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クリスタ・セル・アギー 3
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「元々、お声が掛かる予定であったのに、あと十日程で辞令が出たというのに! 其方がさっさと戻るから、こんなややこしいことになってしまったのだ!
良い。其方を引き戻すことにする。僕が帰る時、其方も一緒に来い」
「……え? ちょ、ちょっと、待ってください……何の話ですか?」
「聞いておったろうが⁉︎其方を僕が連れ帰る。もう、煩わしい身内に拘わなくて良いと言っておるのだ。
僕が守ってやる。初めからこうすれば良かったのだ。柄にもなく遠慮など、するものではないな」
え、ちょっと……ほんと、何の話?
頭がついていかない。近衛って言った? 俺、剣すらまともに、扱えないって、忘れてらっしゃる?
話は終わったとばかりに、サンドイッチを摘むことに集中しているクリスタ様。
けれど、言われた言葉を頭の中で繰り返すうちに、意味が、じわじわと理解出来てくる。
近衛……ディート殿と、同じ? でも俺、まだ成人すら……剣も扱えず、成人すらしておらず、領主代行という役職についている俺が、近衛なんて……無理だろ⁉︎
「む、無理ですクリスタ様! 俺は、ここに役職が……」
「其方は成人前だ。本来は、役職に就く立場にはないし、成人した兄が居ろう。そちらに引き継げば良い」
「良くないです! あ、兄上は……こういったことにあまり、興味が……」
「後継だ。出来なくてどうする。
だがな、そんなことはもう、考えずとも良い。其方はセイバーンを離れるのだから、ここのことは捨て置け」
「そんなこと出来るわけがないでしょう⁉︎
河川敷の工事だってある、これからやらなきゃならないことが、沢山待ってるんですよ!」
「其方は、もっと自分のことを考えろ‼︎
其方の都合も、気持ちも、何も配慮などしない身内の為に働くなど、馬鹿げていると気付け‼︎」
「馬鹿げていようとも、俺には、責任がある‼︎
俺は、認められておらずとも、セイバーンの者です! 職務を全うする、責務がある!
それを投げ打って王都に戻るなど、嫌だ‼︎」
感情のまま、言葉を叩きつける様に吐き出し、自分がしてしまったことに血の気が引いた。
く、クリスタ様を怒鳴りつけるだなんて……な、なんて不敬を⁉︎
慌てて謝罪をしようとしたのだが、その俺の肩を誰かの手が掴んだ。
反射で振り返ると、ディート殿が、俺の肩を掴み、視線をクリスタ様に据えて、立っている。
そして、おもむろに口を開いた。
「クリスタ様。レイ殿が正しい。
この者は、もう行動を起こした。なのにそれを投げて去るなど、領民のことを考えぬ愚行だ。
そもそも貴方は、ここの後継殿と、正妻殿が、どの様な人物かはご承知なのだろう? なら、捨て置かれた事業が、どうなるかなど……目に見えているな? レイ殿がその様なことに、頷ける筈がないではないか」
「……総指揮はマルクスなのだろう? ならば、あの愚兄が責任者であっても問題なかろう」
「我々がここへ到着した時、正妻殿は、土嚢壁を取り壊せと、宣っていた。
しかもマルクスという者は、そのいざこざの為に、斬られたのだぞ?」
「…………なに?」
ディート殿の言葉に、クリスタ様の視線が、初めて彼に向いた。
「サヤがおらねば、命は無かった。
レイ殿が直ぐに駆けつけねば、死人が出ていたろう。
あんな身内に、大切な領民を、預けられると思うか。思う様なら、貴方に為政者の資格は無い」
身分差も、不敬もかなぐり捨てて、スパッと言ってはならない言葉を口にする。
アギー家のご子息様に対し、何の躊躇もなくそんな口を利くだなんて⁉︎
しかも俺を庇ってそんな口をきくだなんて、何を考えてるんだこの人は⁉︎
「ディート殿っ」
「止めるな。俺がこの場で、一番レイ殿の立場に近い。そして俺は近衛だ。
クリスティーナ様に、レイ殿の人となりを見定めてくる様にと命を受け、事業の経過観察中だ。つまり、クリスティーナ様は、土嚢壁の維持と、河川敷への移行を、ご希望なのだ。
なのに。このアギー家ご子息殿は、クリスティーナ様支持の事業を妨害しておられる。
姫の意思を遂行する我々近衛には、物言いをつける権利があると思うのだが?」
王家支持の事業を妨害するな。ディート殿は、暗にそう言ったのだ。
いや、だからって貴方、恐れげもなく、よくそれやりましたよね⁉︎
剣呑な顔でクリスタ様がディート殿を睨め付けているのが怖い。クリスタ様は、その王女様とも懇意なのだし、そんな気安く物言いをつけてしまったら、後々困ったことになるのでは⁉︎
「ディート殿、クリスタ様は、事業の妨害など、考えていらっしゃらない!
俺が、不甲斐ないから、つい勢いで……俺を庇ってしまわれただけだから……」
「そうですわ。クリスタ様とて、レイシール様の事業を支持されております。
幼き頃から目をかけてきたレイシール様が、不憫で、手を差し伸べずには、おられなかったのですわ」
俺とリーカ様で、その場の状況をなんとか取り繕おうと、必死で庇った。
クリスタ様は王家に楯突いてないし、妨害もしていない。それが肝心なのだ。
だってアギー家は、公爵家の中でも抜きん出ている特別な貴族。貴族全ての、筆頭に立つ者なのだ。王家に背くなんて、あってはならない。
俺たちの必死に懇願に、先に折れてくれたのは、クリスタ様だった。
「……ふん。
もう良いわ。今回は見逃してやる。
次は、クリスティーナ様にも話を通してから迎えに来ることにしよう。
レイシール、僕は、其方を高く評価しているんだ。今回の事業を無事成功させ、僕の見る目は確かだったと証明してもらう。
それと、舞踏界には必ず出席せよ。そこで事業の報告をしてもらうことにするからな」
むくれた顔でそう言い捨てたクリスタ様が、牛乳茶を全て煽って「おかわり」と、リーカ殿に湯呑を突き出す。
そして、俺の方を横目で睨み「もう良い、下がれ」と、仰った。
「では、ルオード様が到着されましたら、マルを伴って、また伺います」
「ハイン、其方もだぞ」
「……仰せのままに」
一礼して、部屋を後にする。ハインとサヤ、そしてディート殿が、俺に従い退室し、一階の執務室前に戻って来てから、その場にへたり込んだ。
「大丈夫ですか」
「あああぁぁ、もう、生きた心地が、しなかった……。
いつもの様に、押し切られたら、どうしようかと……、あの人絶対、俺が剣を扱えないの、忘れてるよな。近衛って、無茶にも程がある……」
ディート殿を見れば、分かるだろうに。
同じ男爵家出身とは思えぬほどに堂々としてて、教養があって、剣の達人で……こういった人が近衛になるのであって、俺みたいなのは……はっ、そうだ。ディート殿!
「ディート殿も! 貴方は何故あんな口を挟んだんです⁉︎ 不敬を咎められでもしたら……っ!」
「間違ったことを口にしていたのはクリスタ様だ。
レイ殿の都合も考えず藪から棒に。あの様な輩にはガツンと言わねば伝わらんだろうが」
「や、輩って……他領のことでそんな熱くなって目くじら立てなくても良いですから!」
「馬鹿者、下の者の言葉を拾えぬ様な暗愚はこちらから願い下げだと、教えてやったまでだ。感謝されて然るべきだぞ」
ディート殿の思わぬ一面を垣間見た。気さくで垣根の低い人じゃなかった……。他人の垣根を踏み越えちゃう人だ! この人、ルカ系だ‼︎
衝撃の方が勝り、ディート殿の言葉にあった違和感にも気付けなかった。
「それに、彼の方は、レイ殿が剣を扱えないことを、忘れてああ言われていたわけではないだろうな」
「そうですね。元々、レイシール様への執着は強い方です」
ディート殿の呟きに、ハインが同意する。
執着って……お前……。
「ハイン、そんな言い方をするな。あの方は、ちょっと過保護だから……あぁ……きっとまた、俺が不甲斐ないから、過剰に手を貸そうとされたんだな……。図体ばかり大きくなっても、やっぱり駄目か……」
情けない……。二年ぶりにお会いするのだから、一人前とはいかずとも、もう少し、認めてもらえるかと思っていたのにな……。やっぱり俺は、まだまだ頼りないのだろう。
認めてもらいたいと思うなら、もっとちゃんとしなければならなかった。懐かしい彼の方に、弱音を吐いている場合じゃなかったよな……。こんなだから、サヤにだって守られるばかりなんだ。
俺が自己嫌悪に陥っているのを察したのだと思う。今度はハインが眉間にしわを寄せ、こいつまた始めやがったとばかりに顔を歪める。
「貴方がそう何でもかんでも良い方に解釈なさるから、いつもあの方の思う壺なのです」
「っハイン……お前、ほんともうちょっと、言葉を選んで口にしよう⁉︎」
いい加減、怒っておこうとハインに視線をやると、サヤが、足元に視線を落とし、沈黙している姿に目が釘付けになった。
クリスタ様のお部屋を辞してから、サヤが一度も口を開いていないことにも、今更気付いた。
思考に捕らわれ、周りの状況が見えていない様な……こんな、上の空な状況のサヤを、今まで見たことが無い。
「……サヤ?」
声を掛けても、反応が無い。
もう一度名を呼び、肩に触れると、凄く驚いた様子で、びくりと跳ねた。
「どうした……? 何か、あったか?」
「い、いいえ……なん、でもありません……」
視線を泳がせて、俺から逸らす。
……何かあるんだな。だが、ここで聞いたって、どうせ答えてはくれないだろう。そんな雰囲気だ。
「そう……。なら、良いんだけど……。
ところで、ルーシーは今どうしてる? 姿が見えないけど……」
「あっ、調理場で、お茶会用の、お菓子の準備を手伝って下さってます。
いけない。手伝いに行って来ます!」
調理場の方に走り去るサヤを見送って、辺りを見渡す。
護衛の騎士らも帰り、玄関広間はいつも通りに、閑散とした状況を取り戻していた。
護衛の方々は、また、クリスタ様がお帰りになる日に合わせて、こちらにいらっしゃるはず。
クリスタ様の護衛は、残った武官二人と、滞在中の近衛からも数人つけて頂けるように、ルオード様とも話がついていた。
「とりあえず、ルオード様がいらっしゃるまで待機だな。執務室に戻るか……」
「そうですね。ディート様も、もうそろそろ交代のお時間です。お帰りの準備を済ませてしまわれては如何ですか」
「む。そうさせてもらう。ああ、レイ殿」
雨除けの外套に手を伸ばしていたディート殿が、不意におれを呼ぶので、何か? と、そちらに足を向ける。
「俺はレイ殿に敬意を表する。
近衛にしてやると言われて断る者は珍しい。ましてや、男爵家の二子、後継でないなら尚更、飛びつくものと思っていた」
うええぇ⁉︎
「ぶ、分不相応です! 剣が握れない近衛など、なんの冗談だって話でしょう⁉︎」
「そうは思わん。レイ殿は剣が握れないだけであろうが。
そんなもの、他に出来る者があぶれるほどにいるのだから、任せておけば良い。俺は、レイ殿が同僚となるなら嬉しいが、ここに責任があると言い、微塵も迷いの無かったその心意気を、素晴らしいと思う。
間違ってない。正しい領主の在り方だ」
「……お、俺は、ただの代行です……」
「ふん、同じ責任を負うているのだから、俺からすれば、同じことだ」
凄いざっくりだな⁉︎
大雑把な括り方に呆れるしかないが、間違ってない、正しいと、そう言ってくれたことが、妙にくすぐったくて、言葉に詰まった。
固まってしまった俺に、ディート殿が、少し困ったように笑う。
「レイ殿が後継であればと思っているのは、きっと、俺だけではないのだろうなぁ」
その言葉に、グサリと胸を抉られた。
「言ったところで詮無いことか……。誰も生まれを、選べはせんのだからな」
えらべるのはこれだけだ。
「レイ殿?」
こわしてやる。おまえだってそうならなきゃ、おかしいものな。
「おい、どうした?」
こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。おまえだっておなじなんだ、きざみこんでやる。そう、なってしまえば、きっとそのほうが、らくなんだ。
「レイ殿⁉︎」
「っ、え?」
「どうした。顔色が、優れないように見受けられるが……」
「……ああ、いえ、なんでもないです」
何か、いま、引っかかった。
選べない。選べなかった。
俺たちは選べなかった。
誰だ。
そう言ったのは。誰だった?
良い。其方を引き戻すことにする。僕が帰る時、其方も一緒に来い」
「……え? ちょ、ちょっと、待ってください……何の話ですか?」
「聞いておったろうが⁉︎其方を僕が連れ帰る。もう、煩わしい身内に拘わなくて良いと言っておるのだ。
僕が守ってやる。初めからこうすれば良かったのだ。柄にもなく遠慮など、するものではないな」
え、ちょっと……ほんと、何の話?
頭がついていかない。近衛って言った? 俺、剣すらまともに、扱えないって、忘れてらっしゃる?
話は終わったとばかりに、サンドイッチを摘むことに集中しているクリスタ様。
けれど、言われた言葉を頭の中で繰り返すうちに、意味が、じわじわと理解出来てくる。
近衛……ディート殿と、同じ? でも俺、まだ成人すら……剣も扱えず、成人すらしておらず、領主代行という役職についている俺が、近衛なんて……無理だろ⁉︎
「む、無理ですクリスタ様! 俺は、ここに役職が……」
「其方は成人前だ。本来は、役職に就く立場にはないし、成人した兄が居ろう。そちらに引き継げば良い」
「良くないです! あ、兄上は……こういったことにあまり、興味が……」
「後継だ。出来なくてどうする。
だがな、そんなことはもう、考えずとも良い。其方はセイバーンを離れるのだから、ここのことは捨て置け」
「そんなこと出来るわけがないでしょう⁉︎
河川敷の工事だってある、これからやらなきゃならないことが、沢山待ってるんですよ!」
「其方は、もっと自分のことを考えろ‼︎
其方の都合も、気持ちも、何も配慮などしない身内の為に働くなど、馬鹿げていると気付け‼︎」
「馬鹿げていようとも、俺には、責任がある‼︎
俺は、認められておらずとも、セイバーンの者です! 職務を全うする、責務がある!
それを投げ打って王都に戻るなど、嫌だ‼︎」
感情のまま、言葉を叩きつける様に吐き出し、自分がしてしまったことに血の気が引いた。
く、クリスタ様を怒鳴りつけるだなんて……な、なんて不敬を⁉︎
慌てて謝罪をしようとしたのだが、その俺の肩を誰かの手が掴んだ。
反射で振り返ると、ディート殿が、俺の肩を掴み、視線をクリスタ様に据えて、立っている。
そして、おもむろに口を開いた。
「クリスタ様。レイ殿が正しい。
この者は、もう行動を起こした。なのにそれを投げて去るなど、領民のことを考えぬ愚行だ。
そもそも貴方は、ここの後継殿と、正妻殿が、どの様な人物かはご承知なのだろう? なら、捨て置かれた事業が、どうなるかなど……目に見えているな? レイ殿がその様なことに、頷ける筈がないではないか」
「……総指揮はマルクスなのだろう? ならば、あの愚兄が責任者であっても問題なかろう」
「我々がここへ到着した時、正妻殿は、土嚢壁を取り壊せと、宣っていた。
しかもマルクスという者は、そのいざこざの為に、斬られたのだぞ?」
「…………なに?」
ディート殿の言葉に、クリスタ様の視線が、初めて彼に向いた。
「サヤがおらねば、命は無かった。
レイ殿が直ぐに駆けつけねば、死人が出ていたろう。
あんな身内に、大切な領民を、預けられると思うか。思う様なら、貴方に為政者の資格は無い」
身分差も、不敬もかなぐり捨てて、スパッと言ってはならない言葉を口にする。
アギー家のご子息様に対し、何の躊躇もなくそんな口を利くだなんて⁉︎
しかも俺を庇ってそんな口をきくだなんて、何を考えてるんだこの人は⁉︎
「ディート殿っ」
「止めるな。俺がこの場で、一番レイ殿の立場に近い。そして俺は近衛だ。
クリスティーナ様に、レイ殿の人となりを見定めてくる様にと命を受け、事業の経過観察中だ。つまり、クリスティーナ様は、土嚢壁の維持と、河川敷への移行を、ご希望なのだ。
なのに。このアギー家ご子息殿は、クリスティーナ様支持の事業を妨害しておられる。
姫の意思を遂行する我々近衛には、物言いをつける権利があると思うのだが?」
王家支持の事業を妨害するな。ディート殿は、暗にそう言ったのだ。
いや、だからって貴方、恐れげもなく、よくそれやりましたよね⁉︎
剣呑な顔でクリスタ様がディート殿を睨め付けているのが怖い。クリスタ様は、その王女様とも懇意なのだし、そんな気安く物言いをつけてしまったら、後々困ったことになるのでは⁉︎
「ディート殿、クリスタ様は、事業の妨害など、考えていらっしゃらない!
俺が、不甲斐ないから、つい勢いで……俺を庇ってしまわれただけだから……」
「そうですわ。クリスタ様とて、レイシール様の事業を支持されております。
幼き頃から目をかけてきたレイシール様が、不憫で、手を差し伸べずには、おられなかったのですわ」
俺とリーカ様で、その場の状況をなんとか取り繕おうと、必死で庇った。
クリスタ様は王家に楯突いてないし、妨害もしていない。それが肝心なのだ。
だってアギー家は、公爵家の中でも抜きん出ている特別な貴族。貴族全ての、筆頭に立つ者なのだ。王家に背くなんて、あってはならない。
俺たちの必死に懇願に、先に折れてくれたのは、クリスタ様だった。
「……ふん。
もう良いわ。今回は見逃してやる。
次は、クリスティーナ様にも話を通してから迎えに来ることにしよう。
レイシール、僕は、其方を高く評価しているんだ。今回の事業を無事成功させ、僕の見る目は確かだったと証明してもらう。
それと、舞踏界には必ず出席せよ。そこで事業の報告をしてもらうことにするからな」
むくれた顔でそう言い捨てたクリスタ様が、牛乳茶を全て煽って「おかわり」と、リーカ殿に湯呑を突き出す。
そして、俺の方を横目で睨み「もう良い、下がれ」と、仰った。
「では、ルオード様が到着されましたら、マルを伴って、また伺います」
「ハイン、其方もだぞ」
「……仰せのままに」
一礼して、部屋を後にする。ハインとサヤ、そしてディート殿が、俺に従い退室し、一階の執務室前に戻って来てから、その場にへたり込んだ。
「大丈夫ですか」
「あああぁぁ、もう、生きた心地が、しなかった……。
いつもの様に、押し切られたら、どうしようかと……、あの人絶対、俺が剣を扱えないの、忘れてるよな。近衛って、無茶にも程がある……」
ディート殿を見れば、分かるだろうに。
同じ男爵家出身とは思えぬほどに堂々としてて、教養があって、剣の達人で……こういった人が近衛になるのであって、俺みたいなのは……はっ、そうだ。ディート殿!
「ディート殿も! 貴方は何故あんな口を挟んだんです⁉︎ 不敬を咎められでもしたら……っ!」
「間違ったことを口にしていたのはクリスタ様だ。
レイ殿の都合も考えず藪から棒に。あの様な輩にはガツンと言わねば伝わらんだろうが」
「や、輩って……他領のことでそんな熱くなって目くじら立てなくても良いですから!」
「馬鹿者、下の者の言葉を拾えぬ様な暗愚はこちらから願い下げだと、教えてやったまでだ。感謝されて然るべきだぞ」
ディート殿の思わぬ一面を垣間見た。気さくで垣根の低い人じゃなかった……。他人の垣根を踏み越えちゃう人だ! この人、ルカ系だ‼︎
衝撃の方が勝り、ディート殿の言葉にあった違和感にも気付けなかった。
「それに、彼の方は、レイ殿が剣を扱えないことを、忘れてああ言われていたわけではないだろうな」
「そうですね。元々、レイシール様への執着は強い方です」
ディート殿の呟きに、ハインが同意する。
執着って……お前……。
「ハイン、そんな言い方をするな。あの方は、ちょっと過保護だから……あぁ……きっとまた、俺が不甲斐ないから、過剰に手を貸そうとされたんだな……。図体ばかり大きくなっても、やっぱり駄目か……」
情けない……。二年ぶりにお会いするのだから、一人前とはいかずとも、もう少し、認めてもらえるかと思っていたのにな……。やっぱり俺は、まだまだ頼りないのだろう。
認めてもらいたいと思うなら、もっとちゃんとしなければならなかった。懐かしい彼の方に、弱音を吐いている場合じゃなかったよな……。こんなだから、サヤにだって守られるばかりなんだ。
俺が自己嫌悪に陥っているのを察したのだと思う。今度はハインが眉間にしわを寄せ、こいつまた始めやがったとばかりに顔を歪める。
「貴方がそう何でもかんでも良い方に解釈なさるから、いつもあの方の思う壺なのです」
「っハイン……お前、ほんともうちょっと、言葉を選んで口にしよう⁉︎」
いい加減、怒っておこうとハインに視線をやると、サヤが、足元に視線を落とし、沈黙している姿に目が釘付けになった。
クリスタ様のお部屋を辞してから、サヤが一度も口を開いていないことにも、今更気付いた。
思考に捕らわれ、周りの状況が見えていない様な……こんな、上の空な状況のサヤを、今まで見たことが無い。
「……サヤ?」
声を掛けても、反応が無い。
もう一度名を呼び、肩に触れると、凄く驚いた様子で、びくりと跳ねた。
「どうした……? 何か、あったか?」
「い、いいえ……なん、でもありません……」
視線を泳がせて、俺から逸らす。
……何かあるんだな。だが、ここで聞いたって、どうせ答えてはくれないだろう。そんな雰囲気だ。
「そう……。なら、良いんだけど……。
ところで、ルーシーは今どうしてる? 姿が見えないけど……」
「あっ、調理場で、お茶会用の、お菓子の準備を手伝って下さってます。
いけない。手伝いに行って来ます!」
調理場の方に走り去るサヤを見送って、辺りを見渡す。
護衛の騎士らも帰り、玄関広間はいつも通りに、閑散とした状況を取り戻していた。
護衛の方々は、また、クリスタ様がお帰りになる日に合わせて、こちらにいらっしゃるはず。
クリスタ様の護衛は、残った武官二人と、滞在中の近衛からも数人つけて頂けるように、ルオード様とも話がついていた。
「とりあえず、ルオード様がいらっしゃるまで待機だな。執務室に戻るか……」
「そうですね。ディート様も、もうそろそろ交代のお時間です。お帰りの準備を済ませてしまわれては如何ですか」
「む。そうさせてもらう。ああ、レイ殿」
雨除けの外套に手を伸ばしていたディート殿が、不意におれを呼ぶので、何か? と、そちらに足を向ける。
「俺はレイ殿に敬意を表する。
近衛にしてやると言われて断る者は珍しい。ましてや、男爵家の二子、後継でないなら尚更、飛びつくものと思っていた」
うええぇ⁉︎
「ぶ、分不相応です! 剣が握れない近衛など、なんの冗談だって話でしょう⁉︎」
「そうは思わん。レイ殿は剣が握れないだけであろうが。
そんなもの、他に出来る者があぶれるほどにいるのだから、任せておけば良い。俺は、レイ殿が同僚となるなら嬉しいが、ここに責任があると言い、微塵も迷いの無かったその心意気を、素晴らしいと思う。
間違ってない。正しい領主の在り方だ」
「……お、俺は、ただの代行です……」
「ふん、同じ責任を負うているのだから、俺からすれば、同じことだ」
凄いざっくりだな⁉︎
大雑把な括り方に呆れるしかないが、間違ってない、正しいと、そう言ってくれたことが、妙にくすぐったくて、言葉に詰まった。
固まってしまった俺に、ディート殿が、少し困ったように笑う。
「レイ殿が後継であればと思っているのは、きっと、俺だけではないのだろうなぁ」
その言葉に、グサリと胸を抉られた。
「言ったところで詮無いことか……。誰も生まれを、選べはせんのだからな」
えらべるのはこれだけだ。
「レイ殿?」
こわしてやる。おまえだってそうならなきゃ、おかしいものな。
「おい、どうした?」
こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。おまえだっておなじなんだ、きざみこんでやる。そう、なってしまえば、きっとそのほうが、らくなんだ。
「レイ殿⁉︎」
「っ、え?」
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