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アンバー 1

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 通用口から、館の中へ。
 兵士長に案内されるまでもなく、部屋の位置は分かっているから、俺たちはとにかく足を進めた。

「レイシール様、どうかなされましたか?」
「なんでもないよ。気にしないでくれ」

 目敏い、アーシュ……。

 さして進みもしないうちにかけられた言葉に、俺は笑顔を作って言葉を返す。
 いつものことだ……。ここに来る度に感じる重圧。
 相変わらず……。屋敷に踏み込むと、心の奥底に埋めていたはずの恐怖心が、むくりと起き上がってくる。
 それを押し殺し、自分の役目に集中するよう、気持ちを奮い立たせて先を急いだ。

 どうして人の記憶というのは、覚えていたくないものほど、深く刻まれているのだろう……。
 脳裏を掠める残滓が、心をざわつかせる。
 けれど今は、それに囚われている場合ではなくて、この一刻ごとがサヤらの安全のためだと、自分を叱咤して前を向く。

 屋敷内はまだ、人影がまばらだった。
 基本的に起きているのは警備の衛兵と、少数の使用人。

 彼らはこちらに、不思議そうな視線を向けた後、ギョッとして、壁際に立退く。
 こんな早朝に俺が来て、武装した集団を引き連れているということに、驚いて。
 それを兵士長が手振りで黙らせ、ついて来ている兵士が説明に走る。程なくすると、役割を与えられ、その場を離れ、走っていく。
 そんなやりとりが何度か繰り返される。
 まだ、ジェスルの者には出会っていない様子で、俺たちは静かに、けれど極力急いで、目的の場所に向かい足を急がせた。

 二階に上がり、廊下を進む途中で、衛兵が両開きの扉を縄で縛っているのに出くわした。
 ジェスルの者が使用している部屋だろう。
 両側の取っ手をぐるりと縄で一括りにしてしまえば、もう扉を開くのは至難の技となる。手早くその処理を進めていく衛兵らに、視線だけで礼を伝えて、通り過ぎる。
 女中に出くわさないな……少数は夜勤に残されているはずなのだけど……給仕長の取り計らいなのだろうか。

「レイシール様、前日執事長はお休みされておりましたので、二階のお部屋へいらっしゃるはずです」
「では私が参ります。第二部隊、共に来い」
「ホルス、隊員と共に第二部隊傘下に入り、指揮に従え」
「はっ」

 アーシュと第二部隊が、セイバーンの一部隊と共に二階で別れた。
 残りの俺たちは、そのまま三階へ急ぐ。
 と、そこで女性の金切り声が響いた。
 上階から、たまたま通りかかった様子の女中だ。階段の途中でこちらに気付いてしまったらしい。

「賊です!    誰か、奥様⁉︎」

 半狂乱で叫び回る女性に、俺たちは足を早めた。
 階段でジェスルとやり合うのは避けたい。下のこちらが不利だからだ。

 第一部隊と俺たちが三階へ駆け上がったところで、ジェスルの騎士が駆けつけてきた。
 先頭のジークが、抜刀して迎え撃つ。
 そこで、騎士らの後方から耳障りな高音が、石壁に反響して響き渡った。
 緊急事態の知らせだ。視線を向けると、隊長らしき人物が笛を吹き鳴らしている。
 階下の騎士らや異母様方への知らせの笛。
 こうなるであろうことは想定していたけれど、異母様方を捕縛するまで保ってほしかった。
 向かってくる騎士らに、ジークは率先して飛び込んでいった。そして第一部隊の隊員から二人が、俺の護衛のためか、下がってきて俺の前に立とうとする。

「俺の護衛は必要ない。それなりに対処できるから。
 それよりも前に進むぞ。二人組で、一人に対応して、確実に倒せ。
 とにかく前へ、進むんだ」
「はっ!」
「最優先で異母様の身柄を抑える。ここも強行突破するよ」
「心得ました!」

 そこからは、乱戦だった。

「ま、簡単にはいかないと思ってましたが」

 剣呑な顔で悪態を吐き、ハインも剣を振るう。
 早くしないと階下からもジェスルの騎士が押し寄せて来かねないため、俺たちはとにかく前に進むことを念頭に、必死で足を進めていた。
 分かっていたことではあるけれど……。
 血が、屋敷を汚していく……。どう考えても致命傷という怪我を負った騎士が、床に崩れ落ちる。
 こちらだって当然無傷のはずはない。
 視界の端で、衛兵が妙な動き。
 懐に手を入れつつそちらに視線を走らせると、手傷を負って体勢を崩したところで、ジェスルの騎士がとどめとばかりに剣を振り上げている状況。
 目標は近く、大きい。だから躊躇わず手を振る。すると小刀は、狙う通りの場所に突き立ち、騎士が呻いた。

「シザー!」

 呼ぶと影が俺の前を通り過ぎ、黒い疾風となって衛兵と騎士の間に割って入る。

 シザーの剣は片刃の大剣だ。優れた筋力でもって、軽く簡単に振り回しているが、実はかなり重い。俺では一度振るだけで手から抜け落ちてしまうだろう。
 彼がこの剣を使うのは、刃の無い方を打撃に多用するからだ。
 彼は衛兵となるため祖父に手解きを受けて育ったため、相手の捕縛が大前提にある。かなり優れた剣士であるのだけど、彼本来の優しさもあって、どうにも人を刺突するということが、なかなか難しい。
 騎士であれば、そんなことは許されないのだろうけれど、彼ほどの腕があり、兵士であるからこそ、俺はそれで良いと思っていた。
 シザーは、殺さないために強くなったのだ。ならその意思は、尊重されるべきだろう。

 そんな彼であるから、刃の無い方を使って相手を打っていく。
 金属で殴られるわけだから、無傷とはいかないが、場所は的確に選ばれ、致命傷とはならない。けれど戦力にもならないような怪我を負わせて戦線離脱に追いやるため、世が世なら、はかなり厄介な人物だったろう。

 戦場では、戦死者は捨て置けるけれど、負傷者は回収しなければならないし、世話も必要になる。何より食事をするのだ。
 戦力にならない怪我人を多く抱えるのは、看過できない負担になる。
 今が乱世の世でなくて本当に良かった……。それではきっと、シザーはもっと苦しんだろうから。

 振るわれた片刃の大剣が、上腕に小刀を突き立てていたジェスルの騎士を吹き飛ばす。
 意識を手放した騎士は、もう、この戦に加わることはないだろう。

「負傷者は下がれ!」

 壁を背に、俺はまた視界をサヤが「広を見る」と言っていたものに切り替えた。
 ……いや、一応俺も、ずっと練習してきたけどね。サヤらとは違い、動けば反射で対応……だなんて風にはできない。
 目を向けて確認しなければ次の動きに移れないから。
 それでも、やはりその意識があるかないかは違う。こうして、場の補佐としては役に立つようだ。
 ……でもやっぱり、サヤとディート殿は別格だよな……。

 次の小刀を懐から取り出し、苦戦を強いられている場所に放つ。
 すると異母様の部屋がある方向から、新たな一団が駆けてきた。
 今合流されるのはまずい。こちらにもまだ、それなりの人数が残っているのに。

 更に取り出した小刀を、集団の先頭に放った。太ももに突立ち、体勢を崩す騎士。それに後方が巻き込まれ、速度を落とす。
 俺を警戒する様子を見せた一団に、乱戦中の混乱の中から声が飛んだ。

「来い!    もう使い切ったはずだ!」

 俺が使用した小刀は三本。
 確かに、本来であればそれが打ち止めとなるだろう、が……。

「まだ、あるよ」

 次の一本を取り出して、負傷騎士に並んだもう一人に放つ。避けようとしたが、慌てたせいで後方とぶつかる騎士。
 更にもう一本を取り出したことで、そちらの足は完全に一度止まった。よし。

 増員を押し留めている間に、こちら側は先程叫んだ者も含め、大抵を床に沈めた様子。するとジーク、シザーの両名が、その足止めされた騎士らへと疾風の如く走り寄る。
 たたみ掛けることに失敗した一団は、さして手間をかけず撃退された。

「助かりました」
「レイシール様……何本小刀持ち歩いてらっしゃるんです?」

 先に足を進める中でそんな風に聞かれた。
 だから上着をめくってちらりと中を見せる。

「残りは十本かな。腰帯にあと二本隠してあるけど」
「うわっ、びっしり……。凄いな、これ……」
「俺は剣が握れないからね、その代わりだよ」

 サヤが用意してくれていた革製品……。これは、剣を握れない俺が、唯一の武器とできる投擲用小刀を大量収納できる、いわば鞘だった。形状は、肩と腰を繋ぐベルトだ。腰の部分は上から腰帯を巻いて隠してしまえるため、一見は武装して見えない。
 彼女はこれを、ホルスターと呼んでいたらしい。

「それ良いですね!    俺も欲しい!」
「一見武装して見えないのが良いな……仕事復帰したら役に立ちそう」

 部隊員の中からそんな声が飛ぶ。
 とりあえず危険な場を凌いだことで、皆にゆとりが出たのだろう。

「ほら、今の隙に進め!」

 ジークの檄が飛び、足を早める。さして進まぬうちに、前方にまた騎士の影が。そして後方……階下からも向かってきた様子。アーシュら第二部隊が心配だ。早くケリをつけなければ……っ。
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