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獣 1
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今日一日が滞りなく無事暮れようとする頃、新しい人足たちと、班長を乗せた馬車が列をなして帰ってきた。
結局、追加の人員は三十二名。各班の欠けた人員と、新たに五人ずつを加える形となった様だ。
「は? マル?」
で、何故かマルが一緒に戻った。
俺に差し向けられた兇手の雇われ先を突き止める為に、メバックで情報収集をすると言って出たのは二十三日の朝。たった二日前だ。
一体どうした。
執務室に監禁されていた俺は、帰還したマルに「いやぁ、助かりました。流石レイ様。持ってますよねぇ」と、言われ、首を傾げる。急に賛辞を送られても、意味が分かるわけない。
「…兇手の雇い先、もう分かったのか?」
「やだなぁ、レイ様が知らせた様なもんじゃないですか」
はい?
身に覚えがなくて首を傾げる俺に、エゴンですよと付け足す。
「エゴンの失踪を知らせてくださったでしょう? おかげで前日の情報を集めるだけで済みましたから、手紙を受け取った後は、ものの数時間で突き止められましたよ。
何年も昔からの街中の情報を掻き集めて、エゴンの交友関係から、違和感あるものを選別していくなんていう、手間のかかることを続ける必要が、なくなりましたからねぇ。とても助かりました」
「え……? エゴンの追跡で犯人が分かるのか?」
「え? エゴンを追跡すればすぐでしょ? あの状況で行く先なんて黒幕の元しかないんですから」
けろっと答えるマルには唖然とするばかりだ。
人の追跡って、そんな簡単なもんじゃないと思うんだよ……。
だって本当に黒幕の元に行くとは限らないし、生き死にだって予想出来ないし、堂々と大手を振って行き先告げて出ていくわけじゃないんだし。
求めてる情報が当然の様にあるとも思えない。
しかしマルにとってはそうでないらしい。
「あの街なら僕は情報提供者に事欠きません。調べられないことなんて無いくらいですよ。
そもそもね、可能性なんてものは精査すればある程度絞り込めます。後は、残る中から更に特徴で絞り込みをかけるんですよ。
時間帯、背格好、人数、地域。高確率に合致する情報なんて一握りです。後はその情報が連なる後を辿れば良いだけです。辿るうちに別の情報との繋がりが出てきます。それが複数確認できればもう当たりですから」
ヘラヘラと気の抜けた笑顔でそう言うのだが、それって相当な手間の掛かる作業だと思うし、そんな簡単なことじゃないと思う。
けどまぁ……マルが楽だったと言うならばそうなのだ。うん。それでいい。なんかもう考えるの面倒くさい。
「まあ、犯人が特定出来たというなら何よりだ。
こちらでは、今別館に残る者の中に居ると睨んでるんだけど、当たってる?」
「ええ。残念なことに、手出しの難しい相手でしたよ」
「そうだろうね。まあ、そうなると踏んでたんだけどね……」
やっぱりか……。
ふぅ……。と、溜息を吐くしかない俺に、マルも「難儀ですよねぇ」と、同意を示す。
まあ、そうであると思ったから、この先の提案を考えていたわけだ。なら、やることは変わらない。俺は気持ちを切り替えて、マルに視線を戻す。
「……エゴンは、無事か?」
「はい、まだ大丈夫みたいですけど?」
そうか……良かった。
けど、まだ大丈夫と表現された通り、ずっと大丈夫ではないわけだよな。
「それにともなってな。二通目の……今朝、班長に託した手紙。あれについて話をしたいんだけどね……」
俺がそう切り出すと、マルはまた、楽しそうに笑った。
「ああ、こんな早々にバレる羽目になるとは思ってませんでしたよ」
実は今朝、人足達を見送る際に、水髪紫眼の班長に、マル宛の手紙を託していた。
マルの軍門に下った。という言葉と、その責任感を見込んで託したわけだが、無事きちんと届いた様子だ。
にしても……一般的に、兇手と取引をすることは、あまり褒められたことではないって自覚はしてるんだね……。なのに悪びれもせずそう言うのだから、明らかに確信犯なわけだ……。
脱力する俺に、けれどマルはもう一つ、言葉を付け足す。
「バレたんじゃなくて、彼がバラしたんですよね?
随分早く、懐かれましたねぇ。まあ、レイ様ですから、そのうちこうなるだろうとは思ってましたよ」
酷く、誤解されている様なことを言う。
懐かれてあんな風に脅される訳がないじゃないか。俺は「誤解だよ」と言っておいた。
俺の命が尽きるとマルとの取引が終わってしまう。それが彼は嫌だったらしいから、俺が懐かれたとかが理由ではない。
現在俺の護衛はギル一人だ。ハインは新しい人足らへの挨拶と、名簿の確認の為に、集会場に出向いている。
前回の様に、俺が挨拶に行くわけにはいかない為だ。
新しい人足たちを、ハインはひどく警戒した。いや、正確には、新しい人足たちに、兇手が紛れ込んでいるかもしれない可能性を……か。
なので今回、俺は留守番。こうしてマルを迎えている。
まあ、マルと班長達が、メバックで人材を見極めた上で、班分けしているそうで、名簿もそこで改めて、作りかえられている。俺やマルが居なくとも、問題なく進められる手はずは整っているそうだ。
因みに、サヤもハインと共に集会場。こちらは賄いを作る為だ。
「お前なぁ……何か一言くらい、あって良かったんじゃないのか?
おかげでこっちは散々だったんだ」
ギルが、マルに対し抗議の声を上げる。
真正面からやりあったなら、ギルの腕だって引けを取らないと思うのだけど、人を害するということに制限が掛からない相手であるから、どうにもギルの分が悪い。
ギルと兇手の彼とのやり取りを、マルはまだ知らないと思うのだけれど、ギルの表情から、何かあったんだなということは、察しがつく様だ。
「ギルとは土台が違うんですから、気にしないことですよ」と言い、ギルに「うるせぇ!」と、突っぱねられ、肩をすくめた。
「先に言えるわけないじゃないですか。
兇手が人足に紛れてるなんて言ったら……僕、ハインに斬り殺されてますよ」
「当たり前だ! お前は何考えてあんなもんと取引してやがるんだ!」
「あんなもんだなんて。彼らは別段、殺人狂でもなんでもないんですよ? 雇われたから仕事をしているだけです。雇う相手が悪いんですよ」
しれっと答えるマルに、ぐぬぬと歯を食い縛るギル。
そして、そんなギルを尻目に、マルは俺に向き直る。
「じゃ、時間もあまり無いことですし、早々に話を進めましょう。
結論から申しますと、彼らの手を借りることは可能です。僕、あそこには結構貸しがあるので、今回はそれで対処しました」
有難い。使わせてくれるのか。
マルの語り出したことに、ギルが訝しげな顔をする。マルの貸しを俺が使う。それはつまり、マルが兇手を使うのではなく、俺が使うということだ。
「今夜、交渉役がここに出向いてくるので、レイ様はその方との交渉に付き合って下さい。
ですが、間違わないでくださいね?
今回は、僕の顔を立ててくれるというだけです。レイ様が信用を得られたわけではない。
今後の付き合いの為に、それなりの覚悟と、知るべきことを知って頂かなくてはなりません。
僕、彼らのことは結構気に入っているので、できればレイ様とも仲良くして欲しいと思ってるんですけどねぇ」
今後の付き合い。
マルの言葉に、黙って話を聞くだけだったギルが、焦った顔をした。
俺を見て、俺がマルの言葉の意味を理解していることに慌てて、俺の肩を掴む。
彼の心配はもっともなのだけど、俺はマルにこくりと頷いて返す。「おい!」と、声を荒げるギルに、俺はやんわりと拒否を示した。
「ギル。兇手の手を借りるということは、そういうことだよ。
本来なら、昨日今日で話を受けてもらえるわけないんだ。俺は彼らの信用を得ていない。マルの信用で、仕事を受けてもらうんだ。一度、こちらの都合で動いてもらえるだけ、相当破格な待遇なんだよ。
それに、彼らだって身の保証を求める権利がある。マルが俺に言っているのは、当然の要求だ。『虚』は、存在しない者なんだよ?それを視界に入れるなら、覚悟を求められるのは分かっていたことだ。相手だって、それ以上の危険を負うんだからね」
一度兇手を使うということは、彼らの存在を受け入れるということだ。
兇手は裏切りを許さない。
裏切りはそのまま彼らの破滅に直結するからだ。
一度でも取引をするならば、彼らを裏切らないという約定が必要だ。マルの様に。
俺が正しく、兇手との取引を理解していると、マルは納得てくれた様子だ。
「良かった。第一歩は合格ですよぅ」
と、笑った。
「まったく。こっちは肝を冷やしたんだからな。
まさかマルが、そんな大切な取引に、俺を引っ張り出してるとは思わなかったよ……」
「えー、そこまで聴き出してるんですか? 油断も隙もないなぁ……ほんとレイ様は人たらしなんですから……」
「それは誤解。俺ではなく、マルが信頼されている結果でしょ」
マルとの取引を終えたくないが為に、約定の内容を教えてくれたんだから。
そう言う俺に、マルはただ、にこりと笑った。肯定も否定もしない。その上で「貴方は何を、彼らに差し出せますか?」と、問うてくる。
「差し出すって、何だよ⁉︎」と、焦って口を挟んでくるギルを無視する形で、俺も話を進めた。彼らと取引をすることは、俺の意思で決めたことだ。ギルが何を言おうと、覆すつもりはない。
「マルと同じく。
俺から人を殺めることは求めない。
と、しようと思う」
「それをしちゃうと、兇手の使い道、ほぼ無いですよ?」
分かっているだろうに、わざわざそんなことを聞いてくる。
ワクワクと、期待に満ちた顔で、俺を見るマルに、苦笑するしかない。よく言うよ……そんな約定を、真っ先に兇手と交わしたのは、お前だよ?
「兇手として求めないから、良いんだよ」
「ふーん……まあいいです。
ではレイ様は、彼らに何を求めるのですか?」
人を殺めることを求めない。その代償に、俺が求めるもの。
一度、深く深呼吸してから、それを口にする。
「彼らに、兇手という肩書きではなく……別のものを提案できればと、思ってる」
「?……どういうことです? 別の肩書きを与える……衛兵や使用人に取り立てるとかってことですか?
生憎、彼らは変装も身分詐称も得意技ですし、縛られることを好みませんから、あまり魅力は感じてくれそうにないですけど?」
マルの問いに、口元が緩んだ。
不意に笑った俺に、マルが訝しげな顔をする。
そうか。マルでもそんな風に考えるのかと思ったら、笑えてしまったのだ。
いいや、俺は別に、彼らを配下にしたいわけじゃない。
「そうじゃなくてね。……これは俺の印象でしかないんだけど……彼らは、別段、兇手をしたくてしてるんじゃないと思うんだよ。
だから、兇手と名乗らなくて良い、別の生き方を、提案できればと思ったんだ。マルがしたと、同じ様にね」
損か、特か。はたまた金か。
そこに拘りが見えたのは、それらにしか縋れないから。
そして、ギルやサヤに見せた反応は、不快を感じつつも、それ以外を、求めているからではと思ったんだ。
『虚』とは『うつろ』だ。存在しない筈の者。それがいつしか、兇手を指す言葉となった。
陽の光の下での生活は望めない。かつてのハインの様に、孤児だったり、人生を大きく踏み外したりした者の、行き着く先……成れの果てだ。
望んでそうなる者がいることも知っているが、俺の印象では、彼は違った。
藤髪の友に、虚であることを知られたくない様子を伺わせた。
陽の光を浴びて生きるギルが、人を害する覚悟が足りないことに、不快を露わにしていた。
『俺ら』とか『身内』と表現される仲間に、強い執着を感じた。
彼は、陽の光に、手を伸ばしたいと、焦がれているのではと、思ったのだ。
「サヤがね、マルが人足に紛れ込ませていた彼みたいな者のことを、サヤの世界では『忍』と呼ぶのだと、教えてくれたんだ。
あの娘の世界では、どうやら兇手という職は、ひと種類ではないらしい。
だから、彼らに試してみて欲しいんだよ。兇手の技で、兇手以外の生き方が出来るのかどうか。
さしあたり、今回はお試しだ。俺の求める仕事を、忍として受けて欲しい」
兇手は人を殺すのが生業だ。誰かの恨みや目的の為に。だがそんな、誰かに押し付けられた役割を、演じ続けなくても生きていけることが証明できれば、彼らはもう少し、明るい場所に立てるのではないか。
人を殺めず生きていけるなら、彼らはもっと、笑顔でいられる……。その道を探すついでに、俺の手助けをしてほしい。
「人を殺めずに出来る生業なのですか?」
「その代わり、結構な技術を必要とするみたいだ。手練れでないと無理だろう。
けど、人足に混じってた彼くらいの腕があれば、可能じゃないかなって、俺は思ってる。
それに、この世界にはまだ無い役割だ。だから、俺たちが好む形で作ってしまって構わないと思うんだよな。俺たちの好きな形の忍を作るってどうだ? 楽しそうだと思わないか?」
「この世界には無い役割……興味ありますねそれ、詳しく教えていただけます? 内容によっては、協力することも吝かではありませんよぅ?」
「ああ、マルも楽しめると思うよ。だから、口添えをお願いしたいな」
俺が兇手の彼らに求めるもの。
それは、その卓越した技術を、人を殺めること以外に使うことだ。
今回の場合は、セイバーンの者も、ジェスルの者も、誰も殺めず、エゴンたちだけをかっさらって来る事。
「お前……兇手の手を借りて、エゴンを掻っ攫って来るって話じゃなかったのかよ……」
「それはその通りだよ。だけど、一度兇手と取引をするなら、もう引き返せないんだよ。
それなら俺は、彼らとだって仲良くやりたい。その為に必要だと思うことをしたいと思うんだ」
「ハインが……ブチ切れてた理由は、これか……」
ごめん、ギル。ハインを止める為にとばっちりまで食らったのに黙ってた。
けど……やれることをやると決めたから、俺はそう動くと決めたんだよ。
「じゃあまずは、『忍』について説明する。
とはいえ、サヤに聞いたことそのままだから、詳しくは彼女に聞いて欲しいんだけどね……」
結局、追加の人員は三十二名。各班の欠けた人員と、新たに五人ずつを加える形となった様だ。
「は? マル?」
で、何故かマルが一緒に戻った。
俺に差し向けられた兇手の雇われ先を突き止める為に、メバックで情報収集をすると言って出たのは二十三日の朝。たった二日前だ。
一体どうした。
執務室に監禁されていた俺は、帰還したマルに「いやぁ、助かりました。流石レイ様。持ってますよねぇ」と、言われ、首を傾げる。急に賛辞を送られても、意味が分かるわけない。
「…兇手の雇い先、もう分かったのか?」
「やだなぁ、レイ様が知らせた様なもんじゃないですか」
はい?
身に覚えがなくて首を傾げる俺に、エゴンですよと付け足す。
「エゴンの失踪を知らせてくださったでしょう? おかげで前日の情報を集めるだけで済みましたから、手紙を受け取った後は、ものの数時間で突き止められましたよ。
何年も昔からの街中の情報を掻き集めて、エゴンの交友関係から、違和感あるものを選別していくなんていう、手間のかかることを続ける必要が、なくなりましたからねぇ。とても助かりました」
「え……? エゴンの追跡で犯人が分かるのか?」
「え? エゴンを追跡すればすぐでしょ? あの状況で行く先なんて黒幕の元しかないんですから」
けろっと答えるマルには唖然とするばかりだ。
人の追跡って、そんな簡単なもんじゃないと思うんだよ……。
だって本当に黒幕の元に行くとは限らないし、生き死にだって予想出来ないし、堂々と大手を振って行き先告げて出ていくわけじゃないんだし。
求めてる情報が当然の様にあるとも思えない。
しかしマルにとってはそうでないらしい。
「あの街なら僕は情報提供者に事欠きません。調べられないことなんて無いくらいですよ。
そもそもね、可能性なんてものは精査すればある程度絞り込めます。後は、残る中から更に特徴で絞り込みをかけるんですよ。
時間帯、背格好、人数、地域。高確率に合致する情報なんて一握りです。後はその情報が連なる後を辿れば良いだけです。辿るうちに別の情報との繋がりが出てきます。それが複数確認できればもう当たりですから」
ヘラヘラと気の抜けた笑顔でそう言うのだが、それって相当な手間の掛かる作業だと思うし、そんな簡単なことじゃないと思う。
けどまぁ……マルが楽だったと言うならばそうなのだ。うん。それでいい。なんかもう考えるの面倒くさい。
「まあ、犯人が特定出来たというなら何よりだ。
こちらでは、今別館に残る者の中に居ると睨んでるんだけど、当たってる?」
「ええ。残念なことに、手出しの難しい相手でしたよ」
「そうだろうね。まあ、そうなると踏んでたんだけどね……」
やっぱりか……。
ふぅ……。と、溜息を吐くしかない俺に、マルも「難儀ですよねぇ」と、同意を示す。
まあ、そうであると思ったから、この先の提案を考えていたわけだ。なら、やることは変わらない。俺は気持ちを切り替えて、マルに視線を戻す。
「……エゴンは、無事か?」
「はい、まだ大丈夫みたいですけど?」
そうか……良かった。
けど、まだ大丈夫と表現された通り、ずっと大丈夫ではないわけだよな。
「それにともなってな。二通目の……今朝、班長に託した手紙。あれについて話をしたいんだけどね……」
俺がそう切り出すと、マルはまた、楽しそうに笑った。
「ああ、こんな早々にバレる羽目になるとは思ってませんでしたよ」
実は今朝、人足達を見送る際に、水髪紫眼の班長に、マル宛の手紙を託していた。
マルの軍門に下った。という言葉と、その責任感を見込んで託したわけだが、無事きちんと届いた様子だ。
にしても……一般的に、兇手と取引をすることは、あまり褒められたことではないって自覚はしてるんだね……。なのに悪びれもせずそう言うのだから、明らかに確信犯なわけだ……。
脱力する俺に、けれどマルはもう一つ、言葉を付け足す。
「バレたんじゃなくて、彼がバラしたんですよね?
随分早く、懐かれましたねぇ。まあ、レイ様ですから、そのうちこうなるだろうとは思ってましたよ」
酷く、誤解されている様なことを言う。
懐かれてあんな風に脅される訳がないじゃないか。俺は「誤解だよ」と言っておいた。
俺の命が尽きるとマルとの取引が終わってしまう。それが彼は嫌だったらしいから、俺が懐かれたとかが理由ではない。
現在俺の護衛はギル一人だ。ハインは新しい人足らへの挨拶と、名簿の確認の為に、集会場に出向いている。
前回の様に、俺が挨拶に行くわけにはいかない為だ。
新しい人足たちを、ハインはひどく警戒した。いや、正確には、新しい人足たちに、兇手が紛れ込んでいるかもしれない可能性を……か。
なので今回、俺は留守番。こうしてマルを迎えている。
まあ、マルと班長達が、メバックで人材を見極めた上で、班分けしているそうで、名簿もそこで改めて、作りかえられている。俺やマルが居なくとも、問題なく進められる手はずは整っているそうだ。
因みに、サヤもハインと共に集会場。こちらは賄いを作る為だ。
「お前なぁ……何か一言くらい、あって良かったんじゃないのか?
おかげでこっちは散々だったんだ」
ギルが、マルに対し抗議の声を上げる。
真正面からやりあったなら、ギルの腕だって引けを取らないと思うのだけど、人を害するということに制限が掛からない相手であるから、どうにもギルの分が悪い。
ギルと兇手の彼とのやり取りを、マルはまだ知らないと思うのだけれど、ギルの表情から、何かあったんだなということは、察しがつく様だ。
「ギルとは土台が違うんですから、気にしないことですよ」と言い、ギルに「うるせぇ!」と、突っぱねられ、肩をすくめた。
「先に言えるわけないじゃないですか。
兇手が人足に紛れてるなんて言ったら……僕、ハインに斬り殺されてますよ」
「当たり前だ! お前は何考えてあんなもんと取引してやがるんだ!」
「あんなもんだなんて。彼らは別段、殺人狂でもなんでもないんですよ? 雇われたから仕事をしているだけです。雇う相手が悪いんですよ」
しれっと答えるマルに、ぐぬぬと歯を食い縛るギル。
そして、そんなギルを尻目に、マルは俺に向き直る。
「じゃ、時間もあまり無いことですし、早々に話を進めましょう。
結論から申しますと、彼らの手を借りることは可能です。僕、あそこには結構貸しがあるので、今回はそれで対処しました」
有難い。使わせてくれるのか。
マルの語り出したことに、ギルが訝しげな顔をする。マルの貸しを俺が使う。それはつまり、マルが兇手を使うのではなく、俺が使うということだ。
「今夜、交渉役がここに出向いてくるので、レイ様はその方との交渉に付き合って下さい。
ですが、間違わないでくださいね?
今回は、僕の顔を立ててくれるというだけです。レイ様が信用を得られたわけではない。
今後の付き合いの為に、それなりの覚悟と、知るべきことを知って頂かなくてはなりません。
僕、彼らのことは結構気に入っているので、できればレイ様とも仲良くして欲しいと思ってるんですけどねぇ」
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マルの言葉に、黙って話を聞くだけだったギルが、焦った顔をした。
俺を見て、俺がマルの言葉の意味を理解していることに慌てて、俺の肩を掴む。
彼の心配はもっともなのだけど、俺はマルにこくりと頷いて返す。「おい!」と、声を荒げるギルに、俺はやんわりと拒否を示した。
「ギル。兇手の手を借りるということは、そういうことだよ。
本来なら、昨日今日で話を受けてもらえるわけないんだ。俺は彼らの信用を得ていない。マルの信用で、仕事を受けてもらうんだ。一度、こちらの都合で動いてもらえるだけ、相当破格な待遇なんだよ。
それに、彼らだって身の保証を求める権利がある。マルが俺に言っているのは、当然の要求だ。『虚』は、存在しない者なんだよ?それを視界に入れるなら、覚悟を求められるのは分かっていたことだ。相手だって、それ以上の危険を負うんだからね」
一度兇手を使うということは、彼らの存在を受け入れるということだ。
兇手は裏切りを許さない。
裏切りはそのまま彼らの破滅に直結するからだ。
一度でも取引をするならば、彼らを裏切らないという約定が必要だ。マルの様に。
俺が正しく、兇手との取引を理解していると、マルは納得てくれた様子だ。
「良かった。第一歩は合格ですよぅ」
と、笑った。
「まったく。こっちは肝を冷やしたんだからな。
まさかマルが、そんな大切な取引に、俺を引っ張り出してるとは思わなかったよ……」
「えー、そこまで聴き出してるんですか? 油断も隙もないなぁ……ほんとレイ様は人たらしなんですから……」
「それは誤解。俺ではなく、マルが信頼されている結果でしょ」
マルとの取引を終えたくないが為に、約定の内容を教えてくれたんだから。
そう言う俺に、マルはただ、にこりと笑った。肯定も否定もしない。その上で「貴方は何を、彼らに差し出せますか?」と、問うてくる。
「差し出すって、何だよ⁉︎」と、焦って口を挟んでくるギルを無視する形で、俺も話を進めた。彼らと取引をすることは、俺の意思で決めたことだ。ギルが何を言おうと、覆すつもりはない。
「マルと同じく。
俺から人を殺めることは求めない。
と、しようと思う」
「それをしちゃうと、兇手の使い道、ほぼ無いですよ?」
分かっているだろうに、わざわざそんなことを聞いてくる。
ワクワクと、期待に満ちた顔で、俺を見るマルに、苦笑するしかない。よく言うよ……そんな約定を、真っ先に兇手と交わしたのは、お前だよ?
「兇手として求めないから、良いんだよ」
「ふーん……まあいいです。
ではレイ様は、彼らに何を求めるのですか?」
人を殺めることを求めない。その代償に、俺が求めるもの。
一度、深く深呼吸してから、それを口にする。
「彼らに、兇手という肩書きではなく……別のものを提案できればと、思ってる」
「?……どういうことです? 別の肩書きを与える……衛兵や使用人に取り立てるとかってことですか?
生憎、彼らは変装も身分詐称も得意技ですし、縛られることを好みませんから、あまり魅力は感じてくれそうにないですけど?」
マルの問いに、口元が緩んだ。
不意に笑った俺に、マルが訝しげな顔をする。
そうか。マルでもそんな風に考えるのかと思ったら、笑えてしまったのだ。
いいや、俺は別に、彼らを配下にしたいわけじゃない。
「そうじゃなくてね。……これは俺の印象でしかないんだけど……彼らは、別段、兇手をしたくてしてるんじゃないと思うんだよ。
だから、兇手と名乗らなくて良い、別の生き方を、提案できればと思ったんだ。マルがしたと、同じ様にね」
損か、特か。はたまた金か。
そこに拘りが見えたのは、それらにしか縋れないから。
そして、ギルやサヤに見せた反応は、不快を感じつつも、それ以外を、求めているからではと思ったんだ。
『虚』とは『うつろ』だ。存在しない筈の者。それがいつしか、兇手を指す言葉となった。
陽の光の下での生活は望めない。かつてのハインの様に、孤児だったり、人生を大きく踏み外したりした者の、行き着く先……成れの果てだ。
望んでそうなる者がいることも知っているが、俺の印象では、彼は違った。
藤髪の友に、虚であることを知られたくない様子を伺わせた。
陽の光を浴びて生きるギルが、人を害する覚悟が足りないことに、不快を露わにしていた。
『俺ら』とか『身内』と表現される仲間に、強い執着を感じた。
彼は、陽の光に、手を伸ばしたいと、焦がれているのではと、思ったのだ。
「サヤがね、マルが人足に紛れ込ませていた彼みたいな者のことを、サヤの世界では『忍』と呼ぶのだと、教えてくれたんだ。
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だから、彼らに試してみて欲しいんだよ。兇手の技で、兇手以外の生き方が出来るのかどうか。
さしあたり、今回はお試しだ。俺の求める仕事を、忍として受けて欲しい」
兇手は人を殺すのが生業だ。誰かの恨みや目的の為に。だがそんな、誰かに押し付けられた役割を、演じ続けなくても生きていけることが証明できれば、彼らはもう少し、明るい場所に立てるのではないか。
人を殺めず生きていけるなら、彼らはもっと、笑顔でいられる……。その道を探すついでに、俺の手助けをしてほしい。
「人を殺めずに出来る生業なのですか?」
「その代わり、結構な技術を必要とするみたいだ。手練れでないと無理だろう。
けど、人足に混じってた彼くらいの腕があれば、可能じゃないかなって、俺は思ってる。
それに、この世界にはまだ無い役割だ。だから、俺たちが好む形で作ってしまって構わないと思うんだよな。俺たちの好きな形の忍を作るってどうだ? 楽しそうだと思わないか?」
「この世界には無い役割……興味ありますねそれ、詳しく教えていただけます? 内容によっては、協力することも吝かではありませんよぅ?」
「ああ、マルも楽しめると思うよ。だから、口添えをお願いしたいな」
俺が兇手の彼らに求めるもの。
それは、その卓越した技術を、人を殺めること以外に使うことだ。
今回の場合は、セイバーンの者も、ジェスルの者も、誰も殺めず、エゴンたちだけをかっさらって来る事。
「お前……兇手の手を借りて、エゴンを掻っ攫って来るって話じゃなかったのかよ……」
「それはその通りだよ。だけど、一度兇手と取引をするなら、もう引き返せないんだよ。
それなら俺は、彼らとだって仲良くやりたい。その為に必要だと思うことをしたいと思うんだ」
「ハインが……ブチ切れてた理由は、これか……」
ごめん、ギル。ハインを止める為にとばっちりまで食らったのに黙ってた。
けど……やれることをやると決めたから、俺はそう動くと決めたんだよ。
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リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
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