異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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獣 3

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 ハインと、夕飯の賄い作りを終えたサヤが戻り、マルとサヤが、情報交換の時間を取ることとなった。
 おかげで夕飯が一時間ほど遅れてしまった。ギルが空腹の限界を訴えて、やっと夕飯となったのは、八時を過ぎてから。
 マルは久々だと大喜びでサヤの料理に舌鼓を打った。

「なんかねぇ、やっぱりサヤくんの料理は美味なんだって実感したんですよ。
 食べるのが面倒くさくなるのは、わざわざ美味しくないものを、頑張って食べる気が起きないからなんだって分かりました」
「今更だな……」
「僕、一生餌付けだけはされないと思ってたのに……サヤくんにはされちゃいましたねぇ」
「御託はいいから黙って食え」

 マルとギルがしょうもない会話を繰り広げている。この二人は、なんやかんやいいつつ、二人でこんな風に話していることが多い。
 けれど、今日はギルが乗り気ではないから、いまいち会話に発展性が無い。理由は分かっている……ハインだ。

 ハインは黙々と食事をしている。
 特に話すことがない時は、いつもそうではあるけれど、今日は特に、寡黙だった。
 昨日、マルが人足の中に兇手を潜ませていた話をした時、彼は激怒した。マルが帰ったら斬って捨ててやると口走り、人足に紛れた彼も、斬りに行こうとした。
 必死で止めたのだ。言葉を尽くして、体も張った。ギルは殴られ、口内を切ってしまった程だ。
 それで結局、最後にはとうとう、命令する……という形になった。
 マルや兇手の彼を害することを禁止したのだ。
 俺が、兇手を利用した作戦を提案した時は、まるで絶望したかの様に打ち拉がれ、蒼白になっていた。
 それ以後、この状態だ。ハインは、周りの空気がヒリついていると感じる程に、張り詰めていた。

「ご馳走様。美味でした。さぁて、英気も養ったことですし、この後の準備を始めないとねぇ。
 レイ様って本当に運が良いですよぅ。通常、交渉役を呼ぶには、数日掛かるんですから。
 今回は、僕が一人借りてるので、連絡役が一人メバックに滞在してくれてたんですけどね、その方が交渉役を買って出てくれました」

 食器を重ねつつマルが一人で喋っている。
 それに合わせて、ハインの鬼気が膨れ上がる。
 言葉は発しないが、眼はおかしなほどにギラついていた。
 まるで内側に、炎を燃やしているかの様。

「サヤくん、お茶だけ用意しておいてもらえる?
 場合によっては数時間話し込むことになるだろうから」
「はい。あの、お茶受けも用意できますよ?   クッキーでしたら、半時間ほどあれば」
「えっ⁉︎   じゃあお願いしても良い?」

 のほほんと平和な会話を交わすマル。ハインの殺気を感じていない訳ではないだろうに……マルも大概、物事に動じないよなぁ……。そう思いつつ、俺も食事を終え、食器を片付けに掛かる。サヤに手渡そうと席を立つと、ハインの後ろを通り過ぎる時、押し殺した声が俺に問うて来た。

「…………兇手と関わるという意味が、分かっているのですか……。
 一度踏み込んでしまったら、もう引き返せないのですよ。二度と」
「勿論、分かってるよ。
 だけど万年人手不足の俺が使える手段は限られる。兇手でもなんでも、使えるなら使うと、決めたんだよ」
「エゴンなどの為に、そこまでする必要がどこにあるのです……」
「エゴンの為だけじゃない。工事を無事終わらせる為でもあるし、俺が自分を守る為でもある」
「何故、私に言って下さらないのです⁉︎   黒幕は、突き止めたのでしょう?   誰でも、私が始末をつけて来ます。必ず。命に代えても!」
「俺は、お前をそんな風に使う気はない。それに、誰かの命を絶つ様な解決を図る気も無い」

 食器を、サヤに手渡す。
 不安そうな顔のサヤに、大丈夫だよと笑いかけておく。
 ギルとマルを伴って、先に戻っておくよと伝えて、俺は自室に向かった。

「……胃に穴が空きそうだ…………」

 腹を摩りつつ、渋面のギルがそう零す。
 俺も少々疲れていた。そりゃ、反対されるだろうなってことは分かっていた。ハインは過保護だしな。けど、まさかあそこまで頑なだとは思っていなかったのだ。
 むしろ……違和感が強い。
 ハインは、手段を選ばない。俺を守る為なら、自分は卑怯な手だって平気で使う。
 なのに、なんで俺が、兇手を使うことにあそこまで拒否反応を示すのか……。
 普段のあいつなら……使えるものはなんでも使おうとする筈だ。

「まあ僕は、彼がああなる可能性は高いと、思ってましたけどねぇ。
 あの反応があるってことは、僕の予想は当たってるのかな?
 なら、全部をつまびらかにしてなかったのは正解でしたねぇ」

 ギルの呟きに、意味深な言葉を返すマル。
 その言葉に胃を刺激されたのか、ギルが渋面になる。じっとりと半顔でマルを見下ろすが、マルはそんな視線など意に介さない。にんまりと笑って、ギルを見上げた。

「全部伝えてたら、絶対僕、生きてないですよ」
「お前……まだ他にも何か企んでやがるのかよ……。ハインを刺激して楽しいか?」
「楽しいわけないでしょ!
 ガクブルですよ、正直本当に生きた心地しないんですから。
 けどまぁ……僕ら、一蓮托生なんでしょう?   それなら、ハインにだって幸福になってもらわないと困っちゃうのでね」
「ガクブルってなんだよ……」
「あ、サヤの国の言葉です。ものすっごい怖いのを表現する言葉だそうでねっ」

 パッと顔を輝かせて、ガクガクブルブルすることの略式だそうでと語り出すマルに、ギルが真面目な話ししてたんじゃないのかよ⁉︎   と、溜息を吐く。
 その言葉にマルは、あ、そうでした。と、我に返った様子を見せて、更にギルの精神を削っていた。
 全部を伝えてたら……か。それはつまり、俺の思惑とは別に、マルの思惑も、今回のことには含まれている……ってことだよな……。

「マル……兇手を俺が使おうとすることに、ハインがあんな風に抵抗する理由を、お前は知っているのか?」

 そう問う。
 と、たぶんね。という返事が返った。
 普段、基本は陽気なマル。
 どんな物事にも動じないし、状況を楽しんでいる。彼にとって、目の前で起こることの全てが情報なのだ。だから、予想外のことが起こると、とても楽しそうにしている。そして、考えに没頭すると、頭の中の図書館に意識が篭るから、表情が固まり、抑揚に乏しい喋り方になる。
 食べることよりも知識に貧欲で、食事を忘れてすぐにぶっ倒れる。
 そんな奇怪な所が変人だと評されていたわけだが……。
 そんな彼が、珍しく、無表情でも、楽しげでもない視線を、俺に向けた。

「僕はね、期待しているんですよ、レイ様に。
 ねぇ、レイ様。貴方はハインのこと、どう思ってますか?」
「どう……って?   ハインは、ハインだよ」
「彼が何であれ、彼を受け入れられると、自分を信じることが出来ますか?」
「???」

 急に真面目に、そんなことを言い出したマルについていけない。
 同じ質問を、マルはギルにも贈った。

「九年の時間を信じることができますか?
 僕はね、全部が全部、幸せにならなきゃ駄目だと思うんですよ。
 だからね、ちょっと痛いくらいは、我慢してもらわないと。
 ハインの為だと思うんですよ?   ずっとひた隠しにしておけることじゃないとも、思うんです。
 特に、レイ様はこれから、人目を引くことになりますからね。自ずとハインもその視界に収まってくることになるわけで、そうすると、彼のことに察しがつく人間も、きっと皆無じゃない。
 その時になって、第三者からもたらされた情報が、悪意によるものだったら……僕が今からやることより、酷い結果を招くと思うんですよ」

 それ、つまり酷い結果を招くこと自体は決定されてるってことなのか?
 だけど、それでも必要だって、言うんだな。

「それはそうと、俺が人目を引くことになるって、どういうこと……」
「あはは、そりゃそうでしょう。そうする為に動くって、僕、前言いましたよ?
 貴方の立ち位置をフェルドナレンに作るんですよ。そうなるに決まってるじゃないですか」
「え゛っ、決まってるってどういうこと⁉︎」
「身分でレイ様を守るんじゃないんですよ。人の目を向けることで貴方を守るんです。
 ですから、人の目が貴方を注目するのは必然です。避けられません」

 駄目だ……説明されても全然意味がわからない……。
 だけど、もう進み出してしまっているわけだから、今更どうにもならないんだよな……。

「……まぁ、良いけどね……。
 とにかく、今からハインにとって、知られたくないことを俺は知らされて、でもマルはそれを必要だって思ってるんだね?」
「はい」
「それは、前もって教えてもらうわけには、いかないんだ?」
「たぶんって言ったでしょう?   僕は特殊な嗅覚とか持ってないですから、情報からの判断しか出来ないんですよ。
   十中八九、僕の考え通りだと思いますけど、確実ではないので、言いたくないです。それに、見ないと分からないとも思うんですよ」
「?」
「当事者同士でないと、分からないんですよ。
 それに、思ってても見てみたら違った……なんてことになるのも嫌なので」
「………言ってることの意味が全然分かんねぇよ……」

 ギルも分からないか……だよね。
 けれど、マルが、必要なことだって言うのなら……それは、信じて進むしか、ないってことだよな。
 ギルを見上げると、ギルも俺を見ていた。
 ハインとの九年。それは、ギルも同じく共有した九年だ。
 喧嘩ばかりしているけれど、二人に絆があることは、知ってる。

「俺にとって……ハインは、ハインだよ。何を知らされようと、俺の知ってるハインが、そうじゃなくなるわけじゃないだろ。俺は、ハインが好きだよ」
「……今更だろ。今から何が出てきたところで、たいして変わらねぇと思うけどな」
「じゃあ、それを、事実を知った後、ハインに伝えてあげて下さい。
 そうすれば多分、僕の首の皮も繋がります……。正直僕の命が掛かってるのでホント、お願いしますよ。
   一応サヤくんにも守ってってお願いしておいたんですけどね……ハインが本気だと卑怯な手を駆使してきますから、サヤくんの腕を掻い潜ってくる可能性もあるんですよ!
 レイ様、お願いします。僕が刺される前に必ず止めて下さい」
「いや、もう命令してあるから……マルは刺されないよ。兇手の彼も」
「流石レイ様!   頼りになますねぇ‼︎」

 だから僕の首、まだ繋がってたんですね!   実は六割の確率でハインに殺されると思ってたんですよ!   と、いつもの調子に戻ったマル。
 言動が軽いからいまいち信憑性に欠ける……。けれど、彼が俺たちを一蓮托生だと言い、みんなが幸福にならなければいけないと言ったのは、その通りだと思うから……その言葉を信じることにする。
 ……まぁ、もうさ、マルの奇行は今更だし。部下にするって決めた時点で覚悟はしてる。だから、あれも用意したんだけどね……。

「交渉役は、何時頃来るの?」
「深夜です。人目を避けるとどうしてもそれくらいの時間になるのでね」
「そうか……で。兇手を使ってエゴンを救出するって話、マルは却下って言ったけど、結局どうしようと思ってるんだ?」

 兇手の彼らに『忍』という別の生き方を模索する話。
 そのついでに、エゴンを救出し、黒幕の殻を奪うと共に、横領の証拠を確保しようと提案した俺だったが、マルには、それでは足りないと言われ、却下されたのだ。
 結構良いこと思いついたと思ったのにな…。俺の天啓ってその程度でした。

「んふふ。レイ様の案も悪くはないんですよ?   だけどね、もっと貧欲にならなきゃと思うんですよ。
 これも前、言いましたよね?最大限の利益を得るべきだって。
 わざわざ兇手まで使うんですよ?   相手と同じ土台に立つんです。なら、実力の差を見せつけてやらないとねぇ。反抗する気が起きないように」

 兇手社会は実力が全てですからね。と、マルは言う。
 使う兇手の実力差を見せるってことなのか?何か違う意味にも聞こえたが……マルの考えてることは複雑すぎて読めない……。

「まあ、任せて下さいよ。そこは僕がきっちり詰めときます。
 悪い様にはしませんから、大船に乗ったつもりでいて下さい。そのかわり、ハインの舵取りは任せますから。ホント、頼みますから」

 兇手よりハインが怖いのか……。まあ、あいつ恨むと長いしな……。
 エゴンを救出したら、サヤの腕の怪我についても謝罪してもらう方が良いかな……多分あれもまだ根に持ってるよな……。
 そんな風に考えながら、交渉役が出向いてくるまでの時間を待つこととなった。
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