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第五章 王妃のお茶会

40. ここに到る物語

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「あげなくもない、とは? 結局どちらなんです?」

 一体どういう交換条件なんだと思いつつ、俺はとにかく思ったことをすぐ口に出してしまうことにする。多少、遠慮のない口ぶりになってしまうが、それも相手の異能の所為なので仕方がない。
 実は、俺の魔力量なら多少なりとも第二王子の異能に対抗出来るのでは、と密かに思っていたのだが、結果はこのザマだった。俺がここに来た理由などとうに読まれているらしく、これでは取引に持ち込むことすら難しい。

「だって、サファインなんておかしな名前だろ? いかにも精霊種って感じの名前でさ。まあ、俺の母親がつけたんだから当然だけれどもね。……シリルという名前は人間の名前っぽいけど誰がつけたの? 君のお母さん?」
「母親、だと思います。もう亡くなっているので確認はできませんが」
「ああ、例の帝国の魔物狩りだとか言われているあれか。気の毒にね。確か十年ぐらい前だったかな」
「はい」
「ジオルグから聞いて、ずっと君に興味はあったんだ。でもなかなか会わせてもらえなくてね」
「ちち……、いや、宰相閣下に?」
「ふふ、随分と他人行儀な呼び方をするんだね。そう、今は閣下だけれども、当時はまだ神官長だ。君を引き取るために、彼はなりふり構わず俺の母親に仲介を頼んできた。セラザには元々、君の一族の後見をしてきた力のある精霊種がいるんだよ。パノン王家としてはあまり関わりたくない案件だったみたいだけれど、母の故郷である蒼天鏡ソウテンキョウのお歴々は、そうじゃなかったみたいでね」

 蒼天鏡とは、サファインの母親が生まれ、今なお暮らしているとされる、精霊種の大きなさとのひとつだ。人間の血を持つ身では決して入ることの許されない、神秘による幻影の湖。聞くところによると、サファインでさえその例外は認められず、未だに一度も立ち入ることが許されていないのだとか。

 そして、また俺の知らない話が出てきた。
 
 ──ジオルグは、俺を引き取るときに、誰かと揉めていた?

「セラザの……というと、もしかしてイサドラ・ダードウィンですか?」
「彼を知っているんだね」
「はい、名前だけは」

 ただ単に、セラザにいる力のある精霊種といったら、ダードウィン以外は思いつけなかっただけだ。ダードウィンは、セラザの辺境伯ルートにのみ登場するキャラクターなのだが、ブライトの一族と、そんな特別な関わりがあることまでは知らなかった。

「……やっぱり、君の思考は面白いな。視点が変わっているし、意味のわからない言葉もたくさんある」

 不意にそんなことを呟かれ、はっと息を呑む。

「この部屋のことも、君は最初からんだろう?」
「そもそも、殿下はなぜあの鍵を私の元に?」
「さあ。どうしてだと思う?」

 美しい顔に人の悪い微笑を浮かべながら、完全に面白がる口ぶりで返される。
 わかってはいたが、やっぱり厄介な相手だった。ゲームのシリルのみならず、この第二王子は俺自身とも絶対に相性が悪い。

「ふうん、そうかな?」

 また思考を読まれる。この調子が延々と続くのだとしたら、正直面倒くさい。
 ……それとも俺は、やはり敵認定されているのだろうか?

「敵認定? 月精の君を? まさか」

 月精だからって、そんなことは別に関係がない。現に、聖女のことを快く思っていない公爵令嬢だっているのだから。

「では、今宵ここにお招き頂いたのは、なぜですか?」
「おや? 君が今ここにいるのは、君自身が俺に会いに来てくれたからじゃないのかい?」

 こちらが聞いたことに、さっきから一つもまともに答えようとしない。相手が異能を使わずにいてくれない限り、この話の運びは完全にこちらが不利だ。
 さっき言われたように、本当に疲れているのか、俺の思考にも余裕がなかった。諦めて帰った方がいいのかもと思ってため息をつくと、サファインの表情が一瞬で変わった。

「答えてくれないのは、君もだよ。だけどそろそろやめよう。きりがないからね」

 そう言うなり、サファインが殊勝な顔つきで手を差し出してくる。そして、テーブルの上にあった俺の手を握ってぶんぶんと振った。もしかして、握手か。これでひとまず手打ちのつもり……、なのだろうか。

「やっと君に会えたものだから、少し浮かれていた。もう君の思考を読むのはやめるよ。約束する」
「い、いえ、こちらの方こそ。王子殿下に対し、分を弁えぬ言動を──」

 突然の変化についていけず、困惑しつつも謝罪しかけた俺に、サファインは握ったままだった俺の手を両手で押し頂くようにしながら言った。

「いいよ。面倒くさい絡み方をしたのはこっちだから、先に答えてあげる。この部屋の鍵を君に届けたのは、君を試すため。君が、一体どういう存在なのかを」


 サファイン曰く、きっかけとなったのは、お披露目の日にあの石をアイリーネに届けたことだった。

「実は、たまたまあの迎賓館ゲストハウスの近くに居合わせたんだ」

 それは確かゲームでも言っていたな、と思い出す。あの日、アイリーネがいた迎賓館の近くを一人で散歩していたときに、オリーゼの襲来を目撃したらしい。これは面白いことになったな、と一瞬は思ったそうだが、さすがに気の毒かと思い直して、咄嗟に例の石を聖女の部屋のものと思しき窓の向こうに送り込んでおいたのだとか。

「もちろん、アイリーネがどこに転移するかも気になっていたから、追跡探知はしていたよ? それがどうやら兄上の部屋に跳んだみたいだったから、まあそうだろうなって思いながら、一応俺も確認がてら近くの部屋に転移して」

 アイリーネの転移がジオルグの結界に阻まれているとわかっても、すぐに手出しはしなかった。そこにジオルグ本人がいることも解っていたからだ。

「では、あのときすぐ近くにいらっしゃったんですね」
「うん、いたよ。結界が解かれたあと、ジオルグに気づかれないよう、気配を遮断しながらそっちの様子を探知していた。なんだか自分が間者スパイにでもなった気分だったよ」
「アイリーネ様は、オリーゼ嬢の声が怖くて、女神様に祈ったらあの部屋に転移していた、と仰っていました」
「……まあ、君がいたからだと思うけどね」
「はい?」
「いや、なんでもないよ。とにかく君に会いたいって、改めて思ったのはそのときだ」

 なんとサファインは、探知の魔法と自らの異能を組み合わせ、聖女と俺の胸の内を同時に知ったそうだ。壁を隔てていた上、少し距離もあったりして、全てを漏らさずに把握できたというわけではないようだったが。
 それに、あまり精度を上げてやりすぎると、ジオルグに察知されてしまう恐れもあった。

「アイリーネはともかく、君の思考はなかなか興味深かった。そう言ったら、あとはわかってくれるかな?」

 ──ああ、なるほど。

 この世界で起こっていることと、ゲームの世界におけるシナリオ上のイベントとをいちいち比較していたのを、不審に思われたのか。
 俺がそう言うと、そうじゃないとサファインはかぶりを振った。

「不審に思ったんじゃなくて、を持ったんだ。君ならきっと、俺が思いもよらないような事を語ってくれるんじゃないかって。ちょうど最近、君が護衛士団の庁舎で寝泊まりしていると知って、これはまさに絶好の機会だと思って鍵を届けてみたんだ。君ならきっと、ここへ来る方法も知っているはずだから」

 頬が紅くなるほどの熱量で一気にそう語り、深緑色の瞳をキラキラと輝かせて、サファインが俺をじっと見つめてくる。
 ここにはアイリーネの代わりに来たつもりが、なにやら本当に俺が第二王子を攻略している気分になってきた。
 俺は、四方の壁にあるぎっしりと本が詰め込まれた書架を見回す。

「ここにもないような、奇想天外なお話が出来るかどうか、自信がありませんが……」
「いいよ、かまわない」
「では、全てお話ししたら、俺の願いを聞き入れてくださいますか?」
「うん、約束する」

 さっきの意味不明な交換条件からは、打って変わった真摯な約束。
 ……ならば、と俺は心を決める。

 少し長い話になると、そう、前置きをして。俺は、前世のことを思い出したのことから、今夜ここにやって来ることまでを全て、サファインに話して聞かせた。
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