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クリスタ・セル・アギー 2
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用意した部屋は、クリスタ様のお気に召した様だった。
サヤの助言に従い、窓の帳は、薄い布と分厚い暗色の布を二重に用意し、明るさの調節が出来るように配慮してあり、部屋の明かりは少々少なくしてある。窓際にはあまり家具を配置しないようにし、寝室も、あえて窓のない方の部屋にした。
「セイバーンの雨は、本当に止まぬのだなあ」
長椅子に寝そべった体勢で、窓の方に視線をやったクリスタ様が、そんな風に呟くものだから、
「アギーも、似たようなものでしょう?」
と、返事を返す。
クリスタ様のおられる、アギーの都、プローホルとて、同じ気候である筈だ。なにせ、領地は隣接しているのだから。
しかし。
「あまり外に出ぬから、意識したことがない」
という返事が返った。
陽の光が毒となる方だ。こうして雨季に、わざわざここにお越しになったくらいだし、陽の照っていないこの時期は、クリスタ様にとって、活動しやすい時期だと思っていたのだが……。
俺の疑問が、顔に出ていたのかもしれない。クリスタ様は、ぷい。と、顔を背け「僕の周りは過保護だらけだからな」と、愚痴を溢す。
「クリスタ様がご自愛くださらないからです」
リーカ様が口を挟み、ちろりとクリスタ様に視線をやると、クリスタ様はその視線を避けて別の方向を向いてしまった。
ユーズ様とやっていたようなやり取りを、今はリーカ様とやってらっしゃるのか。
変わっていないなぁ。
そう思ってついくすりと笑ってしまったのだが、ギッと睨まれ、今度は俺が視線を逸らす羽目になった。怒られる前に一度退散した方が良いかもしれない。
そう思った矢先、訪を告げる音がした。
入室を促すと、サヤが盆に、軽食を乗せて立っていて、あれ?と、首を傾げる。
「軽食をお持ち致しました。
護衛の方にお伺いしたところ、クリスタ様も、昼食はまだ取られておられぬということでしたので、簡単なものですが、如何でしょうか」
そう言って差し出されたのは、先程の牛乳茶。そしてサンドイッチだった。
ケチャップ炒めを挟んだものだけでなく、卵と萵苣(レタス)、炙った燻製肉を挟んだものも用意してある。
上品に、小さく切り分けられていて、一口二口で食べ切れてしまえる大きさだ。
ただ、サンドイッチを始めて見るクリスタ様やその従者方は、訝しげな顔をする。
「これは、手で摘める軽食なのです。
サヤの国では、これを持って外出して、出かけ先で食したりするのですよ」
「元々は、遊戯や談話を邪魔しないで食せるものとして考案されたものなのです。
もし、宜しければ……」
へぇ、サンドイッチって、そんな目的で作られたものなのか。その話は初めて聞いた。
きっとサヤは、俺がクリスタ様の部屋から戻らないから、気を利かせてこれを用意してくれたのだろうな。
毒味がてら、俺がつまんで口にしてみせる。
御付きの方の分もご用意いたしましたが、どちらに運びましょう?と、サヤが聞いて来たので、どうしますかとクリスタ様に問うと、控えの間に運べとの指示。
さて、説明しよう。
本来、貴族の部屋はそれが正しい造りだ。
俺の部屋は、現在俺の寝室に、夜番用の寝室、そして主室があるが、本来は寝室、控室、主室が正しい。部屋数が増えればまた違うが、最低限の備えとしてはそうなる。
クリスタ様用の客間はその通りに準備してあるので、サヤは隣の小部屋へ、軽食を持ってくることとなるわけだ。
指示を受けて、一礼したサヤが、一旦退室して、台車を押して入ってくる。
それを控室に運び込み、準備を始めたのを見届けてから、クリスタ様の視線が、サヤから皿の上のサンドイッチに戻った。
リーカ様が、先に手を伸ばす。
念には念を入れての毒味ですか……。俺、まだ警戒されているのかな。背が伸びたことが、弊害になるとは思わなかった。
そんな風に地味に傷つきつつも、ニコニコと笑っておく。
タマゴサンドの方を食したリーカ殿は、食んだ次の瞬間、びくりと背筋を正した。
「どうされましたか?」
「こ、これは……⁉︎」
「タマゴサンドと呼んでおります。もう一つの赤い方は、ケチャップ炒めサンドとなるのかな?どちらも人気が高かった品なので、お口に合うと良いのですが……」
俺の返事に、リーカ殿が頬に手をやる。
そして、目を潤ませつつ、クリスタ様を見て「お、驚くほどに、美味です……」と、震える声で答えた。牛乳茶にも手を伸ばし、コクリと一口。こちらの方も、問題無い様子だ。
「軽食といい、この、白濁したお茶といい……珍しいものが多いのですね」
「そうですね。ですが、どれも美味ですよ。牛乳茶は、香茶を牛乳で煮出してあるだけですから、そんなに特殊な味はしません。蜂蜜が使ってあるので、少し甘いですが」
「ああ、それでこんなに甘いのですね。甘いお茶は初めてですが、とても美味しゅうございます」
「……二年前、父上がこちらに寄らせてもらった折は、食したものについては特に何も、仰ってなかったが……」
「っ、あの時は、お見苦しいものを……。
申し訳ありません。私が、粗相をしてしまいましたから……」
食べ物どころではなかったと思う。
あんな身内の諍いに、アギー公爵様を巻き込んでしまったから。そう思って謝罪の言葉を口にしたのだが、クリスタ様がムッと顔を不機嫌そうにして、タン!と、机を叩いた。
「其方は! まだそうやって、何もかもを自分の粗相にしているのか?
それは止めよと、前も言ったはずだが?」
お叱りを受けて、言葉に詰まる。
そんな俺をもうひと睨みしたクリスタ様が、長椅子に身を起こした。
「学舎を去った時のこととて、そうだ。
僕であったとしても、あの様に唐突に、何もかもを決められたら……頭がついていかない。
まあ僕であったなら、突っぱねて帰らないくらいの選択はするがな!
だが其方は、そういったことが出来る性分ではなかった……。
……安心しろ。あれを不敬だと思うておる者は、おらぬ」
その温かい言葉に、じんわりと胸の奥で、氷が溶ける。
俺の表情を見たクリスタ様は、仕方ない奴だとでも言いたげに息を吐き、牛乳茶に手を伸ばしつつ、俺から視線を逸らし、言葉を続けた。
「そんな性分の其方から、あの様な書簡が送られてきて……驚いたが、嬉しかったのだぞ。
其方が、僕に助けて欲しいと言ってきたならば、必ず手を貸そうと決めていたのに、この二年間、其方は全く頼ってくれなかったのに……やっと来た、報せだったからな。
引っ込み思案な其方が、自ら動くと決めるだなんて……ん?……美味だなこれは。香りも良い……」
最後の一言は、牛乳茶に気を取られたらしい。
言葉も忘れて、お茶をもう一度口に運ぶ姿は、なんだか幼く見える。
「サンドイッチもどうぞ」
「そうだな。リーカが驚くほどと言うのだから……うん?……。……? なんの味だこれは……食したことが、無い……⁉︎」
「クリスタ様でもそうなのですか⁉︎ わ、私も……言葉に表現できませんでした……ただ美味で……っ!」
「こっちもなのか⁉︎ 何故だ。大抵の味は、経験済みと思うておったのに…………」
「ああはい、異国の料理だからですね。これは、サヤの国の、料理なので……」
名前を呼ばれたサヤが、ひょこりと控室から顔を覗かせた。何か御用でしたか?と、俺を見るので、違うよと手を振っておく。
準備が出来ましたので、お手隙の方はどうぞと促され、従者と女中が一名ずつ隣室に消えた。
「護衛の方は、お二人だけ残られまして、今身支度を整えに行っておられます。残りの方は、帰路に着かれました」と、報告をし、俺の背後に立つ、ハインの横に戻ってきたサヤを、クリスタ様はまじまじと見つめた。
「……其の者、従者ではなかったか……? 料理人を雇うたのか?」
「従者ですよ。ですが私の部下は、ハインとサヤの二人だけですし……ここのこと全てをその二人が回しますので、料理もするのです」
「二人で⁉︎ 隣の館はどうした! 使用人などたくさん……」
「……お察し下さい……俺と関わることは、あまり、させたくないもので……」
そう言ったことに、クリスタ様の眉が、跳ね上がる。
机を叩きそうになる手を咄嗟に掴んで止めて、待ったをかけた。
「それが、最良なのです!
もう、アギー公爵様がいらっしゃった時の様なことには、したくないのです」
机を叩くと、クリスタ様の手が、赤くなる。白磁の肌では、それがとても痛々しく見えるのだ。だから、止めてほしい。
「其方とて、正式に認められた、セイバーンの者であろうが‼︎ 正妻が何を言おうと、其方は……!」
「良いのです。俺は、これで納得しているんです。ですから、どうか……そのことは、もう……」
触れられたくない。
この話が続けば、必ず引っ張り出されるのだ。父上のことが。
だが、俺は……。
「……セイバーン殿は、何も、仰らないのか……」
「…………」
答えられない。
父上が、何をお考えなのか、分からない。分かれないから。
「一進一退を、繰り返していると……聞いております……」
「父親の容態すら人伝だと? 其方は、何もかもを遠慮しすぎだ!」
結局、俺の手を振りほどいたクリスタ様が、タン! と、また机を叩く。
だが俺は、苦笑するしかない。
仕方がないのだ。誓約を交わしているのだから。
誓約は、貴族にとって絶対だ。命を賭して守るべき約束なのだ。
俺は、俺から父上に接することを、許されていない。それしか、父上の傍に居る術は、無かったから、それしか選べなかったから、仕方がない。
「良いのです。そんなものです……。それに、不自由は感じておりませんよ? 気ままにしてられますし、こうして、気兼ねなく来客だって迎えられる。役職にもだいぶ慣れましたから、余裕も出て来ましたし……案外、楽しく、やっているんですよ」
笑ってそう言ったのだが、クリスタ様は膨れてしまった……。
膨れっ面のまま、ちまちまとサンドイッチを摘み、口に運び、牛乳茶に手を伸ばす。
やけ食いの様なその姿が愛らしく、つい、顔を綻ばせてしまったのだが。
「笑い事ではないわ!
其方は本当にっ、何故そんな悠長な……人が良すぎるにも程があるわ!
ああ、腹立たしい。こんなことなら、其方をここに帰すのではなかった。
……いや、今からでも遅くはないな……」
ブツブツと、そんな風に呟いたかと思うと、もう決定事項だとでもいう様に、言い放った。
「レイシール。僕が推薦してやる。其方、近衛になれ」
…………は?
サヤの助言に従い、窓の帳は、薄い布と分厚い暗色の布を二重に用意し、明るさの調節が出来るように配慮してあり、部屋の明かりは少々少なくしてある。窓際にはあまり家具を配置しないようにし、寝室も、あえて窓のない方の部屋にした。
「セイバーンの雨は、本当に止まぬのだなあ」
長椅子に寝そべった体勢で、窓の方に視線をやったクリスタ様が、そんな風に呟くものだから、
「アギーも、似たようなものでしょう?」
と、返事を返す。
クリスタ様のおられる、アギーの都、プローホルとて、同じ気候である筈だ。なにせ、領地は隣接しているのだから。
しかし。
「あまり外に出ぬから、意識したことがない」
という返事が返った。
陽の光が毒となる方だ。こうして雨季に、わざわざここにお越しになったくらいだし、陽の照っていないこの時期は、クリスタ様にとって、活動しやすい時期だと思っていたのだが……。
俺の疑問が、顔に出ていたのかもしれない。クリスタ様は、ぷい。と、顔を背け「僕の周りは過保護だらけだからな」と、愚痴を溢す。
「クリスタ様がご自愛くださらないからです」
リーカ様が口を挟み、ちろりとクリスタ様に視線をやると、クリスタ様はその視線を避けて別の方向を向いてしまった。
ユーズ様とやっていたようなやり取りを、今はリーカ様とやってらっしゃるのか。
変わっていないなぁ。
そう思ってついくすりと笑ってしまったのだが、ギッと睨まれ、今度は俺が視線を逸らす羽目になった。怒られる前に一度退散した方が良いかもしれない。
そう思った矢先、訪を告げる音がした。
入室を促すと、サヤが盆に、軽食を乗せて立っていて、あれ?と、首を傾げる。
「軽食をお持ち致しました。
護衛の方にお伺いしたところ、クリスタ様も、昼食はまだ取られておられぬということでしたので、簡単なものですが、如何でしょうか」
そう言って差し出されたのは、先程の牛乳茶。そしてサンドイッチだった。
ケチャップ炒めを挟んだものだけでなく、卵と萵苣(レタス)、炙った燻製肉を挟んだものも用意してある。
上品に、小さく切り分けられていて、一口二口で食べ切れてしまえる大きさだ。
ただ、サンドイッチを始めて見るクリスタ様やその従者方は、訝しげな顔をする。
「これは、手で摘める軽食なのです。
サヤの国では、これを持って外出して、出かけ先で食したりするのですよ」
「元々は、遊戯や談話を邪魔しないで食せるものとして考案されたものなのです。
もし、宜しければ……」
へぇ、サンドイッチって、そんな目的で作られたものなのか。その話は初めて聞いた。
きっとサヤは、俺がクリスタ様の部屋から戻らないから、気を利かせてこれを用意してくれたのだろうな。
毒味がてら、俺がつまんで口にしてみせる。
御付きの方の分もご用意いたしましたが、どちらに運びましょう?と、サヤが聞いて来たので、どうしますかとクリスタ様に問うと、控えの間に運べとの指示。
さて、説明しよう。
本来、貴族の部屋はそれが正しい造りだ。
俺の部屋は、現在俺の寝室に、夜番用の寝室、そして主室があるが、本来は寝室、控室、主室が正しい。部屋数が増えればまた違うが、最低限の備えとしてはそうなる。
クリスタ様用の客間はその通りに準備してあるので、サヤは隣の小部屋へ、軽食を持ってくることとなるわけだ。
指示を受けて、一礼したサヤが、一旦退室して、台車を押して入ってくる。
それを控室に運び込み、準備を始めたのを見届けてから、クリスタ様の視線が、サヤから皿の上のサンドイッチに戻った。
リーカ様が、先に手を伸ばす。
念には念を入れての毒味ですか……。俺、まだ警戒されているのかな。背が伸びたことが、弊害になるとは思わなかった。
そんな風に地味に傷つきつつも、ニコニコと笑っておく。
タマゴサンドの方を食したリーカ殿は、食んだ次の瞬間、びくりと背筋を正した。
「どうされましたか?」
「こ、これは……⁉︎」
「タマゴサンドと呼んでおります。もう一つの赤い方は、ケチャップ炒めサンドとなるのかな?どちらも人気が高かった品なので、お口に合うと良いのですが……」
俺の返事に、リーカ殿が頬に手をやる。
そして、目を潤ませつつ、クリスタ様を見て「お、驚くほどに、美味です……」と、震える声で答えた。牛乳茶にも手を伸ばし、コクリと一口。こちらの方も、問題無い様子だ。
「軽食といい、この、白濁したお茶といい……珍しいものが多いのですね」
「そうですね。ですが、どれも美味ですよ。牛乳茶は、香茶を牛乳で煮出してあるだけですから、そんなに特殊な味はしません。蜂蜜が使ってあるので、少し甘いですが」
「ああ、それでこんなに甘いのですね。甘いお茶は初めてですが、とても美味しゅうございます」
「……二年前、父上がこちらに寄らせてもらった折は、食したものについては特に何も、仰ってなかったが……」
「っ、あの時は、お見苦しいものを……。
申し訳ありません。私が、粗相をしてしまいましたから……」
食べ物どころではなかったと思う。
あんな身内の諍いに、アギー公爵様を巻き込んでしまったから。そう思って謝罪の言葉を口にしたのだが、クリスタ様がムッと顔を不機嫌そうにして、タン!と、机を叩いた。
「其方は! まだそうやって、何もかもを自分の粗相にしているのか?
それは止めよと、前も言ったはずだが?」
お叱りを受けて、言葉に詰まる。
そんな俺をもうひと睨みしたクリスタ様が、長椅子に身を起こした。
「学舎を去った時のこととて、そうだ。
僕であったとしても、あの様に唐突に、何もかもを決められたら……頭がついていかない。
まあ僕であったなら、突っぱねて帰らないくらいの選択はするがな!
だが其方は、そういったことが出来る性分ではなかった……。
……安心しろ。あれを不敬だと思うておる者は、おらぬ」
その温かい言葉に、じんわりと胸の奥で、氷が溶ける。
俺の表情を見たクリスタ様は、仕方ない奴だとでも言いたげに息を吐き、牛乳茶に手を伸ばしつつ、俺から視線を逸らし、言葉を続けた。
「そんな性分の其方から、あの様な書簡が送られてきて……驚いたが、嬉しかったのだぞ。
其方が、僕に助けて欲しいと言ってきたならば、必ず手を貸そうと決めていたのに、この二年間、其方は全く頼ってくれなかったのに……やっと来た、報せだったからな。
引っ込み思案な其方が、自ら動くと決めるだなんて……ん?……美味だなこれは。香りも良い……」
最後の一言は、牛乳茶に気を取られたらしい。
言葉も忘れて、お茶をもう一度口に運ぶ姿は、なんだか幼く見える。
「サンドイッチもどうぞ」
「そうだな。リーカが驚くほどと言うのだから……うん?……。……? なんの味だこれは……食したことが、無い……⁉︎」
「クリスタ様でもそうなのですか⁉︎ わ、私も……言葉に表現できませんでした……ただ美味で……っ!」
「こっちもなのか⁉︎ 何故だ。大抵の味は、経験済みと思うておったのに…………」
「ああはい、異国の料理だからですね。これは、サヤの国の、料理なので……」
名前を呼ばれたサヤが、ひょこりと控室から顔を覗かせた。何か御用でしたか?と、俺を見るので、違うよと手を振っておく。
準備が出来ましたので、お手隙の方はどうぞと促され、従者と女中が一名ずつ隣室に消えた。
「護衛の方は、お二人だけ残られまして、今身支度を整えに行っておられます。残りの方は、帰路に着かれました」と、報告をし、俺の背後に立つ、ハインの横に戻ってきたサヤを、クリスタ様はまじまじと見つめた。
「……其の者、従者ではなかったか……? 料理人を雇うたのか?」
「従者ですよ。ですが私の部下は、ハインとサヤの二人だけですし……ここのこと全てをその二人が回しますので、料理もするのです」
「二人で⁉︎ 隣の館はどうした! 使用人などたくさん……」
「……お察し下さい……俺と関わることは、あまり、させたくないもので……」
そう言ったことに、クリスタ様の眉が、跳ね上がる。
机を叩きそうになる手を咄嗟に掴んで止めて、待ったをかけた。
「それが、最良なのです!
もう、アギー公爵様がいらっしゃった時の様なことには、したくないのです」
机を叩くと、クリスタ様の手が、赤くなる。白磁の肌では、それがとても痛々しく見えるのだ。だから、止めてほしい。
「其方とて、正式に認められた、セイバーンの者であろうが‼︎ 正妻が何を言おうと、其方は……!」
「良いのです。俺は、これで納得しているんです。ですから、どうか……そのことは、もう……」
触れられたくない。
この話が続けば、必ず引っ張り出されるのだ。父上のことが。
だが、俺は……。
「……セイバーン殿は、何も、仰らないのか……」
「…………」
答えられない。
父上が、何をお考えなのか、分からない。分かれないから。
「一進一退を、繰り返していると……聞いております……」
「父親の容態すら人伝だと? 其方は、何もかもを遠慮しすぎだ!」
結局、俺の手を振りほどいたクリスタ様が、タン! と、また机を叩く。
だが俺は、苦笑するしかない。
仕方がないのだ。誓約を交わしているのだから。
誓約は、貴族にとって絶対だ。命を賭して守るべき約束なのだ。
俺は、俺から父上に接することを、許されていない。それしか、父上の傍に居る術は、無かったから、それしか選べなかったから、仕方がない。
「良いのです。そんなものです……。それに、不自由は感じておりませんよ? 気ままにしてられますし、こうして、気兼ねなく来客だって迎えられる。役職にもだいぶ慣れましたから、余裕も出て来ましたし……案外、楽しく、やっているんですよ」
笑ってそう言ったのだが、クリスタ様は膨れてしまった……。
膨れっ面のまま、ちまちまとサンドイッチを摘み、口に運び、牛乳茶に手を伸ばす。
やけ食いの様なその姿が愛らしく、つい、顔を綻ばせてしまったのだが。
「笑い事ではないわ!
其方は本当にっ、何故そんな悠長な……人が良すぎるにも程があるわ!
ああ、腹立たしい。こんなことなら、其方をここに帰すのではなかった。
……いや、今からでも遅くはないな……」
ブツブツと、そんな風に呟いたかと思うと、もう決定事項だとでもいう様に、言い放った。
「レイシール。僕が推薦してやる。其方、近衛になれ」
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