異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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知識 3

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「「え⁈」」

 俺とハインの声が重なった。
 ある?何があるんだ?

「安価にお風呂を作る方法……それと、風呂を周知する方法……ですかね?」

 塩で揉んだ胡瓜をそのままにして、サヤが今度は大きな深皿に片手鍋の肉を移す。
 良い塩梅に焼かれた塩漬け肉だった。何故か細切れだが。

 そして、もう一つの鍋の中を覗き込む。先程、馬鈴薯を入れた鍋だ。
 そうしつつ、そばに置いてあった小鍋を手に取った。覗き込んだ鍋はまだ放置するらしい。

「まずお風呂なんですけれど、私の国ではドラム缶風呂とか、五右衛門風呂と呼ばれるものがあるんです。
 大きな鉄鍋に、人が入る感じでしょうか…。カマドに仕掛けて、水を入れておき、下から火を炊きます。
 鉄鍋の底は熱いので、木で組んだ簀を踏んで湯に沈めて、その上に乗って浸かるんです。
 一度温まると、ごく小さな火で保温ができ、冷めない快適なお風呂なんですよ。温度調節は、水を足して行います。
 キャンプとかで作ったりするので、数時間程度で作れる簡単なお風呂ですよ」

 小鍋の中に、ひとまわり小さな木蓋をひっくり返して入れ、皮をむいていない馬鈴薯数個をより分け、それを三つ机に置いた。そして、その上に鍋を置く。

「こんな感じでしょうか」

 馬鈴薯がカマドで、小鍋が風呂で、木蓋が簀だと言う。
 おお……確かに……風呂っぽいかもな……。
 沸かした湯を移していくのではなく、直接炊くのか……。確かに、沸かした湯を移し替えていくより、冷めにくそうだし手間も格段に少ない……。

「それと、周知する方法……。
 えっと……日本にはかつて湯屋というものがあったんです。近年では銭湯と呼ばれてました。
 昔、日本は埃っぽくて、1日に何度も風呂に入るような生活をしてたんですよ。風呂がとても安かったんです。
 でも、裕福だったわけじゃないんですよ?    風呂が安く入れるシステムがあって、それが湯屋です。
 湯屋というのは、いつもお風呂を沸かしていて、お風呂に入る権利を売ってるんです。
 一つの大きなお風呂に、身分関係なく沢山の人がお金を払って入ってたんです。たしか……蕎麦の半値……ほんの小銭程度で入れたはずです……。
 見知らぬ人同士で一緒に入るんです。一説によると、身分も性別も関係ない時期すらあったらしいです。さすがに、男湯と女湯に別れましたけど。
 各家庭でお風呂を作るより、一つ大きなのを作り、お店にすれば、燃料的にも……水の量としても、節約できますよね?」
「ほう……風呂に入る権利を売る……面白い発想ですね……。
 同じ風呂の湯を使い回すわけですね。確かに、一度入っておしまいにするより、格段に安くつきますね……。一度浸かる度にお金を払うのですか?」
「いえ、湯屋の中にいる限り、一度の料金と考えます。
 江戸時代には手形のようなものがあって、例えば、月に五十回以上入る人は、四十五回分の料金でその手形を買っておくんですよ。そうすれば、それを見せるだけで、四十五回以上入れたんですよ。
 人によっては、1日に四、五回入っていたっていいますから、かなりお得です。でも、それだけサービスできたのだから、繁盛してたんでしょうね」
「料金以上入るとそこからは只なのか⁈    なんで金を取らないんだ?」
「そんなに頻繁に入ってくれる人は、安定した収入になりますよね?
 ちょっとおまけをするだけで、毎月それを買ってくれたら、纏まったお金になります。
 雨が降ったりして、客足が引く日があっても、前払いしたお金は返さなくていいし……お互いちょっと得した気分になるんですよ」

 日本という国では、朝と夕方風呂に入る生活が当たり前だったらしい。
 そして、貴族も商人もと町人も、この湯屋に通っていたというのだ。
 身分の違う人間が入るので、規則づくりは徹底していたという。
 まず、風呂の湯で体を流し、髪や身体の汚れを落とし、それから湯に浸かる。
 湯船に汚れを持ち込まないようにし、湯の綺麗さを保つのだそうだ。
 そして、上澄みは自ずと湯船から流れる。
 大抵の汚れはこの上澄みにあり、自然と排出されるという。

「そろそろジャガイモが湯がけました。取り出しましょう」

 な、なに?
 頭が湯屋でいっぱいになっていたので、料理のことをすっかり失念していた。
 サヤが笊の中に、今まで煮ていたものをひっくり返す。
 お、おい、捨ててしまうのか?

 鍋の中のものが笊に残り、その中から卵だけをまたより分けて、残りは細切れ肉を入れた深皿にひっくり返す。細切れ肉の上に、ホクホクに煮えた馬鈴薯が投入された。そして、塩にまぶしていた胡瓜をさっと水洗いして、絞って入れる。なんだかふにゃふにゃになってしまっている……。大丈夫なのか?

「卵は殻を剥いで、黄身はそのまま中に。白身はぶつ切りにして入れます」
「……なんだか混沌とした料理ですね……」
「ここから、このジャガイモや黄身を潰して、混ぜます」

 えっ?    ぐちゃぐちゃにしてしまうのか⁉︎
 サヤが匙を手に取り、宣言通りぐちゃぐちゃとかき混ぜ、馬鈴薯をえいえいと潰し出した。
 風呂の話も気になったが、この料理気が気でならない。
 ある程度潰したら、塩と胡椒を少量投入し、さらにマヨネーズまで投入し、また混ぜ出すのだ。
 ま、魔女の所業のようだな……。グッチャグッチャと音がする。
 そして、そのまぜこぜになったものを見渡し、清々しく宣言したのだ。

「出来ました」

 恐る恐る覗き込む。ほんのり生成り色の、胡瓜や肉を混ぜ込まれた何かになっている。
 思っていたより気持ち悪い状態ではないな……味は底知れないが……。

「今回はしっかり潰しましたけど、ジャガイモをあえてゴロゴロ残す感じにしてもいいです。
 あ、半分選り分けて、そちらは玉葱をまた混ぜ込みますね」

 出来たと宣言したポテトサラダを、半分別の皿に移して、ハインの切った薄い玉葱をサッと水にくぐらせ、しっかりと水気を絞ってから入れる。今度はある程度簡単に混ぜたら、指ですくって味を確認。また少しだけ塩を足して、もう一度混ぜた。

「はい。玉ねぎ入りも出来ましたよ」
「では、昼食にします。レイシール様、どけて下さい。そちらに運びますから」

 慌てて扉の前から離れると、ハインが先ほどのサラダと、焼いた肉や麺麭を持ち出す。
 食堂の机に、大皿のままサラダを置き、そこからさらに取り分けて盛り付ける。
 肉もなんだか…普段と違う……。

「これはムニエルです。下味をつけた肉に、小麦粉を薄くまぶしてバターで焼くだけなんですけれど……肉汁が蒸発しにくくなって、少ししっとり感が増します。お肉がパサつくっておっしゃってたので……一応試してみました」

 お魚とかでよくやる料理法なんですけど。と、サヤが言う。
 おおう……まさかポテトサラダ以外もあったとは……。
 さらに何か汁のようなものを掛けている。
 これはなんだと聞くと、肉を焼いた鍋で、牛酪バターと酒、柑橘類の汁等を混ぜて作ったソースだそうだ。
 柑橘類は、酸味が強くて食べにくいと言っていたものを使ったという。

 席に着き、何から口にしようかと逡巡する。
 肉もなんだか照りがあって美味そうなんだ。だけどやっぱりポテトサラダかな……。
 初めの衝撃を受けた、玉葱無しの方。
 匙ですくって、少量を取り、思い切って一口。

「……美味しい……!」

 ぐっちゃぐちゃだしどうなってるんだと思ってたのに、胡瓜はコリコリと歯ごたえを残していた。たまに肉が旨味を存分に発揮している。
 きっと卵も、旨味の一端を担っているのだろう。食べ慣れた食材なのに、全然味わいが違うのだ。
 面白くなって、玉葱入りの方も食べてみると、こちらは何かピリリとして、さらに玉葱のシャクシャクとした食感が新しい。これもこれで美味だなぁ……。でも、俺は初めの方が好きかも。

「この玉葱入り……美味ですね。こんなにも味わいが違うのですか……」

 お、ハインはこっちの方が好みなのか。
 サヤは嬉しそうに笑っている。
 そして、ムニエルという料理も今までにない味わいだった。
 酸味の効いたソースが、なんだか妙に美味いのだ。脂のしつこさがなく、さっぱりしている。そして、普段より確かにパサパサしていない気がする。

「小麦の粉が、肉汁を吸って壁になってくれるんですよ。
 なので、油や肉汁が抜け過ぎないんです。
 豚肉は、特に柑橘類と相性が良いと言われていますから、酸味のある果物が良く合います。
 小麦粉をまぶすという方法は、汁物に入れる鶏肉とかにも使いますね。
 汁に多少とろみが出ますけれど、冬場は冷めにくくなる効果もあるので、特に向いているかも」
「サヤは……何やら特殊な料理法を知っているのですね……。サヤの学舎は料理も習うのですか?」

 ハインの質問に、サヤは一瞬、言葉に詰まってから、もう一度微笑んだ。
 微笑んで……いるのだと思うが……なんだろう……違う。

「学校でも習いますけれど……私に料理を手解きしてくれたのは、祖母です。
 私、祖母と二人暮らしだったので……小さな頃から、わりとなんでも一緒にしてたんです」

 ああ、悲しいのだ。
 口にした言葉で、 それが分かった。
 祖母のことを思い出したのだ。そして祖母を一人きりにしてしまったことを、考えてしまったのだ……。

「うちは両親が海外で仕事をしています。
 私は幼い頃、特に病弱で……異国での生活には耐えられないだろうって、祖母に預けられたんです。
 実際、月の半分は風邪を引いているような子供で……。手間を掛けたと思うんですよね……。
 拳法を習うようになってから、随分健康になったんですよ。
 でもそれまでは家の中にこもって本を読んでばかりいる子供でした。
 今も読書は好きですけど……体を動かすのも、嫌いじゃ、なくなったんです」

 照れたような笑みに隠して、サヤは悲しみを見えないようにする。
 泣いたっていいと思うのだが……そうはしなかった。
 顔を伏せて、小さく切った肉を口に運び、咀嚼することで表情も隠してしまう。
 まだここにきて半日も経っていない……感情が割り切れるはずがないのだが、納得させようとしているように思えた。
 帰してあげなきゃな……。
 もう一度、心に決意する。
 帰す方法を、見つけなければと。
 そして、それまで絶対に守り抜かなければと。
 サヤが異界の人間だということは伏せる方向になるだろう。
 異国の旅人とするのが一番無難だ。そして俺が雇った以上、セイバーンの領民ということになる。これは旅人であるよりは身を守ることができる立場だが、セイバーンの規則には従う必要が出る。しかしそれも、俺が雇うことで、俺の指示を一番優先する立場となった。
 だが俺はこの領内で最上位ではない。兄上や異母様に命令される立場なのだ。
 一応身内だし、強制ではない。今までは極力従ってきた。
 しかしサヤを守る以上、この二人の指示に従えない場合がある。例えばサヤを差し出すように言われても、拒否することになるわけだ。
 それを思うと、恐怖と、体に染み付いた習慣に逆らうことへの躊躇いが襲う。だが、もう子供ではないのだからと自分に言い聞かす。
 俺は波風を立てる気も、領主になる気もないし、この家に居続けようと思ってもいない。
 父上が快復し、俺がその助手を務めるならば……父上との繋がりが残るならば、身分なんてどうでもいい。だから、今は立場上貴族でなくてはならないが、それが終われば一領民に戻るつもりでいたのだ。
 しかし、サヤを守るなら、貴族を辞めるわけにはいかなくなる…。領民に戻ってしまえば、貴族の命令を拒否することができない。
 サヤを帰すまでは、貴族でいなければならない…。
 父上が快復するまでか、誰かの保護下から離れられるようになる、成人するまでの我慢と思って今まで貴族でいたが、二年でサヤを帰してやれるか分からないからな……。俺も覚悟しなければならない。

 俺が一人決意を新たにしている横で、ハインはゆっくりと食事を味わっていた。
 そして最後に一言ポツリと「サヤは、素晴らしいことを、とても簡単に教えてくれるのですね」と、呟いた。
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