【本編完結】裏切りの転生騎士は宰相閣下に求愛される

碧木二三

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序章 邂逅

⒋ 邂逅 ─後編─

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「……ッ?」

 それは気のせいではなかった。たった今まで、俺に近づく者すべてを切り裂くようにビュービュー渦巻いていた風が、みるみる解けていっている。
 慌ててもう一度召喚してみるが、状況は何も変わらない。
 やがて、風竜エアの力は完全に消失する。
 一旦は離れていった男たちが、また剣を構えながらじりじりと近づいてくる。
 女も手綱を引いて馬を戻す。
 その少し後ろに馬上で松明を掲げている男が二人。彼らはその場所からほとんど動いていない。
 追っ手の数は合わせて七名。男達は全員一言もしゃべらない。ただ女の指図に黙って粛々と従うだけだ。
 今更ながら、そのことが不気味に思えてくる。
 再び取り囲まれて、俺はすっかり逃げ場を失う。
  
「六位の召喚魔法が使えるとはね。正直、みくびっていたわ」

 女の口唇が嗤いの形に吊り上がる。

「まさ、か……?」

 震える声を絞り出す。
 
 ──そんなこと、嘘だろう……。

 背筋にゾッとしたものが走り抜けた次の瞬間、俺の体はその場で凍りついたように動かなくなった。
 指すらも動かせない、声も、出せない……。見えない何かに咽喉を締め上げられる苦しさに、意識がどんどん遠のいていく。

「驚いた? 人間には魔法は使えないと思ったから? の分際で、忌々しいぐらい傲慢だこと」
「…………ッッ!!」

 心中の驕りを言い当てられるほど、恥ずかしいことはなかった。

 ──だけど、この女も精霊種なのか……?

 これは予想外だった。ゲームの中では反撃しなかったから、この女が魔法まで使えるとは知らなかったのだ。
 詠唱もなく俺が召喚した風竜エアを容易く追い払えたということは、少なくとも体内の魔力量が少年のそれよりも上なのだろう。
 体を呪縛されるまでまったく気づかなかった。いつ呪文を唱えたのか、上級の魔法士ばりに高速で唱えたとしても、口もほとんど開けずに?

 ──いや、あらかじめどこかに術式を書いておけば、封印を破るだけで発動する魔法もあるんだった、か?
 
 ますますわからなくなってきた。
 そして今度こそ、万事休すだ。
 俺に拘束の魔法をかけたということは、確実に斬り殺すつもりなのだろう。

 ──ごめん、せっかく、ここに生まれ変わってきたのに……。

 【彼】を助けるどころか、女を怒らせて事態をさらに悪い方へと転がしただけだった。
 俺が何もしなければ、この場では命が助かったはずなのに、下手に足掻いたせいで、本当にごめん。
 瞼を閉じることができない両目から、滂沱の涙……。

 剣を構えつつ目の前まで来た男が、ふと引かれたように女の方を振り返る。

「……■■■のグリフォンが来る」

 女の言葉の意味を理解する間もなく、松明の火が消える。
 暗闇の中、男達が素早く退がっていく気配がする。

「……時をかけ過ぎた。残念だけれど、今宵は退きましょう。今殺せば我らは容赦なく殲滅される。まったく厄介だこと」
  
 地面から、馬の蹄よりも力強い振動が伝わってくる。
 姿は見えないが、草原の奥から幻獣グリフォンの咆哮が響き渡る。

 ──本当に、来てくれた……。

 拘束の魔法が解け、体がほっと緩んだ瞬間、首筋に何かチクッとした痛みが走った。



 地面に倒れ込み、そのまますうっと闇に呑まれるようにして意識を失う。
 底に堕ちきる前に今度は強く引き上げられる感覚。パッと目を開くと、誰かにそっと抱き起こされていた。

「……君は、か?」

 美しい男が、腕に抱き抱えた俺を沈痛な表情で覗き込んでいた。
 銀色に輝く髪に、けぶるような金色の瞳。透き通るような、白い膚……。
 
 ちょうど今、雲が晴れて月の光が淡く彼を包むように照らす。

 ──なに、これ……、月の精みたいに、きれい……。

 俺は思ったことをそのまま声に出していたようだった。
 彼が、何故か愕いたように俺を見る。
 どうしたんだろう、自分が綺麗だって、知らないのかな……。

「君に言われると、妙な気持ちだな。………は、君なのに」

 ──え? 
 
 よく聴こえなくて小さく訊き返すと、彼は少し笑ったようだった。

「シリル、だな? 助けにくるのが遅くなってすまない。風竜エアが教えてくれた。本当に、よく耐えたな……」 

 ゆっくりとまるでお姫様みたいに抱き上げられて、鼻の奥がツンとなる。
 父親に抱かれた記憶のない俺は、このとき夢心地だった。今のシリルは痩せっぽっちの子供だから、きっとものすごく軽いだろう。
 彼……ああそうだ、俺はこの人の名前を知っている。
 それがだと、混濁しつつある意識ではわからなくて……。

「……助けてくれて、ありがとう、じぉるぐ、さ、ま……」

 お礼を言った途端、俺の意識はまた深い闇の底に引き戻されていった。
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