異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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獣 2

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 時間を少し遡る。
 昨日の夕刻、人足達からの聞き取りが終わり、俺の自室に帰ったところから語ろう。

「とんでもねぇよ……マルの野郎……あいつ何考えてんだ……っ。
 前から変人だとは思ってたけどここまで常識範疇外とは……あああぁもう!」

 なんとか無事聞き取りを終了し、別館に戻って来たら、ギルはそう言って自身の頭をぐちゃぐちゃに掻きむしった。
 憔悴した様子で長椅子に座り込むギルに、お茶を入れてくれたサヤが、一つ差し出すと、ギルはそれを一気飲みして、もう一杯とサヤに言った。
 ギルの手から湯呑みを受け取り、もう一度注ぐサヤ。
 彼女も、言葉には出さないが、ギルと同じ様なことを考えているのだろうか……?   だが表情からは伺えず、落ち着いて見えた。

 ハインが作業を終えるまでまだ暫く時間が掛かる様だ。珍しいな……宣言通りに仕事を終えて来ないのは。
 そろそろ、サヤも賄い作りに行く時間なのだが、あの兇手きょうしゅがギルを圧倒してしまったため、ギルは一人で俺を護衛することに難色を示した。だから、ハインが戻るまでということで、サヤはまだここに残っている。
 賄い作りは、味付け以外は村の女性に任せていても、ほぼ問題無いくらいになっているからと、そう言った。

「まあ、マルの桁外れの情報収集能力の一端が知れて、ある意味納得できたよ。
 そりゃあ、兇手を使ってればどこからだって情報収集出来そうだよなぁ……なんせあの通り、侵入、潜伏なんて十八番だものな」
「お前なぁ……なんでそんな悠長にしてんだよ‼︎」
「慌てたって仕方がないだろう?
 それに、彼は別に敵対しているわけじゃない。というか、絶対に俺を狙わないって約定を交わしている相手だよ?   慌てる必要無いじゃないか」

 だからギルも落ち着きなよ。そんなつもりで言ったのだが、ギルは恨めしそうに俺を見る。

「……前々から思ってたけどな……お前、鈍いのか、豪胆なのか、自分捨てすぎてんのか、どれだ。正直、たまに分からなくなるぞ……」

 そう言って頭を抱えた。
 あの兇手のことが、かなり精神的にきている様子だ。
 ギルは商人なのだから、人を傷付けることに慣れていないのは当たり前で、気に病む必要なんてない。
 それにあの兇手は、ギルを不快にしたくて意図的にあんな行動や発言をしていたように、俺には見えていた。
 正直、ギルの腕は、その辺の衛兵より断然頼りになる。彼は、商人としては相当な手練れなのだ。

「にしても……彼を人足に紛れ込ませたのはマルだとして、情報収集をするにしては……大業過ぎじゃないか?」
「そうですか?これ以上ない人選だと思いますよ」

 つい零した疑問に、何故かサヤが答えてくれた。
 俺の湯呑に新しいお茶を足してくれながら、言葉を続ける。

「現に、今までマルさんの情報収集能力が桁違いだと認識はされていても、情報の集め方に察しがついた人がいないなのなら、マルさんの目論見は成功してます。
 情報を集めるって、結構危険を伴うこともあるでしょう?   先程の方くらいの手練れなら、危険には自分で対処できるでしょうし、バレてしまう可能性も低い。
 マルさんは、一番確実で、一番安全な手段を、選んでらっしゃるだけなんじゃないでしょうか」

 俺はちょっと首を傾げた。
 サヤも、先程は悔しそうにしていた……。けれど、今の彼女は、ギルほどに焦燥に駆られた様子は無い。むしろ冷静に、状況を分析している様子だ。人足の中に兇手が素性を隠して紛れ込んでいたという事実には……驚いている様子が、無かった。
 そこにちょっと違和感を感じる。
 サヤは、あの兇手についてどう思っているのだろうか?

「サヤ。サヤの世界にも兇手はいるの?」

 俺の問いかけに、彼女はこてりと少し首を傾げ、少し考える素振りを見せた。
 暫く視線を彷徨わせてから、口を開く。

「……ええ……きっと、いるのではないでしょうか……。書物……物語の中には、よく出て来ますよ。
 私の世界では暗殺者とか、殺し屋とか、アサシンとか呼ばれてます。
 ……でも、さっきの方のような者には、別の言い方をしますけど」

 さっきの方のような者……?
 その言い回しでは、まるでさっきの彼が、兇手ではないみたいだな。

「さっきの方のような職務の方を、私の国では『しのび』とか『忍者にんじゃ』と呼んでます」

 初めて聞く名前だった。
 今度は俺が首を傾げる番で、サヤが答えを返してくれる。

「違う誰かになりすまして情報収集をしたり、村人や使用人に扮して敵地に紛れ込んだり……といった、特殊な仕事をこなす為の、特別な技能を磨いた人たちです。まあ、忍は古い言い方で、今なら密偵って言うべきなのかもしれませんけど。
 だから私は別段、マルさんが特別逸脱した行動をしているとは思わなかったのですけど……ギルさんがそんな風にびっくりされているということは、この世界には、忍に該当する職種の人はいらっしゃらないってことなんでしょうか?」
「い、いらっしゃらないというか……密偵はいるよ。他国や他領の者が潜伏して、情報を流していたりというのは、よくある話だ」
「……それは、私の国では間者とか、間諜と呼ばれる方ですね。
 忍は……説明しにくいです……間者とは違うんですよね……暗殺をしない暗殺者というのが一番雰囲気が近い気がするのですけど……」
「じゃあその忍は、なんの為に変装や擬態をして侵入、潜伏をするんだ?」
「ですから、情報収集です。
 普通は入れない様な場所にも忍び込んで、情報を得てくるスペシャリスト……専門職なんです。
 例えばですよ?
 悪者に攫われたお姫様がいたとします。
 悪者がどんな戦力を持っているか、お姫様はどこに囚われているか、悪者の正体は、目的は。そんなことを、悪者の屋敷に忍び込んででも、調べるんです。
 で、お姫様救出の際、内側から撹乱したり、味方の侵入を手助けしたりします。とても危険な場所にだって単身乗り込むくらいのことをするんですよ。
   忍は、本来裏方仕事なんでしょうけど、私の国では英雄みたいに描かれることも多いです」
「え、英雄?   兇手がか⁉︎」
「物語ではですよ?」

 ギルは信じられないとでもいう様に、目を見開いて驚愕の声を上げた。
 そして俺は……。

 姫の救出。
 内側からの撹乱。
 侵入、潜伏。
 情報収集。
 忍。英雄。

 雷に打たれたと思った。
 これは……これはそう、天啓だ…………‼︎

「……?   レイシール様?」

 固まってしまった俺に、サヤが慌てて駆け寄ってくる。
 だがそれを視界に捉えてはいたものの、俺の頭は見ていなかった。

『忍』…サヤの国にある役割。
 諜報を主な仕事としている。潜伏、侵入の専門家。
 兇手としての能力を、情報収集に費やす。
 これは、使えるんじゃないのか?
 損得や金勘定。
 そこに彼は価値を見出しているのか?
 視線はどこを見ていた?
 あの表情の意味は?
 ギルの心を折る様な発言、行動を取った意味は?彼はギルが気に障ったのか?
 兇手という存在。契約により汚れ仕事も請け負う集団。
 俺らの組……俺らの身内という表現。マルの仕事を受ける意味。
 藤髪の彼。
 人足に告げられた新たな任務。
 目を眇めて俺を見た彼。
 マルとの取引が終わると困ると言った。なら……!

「……様?   っ、レイ……レイ!どないしたん⁉︎」

 ペチペチと頬を叩かれる感触が戻った。
 咄嗟に左手で掴む。
 見ると細い手首。その先にある細い指。
 逆を辿っていくと、少し焦った顔のサヤが、心配そうに俺を見上げていて、視線が合ったことにホッと息を吐いた。

「良かった……急に」
「サヤ‼︎」

 君は女神だ‼︎

 腕をそのまま引き寄せて、思い切り抱きしめた。
 サヤが息を呑んだのが分かったが、あえて無視する。そうでもしてないと口づけしてしまいそうだと思ったのだ。この俺の昂りを、どう表現すればいいんだ⁉︎
 あぁ、この娘は神の遣わした御使なのかもしれない!

 その時、コンコンと扉が叩かれ、只今戻りましたと、ハインが入室してきたが、俺を見て固まった。

「何をなさっているのですか……」
「ハイン!   マルに手紙を書く。明日それをマルに渡したい。お前が行って直接……」
「明日は、契約終了の人足らが戻ります。そして各班の班長が同行してメバックに向かいます。
 レイシール様の護衛人数をこれ以上減らすことは出来ません。人足らに手渡せないような内容なのですか?」
「っあ、ああぁ~……どうだろうなぁ……見られたところで、意味が分からない内容には出来ると思うが……」
「なら班長に託しましょう。で、サヤは大丈夫なのですか?」

 え?

 見下ろすと、真っ赤になったサヤと目が合った。
 慌てて離す。すると、へなへなと座り込んでしまったので慌てた。

「ご、ごめんサヤ!   申し訳ない‼︎   つい衝動で……気持ち悪くなってしまった?   部屋で休む?」
「い、いえ……ちょ、ちょっとびっくりして……大丈夫です。大丈夫ですから……」

 顔を覗き込む俺から、視線を逸らし、仰け反るように体を離すものだから、更に慌てた。
 ど、どうしよう……結構嫌がってる⁉︎   俺、つい…………つい何をした俺……うわああぁ!   何考えてた俺⁉︎

「ご、ごごごめん!   俺っ、そんなつもりじゃ……そのっ、サヤの話に、状況が、『忍』は良いと思って、マルならうまい具合できるかと、ていうかっ」
「落ち着け」

 ガシッと頭を掴まれて、サヤから引き離された。
 平静を取り戻したギルが、そうしておいてから「サヤ、ハイン戻ったし、賄い作り行って来い。それまでにこいつにはきっちり言い聞かせとくから」と言う。
 するとサヤは「は、はい……あの、気にしてませんから。大丈夫ですから、あまり怒らないであげて下さい……」などと言いつつ、そそくさと起き上がり小走りで部屋を出て行ってしまった。
 それを手を振って見送ったギルが、ぐりんと向きを変え、剣呑な視線を俺に向けてくる。

「お前……なに急に発情してんだ……」
「しっ、してないからね⁉︎
 違うんだよ、そうじゃなくて、この状況を打開する凄い案を、サヤが今教えてくれたんだよ‼︎」
「はぁ?   同じ話、俺聞いてたよな?   サヤの国の兇手の話の、どこにそれがあった」
「それだよ‼︎」
「二人とも落ち着いて下さい。まず、状況を、頭から、説明して下さい」

 ドスの効いた声が頭上から降ってきて、座り込んだままやりとりしていた俺たちは否応なく黙らされた……。
 ハインが、なんか不機嫌だ………。
 恐る恐る見上げると、案の定、視線だけで人が殺せそうな顔をしてた……怖い。

「わ、分かった。とりあえずその、長椅子に移動しよう。床に座ってする話じゃない……」
「そ、そうだな。そうしよう。うん」

 しまった……聞き取りでマルの仕込んだ兇手に脅された話……どうやったら穏便に聞こえるだろう……下手したらハインがキレる。
 ギルと顔を見合わせた。何かあったらハインを取り押さえてくれと目で訴える。分かったと頷くギルに、よし。と、目配せを送ってから、顔をハインに向けた。

「えっと……午後の聞き取りから話すけどな………心を落ち着けて、聞いてくれよ?
 なにも問題は無かった。俺はここに居るし、五体満足、無事だ。それを念頭に置いてくれ」
「御託はいいですから、話して下さい」
「ぅ……はぃ…………」

 ある意味、これが今日最大の試練だと思う……。そう思いながら、俺は兇手の彼の、忠告話から、始める羽目になった。
そして案の定、だったのだ。
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