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父の軌跡 2
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その山城は、セイバーン村より南西に位置した。
水害により、道が置かれなかった地域の、更に先だ。
これから、交易路を通し、西への道を新たに作る予定の我々にとって、無視できない位置。ホセの村がある、オーストとの境の山林も、程近い。
「傭兵団崩れの……か。どういった連中なのかな」
「それがまた、少々厄介でして」
カークによると、その一団全員に問題があるのではないという。
二十人前後のその団の中には派閥が存在するらしく、その一つが問題であるそうなのだ。
「団の上位者の一人が粗暴で、実力ゆえに驕りが強いようなのです。団の中で順位争いが起きているのか、もうその結果が出たのか……その粗暴な者の影響が強くなり、要求が悪化してきているといった様子でしょうか。
どうやら、団長が病に倒れたかして、地位を退いたようです。
当初は食料も金を払い、買い上げていたのですが、近隣の警護をしていると主張しだし、支払わなくなりました。
一部農村の娘にちょっかいをかけている者もおり、状況が悪化の一途をたどっているといった様子でして」
鎖が切れてしまった野犬ということか……。
「まだ住人を傷付けるような問題は起きていないんだな」
「時間の問題といったところでしょうか……。
ただ、団の中にその粗暴な連中を押し留めようとしている者もいる様子で、後で謝罪があったりもするのです」
「……その者らは、また移動を始める様子は無いのか? セイバーンに傭兵団を雇うような者は、あまり無いだろうに」
「もうふた月から動きがありません。雨季の間は、天候により足止めを余儀なくされているのだと思っておりましたが、明けても動きが無いのです」
思案するふりをして、カークの様子を伺った。
やはり、我々にこれを伝えにきた理由が、いまいち釈然としない。
セイバーンに来るより近い位置に、兵士を派遣できる街はある。なのに、バンスへ赴き、父上への面会を希望した。病については知っているだろうに。
更に、異母様に接触して、セイバーンまで同行してやって来た。
「……近く、交易路を作る計画が動く。カークも目にしたと思うが、川横の壁。あれを土台に道を作っていく。
それに伴い、西に伸びる道も整備する予定だ。
西の地の管理は今後の課題として考えておこう。あと、その傭兵団だが、こちらから部隊を派遣すれば良いか?」
そう言うと、一瞬の沈黙。
「……一応、男爵家の所有地であります。これより、西側を開拓していくというのであればなおのこと、一度西の地を、目にされておく方がよろしいのではございませんか?」
やんわりと、部隊の派遣を押しとどめる発言。
「まだ、問題と言える問題も起きていない状況です。罪状としても、弱いでしょうし、兵の派遣を行うには、些か早計であると私めは考えます。
また、あの山城はセイバーン男爵家の所有地。正当な所有者が立ち退きを要求すれば、居座れるものではありません」
そんな主張が、まさか理に適っていると、本気で思っているのだろうか……。
わざわざ男爵家の者に出向けと?
顔色を伺うが、表情を見事に笑顔で隠した老爺は、考えを読ませなかった。年の功なのか、見事に作られたと分かる笑顔なのに、その奥が見通せないのだ。
俺に出向けと言っているように思えるのは、勘ぐりすぎだろうか?
「面白いことを言う御仁だな。
確かに、男爵家の所有地だと言うならば、レイ殿が出向くこともおかしくはないわけだ。
だが、そのようなもの、男爵家所有地であることを示す書状を持たせた使者を派遣すれば、済む話なのではないのか?」
ディート殿にも違和感は伝わった様子だ。
楽しげな表情ながら、裏に闘志を滲ませている……。良からぬ思惑があるなら、容赦せぬぞと、そう匂わせているのだ。
だが、カークは動じたりしなかった。
笑顔も崩さず、姿勢を正す。
「はて。このような老いぼれが何を企みましょう。
私めは、これより西の地を整えようと言うなればなおのこと、見ておく方が宜しいのではと進言しただけで、他意はございません」
ディート殿が手練れであることは伝わっていようし、小者なら闘志だけで威圧されてしまうだろうに。
しゃんと伸ばした背筋に、後ろ暗いものは感じなかった……。
「……山城までは、ここからだとどれくらい掛かるかな」
「レイシール様!」
俺がそうす口にすると、即座にハインから制止の声が飛ぶ。
サヤも、キュッと表情を引き締めて、俺に視線を寄越した。
何か言う前にと、手で制する。一応、聞いているだけだよ。まだ、決めていない。
「南から迂回する道しかございませんので、馬車でなら三日は掛かるかと」
「……往復で最低六日か。拠点村の視察もあるし、五日以上を空けるのは難しいな……。マルが戻ればここを任せられるが……」
「っ! レイシール様、貴方はご自分の立場を理解されていますか⁉︎」
「ハイン、誰かを派遣するにしても、俺たちにはそれだけの仕事を任せられる人員がいない」
「本館の者に任せれば済む話ではないですか!」
「……男爵家の書状を任すほど信頼のおける者を、お貸しいただけるかな……難しいと思うよ」
冷静に指摘すると、一瞬言葉に詰まったハインが即座に「では私が出向きます。一人であれば馬で飛ばせますし、三日もあれば済みましょう」と言う。どれだけ飛ばす気だ……そんなに急いでは馬が潰れる。それに……。
「……それだと、カーク殿を送り届けられないぞ」
「ご自身で勝手に帰っていただけば良いではないですか!」
「ウォッフ! ゴフッ。いや、申し訳ありません。持病の気管支の調子が……」
急に咳き込み、明らかな演技を挟まれ、一瞬唖然とした。
何故急に? と、考え……カーク殿を送り届ける……と言う言葉に同意を示す行動だと察する。
この人……案外茶目っ気がある方なのだろうか。
「うん……やはり仕方がないな。
カーク殿は体調も思わしくない様子だし、お一人で帰すのは些か心配だ。
場所も正確には分からないのだし、道案内も必要だろうから、同行していただくのが得策だと思う。
準備もあるし、明後日にその山城へ向かうことにする」
「レイシール様⁉︎」
「とはいえ、ディート殿は休暇も終わりですよね……」
「そうだな。レイ殿が明後日に発つと言うならば、俺もそれに合わせよう。方向が違うから同行できぬのが口惜しいが……」
「本当にお構いもできず……護衛ばかりさせてしまいました。申し訳ない……」
「なに、分かっていて来ているのだから気にするな!
俺としては美食や風呂を堪能できたし、良き友も得た。有意義な休暇だったと思っている。
ほぼダラダラ過ごしていただけで、活躍の場がなかったのが申し訳ないくらいだ」
「そんなことはありません。
ディート殿がいてくださったからこそ、大きな問題も起こらず過ごせたんです。俺たちだけでは、もう少し色々絡まれてましたよ」
武官を連れているのといないのとでは、全く違う。
周りに対する印象もだけれど、安心感もだ。
ギルだって手練れだし、サヤやハインだって強いのだけど、彼らは本来、ただの商人であり、従者だ。
普段の仕事があり、それだって忙しいから、危険ごとにだけ目を光らせておくわけにもいかない。
ディート殿がいてくれた間、二人は思うように仕事ができたし、表情が穏やかだった。きっと普段は、常に周りに気を配っているのだろう。それがディート殿のおかげで、気持ちを休めることができていたのだ。
「レイシール様‼︎」
のほほんと挨拶を始めた俺に、ハインがキレる。
本気で怒っているのは目のギラつきでよく分かったけれど、ここは我を通させてもらうことに決めていた。
まあ、本当に危険だと思えばディート殿のことだ。こんな風に雑談に乗ってはくれないだろう。
サヤはというと、気がすすまない風ではあったけれど、様子を見ようと考えているのか、まだ口を挟まないつもりのようだ。
「サヤ、悪いけど、遠出の準備をお願いするよ。
カーク殿は、今日、明日と、ここに滞在しておいてくれ。山城に向かう際、一緒に送る。ハイン、本館へ連絡してきてくれるか」
別館内ではなく、本館へと促したことで、ハインの怒りが若干収まった様子だ。畏まりましたと即座に動く。
こんな胡散臭いことを言ってくる人物は俺の傍に置きたくないと考えているのだろう。更に、多分二日のうちに俺を説得して、行動を改めさせるつもりだ……。される気は無いけど。
即座に動く二人を部屋から送り出すと、カークは一つ息を吐き、俺に今一度、視線を戻した。
過ぎた時間を懐かしむように、俺を見る。
沈黙しておくのもなんだし……ただじっと見られているのも落ち着かない。だから「お身体の方は、大丈夫ですか?」と、声を掛けた。
「病により退いたと、おっしゃってましたよね。バンスからここまで馬車で揺られてこられたなら、お疲れではありませんか」
「レイシール様……そのような口調は適切ではありませんと、先程も申しましたが」
またピシリと言われてしまった……。
「すまない。慣れないので……。特に、父上の配下の方だったと聞いてはどうにも……居心地が悪い」
父上を知っているならば、俺は随分と見劣りするのだろう……そう思ってしまうのだ。だからつい失礼だけは無いようにと、自然と言動が改まってしまう。
するとカークは、また一つ、息を吐いてから。
「……ご立派になられました……。あの幼き童が、このように大きくなって……。
この年まで棺に入らずにおいて良かったと、今心から思っております。
冥府への土産ができました。ロレッタ様にも、良いご報告ができそうです」
とても心臓に悪いことを言う。
冥府への土産って……年齢的に冗談じゃ通じないからやめてほしい……。
それと………………?
「先程……初めてお会いしたはずですよね?」
「レイシール様」
「あっ、いや……すまない。……先程、初めての挨拶を受けたと思ったが、思い違いだったろうか」
そう問うと、カークは少し口角を持ち上げた。
「私めは貴方様を存じ上げておりますが、貴方様にとって私は初対面でありましょう。
あの折は……瞳を閉ざしておられましたから」
眠っていた時に会ったということかな?
なら、赤ん坊の頃に、お会いしたということだろうか。
母の名を度々出すことが、少々重たく感じたけれど、それは俺個人の感傷だから、顔には出さないよう注意することにした。
「部屋の準備ができたら、ゆっくり休んでおいてくれ。でないと、当日一緒に連れていけない気持ちになるかもしれない。
父上も、お元気ならばそう言うと思う」
厳しい方であったけれど、部下は大切にしていたと思う。でなければ、足繁く、他方に通い詰めはしなかったろうから。
そう思って言葉にすると、カークは慈しみのこもった瞳で、また俺を見た。
「勿体無いお言葉。有難く、休ませて頂きます。当日置いていかれぬためにも」
茶目っ気ある、そんな返事を返して。
水害により、道が置かれなかった地域の、更に先だ。
これから、交易路を通し、西への道を新たに作る予定の我々にとって、無視できない位置。ホセの村がある、オーストとの境の山林も、程近い。
「傭兵団崩れの……か。どういった連中なのかな」
「それがまた、少々厄介でして」
カークによると、その一団全員に問題があるのではないという。
二十人前後のその団の中には派閥が存在するらしく、その一つが問題であるそうなのだ。
「団の上位者の一人が粗暴で、実力ゆえに驕りが強いようなのです。団の中で順位争いが起きているのか、もうその結果が出たのか……その粗暴な者の影響が強くなり、要求が悪化してきているといった様子でしょうか。
どうやら、団長が病に倒れたかして、地位を退いたようです。
当初は食料も金を払い、買い上げていたのですが、近隣の警護をしていると主張しだし、支払わなくなりました。
一部農村の娘にちょっかいをかけている者もおり、状況が悪化の一途をたどっているといった様子でして」
鎖が切れてしまった野犬ということか……。
「まだ住人を傷付けるような問題は起きていないんだな」
「時間の問題といったところでしょうか……。
ただ、団の中にその粗暴な連中を押し留めようとしている者もいる様子で、後で謝罪があったりもするのです」
「……その者らは、また移動を始める様子は無いのか? セイバーンに傭兵団を雇うような者は、あまり無いだろうに」
「もうふた月から動きがありません。雨季の間は、天候により足止めを余儀なくされているのだと思っておりましたが、明けても動きが無いのです」
思案するふりをして、カークの様子を伺った。
やはり、我々にこれを伝えにきた理由が、いまいち釈然としない。
セイバーンに来るより近い位置に、兵士を派遣できる街はある。なのに、バンスへ赴き、父上への面会を希望した。病については知っているだろうに。
更に、異母様に接触して、セイバーンまで同行してやって来た。
「……近く、交易路を作る計画が動く。カークも目にしたと思うが、川横の壁。あれを土台に道を作っていく。
それに伴い、西に伸びる道も整備する予定だ。
西の地の管理は今後の課題として考えておこう。あと、その傭兵団だが、こちらから部隊を派遣すれば良いか?」
そう言うと、一瞬の沈黙。
「……一応、男爵家の所有地であります。これより、西側を開拓していくというのであればなおのこと、一度西の地を、目にされておく方がよろしいのではございませんか?」
やんわりと、部隊の派遣を押しとどめる発言。
「まだ、問題と言える問題も起きていない状況です。罪状としても、弱いでしょうし、兵の派遣を行うには、些か早計であると私めは考えます。
また、あの山城はセイバーン男爵家の所有地。正当な所有者が立ち退きを要求すれば、居座れるものではありません」
そんな主張が、まさか理に適っていると、本気で思っているのだろうか……。
わざわざ男爵家の者に出向けと?
顔色を伺うが、表情を見事に笑顔で隠した老爺は、考えを読ませなかった。年の功なのか、見事に作られたと分かる笑顔なのに、その奥が見通せないのだ。
俺に出向けと言っているように思えるのは、勘ぐりすぎだろうか?
「面白いことを言う御仁だな。
確かに、男爵家の所有地だと言うならば、レイ殿が出向くこともおかしくはないわけだ。
だが、そのようなもの、男爵家所有地であることを示す書状を持たせた使者を派遣すれば、済む話なのではないのか?」
ディート殿にも違和感は伝わった様子だ。
楽しげな表情ながら、裏に闘志を滲ませている……。良からぬ思惑があるなら、容赦せぬぞと、そう匂わせているのだ。
だが、カークは動じたりしなかった。
笑顔も崩さず、姿勢を正す。
「はて。このような老いぼれが何を企みましょう。
私めは、これより西の地を整えようと言うなればなおのこと、見ておく方が宜しいのではと進言しただけで、他意はございません」
ディート殿が手練れであることは伝わっていようし、小者なら闘志だけで威圧されてしまうだろうに。
しゃんと伸ばした背筋に、後ろ暗いものは感じなかった……。
「……山城までは、ここからだとどれくらい掛かるかな」
「レイシール様!」
俺がそうす口にすると、即座にハインから制止の声が飛ぶ。
サヤも、キュッと表情を引き締めて、俺に視線を寄越した。
何か言う前にと、手で制する。一応、聞いているだけだよ。まだ、決めていない。
「南から迂回する道しかございませんので、馬車でなら三日は掛かるかと」
「……往復で最低六日か。拠点村の視察もあるし、五日以上を空けるのは難しいな……。マルが戻ればここを任せられるが……」
「っ! レイシール様、貴方はご自分の立場を理解されていますか⁉︎」
「ハイン、誰かを派遣するにしても、俺たちにはそれだけの仕事を任せられる人員がいない」
「本館の者に任せれば済む話ではないですか!」
「……男爵家の書状を任すほど信頼のおける者を、お貸しいただけるかな……難しいと思うよ」
冷静に指摘すると、一瞬言葉に詰まったハインが即座に「では私が出向きます。一人であれば馬で飛ばせますし、三日もあれば済みましょう」と言う。どれだけ飛ばす気だ……そんなに急いでは馬が潰れる。それに……。
「……それだと、カーク殿を送り届けられないぞ」
「ご自身で勝手に帰っていただけば良いではないですか!」
「ウォッフ! ゴフッ。いや、申し訳ありません。持病の気管支の調子が……」
急に咳き込み、明らかな演技を挟まれ、一瞬唖然とした。
何故急に? と、考え……カーク殿を送り届ける……と言う言葉に同意を示す行動だと察する。
この人……案外茶目っ気がある方なのだろうか。
「うん……やはり仕方がないな。
カーク殿は体調も思わしくない様子だし、お一人で帰すのは些か心配だ。
場所も正確には分からないのだし、道案内も必要だろうから、同行していただくのが得策だと思う。
準備もあるし、明後日にその山城へ向かうことにする」
「レイシール様⁉︎」
「とはいえ、ディート殿は休暇も終わりですよね……」
「そうだな。レイ殿が明後日に発つと言うならば、俺もそれに合わせよう。方向が違うから同行できぬのが口惜しいが……」
「本当にお構いもできず……護衛ばかりさせてしまいました。申し訳ない……」
「なに、分かっていて来ているのだから気にするな!
俺としては美食や風呂を堪能できたし、良き友も得た。有意義な休暇だったと思っている。
ほぼダラダラ過ごしていただけで、活躍の場がなかったのが申し訳ないくらいだ」
「そんなことはありません。
ディート殿がいてくださったからこそ、大きな問題も起こらず過ごせたんです。俺たちだけでは、もう少し色々絡まれてましたよ」
武官を連れているのといないのとでは、全く違う。
周りに対する印象もだけれど、安心感もだ。
ギルだって手練れだし、サヤやハインだって強いのだけど、彼らは本来、ただの商人であり、従者だ。
普段の仕事があり、それだって忙しいから、危険ごとにだけ目を光らせておくわけにもいかない。
ディート殿がいてくれた間、二人は思うように仕事ができたし、表情が穏やかだった。きっと普段は、常に周りに気を配っているのだろう。それがディート殿のおかげで、気持ちを休めることができていたのだ。
「レイシール様‼︎」
のほほんと挨拶を始めた俺に、ハインがキレる。
本気で怒っているのは目のギラつきでよく分かったけれど、ここは我を通させてもらうことに決めていた。
まあ、本当に危険だと思えばディート殿のことだ。こんな風に雑談に乗ってはくれないだろう。
サヤはというと、気がすすまない風ではあったけれど、様子を見ようと考えているのか、まだ口を挟まないつもりのようだ。
「サヤ、悪いけど、遠出の準備をお願いするよ。
カーク殿は、今日、明日と、ここに滞在しておいてくれ。山城に向かう際、一緒に送る。ハイン、本館へ連絡してきてくれるか」
別館内ではなく、本館へと促したことで、ハインの怒りが若干収まった様子だ。畏まりましたと即座に動く。
こんな胡散臭いことを言ってくる人物は俺の傍に置きたくないと考えているのだろう。更に、多分二日のうちに俺を説得して、行動を改めさせるつもりだ……。される気は無いけど。
即座に動く二人を部屋から送り出すと、カークは一つ息を吐き、俺に今一度、視線を戻した。
過ぎた時間を懐かしむように、俺を見る。
沈黙しておくのもなんだし……ただじっと見られているのも落ち着かない。だから「お身体の方は、大丈夫ですか?」と、声を掛けた。
「病により退いたと、おっしゃってましたよね。バンスからここまで馬車で揺られてこられたなら、お疲れではありませんか」
「レイシール様……そのような口調は適切ではありませんと、先程も申しましたが」
またピシリと言われてしまった……。
「すまない。慣れないので……。特に、父上の配下の方だったと聞いてはどうにも……居心地が悪い」
父上を知っているならば、俺は随分と見劣りするのだろう……そう思ってしまうのだ。だからつい失礼だけは無いようにと、自然と言動が改まってしまう。
するとカークは、また一つ、息を吐いてから。
「……ご立派になられました……。あの幼き童が、このように大きくなって……。
この年まで棺に入らずにおいて良かったと、今心から思っております。
冥府への土産ができました。ロレッタ様にも、良いご報告ができそうです」
とても心臓に悪いことを言う。
冥府への土産って……年齢的に冗談じゃ通じないからやめてほしい……。
それと………………?
「先程……初めてお会いしたはずですよね?」
「レイシール様」
「あっ、いや……すまない。……先程、初めての挨拶を受けたと思ったが、思い違いだったろうか」
そう問うと、カークは少し口角を持ち上げた。
「私めは貴方様を存じ上げておりますが、貴方様にとって私は初対面でありましょう。
あの折は……瞳を閉ざしておられましたから」
眠っていた時に会ったということかな?
なら、赤ん坊の頃に、お会いしたということだろうか。
母の名を度々出すことが、少々重たく感じたけれど、それは俺個人の感傷だから、顔には出さないよう注意することにした。
「部屋の準備ができたら、ゆっくり休んでおいてくれ。でないと、当日一緒に連れていけない気持ちになるかもしれない。
父上も、お元気ならばそう言うと思う」
厳しい方であったけれど、部下は大切にしていたと思う。でなければ、足繁く、他方に通い詰めはしなかったろうから。
そう思って言葉にすると、カークは慈しみのこもった瞳で、また俺を見た。
「勿体無いお言葉。有難く、休ませて頂きます。当日置いていかれぬためにも」
茶目っ気ある、そんな返事を返して。
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