42 / 105
第五章 王妃のお茶会
39. 「ルー」
しおりを挟む青年はテーブルに置かれた燭台の火に手をかざし、灯りを強める。
そして椅子から立ち上がり、星のような煌めきを宿す瞳で俺の顔を覗き込んできた。
大きくはだけたローブの襟元から、透けるような白皙の肌が覗いている。
彼に対してなんら疚しい気持ちを持たないはずの俺でも、思わずどきりとするほどの際どさだった。それでも爛れた感じが一切しないのは、その血の為せる業か。
ジオルグもそうだが、古代種という存在は、原種に近い血筋の者ほど、全身が淡く発光しているような、侵しがたい美しさを持っている。
そして、やっぱり俺よりも背が高かった。
うん、兄上と同じぐらいかな、と囁くように返される。
「ふうん。君が、今回の月精か。徴は……、ああ、魔法で隠しているけどちゃんとあるね」
彼は、すでにあらかたの事情を知っているようだった。万が一、知らない場合のことも考えて一応は隠してみたのだが、これしきの小細工でその目を欺くことは出来ないようだ。
「はい。お初にお目にかかります、サファイン殿下。わたくしは……」
「ああ、いい、いい。堅苦しい挨拶なんて要らないよ」
片手をひらひらと振りながら、第二王子は再び椅子に腰をおろす。そして、俺にも前にある椅子を勧めてくれた。
いつの間にか、ルトは俺の影の中に戻ってしまっている。
ここは、影形の彼にとってはかなり居心地が悪い場所なのだろう。
この部屋が在る空間の正体を知っている俺にしても、それは同じだ。
……そう、まるで井戸の底にいるような気分だった。それは、顔を真上に向けないと見えないほど、馬鹿みたいな高い位置に天井があるせいだ。
井戸のようなとは言ったが、部屋自体はもちろん暗くも狭くもない。随所に燭台が配置され、充分な広さもある。窓は高い位置にしかなく(その外はおそらく現実世界の光景ではない)その下の四方の壁全面を、巨大な書架が埋め尽くしている。当然、そこには膨大な書物が並べられているのだが、さすがにこの量は異様すぎて実際に見ると絶句するしかない。その本を取るために立てかけられた大小いくつかの梯子の中で最も高いものは、おそらく五メートル以上はあるだろうか。
でも絶対、魔法で取った方が早いだろうなと思っていると、「運動用だよ」とサファインが言った。
「あんまり使わないんだけど、たまにはね。ここにずっと引き篭っていると、さすがに肉体は鈍ってくるからさ。ああ、そうだ、護衛師団にいるんなら俺の異能のことは当然、知っているよね?」
「はい、存じています」
「声に出していなくても、頭の中でブツブツ呟いたりしてたら大抵は聞こえてしまうから、気をつけて?」
それは精霊種の血を引く者に備わるとされる能力で、サファインの場合はいわゆる読心術というものだろうか。彼の前にいるとき、頭の中で言葉を組み上げて思考したり、映像的に何かを想像していたりすると、そっくりそのまま見えたり聞こえたりして伝わってしまうのだとか。
まさにこの異能と、さらにもう一つある異能の所為で、ゲームの世界のシリルは、この第二王子のことをあからさまに天敵扱いして、徹底的に避けていた。
そのため、主人公にとってもっとも平和で穏やかな攻略ルートが、実はこの変わり者の第二王子のルートなのである。ちなみに、ゲームではおなじみのセカンドネームからの愛称は「ルー」。
「嫌なら閉ざしておいて。君の魔力量なら、鍛えれば出来ちゃいそうだし」
「今も一応やってはみましたが……、まだ無理なようです」
「ああ、今だいぶ弱ってるみたいだしね。疲れてる? それとも精神的なもの?」
「確かに疲れてはいますが、たいしたことはありません。ただ及ばないだけです」
「そうかい? ふふふ」
なぜか、含み笑いをされてしまう。
「ま、夜は長いんだし、せっかくだからゆっくり話そうか。それから、俺のことは『ルー』って呼んでほしいな。うん、そうだな……。そしたら、君のお願いを一つ、叶えてあげなくもない」
34
お気に入りに追加
376
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
双月の果てに咲く絆
藤原遊
BL
「君を守りたい――けれど、それがどれほど残酷なことか、俺は知らなかった。」
二つの月が浮かぶ幻想の世界「ルセア」。
その均衡を支えるため、選ばれた者が運命に抗いながら生きるこの地で、孤独な剣士リオは一人の謎めいた青年、セイランと出会う。
彼は冷たくも優しい瞳でこう呟いた――「俺には、生きる理由なんてない」。
旅を共にする中で、少しずつ明かされるセイランの正体、そして背負わされた悲しい宿命。
「自由」を知らずに生きてきたセイランと、「守るべきもの」を持たないリオ。
性格も立場も違う二人が紡ぐ絆は、いつしか互いの心を深く侵食していく。
けれど、世界の運命は彼らに冷酷な選択を迫る――
愛を貫くため、どれほどの犠牲が必要なのか。
守るべき命、守れない想い。
すれ違いながらも惹かれ合う二人の運命の果てに待つものとは?
切なくも美しい異世界で紡がれる、禁断の愛の物語。
※画像はAI作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる