳥でも猫でも愛でるそうだ。あんな大きなウォルテールも怖がらなかったくらいだしな。

「ジーナ、これは何の形が分かるかな?」
「ことりさん!」
「正解だ。だから小鳥さんはジーナにあげよう」

 そう言い小鳥の形のクッキーを手渡すと、花が咲くように、満面の笑顔を見せてくれた。

「……カタリーナもどうぞ。これを作ったのはそこのハインなんだよ。
 顔は怖いけど、料理は美味なんだ。菓子もね、上手なんだよ」

 サヤ考案のクッキー形というのを使用した試作品である。
 丸や四角に丸めたものを包丁で切っていくのが今までのやり方だったのだが、サヤの国では形に拘る場合もあるのだという。
 成る程。確かに花や小鳥、木の葉など、色々な形があった方が見栄えも良いし、なんだか高級そうに見える。

 本日のサヤは意匠師として頑張っていて、リヴィ様もサヤの作業を見学するという。そうして余った俺たちは、長らく放置同然だったカタリーナらの様子見に出て来ていた。
 裏庭の片付けと地ならしは既に終わり、現在はもう湯屋作りが始まっている。
 俺はハインの用意してくれたお茶を手ずからカタリーナに差し出した。
 貴族にこうされては、受け取らないわけにもいかない……。それを分かっていて、敢えてだ。
 震える手は持った湯飲みの水面を細かく揺らして、白茶色の不思議な色合いを恐る恐る覗き込むカタリーナの、不安そうな表情も消していることだろう。
 もう一つの湯飲みを手に取った俺は、それを二口ほど口に運ぶ。同じ急須から注がれた茶だ。その様子をカタリーナは、食い入るように見つめた。

「うん、美味しい。
 俺も去年の春頃にこの飲み方を知ったのだけど、それ以来やみつきでね、よくするんだ。美味なんだよね、これ。
 今回は蜜を入れているけど、蜜が入ってなくても風味豊かで良いよ。
 牛乳は、安価だけど栄養が豊富だって、サヤが言うんだ。あの子の国では山羊乳よりも牛の乳が好まれるらしくて、使い慣れてるそうでさ。信じられないだろう?
 俺たちからしたら、牛の乳はちょっとクセがある気がするのだけど……カタリーナはどう思う?
 でもまぁ、こうしてお茶にしてしまうとそれも感じないからさ、丁度良くて、結局そのまま牛の乳を利用しちゃってるんだけどね」

 勝手に話し出した俺を、呆然と見るカタリーナ。
 どうせ緊張して口を聞いてくれないのは分かっていたので、とりあえず俺は言葉を続けた。

「山羊乳は、神殿なんかだと滅多に飲めないのだろう?    まぁ沢山の子を養わなきゃならないものな。山羊乳は贅沢品か。
 でもジーナだってまだ幼いし、栄養は大切だ。取れるに越したことはない。孤児院の子供らにも、極力滋養のあるものを食べさせたいと思っているのだけど、資金的な問題もあるし……山羊乳はやっぱりあまり、現実的じゃないんだよな。
 でもその点、牛乳ならそこまで高くないし、料理に使えば匂いも気にならないし、飲むよりも効率良く摂取できると思うんだよ。
 それで……」
「…………ぁ、ぁの……」
「ん?」

 勝手につらつらと話し出した俺を、呆然と見ていたカタリーナだったけれど、とうとう意を決したのか、俺に話し掛けてきた。
 それを狙っていたので、即座に返事を返すと、まさか促されるとは思っていなかったといった顔。

「……………………あの……孤児院……は」
「あぁ、建設は始まった。ただ完成は夏以降になると思う。
 そうそう、近況報告に来たんだよ。
 すまないな、今俺たち、四の月の終わりにある戴冠式の準備に追われている。
 そのせいもあって、カタリーナをまだ拠点村に連れて行けなかったんだ。
 もう少ししたら、俺たちは王都に向かう。それから帰るまでは、このままバート商会で世話になっておく方が良いと思ってるんだけど、どうかな。
 拠点村に連れて行っても良いのだけど……あそこはまだ作りかけの村だから、仕事とかもほぼ無いし、俺たち全員出払ってしまうし、大変だと思う。
 ここなら、使用人らも良くしてくれるから、俺たちが帰るまでは、もう少しここで我慢していてくれるか?」

 カタリーナを観察しながら、そんな風に説明した。
 戴冠式から戻れば、暫くはのんびりできる。そしてまた少ししたら、俺たちは麦の収穫作業だ。
 それがひと段落する頃には孤児院も完成するだろうし、そうすればカタリーナにも来てもらえると。

「すまないな。もう少し、バタバタが続くと思うけど、拠点村にはちゃんと連れていくから、もう暫く辛抱してくれ」

 そう言うとカタリーナはこくりと頷いた。
 嫌がる様子は無い……。

「今はそれだけ。悪かったね、休憩時間を邪魔して」

 丁度休憩から戻ったらしい使用人らが来たから、お邪魔しましたとその場を後にすることにした。
 うーん……いまだに警戒を解いてくれないカタリーナ。
 これは、時間が解決……できない問題なのかも、しれないな。
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