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昼食を済ませ、時間が取れたマルに、周りの貴族らの反応について報告した。
「反発は当然だろうと思ってましたけどねぇ……。
サヤくんに的が絞られていたのは誰かの意思かもしれませんね。ちょっと探りを入れてみますか。またご報告しますよ」
部屋にて父上と来訪者の処理に追われているマルが軽くそんな風に言う。
探るったって……アギーの邸宅内どころか、部屋に篭っていてどうするんだろうな? まぁ、それでも情報収集できるのだから意味不明だ。
「夕刻前に街へ降りる。ジェイドたちに頼む荷物があれば用意しておいてもらえるかな。
姫様からの依頼書と近衛正装一式はもう届いてる?」
「ええ、届きましたよ。サヤくんに確認をお願いしてます。
あ、でもサヤくん図案を入れるって言ってましたから、もうちょっと時間が必要そうですよ」
「分かった。まぁ……もう仕度も終わっているみたいだし、夕刻まで、サヤにはそちらを優先してもらおう。
ところでマルはどうする? 一緒に来る?」
「どうせもう直ぐ戻りますしねぇ。
僕宛の書類等、急ぎのものがあれば受け取っておいてもらえればそれで良いかなって」
「分かった」
と、頷いてみたものの……。
俺は部屋の隅で黙々と書類仕事をこなす一団に、どうしても視線が行った。
ていうか……古参の方々が最近存在感すら消してきていて、それが気になって仕方がない……。
アギーに来た当初はまだ視線とか、言動とかに反発があったのに……ここんとこどうしたんだろうな。
「……誰も体調を崩したりはしてない?」
「ええ。みんなすごぶる健康ですよぅ。
あぁ、それと……干し野菜ですけどね、帰りの荷物を考えても、程々に余りそうなんですよ。
この際ですから、試作品として姫様やアギー公爵様に献上しては如何です?
安定供給が可能になってからだとしても、上に根回ししておけば、後々の処理が楽なんですよねぇ」
「そんなに余る?」
「ええ、四瓶くらい。ほんのお裾分け程度の分量ですけど」
「……まぁ、マルがそうしておく方が良いと思うなら良いよ」
「はい。じゃあ用意しておきますねぇ」
そんな感じでマルとの会話を終えて、暫くしてから……あ、話を逸らされたんだ。と、気付いた。
うーん……古参の方々への処置は任せておけってことなんだろうなぁ……。でも俺、別に怒ってないし、そんなに厳しくしなくて良いんだけどな。サヤへの態度さえ改めてくれたなら、それで充分だし。
仕度も済んでしまって、午後からしようとしていたことが無い。さて、どうしよう……。そう考え視線を巡らせて……サヤのところへお邪魔しようと思い至った。
図案を描いてるって言ってたし……貴族の正装についてなら、俺でも助言くらいはできるかもしれない。
ハインに問うと、やることもないんだから好きにしてくださいとのこと。そう言うハインは、このあと神殿に寄進する物品の準備、確認をするらしい。
普通に金銭だけのつもりだったのだけど、奮発する方が話が通りやすいってことだったしな。
とはいえ寄進できそうなもの……買い求める時間は無さそうだし、持参している荷から選ぶとなると、限られてしまう。
姫様に贈った硝子筆、丁寧に梱包して慎重に運んできたけれど、万が一という場合もあるため、予備をいくつか持参している。あれ辺りが良いんじゃないかと言っておいた。珍しいだろうし、使える道具だ。宣伝も兼ねて良いと思う。案外手頃な値段となる予定なのだけど、そこはまぁ……知らないだろうし。
因みに硝子筆、我々はもう日常的に使っていたりする。
色や握りの太さなどは好みのものを作ってもらえたのでとても扱いやすいし愛着が湧く。書類仕事のイライラは本当に軽減されるよな、これ。
サヤは将来的に、筆先だけを付け替えできる形にしたいと言っており、この筆まだ凄くなるのか……と、半ば恐ろしい。筆先は折れやすいからであるらしいが。
そうする方が手に馴染む軸を手放さずに済むし、金額的にも安価で済ませられると、そんなことも言っていて、サヤの気配りにはほんと、脱帽するしかない。
「サヤ、入っても大丈夫?」
部屋の扉を叩いて声を掛けると、中からどうぞという返事。
中に入ると、ちょうど今考えていた硝子筆を使用しつつ、サヤが図面を描いていた。
部屋の荷物は既に整理され、殆ど残されていない。
「すいません、まだもう少し掛かりそうです。夕刻までには済ませますから……」
「あ、大丈夫だよ。別に急かしに来たんじゃないから。
……見ていても良い?」
「あ、それなら……袖口の返しについてお聞きしたいんですけど、これって幅が違うのに理由ってあるんですか?
隊長用と隊員用で、違うみたいなんです」
どうやら来て正解であったらしい。
サヤの方に向かうと、寝台の上に近衛の正装が広げられていて、その袖口をサヤが物差しで測っていた。
「うん。軍装は主に階級を袖口で表すんだ。
一般の騎士は正装しても折り返しの部分は無い。小隊長で縁取り、隊長で折り返しとなってる。
近衛は更にに上の階級だし平の隊員でも折り返しから始まるんだ。その後は折り返しの幅と刺繍で階級。折り返しの釦で功績を表す」
「隊長用と隊員用って姫様はおっしゃってましたけど……小隊長用は、いらないんでしょうか……」
「まずは。と、記してあるから、将来的には必要ということだろうけどね。
今はこの二つで良いということじゃないかな。ほら、人数的に」
「成る程……では、意匠自体は考えておいた方が良いんですね……。
あと、正装ということは、正装外もあるんですよね」
「あるよ。式典用を急ぐってだけで、多分後から注文が行くのだと思う」
俺の言ったことを、手元の紙に自国の文字を使って書き記す。
俺は部屋の机から椅子を持って来て、サヤの執務机の横に陣取ることにした。まだまだ質問は沢山あるのだろうし。
「セイバーンに近衛の皆さんが来られた時の服装……あれが普段用ですか?」
「そう。あの服装の時は袖口で階級が示せないから、隊長は外衣(マント)やその留め金で立場を表すことが多い。
姫様は襟飾を利用していたけど、多分まだ少数派だな。学舎では習わなかったし」
そんな風に、サヤの質問に答えながら作業を見守った。
真剣な表情のサヤはとても綺麗だ。騎士のような、凛々しい時とまた違う。瞳が輝いているというか、この作業が好きなんだなぁとうかがわせる。
思っていた以上に沢山の下絵を描き、それを見ながら絞り込みを行い、選んだものを更に掘り下げる。
ただ描いていくだけではなく、自らの体を動かしながら、頭の中で形を検討し、無理や無駄がないかを確認する。
そのいちいちが新鮮で、いつまでだって見ていられる。
「あの……剣を持っている時なんですけど……」
「うん。なんでも聞いて」
サヤの疑問に答えながら、二人で過ごす時間を楽しんだ。
下絵の中からどれが好ましく思うかを聞かれ、サヤが身につけているのを想像して選んだり……正直楽しい……。
そうやって、ある程度目指すものの形がはっきりとしてきだしたという頃、サヤがポツリと呟いた。
「やっぱり上着は必須なんですよね……」
「うん。そうだね」
「でも上着の下にベストを着たりはしないんですね……しちゃ駄目なんですか?」
「……うん? ベスト……中衣?」
「はい。私の国の正装はそのようになっています。ちょっと描いてみましょうか?」
お願いすると、サラサラと筆を走らせ、サヤの世界での正装を描いてくれた。
それは俺たちの衣装とは似て非なるもの。国独自の雰囲気なのか、独特だな。けれど……。
「……案外違和感無いな……短い中衣なんだね」
「ええ。前身頃は上着と同じ生地を使うことが多いですけど、後ろ身頃は薄く柔らかい素材になっていたり、ホルターネックになっていたりします。
女性の場合……胸元が膨らみますし、上着が開いてしまうでしょう? だから、こんな風に中衣を入れた方がバランスが良いかなって」
「バランス……ってなんだったけ」
「えっと……均衡? 釣り合い? おさまりが良いというか……」
おさまりが良い……釣り合い……かぁ。
男装の時のサヤは胸を補整着で抑えているし、なんとも思わなかったのだけど、確かに……あの膨らみがあれば上着は開く……。
社交界などでの女性の礼装はそれを考慮した、前を敢えて開いた意匠の上着が多いが、式典での軍装として相応しいかと問われれば……。
「中衣は、上着の代わり……っていう感覚だからな……別に駄目って決まってるわけじゃないし……一応描いておいてみたら?
ギルに提案してみれば良いと思うよ。どうせ、この国では前例の無いものなんだし」
女性の装いとして考えるのだから、男性の軍装をそのまま女性用にせよということではないはずだ。
そうであればギルのところに依頼が来るわけがない。
そう伝えると、サヤは嬉しそうに「はい!」と返事をくれた。そうしてまた描くことに集中する。
キラキラした顔を眺めていたら、なんだか無性に愛おしく感じてしまう。
そうやって……数種の意匠を描き上げた。
下絵も含め、描き上げた紙を全て集めて纏め出すサヤ。
「全部送るの?」
「はい。前に、途中経過も欲しいってギルさんが。
省かれた案の中にも、重要な要点が含まれている場合があるそうで」
預かった近衛の正装も、丁寧に畳まれて荷造りされた。
そうして出来上がった荷物を前に、サヤはホッと、息を吐く。
「思ったより、早く終わりました。
ありがとうございます。色々お聞きできたから、とても捗りました」
「そう。なら良かった。あ、じゃあ……もうやることは無い?」
「はい、後は外出の準備くらい……」
硝子筆を丁寧に洗い、筆入れにしまうのを待って、頬に触れた。
するとサヤは、恥じらうように視線を逸らす。
もう、体温は正常だし、唇の色も、綺麗な桃色。体調は、問題無いのだろう。けれど……。
「抱きしめては駄目?」
「に、日中なのに……」
そうは言ったものの……遠慮がちに俺に歩み寄ってくるから、愛おしくてそのまま抱き寄せた。
「うん。だから、少しだけ。
サヤがちゃんと元気か、確認したい」
「元気です。……もう、大丈夫って、分かってるやろ?」
「うん、でも……俺がまだ、心配なんだ」
「………………ほな、少しだけやで」
おずおずと手が伸ばされて、俺の背中に触れた。
密着した身体から温もりが伝わって、サヤの息遣いが、胸に染み込む。
皆の前では、サヤは身を任せてくれないし、やるべき職務があるうちは、それを優先するのだろうから……待ってた。
暫くただ抱き合った後、背中を撫でて、額に啄む口づけをしたら、途端に飛び上がって顔を上げたから、そのまま唇を重ねて塞ぐ。
くぐもった声が口内で俺の舌に絡め取られて、そのうち熱い吐息に変わった。
そうして互いの気持ちを確かめ合って、名残惜しいけれど少しだけの言葉を守って唇を離すと、蕩けそうに潤んだ瞳が、惚けたように俺の唇を追ってきたから、ぐらりと気持ちが揺らいだ。
「その顔は駄目……」
気合いで胸に抱き込んで、サヤの表情を隠す。
いや、俺が口づけしたのがいけないんだけどね……いけないんだけど、だってもう長いこと、サヤとこういうことしてなかったし、もういい加減我慢が……。
朝方のこともあり、こんな時に何を考えているのやらとは思った。
けど……サヤを見ていたら、愛おしさが抑えられなくなってしまったのだ。抱きしめたら、我慢がきかないのは分かっていてた。だけど、それでも触れたくて……!
「レイ、くるし……」
「ごめん。でも……またしたくなるから……もうちょっと待って」
「………………レイ」
「まだ駄目」
ぎゅうぎゅう抱きしめてたら、そのうち力技で引き剥がされてしまった。
いやだから! 今はまだ駄目だって言ったのに知らないからな⁉︎
唾液で濡れた唇にもう一度噛み付いて、我慢して押さえ込もうとしていた気持ちの爆発のまま、サヤを求めて貪った。
これ以上は駄目だ。これだけだ。頭の中で何度もそう繰り返して、欲望の暴走だけは必死で抑え込んで。
怒って押しのけられるかもなと思ったけれど、それはいつまでたっても来ない。
その代わりに、何故か俺の首に腕が回された。
頭がおかしくなりそうだ。これ、三年も保つのか俺……。
一瞬そう思ったけれど、信頼ゆえに身を任せてくれているのだと自分に言い聞かせ、なんとか身をもぎ離したのだけど、お互いを繋いだ銀糸が何をしていたかを如実に表していて、二人して真っ赤に染まる。
なのに、サヤはそのまま、もう一度俺を抱きしめてきた。
「…………あれ以来、ずっと……しいひんやったし……気にしてるのかと、思って……」
頬を火照らせたまま、モゴモゴとそう言うサヤ。
あれ以来……つまり俺が誘惑に流されてしまったあの事件。
「レイがな、せんでもええ我慢をしてくれてるって、分かってる……から。
これだけは許すって、言うたんやから……これは、我慢せんでも、ええの」
……………………それ、駄目だって……。
あまりの言葉と可愛さと、愛おしさと切なさと……。他にも色々感情が頭の中で破裂した。
「………………う、ん……あり、がと……」
凄まじい誘惑に抗うのは、正直ほんと、ギリギリでした。
「反発は当然だろうと思ってましたけどねぇ……。
サヤくんに的が絞られていたのは誰かの意思かもしれませんね。ちょっと探りを入れてみますか。またご報告しますよ」
部屋にて父上と来訪者の処理に追われているマルが軽くそんな風に言う。
探るったって……アギーの邸宅内どころか、部屋に篭っていてどうするんだろうな? まぁ、それでも情報収集できるのだから意味不明だ。
「夕刻前に街へ降りる。ジェイドたちに頼む荷物があれば用意しておいてもらえるかな。
姫様からの依頼書と近衛正装一式はもう届いてる?」
「ええ、届きましたよ。サヤくんに確認をお願いしてます。
あ、でもサヤくん図案を入れるって言ってましたから、もうちょっと時間が必要そうですよ」
「分かった。まぁ……もう仕度も終わっているみたいだし、夕刻まで、サヤにはそちらを優先してもらおう。
ところでマルはどうする? 一緒に来る?」
「どうせもう直ぐ戻りますしねぇ。
僕宛の書類等、急ぎのものがあれば受け取っておいてもらえればそれで良いかなって」
「分かった」
と、頷いてみたものの……。
俺は部屋の隅で黙々と書類仕事をこなす一団に、どうしても視線が行った。
ていうか……古参の方々が最近存在感すら消してきていて、それが気になって仕方がない……。
アギーに来た当初はまだ視線とか、言動とかに反発があったのに……ここんとこどうしたんだろうな。
「……誰も体調を崩したりはしてない?」
「ええ。みんなすごぶる健康ですよぅ。
あぁ、それと……干し野菜ですけどね、帰りの荷物を考えても、程々に余りそうなんですよ。
この際ですから、試作品として姫様やアギー公爵様に献上しては如何です?
安定供給が可能になってからだとしても、上に根回ししておけば、後々の処理が楽なんですよねぇ」
「そんなに余る?」
「ええ、四瓶くらい。ほんのお裾分け程度の分量ですけど」
「……まぁ、マルがそうしておく方が良いと思うなら良いよ」
「はい。じゃあ用意しておきますねぇ」
そんな感じでマルとの会話を終えて、暫くしてから……あ、話を逸らされたんだ。と、気付いた。
うーん……古参の方々への処置は任せておけってことなんだろうなぁ……。でも俺、別に怒ってないし、そんなに厳しくしなくて良いんだけどな。サヤへの態度さえ改めてくれたなら、それで充分だし。
仕度も済んでしまって、午後からしようとしていたことが無い。さて、どうしよう……。そう考え視線を巡らせて……サヤのところへお邪魔しようと思い至った。
図案を描いてるって言ってたし……貴族の正装についてなら、俺でも助言くらいはできるかもしれない。
ハインに問うと、やることもないんだから好きにしてくださいとのこと。そう言うハインは、このあと神殿に寄進する物品の準備、確認をするらしい。
普通に金銭だけのつもりだったのだけど、奮発する方が話が通りやすいってことだったしな。
とはいえ寄進できそうなもの……買い求める時間は無さそうだし、持参している荷から選ぶとなると、限られてしまう。
姫様に贈った硝子筆、丁寧に梱包して慎重に運んできたけれど、万が一という場合もあるため、予備をいくつか持参している。あれ辺りが良いんじゃないかと言っておいた。珍しいだろうし、使える道具だ。宣伝も兼ねて良いと思う。案外手頃な値段となる予定なのだけど、そこはまぁ……知らないだろうし。
因みに硝子筆、我々はもう日常的に使っていたりする。
色や握りの太さなどは好みのものを作ってもらえたのでとても扱いやすいし愛着が湧く。書類仕事のイライラは本当に軽減されるよな、これ。
サヤは将来的に、筆先だけを付け替えできる形にしたいと言っており、この筆まだ凄くなるのか……と、半ば恐ろしい。筆先は折れやすいからであるらしいが。
そうする方が手に馴染む軸を手放さずに済むし、金額的にも安価で済ませられると、そんなことも言っていて、サヤの気配りにはほんと、脱帽するしかない。
「サヤ、入っても大丈夫?」
部屋の扉を叩いて声を掛けると、中からどうぞという返事。
中に入ると、ちょうど今考えていた硝子筆を使用しつつ、サヤが図面を描いていた。
部屋の荷物は既に整理され、殆ど残されていない。
「すいません、まだもう少し掛かりそうです。夕刻までには済ませますから……」
「あ、大丈夫だよ。別に急かしに来たんじゃないから。
……見ていても良い?」
「あ、それなら……袖口の返しについてお聞きしたいんですけど、これって幅が違うのに理由ってあるんですか?
隊長用と隊員用で、違うみたいなんです」
どうやら来て正解であったらしい。
サヤの方に向かうと、寝台の上に近衛の正装が広げられていて、その袖口をサヤが物差しで測っていた。
「うん。軍装は主に階級を袖口で表すんだ。
一般の騎士は正装しても折り返しの部分は無い。小隊長で縁取り、隊長で折り返しとなってる。
近衛は更にに上の階級だし平の隊員でも折り返しから始まるんだ。その後は折り返しの幅と刺繍で階級。折り返しの釦で功績を表す」
「隊長用と隊員用って姫様はおっしゃってましたけど……小隊長用は、いらないんでしょうか……」
「まずは。と、記してあるから、将来的には必要ということだろうけどね。
今はこの二つで良いということじゃないかな。ほら、人数的に」
「成る程……では、意匠自体は考えておいた方が良いんですね……。
あと、正装ということは、正装外もあるんですよね」
「あるよ。式典用を急ぐってだけで、多分後から注文が行くのだと思う」
俺の言ったことを、手元の紙に自国の文字を使って書き記す。
俺は部屋の机から椅子を持って来て、サヤの執務机の横に陣取ることにした。まだまだ質問は沢山あるのだろうし。
「セイバーンに近衛の皆さんが来られた時の服装……あれが普段用ですか?」
「そう。あの服装の時は袖口で階級が示せないから、隊長は外衣(マント)やその留め金で立場を表すことが多い。
姫様は襟飾を利用していたけど、多分まだ少数派だな。学舎では習わなかったし」
そんな風に、サヤの質問に答えながら作業を見守った。
真剣な表情のサヤはとても綺麗だ。騎士のような、凛々しい時とまた違う。瞳が輝いているというか、この作業が好きなんだなぁとうかがわせる。
思っていた以上に沢山の下絵を描き、それを見ながら絞り込みを行い、選んだものを更に掘り下げる。
ただ描いていくだけではなく、自らの体を動かしながら、頭の中で形を検討し、無理や無駄がないかを確認する。
そのいちいちが新鮮で、いつまでだって見ていられる。
「あの……剣を持っている時なんですけど……」
「うん。なんでも聞いて」
サヤの疑問に答えながら、二人で過ごす時間を楽しんだ。
下絵の中からどれが好ましく思うかを聞かれ、サヤが身につけているのを想像して選んだり……正直楽しい……。
そうやって、ある程度目指すものの形がはっきりとしてきだしたという頃、サヤがポツリと呟いた。
「やっぱり上着は必須なんですよね……」
「うん。そうだね」
「でも上着の下にベストを着たりはしないんですね……しちゃ駄目なんですか?」
「……うん? ベスト……中衣?」
「はい。私の国の正装はそのようになっています。ちょっと描いてみましょうか?」
お願いすると、サラサラと筆を走らせ、サヤの世界での正装を描いてくれた。
それは俺たちの衣装とは似て非なるもの。国独自の雰囲気なのか、独特だな。けれど……。
「……案外違和感無いな……短い中衣なんだね」
「ええ。前身頃は上着と同じ生地を使うことが多いですけど、後ろ身頃は薄く柔らかい素材になっていたり、ホルターネックになっていたりします。
女性の場合……胸元が膨らみますし、上着が開いてしまうでしょう? だから、こんな風に中衣を入れた方がバランスが良いかなって」
「バランス……ってなんだったけ」
「えっと……均衡? 釣り合い? おさまりが良いというか……」
おさまりが良い……釣り合い……かぁ。
男装の時のサヤは胸を補整着で抑えているし、なんとも思わなかったのだけど、確かに……あの膨らみがあれば上着は開く……。
社交界などでの女性の礼装はそれを考慮した、前を敢えて開いた意匠の上着が多いが、式典での軍装として相応しいかと問われれば……。
「中衣は、上着の代わり……っていう感覚だからな……別に駄目って決まってるわけじゃないし……一応描いておいてみたら?
ギルに提案してみれば良いと思うよ。どうせ、この国では前例の無いものなんだし」
女性の装いとして考えるのだから、男性の軍装をそのまま女性用にせよということではないはずだ。
そうであればギルのところに依頼が来るわけがない。
そう伝えると、サヤは嬉しそうに「はい!」と返事をくれた。そうしてまた描くことに集中する。
キラキラした顔を眺めていたら、なんだか無性に愛おしく感じてしまう。
そうやって……数種の意匠を描き上げた。
下絵も含め、描き上げた紙を全て集めて纏め出すサヤ。
「全部送るの?」
「はい。前に、途中経過も欲しいってギルさんが。
省かれた案の中にも、重要な要点が含まれている場合があるそうで」
預かった近衛の正装も、丁寧に畳まれて荷造りされた。
そうして出来上がった荷物を前に、サヤはホッと、息を吐く。
「思ったより、早く終わりました。
ありがとうございます。色々お聞きできたから、とても捗りました」
「そう。なら良かった。あ、じゃあ……もうやることは無い?」
「はい、後は外出の準備くらい……」
硝子筆を丁寧に洗い、筆入れにしまうのを待って、頬に触れた。
するとサヤは、恥じらうように視線を逸らす。
もう、体温は正常だし、唇の色も、綺麗な桃色。体調は、問題無いのだろう。けれど……。
「抱きしめては駄目?」
「に、日中なのに……」
そうは言ったものの……遠慮がちに俺に歩み寄ってくるから、愛おしくてそのまま抱き寄せた。
「うん。だから、少しだけ。
サヤがちゃんと元気か、確認したい」
「元気です。……もう、大丈夫って、分かってるやろ?」
「うん、でも……俺がまだ、心配なんだ」
「………………ほな、少しだけやで」
おずおずと手が伸ばされて、俺の背中に触れた。
密着した身体から温もりが伝わって、サヤの息遣いが、胸に染み込む。
皆の前では、サヤは身を任せてくれないし、やるべき職務があるうちは、それを優先するのだろうから……待ってた。
暫くただ抱き合った後、背中を撫でて、額に啄む口づけをしたら、途端に飛び上がって顔を上げたから、そのまま唇を重ねて塞ぐ。
くぐもった声が口内で俺の舌に絡め取られて、そのうち熱い吐息に変わった。
そうして互いの気持ちを確かめ合って、名残惜しいけれど少しだけの言葉を守って唇を離すと、蕩けそうに潤んだ瞳が、惚けたように俺の唇を追ってきたから、ぐらりと気持ちが揺らいだ。
「その顔は駄目……」
気合いで胸に抱き込んで、サヤの表情を隠す。
いや、俺が口づけしたのがいけないんだけどね……いけないんだけど、だってもう長いこと、サヤとこういうことしてなかったし、もういい加減我慢が……。
朝方のこともあり、こんな時に何を考えているのやらとは思った。
けど……サヤを見ていたら、愛おしさが抑えられなくなってしまったのだ。抱きしめたら、我慢がきかないのは分かっていてた。だけど、それでも触れたくて……!
「レイ、くるし……」
「ごめん。でも……またしたくなるから……もうちょっと待って」
「………………レイ」
「まだ駄目」
ぎゅうぎゅう抱きしめてたら、そのうち力技で引き剥がされてしまった。
いやだから! 今はまだ駄目だって言ったのに知らないからな⁉︎
唾液で濡れた唇にもう一度噛み付いて、我慢して押さえ込もうとしていた気持ちの爆発のまま、サヤを求めて貪った。
これ以上は駄目だ。これだけだ。頭の中で何度もそう繰り返して、欲望の暴走だけは必死で抑え込んで。
怒って押しのけられるかもなと思ったけれど、それはいつまでたっても来ない。
その代わりに、何故か俺の首に腕が回された。
頭がおかしくなりそうだ。これ、三年も保つのか俺……。
一瞬そう思ったけれど、信頼ゆえに身を任せてくれているのだと自分に言い聞かせ、なんとか身をもぎ離したのだけど、お互いを繋いだ銀糸が何をしていたかを如実に表していて、二人して真っ赤に染まる。
なのに、サヤはそのまま、もう一度俺を抱きしめてきた。
「…………あれ以来、ずっと……しいひんやったし……気にしてるのかと、思って……」
頬を火照らせたまま、モゴモゴとそう言うサヤ。
あれ以来……つまり俺が誘惑に流されてしまったあの事件。
「レイがな、せんでもええ我慢をしてくれてるって、分かってる……から。
これだけは許すって、言うたんやから……これは、我慢せんでも、ええの」
……………………それ、駄目だって……。
あまりの言葉と可愛さと、愛おしさと切なさと……。他にも色々感情が頭の中で破裂した。
「………………う、ん……あり、がと……」
凄まじい誘惑に抗うのは、正直ほんと、ギリギリでした。
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