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知識 2

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「……健康?」
「何故身綺麗が健康に関わってくるのですか……」

 また不思議なことを言い出したな……。
 サヤの話はなんだかいまいち脈略がないと、分かってきた気がするぞ。

「清潔にすると、病気になりにくいんです。
 今、この空間にも、病原菌……病気の元となる小さな生物が沢山います。
 目に見えないくらい小さな生物です。
 その生物は、呼吸や食事などで体内に取り込まれています。
 健康であれば、そんなちっちゃな生物になんて負けませんから、少々侵入してきても、身体が退治します。
 でも、不潔にしていたりすると、身体自体に病気の菌が沢山くっついてます。
 家の中が不潔だったりすると、当然家の中の菌も増えます。
 そうなると身体に入ってくる菌の量も増えます。
 えっと……一対一で戦うのは、難しくありませんよね?
 でも、多数に攻撃されると、大変でしょう?
 体に入ってくる菌の数が増えると、当然負けやすくなるんです。
 結果、病気になりやすくなります」

 サヤの話に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
 病気って、そんな風にしてなるの⁉︎というものと、なにそれ本気で言ってる⁉︎という……なんと表現していいか分からない感情だ。
 ハインも、目を見張っている。馬鈴薯を剥く手すら止まってしまった。
 目に見えない生物とか……なんでサヤはそんなものを知ってる⁉︎本当にそんなものがいるのか?

「それは……本気で言ってるの?」
「はい。信じられないかもしれませんけど、本当ですよ?
 ……いえ、私の世界では、そうなんです。ここが全く一緒とは思えませんけれど……。
 例えば……うーん……生水。
 その辺で汲んだだけの生水と、煮沸した水とでは、お腹を壊す可能性が違うと思いませんか?」

 サヤの例えに、俺も思考を巡らせる。確かに……それは違うよな……。でもなんでかって言われると……なんでだろう?

「怪我をした時、傷口が膿んだりしますよね。それは、何故だと思います?」
「何故……?たまたま、何か運が悪かったとかではなく?」

「違います。傷口から、体にとって良くない菌が侵入したからなんです。
 膿は、白血球……血の中の、侵入者と戦う兵隊と、侵入してきた菌の死骸等です。
 生水の場合は、目に見えない微生物や菌……これが煮沸で死んだから、体に悪影響を与えなかったという事です」

 ちょっ、と、待って……なんかもう、頭がついていかないんだ。
 え?ハッケッキュウ?膿が死骸?
 目を白黒させて必死で話についていこうとするが、俺には理解不能だ。
 そんな俺を見て、サヤがもっと噛み砕いた説明をしてくれる。

「刃物で怪我をしただけの傷口は、すぐに治りますよね。
 だけど、その傷に泥が付いていたら、膿みやすくなります。
 毎日お風呂に入って清潔にしている人の傷口の周りには菌が少ないですが、不衛生な方の場合はすぐ近くにたくさん菌がいます。
 戦場に出ている兵士さんは、自分の怪我の治療なんてそっちのけで、泥まみれになって戦うので、傷が膿みやすいです」

 あ、それなら解る。確かに、遠征に行った兵士には、小さな傷が命取りとなって死ぬ者や、腕や足を切り落とすような惨事になる者がいる。傷口から悪魔が入ったと言うのだ。もしかして、その悪魔が、サヤの言う菌なんだな?

「そう。そうなんです。それから、病気の大流行とか、たまにあるでしょう?
 あれも菌が原因なんです。
 知らない間に拡大しているように見えますけど、菌は、病気の人の体内でたくさん増えるんですよ。病気の人が熱を出すのは、その菌と戦っているからです。そして、病気の人の咳や、嘔吐物から菌がばら撒かれて、それを吸って周りの人が感染するんです。
 だから、家族とか、職場とか、同じ場所に居た人が移るんですよ。
 うがい、手洗い、アルコール消毒などで、菌を退治したり、洗い流したりして、感染をある程度防ぐこともできます。
 お風呂にはいるのが良いのも、菌を洗い流したり、体を温めることで、免疫力が高まる……だと、分からないのかな……。
 えっと……菌は、熱に弱いものが多いので、体を温めるだけで、たくさん倒すことができるんです」

 なんとなく分かってきた。我々が悪魔に魅入られたとか言っているようなことが、大抵は菌が原因だということか。
 ハインも、食いつかんばかりに聞き入っている。相当興味があるのかな?    こんな真剣な顔も久しぶりな気がするぞ。

「サヤ。生水で体を洗うより、湯で洗う方が効果的なのですね?
 それは、服や食器の汚れが、湯の方がよく落ちるのと同じような理由ですか?」
「はい、そうです。
 それと、体を温めることで、血の循環が良くなります。血の循環が良くなると、敵を倒す兵士の生産が増えるんです。だから、菌の侵入に強くなります」

 ひいては、健康になります。
 サヤがそう言って話をまとめる。
 凄い……凄いな。本当に、綺麗にするだけで病気が防げるなら、そんな良いことはないよな……。医者は高値だ。それこそ、農民達が風呂に入る習慣を付けたら、病気になる者が減って、家計の助けにもなるのじゃないか?
 俺が興奮気味にそう語ると、サヤが嬉しそうに微笑み同意する。

「確かに、そうだと思いますよ。
 あと、怪我をした時、適当にその辺である水で流すのではなく、その日のうちに、一度沸騰させた水で洗うと、膿み難いかもしれませんね」
「よしっ、じゃあ農民たちに周知しなくてはなっ」
「それはまだ意味がありません」

 盛り上がる俺とサヤに、ハインが横槍を入れる。
 意味がない?    とはどういうことだ?

「今の説明で、一体村人のうちの何人が理解できるやら……。
 ましてや、湯に浸かるのが良いと分かったところで、薪や、水汲み……そもそも風呂の設置。
 問題が山積みです。
 私たちですら、風呂は高価だと言っているのに、農民では一生かけても無理でしょう」

 そう言いつつ、皮を剥いだ馬鈴薯を輪切りにしていく。結構分厚く。
 それを、卵を茹でていた鍋に投入。次は玉葱を手に取った。

「これは極力薄切りでしたね…」
「あっ、は、はい…」

 サヤが我に帰り、洗濯物の入った籠を壁際に置くと、調理台に戻った。
 そして、タンタンとテンポよく胡瓜を薄切りにしていく。
 ハインは、玉葱の皮を剥き、半量ほどを薄切りにし始めた。

 その合間に、片手鍋をざっとヘラでかき回す。ジュッという脂の爆ぜる音。どうやら肉か何かを焼いているようだ。

「サヤの話はとても興味深いです。
 ですが、実現するのは難しいですよ。
 できるならば、まず私たちで検証し、安価にできる手段を模索したいところですが……それも難しいでしょう?」

 淡々と言う。
 それは……確かにそうだな……。
 自分たちですら風呂を用意する手段がない。サヤの素晴らしい知識があったとしても、使えなければ意味がないのか……。
 なんだかとても気分が高揚していたのに、一気に冷水を浴びせられた感じだ。
 はあ……と、溜息をつくと、胡瓜を切っていたサヤが、ふと顔をあげた。
 胡瓜を小皿に入れ、少量の塩をかけて、なぜか揉むように混ぜる。そうしながら言うのだ。

「手段…………。なくもないです」
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