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拠点村 11
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翌日は、午前中を業務につぎ込んだ。午後からは拠点村へ行くからだ。
ハインは朝からメバックに出掛けていき、拠点村への馬車はディート殿にお願いすることとなっていた。
執務中の現在、護衛は勿論ディート殿で、サヤはハインがいない分、雑務に追われている。そして、ジェイドは姿が見えないから、多分巡回に行っているのだろう。
「今日はマルを見かけぬな」
朝食の時にも、いなかった。
「ああ、昨日何か思い至って、どこかにふらりと出かけていったらしいんですよね」
そう、夕飯のおりにもいなかった。いつの間にやら、どこかに出かけてしまったらしいのだ。
ここ最近は、何かあるのか忙しくしていて、言葉を交わす暇もないくらいだったから、どこに出かけたのかも聞いていなかった。
サヤには、数日戻らないと言伝たらしいのだが、目的については不気味に笑って「内緒ですぅ」と、言われたという……。
「……」
無駄口一つ叩かず、黙々と業務を進める。
頭を仕事でいっぱいにしておかないと、絶対にいらないことを考えてしまうからだ。
セイバーンに戻ってから、極力サヤには近付きすぎないようにしていたのに、気を付けていたのに、まさかサヤがあんな行動に出ようとは……って!
「どうした⁉︎」
「…………なんでもないです……」
考えないようにって思ったことがすでに失敗だったよね……。
一気に顔が熱くなったものだから、とっさに机に突っ伏したら、ディート殿に心配されてしまった。
……サヤは、元気付けようと、してくれたんだよな……。
俺が、日に日に、心を重くしていたことを、察していたのだろう。
だからあんな、思い切った方法で、俺を労ろうと、したんだろうな……。
分かっている。
反発があることくらい、承知していた。
けれど、メバックの街人らは多く知っていて、たくさん交流を持っていて……。
…………俺は、きっと期待していたのだ。
近しい彼らになら、少しは、分かってもらえるだろうと…………。
けれど、所属すると言ってくれた職人は、いまだロビン一人だけだった。
商業会館から所属希望者の連絡も無く、時間だけがただ流れ、拠点村の工事は進んでいく。
ギルは何も言ってこないが……陰口は、バート商会にも降りかかっている。
バート商会は、秘匿権を多く抱える大店だ。職人ではなく、商人。だから、俺の事業とは関わりない。
けれど、意匠師や針子など、多くの職人を囲っている。
そしてギルは、俺との縁で、メバックにやってきた…………。
彼らには彼らのやり方があり、歴史がある。それを繰り返し続けてきたことで、得た信頼がある。
決して強欲なのではない。今まで繰り返してきた約束事を、違えるのは難しい。柵も多く抱えているから。
俺の事業に、バート商会は名乗りを上げていない。
それはそうだ。本店は遠く王都にあり、メバックにあるのは支店なのだ。
ギルの一存だけで、決められるものじゃないし、それをしてはならない。多くの職人や商人を、路頭に迷わせるようなことに、なってはいけないから。
だけど、そんな事情など、他は察してくれない。
俺との縁で美味い汁を啜っておきながら…………と…………事実とは関係なく、勝手に妬むのだ……。
心が、重い。
俺に直接、言ってこないからこそ、俺の周りがきっと、たくさん傷付けられている。
それを考えると、腹の底の黒いものが、また、育ってくるような気がしていた……。
俺のせいで……俺のせいでまた、何かが崩れる……壊される……そんな予感が、不安が、恐怖が、勝手に育っていく……。
「……レイ殿、今日はそこまでで良いのではないか?
そろそろ、拠点村に赴く準備をせねば、遅れてしまうぞ」
ディート殿にそう声を掛けられ、惰性で進めていた作業の手を止めた。
しまった。いらないことを考えてしまっていた…………。俺が悩んだところで、なんの足しにも、ならないのに……。
「ええ、そうですね。片付けます」
昼の少し手前で、作業は終了させる。
昼頃に到着できるように、拠点村へ向かうためだ。
道中は俺たちだけでなく、食事処の幌馬車も同行する。
昼食の出張賄いがあるからな。だから、遅れてしまっては申し訳ない。
「ディート様。馬車の準備は整ってます。荷物も詰め込みましたから、そろそろ向かいましょう」
片付けの終了間際に、サヤがやって来てそう言う。
「あぁ、ありがとう。
……サヤ……お前は本当に従者の鏡だなぁ。なんでそう、察しが良いんだ」
音が聞こえるからこそ察知して、ちょうど良いと思う頃合いに声を掛けてくれているのだろうけれど、ディート殿は流石に知らないしな。
ディート殿の褒め言葉に、サヤは照れつつ「慣れですよ」と、適当に誤魔化す。
そして、俺をちらりとだけ見て。
「外で、待機しておきます」
少々赤らめた顔を隠すように、後ろを向いてそう言った。
そんなサヤの態度に、ささくれていた気持ちが少し、解される。
こんな時にとは思うけれど、凄く恥ずかしいのだけど、俺のためにそれだけの行動に出てくれたのだと思えば、やはり救われるのだ。
「行きましょう」
馬車の中が苦行だなぁ……と、そっちに思考を切り替えて、暗く重たい気分を腹の底に押し込んだ。落ち込むだけのことを考えるより、幾分かはマシだ。
サヤと二人で狭い空間……。ま、まぁ……ディート殿が一緒なのだから、大丈夫だ。うん。
今日はハインが二人用の馬車を利用しているため、四人乗りのものしかない。
そしてディート殿は馬車を運転するため御者台だから、普段よりは、空間に余裕もある。
サヤと二人、馬車に乗り込んで、すぐに小刻みな揺れが始まった。
ゆるい坂を下り、村を突っ切って橋を渡る。そして村はずれで幌馬車と合流し、俺たちは拠点村へと向かった。
「お疲れではありませんか」
しばらく進むと、隣からそんな声。
向かい合って座ることもできたけれど、後から乗り込んだサヤは、俺の横に座ったのだ。
「大丈夫だよ」
うぅ……顔を見れない……。
朝食の時も、手元ばかり見て食事をしていた。
サヤと一緒だとソワソワと気持ちが揺れて、仕事のことを考えればズシンと重くなる……せわしない。
けれど、彼女には余計な心配をかけたくないし、不安にさせたくないから、極力元気な表情を心掛ける。
それでも……昨日みたいに、バレてしまっていたりするのだけど……。
でもまぁ……やせ我慢だとしても、不甲斐ない姿は見せたくないって、思っちゃうよなぁ……。
そう思うからこそ、まだなんとか、踏ん張れているのかもしれない。
そんなことを考えていたら。
「……何か、話しませんか……」
何かって、言われても……なぁ……。
「うーん……」
揺れる馬車の中で、またしばらくの沈黙。
昨日のあれはなかったことにしろって言われたし、ディート殿もいらっしゃるし、ネタにはできない……。かといって仕事の話は、気持ちが重たくなりそうで怖い。またサヤに気を使わせて、あんなことをさせてしまうかもしれない……。
しばらく悩んだが、気安くできるネタが全く浮かんでこなくて、少々焦りだした頃。
「拠点村に、孤児院を作りませんか」
と、サヤが口にした。
「こ、コジイン……って?」
「色々、私も考えたんです。
もし、職人さんがあまり、名乗り出て下さらなかったら……」
その言葉にズキンと胸が痛む。
そうなれば、この事業の根幹が、歪む……。たくさんの人に迷惑をかけた上で、失敗してしまうことになる……。
とっさにそう考えてしまい、あ、俺は失敗の重圧も感じていたのだなと、ぼんやり実感した。
「もしそうなったら、切り口を変えてもう一度、挑みましょう。
今度は、後継のいない職人さんに、声を掛けませんか」
「…………え?」
コジインの話かと思ったら、職人の話に切り替わる。
その話の進む方向が分からず、ついサヤの方を見た。
「神殿は、孤児を全員、保護できていません。つまり、神殿の許容量に、孤児の数は収まっていないということです。
実態とか関係なしに、見た目は、そういうことでしょう?」
「う、うん……」
また、孤児の話に戻った……。
そしてサヤは、騎士の顔。真剣な瞳が、まっすぐに俺を見据えていた。
「ですから、奉仕活動として、孤児を一部引き受けると、主張できると思うんです。
それで、孤児は孤児院で育てつつ、大人になった時、職人として独り立ちできるように、職人さんの元に見習いとして、通わせてはどうでしょう。
それと一緒に、読み書きと計算を、教えます。
この世界の識字率は、決して高くありませんよね。だから、字が書けるというだけで、アドバンテージが取れます。
孤児という立場がきっと不利に働いてしまうから、その分、技能を多く備えさせて、世の中に必要とされる人材に育てるんです」
ガラガラという轍の音が、遠くなった気がした。
「後継のいない職人さんは、家が、残せませんよね……。中には孤児でも良いから引き取って、家を継がせたいって、思う人もいるかなって……。
自分で終わってしまうくらいなら、どんな形でも良いから、この世界に形を残そうって、そう考える人も、いるのじゃないかって……。
それに加えて、秘匿権の共有という、大きなメリットがあります。勝算は、決して低くないと、考えます。
養子縁組とか、できれば更に、良いのですけど……そうできなかったとしても、技術を身につけておけば、仕事に就けます。
悪事に手を染めなくても、食べていけます。
罰を受けて罪を償うのじゃなくて、徳を重ねて、罪を贖うって、考えられないでしょうか。
ディート様が仰っていたように、ちゃんと育てば、きちんとした大人になれます。来世にまで持ち越さなくても、生まれ変われるのじゃないかって。
それと……今いる職人さんに、価値観を変えてもらうのも一つの手段ですが、今から育てる職人に、新しい価値観を教えて育てるのも、一つの手ではないかと」
分からない言葉は沢山あった。
けれど、意味は通じていた。サヤの提案することの、凄さも。
たった、半月だ……。
ハインの話を聞いて、たった半月程度を、挟んだだけだ…………。
なのにサヤは、全部をいっぺんにひっくり返すような、そんな案を、出してきた。
失敗なんて、させない。絶対に成功させるのだと、その瞳が、言っている……。
言葉が出てこず、ただサヤを見つめていた。
するとサヤは、急に視線を落とし、不安そうに彷徨わせる。そして……。
「……守るって、言うた」
そう、呟いた。
「やっと、形がまとまったから……。もし今のやり方が上手くいかへんかっても、次があるから……まだ他にも沢山、やり方はあるから…………大丈夫や」
考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、とてつもなく考えて、絞り出したんだ。
不安だらけだけど、自信なんて無いけど、それを全部隠して。
まだやり方は、いくらだってあるのだって…………俺を、安心させるために、口にする…………っ。
「…………諦めないよ。踏ん張る」
へこたれてる場合じゃ、ない。
反発があることは、分かりきっていたことだ。
なら俺は、俺の主張を、もっと声を大きくして、伝える努力をしなきゃ駄目だ。
待ってるだけじゃ、駄目だ。
「目抜き通りができたら、若手の職人を、あたっていこうと思ってたんだ。
店を持つには莫大な金がいる……けど、若手の職人にはなかなか手が出せないのが現状だ。店を持てるほどの資金は、一生かけて貯まるかどうか……。
けど、店を持ちたいと思う者は、少なからずいるはずだ。ここで間貸しを利用して、店舗運営を学びつつ、金を稼ぐことができれば、彼らの夢は、今よりずっと近くなる。その切り口で、提案していこうと思って」
サヤの手を握って、瞳を見据えてそう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
「模型を作るというのはどうでしょう。
店が建つのを待たなくても、雰囲気を伝えることができます。
あと、新婚さんや、小さなお子さんがいる家庭にも、声を掛けたら良いのじゃないかと。
似た境遇の人が多いと、お互い助け合えます」
子供が幼いうちは仕事が手につかない。けれど、数人で協力しあって、交代で子の面倒を見れば、少し余裕が持てるのではと提案してきた。
「作業場と調理場が共同ですから、それを利用できると思うんです。食事作りも共同で、当番制にするとか」
意見交換を始めると、今まで腹の底でぐるぐるしていた暗い感情が、嘘のように霧散した。
いろんな可能性を言葉にし、それの打開策を考える。
一人で悩んでいた時は、思いうかばなかったのに、何故か自然と、思いつく。
そうしている間に、一時間半は、あっという間だった。
「…………サヤ、ありがとう」
まだやれることは沢山あった。へこたれる必要なんかない。そう気付かせてくれて、ありがとう。
背中を支えようとしてくれたことも……。俺の重荷を、一緒に背負おうとしてくれたことも。
俺はまだ、頑張れるよ。
ハインは朝からメバックに出掛けていき、拠点村への馬車はディート殿にお願いすることとなっていた。
執務中の現在、護衛は勿論ディート殿で、サヤはハインがいない分、雑務に追われている。そして、ジェイドは姿が見えないから、多分巡回に行っているのだろう。
「今日はマルを見かけぬな」
朝食の時にも、いなかった。
「ああ、昨日何か思い至って、どこかにふらりと出かけていったらしいんですよね」
そう、夕飯のおりにもいなかった。いつの間にやら、どこかに出かけてしまったらしいのだ。
ここ最近は、何かあるのか忙しくしていて、言葉を交わす暇もないくらいだったから、どこに出かけたのかも聞いていなかった。
サヤには、数日戻らないと言伝たらしいのだが、目的については不気味に笑って「内緒ですぅ」と、言われたという……。
「……」
無駄口一つ叩かず、黙々と業務を進める。
頭を仕事でいっぱいにしておかないと、絶対にいらないことを考えてしまうからだ。
セイバーンに戻ってから、極力サヤには近付きすぎないようにしていたのに、気を付けていたのに、まさかサヤがあんな行動に出ようとは……って!
「どうした⁉︎」
「…………なんでもないです……」
考えないようにって思ったことがすでに失敗だったよね……。
一気に顔が熱くなったものだから、とっさに机に突っ伏したら、ディート殿に心配されてしまった。
……サヤは、元気付けようと、してくれたんだよな……。
俺が、日に日に、心を重くしていたことを、察していたのだろう。
だからあんな、思い切った方法で、俺を労ろうと、したんだろうな……。
分かっている。
反発があることくらい、承知していた。
けれど、メバックの街人らは多く知っていて、たくさん交流を持っていて……。
…………俺は、きっと期待していたのだ。
近しい彼らになら、少しは、分かってもらえるだろうと…………。
けれど、所属すると言ってくれた職人は、いまだロビン一人だけだった。
商業会館から所属希望者の連絡も無く、時間だけがただ流れ、拠点村の工事は進んでいく。
ギルは何も言ってこないが……陰口は、バート商会にも降りかかっている。
バート商会は、秘匿権を多く抱える大店だ。職人ではなく、商人。だから、俺の事業とは関わりない。
けれど、意匠師や針子など、多くの職人を囲っている。
そしてギルは、俺との縁で、メバックにやってきた…………。
彼らには彼らのやり方があり、歴史がある。それを繰り返し続けてきたことで、得た信頼がある。
決して強欲なのではない。今まで繰り返してきた約束事を、違えるのは難しい。柵も多く抱えているから。
俺の事業に、バート商会は名乗りを上げていない。
それはそうだ。本店は遠く王都にあり、メバックにあるのは支店なのだ。
ギルの一存だけで、決められるものじゃないし、それをしてはならない。多くの職人や商人を、路頭に迷わせるようなことに、なってはいけないから。
だけど、そんな事情など、他は察してくれない。
俺との縁で美味い汁を啜っておきながら…………と…………事実とは関係なく、勝手に妬むのだ……。
心が、重い。
俺に直接、言ってこないからこそ、俺の周りがきっと、たくさん傷付けられている。
それを考えると、腹の底の黒いものが、また、育ってくるような気がしていた……。
俺のせいで……俺のせいでまた、何かが崩れる……壊される……そんな予感が、不安が、恐怖が、勝手に育っていく……。
「……レイ殿、今日はそこまでで良いのではないか?
そろそろ、拠点村に赴く準備をせねば、遅れてしまうぞ」
ディート殿にそう声を掛けられ、惰性で進めていた作業の手を止めた。
しまった。いらないことを考えてしまっていた…………。俺が悩んだところで、なんの足しにも、ならないのに……。
「ええ、そうですね。片付けます」
昼の少し手前で、作業は終了させる。
昼頃に到着できるように、拠点村へ向かうためだ。
道中は俺たちだけでなく、食事処の幌馬車も同行する。
昼食の出張賄いがあるからな。だから、遅れてしまっては申し訳ない。
「ディート様。馬車の準備は整ってます。荷物も詰め込みましたから、そろそろ向かいましょう」
片付けの終了間際に、サヤがやって来てそう言う。
「あぁ、ありがとう。
……サヤ……お前は本当に従者の鏡だなぁ。なんでそう、察しが良いんだ」
音が聞こえるからこそ察知して、ちょうど良いと思う頃合いに声を掛けてくれているのだろうけれど、ディート殿は流石に知らないしな。
ディート殿の褒め言葉に、サヤは照れつつ「慣れですよ」と、適当に誤魔化す。
そして、俺をちらりとだけ見て。
「外で、待機しておきます」
少々赤らめた顔を隠すように、後ろを向いてそう言った。
そんなサヤの態度に、ささくれていた気持ちが少し、解される。
こんな時にとは思うけれど、凄く恥ずかしいのだけど、俺のためにそれだけの行動に出てくれたのだと思えば、やはり救われるのだ。
「行きましょう」
馬車の中が苦行だなぁ……と、そっちに思考を切り替えて、暗く重たい気分を腹の底に押し込んだ。落ち込むだけのことを考えるより、幾分かはマシだ。
サヤと二人で狭い空間……。ま、まぁ……ディート殿が一緒なのだから、大丈夫だ。うん。
今日はハインが二人用の馬車を利用しているため、四人乗りのものしかない。
そしてディート殿は馬車を運転するため御者台だから、普段よりは、空間に余裕もある。
サヤと二人、馬車に乗り込んで、すぐに小刻みな揺れが始まった。
ゆるい坂を下り、村を突っ切って橋を渡る。そして村はずれで幌馬車と合流し、俺たちは拠点村へと向かった。
「お疲れではありませんか」
しばらく進むと、隣からそんな声。
向かい合って座ることもできたけれど、後から乗り込んだサヤは、俺の横に座ったのだ。
「大丈夫だよ」
うぅ……顔を見れない……。
朝食の時も、手元ばかり見て食事をしていた。
サヤと一緒だとソワソワと気持ちが揺れて、仕事のことを考えればズシンと重くなる……せわしない。
けれど、彼女には余計な心配をかけたくないし、不安にさせたくないから、極力元気な表情を心掛ける。
それでも……昨日みたいに、バレてしまっていたりするのだけど……。
でもまぁ……やせ我慢だとしても、不甲斐ない姿は見せたくないって、思っちゃうよなぁ……。
そう思うからこそ、まだなんとか、踏ん張れているのかもしれない。
そんなことを考えていたら。
「……何か、話しませんか……」
何かって、言われても……なぁ……。
「うーん……」
揺れる馬車の中で、またしばらくの沈黙。
昨日のあれはなかったことにしろって言われたし、ディート殿もいらっしゃるし、ネタにはできない……。かといって仕事の話は、気持ちが重たくなりそうで怖い。またサヤに気を使わせて、あんなことをさせてしまうかもしれない……。
しばらく悩んだが、気安くできるネタが全く浮かんでこなくて、少々焦りだした頃。
「拠点村に、孤児院を作りませんか」
と、サヤが口にした。
「こ、コジイン……って?」
「色々、私も考えたんです。
もし、職人さんがあまり、名乗り出て下さらなかったら……」
その言葉にズキンと胸が痛む。
そうなれば、この事業の根幹が、歪む……。たくさんの人に迷惑をかけた上で、失敗してしまうことになる……。
とっさにそう考えてしまい、あ、俺は失敗の重圧も感じていたのだなと、ぼんやり実感した。
「もしそうなったら、切り口を変えてもう一度、挑みましょう。
今度は、後継のいない職人さんに、声を掛けませんか」
「…………え?」
コジインの話かと思ったら、職人の話に切り替わる。
その話の進む方向が分からず、ついサヤの方を見た。
「神殿は、孤児を全員、保護できていません。つまり、神殿の許容量に、孤児の数は収まっていないということです。
実態とか関係なしに、見た目は、そういうことでしょう?」
「う、うん……」
また、孤児の話に戻った……。
そしてサヤは、騎士の顔。真剣な瞳が、まっすぐに俺を見据えていた。
「ですから、奉仕活動として、孤児を一部引き受けると、主張できると思うんです。
それで、孤児は孤児院で育てつつ、大人になった時、職人として独り立ちできるように、職人さんの元に見習いとして、通わせてはどうでしょう。
それと一緒に、読み書きと計算を、教えます。
この世界の識字率は、決して高くありませんよね。だから、字が書けるというだけで、アドバンテージが取れます。
孤児という立場がきっと不利に働いてしまうから、その分、技能を多く備えさせて、世の中に必要とされる人材に育てるんです」
ガラガラという轍の音が、遠くなった気がした。
「後継のいない職人さんは、家が、残せませんよね……。中には孤児でも良いから引き取って、家を継がせたいって、思う人もいるかなって……。
自分で終わってしまうくらいなら、どんな形でも良いから、この世界に形を残そうって、そう考える人も、いるのじゃないかって……。
それに加えて、秘匿権の共有という、大きなメリットがあります。勝算は、決して低くないと、考えます。
養子縁組とか、できれば更に、良いのですけど……そうできなかったとしても、技術を身につけておけば、仕事に就けます。
悪事に手を染めなくても、食べていけます。
罰を受けて罪を償うのじゃなくて、徳を重ねて、罪を贖うって、考えられないでしょうか。
ディート様が仰っていたように、ちゃんと育てば、きちんとした大人になれます。来世にまで持ち越さなくても、生まれ変われるのじゃないかって。
それと……今いる職人さんに、価値観を変えてもらうのも一つの手段ですが、今から育てる職人に、新しい価値観を教えて育てるのも、一つの手ではないかと」
分からない言葉は沢山あった。
けれど、意味は通じていた。サヤの提案することの、凄さも。
たった、半月だ……。
ハインの話を聞いて、たった半月程度を、挟んだだけだ…………。
なのにサヤは、全部をいっぺんにひっくり返すような、そんな案を、出してきた。
失敗なんて、させない。絶対に成功させるのだと、その瞳が、言っている……。
言葉が出てこず、ただサヤを見つめていた。
するとサヤは、急に視線を落とし、不安そうに彷徨わせる。そして……。
「……守るって、言うた」
そう、呟いた。
「やっと、形がまとまったから……。もし今のやり方が上手くいかへんかっても、次があるから……まだ他にも沢山、やり方はあるから…………大丈夫や」
考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、とてつもなく考えて、絞り出したんだ。
不安だらけだけど、自信なんて無いけど、それを全部隠して。
まだやり方は、いくらだってあるのだって…………俺を、安心させるために、口にする…………っ。
「…………諦めないよ。踏ん張る」
へこたれてる場合じゃ、ない。
反発があることは、分かりきっていたことだ。
なら俺は、俺の主張を、もっと声を大きくして、伝える努力をしなきゃ駄目だ。
待ってるだけじゃ、駄目だ。
「目抜き通りができたら、若手の職人を、あたっていこうと思ってたんだ。
店を持つには莫大な金がいる……けど、若手の職人にはなかなか手が出せないのが現状だ。店を持てるほどの資金は、一生かけて貯まるかどうか……。
けど、店を持ちたいと思う者は、少なからずいるはずだ。ここで間貸しを利用して、店舗運営を学びつつ、金を稼ぐことができれば、彼らの夢は、今よりずっと近くなる。その切り口で、提案していこうと思って」
サヤの手を握って、瞳を見据えてそう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
「模型を作るというのはどうでしょう。
店が建つのを待たなくても、雰囲気を伝えることができます。
あと、新婚さんや、小さなお子さんがいる家庭にも、声を掛けたら良いのじゃないかと。
似た境遇の人が多いと、お互い助け合えます」
子供が幼いうちは仕事が手につかない。けれど、数人で協力しあって、交代で子の面倒を見れば、少し余裕が持てるのではと提案してきた。
「作業場と調理場が共同ですから、それを利用できると思うんです。食事作りも共同で、当番制にするとか」
意見交換を始めると、今まで腹の底でぐるぐるしていた暗い感情が、嘘のように霧散した。
いろんな可能性を言葉にし、それの打開策を考える。
一人で悩んでいた時は、思いうかばなかったのに、何故か自然と、思いつく。
そうしている間に、一時間半は、あっという間だった。
「…………サヤ、ありがとう」
まだやれることは沢山あった。へこたれる必要なんかない。そう気付かせてくれて、ありがとう。
背中を支えようとしてくれたことも……。俺の重荷を、一緒に背負おうとしてくれたことも。
俺はまだ、頑張れるよ。
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