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第一章 胎動編
肆ノ詩 ~血濡レノ宮 ~決戦~ ~
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「兇禍神地!!」
二人の声が重なり頂上決戦早々それぞれの最強の手札を切る
「斬殺呪相白神の羽衣」
と唱えると同時に秦宮の装衣が純白に染まり、天女の羽衣のような物を纏った姿になる。刀も先程の赤紫の刃から蒼白の刃に変わり、刀を纏う蒼白いオーラに触れた地面を削り取る。そしてゆっくり切っ先を大禍津の方に向ける。
一方大禍津姫は
「魂依狐神夢ヵ幻棘獄神装大刻車」
半透明の狐耳と尻尾が形成されゆっくりと揺れている。背後に2つの巨大な砂時計、両手には左右非対称の刀身を誇る二対の日本刀が握られており、足元には赤い光を放つ曼荼羅模様が浮かぶ。そして片方の刀を秦宮に向け不敵な笑みを浮かべる
双方深く構え、しばしの静寂が包み、同時に踏み出す。
「いざ勝負!!」
相手に向かって突進する。
双方相手の間合いに入るには数秒とかからずほぼ同時に斬り掛かる。振られた刃は衝突し火花を散らす……と思いきや大禍津姫の刀は秦宮の刀をすり抜け秦宮の身体を斬り裂こうと尚も加速する。
「なっ!すり抜けた!?いや今はそんな事どうでもいい……今考えられる仮説が正しければ……」
秦宮は右足に霊力を集中させ地面に転がる骨鳥居の残骸を大禍津姫に向けて蹴り、背後に飛び退く。
日本刀には反りがある。背後に飛び退けば身体を斬り裂かれるまで1/100秒程の猶予があるのだ。
刃が秦宮の衣服にめり込む。
「間に合え!」
秦宮の叫びも虚しく右肩に痛みが走る。がギリギリ間に合ったようだ。大禍津姫の凶刃は秦宮の右肩の皮一枚を斬り身体の大部分をすり抜ける。すかさず右拳を固く握り霊力を集中させ突き出す。拳は大禍津姫の左頬を捉え、秦宮の腕には大禍津姫の頬骨が砕けるような感覚が伝わる。
しかし吹き飛ぶ瞬間大禍津姫の瞳がギロッと秦宮を睨み
「まず壱」
と小声で呟く。そしてなんと刀を二振りとも手放し、秦宮の突き出された右前腕をがっしり掴む。
「なっ!」
大禍津姫は殴り飛ばされた勢いを殺さずに秦宮の腕を掴んだまま後方に跳ね、さらに速度、重さを乗せた一本背負いを行い秦宮を地面に叩きつける。それは尋常ではない威力であり、叩きつけられた瞬間着地地点が抉れ土煙が舞う。
「ふーん……やるね……受け身はギリギリ間に合ったと……けど立つのもやっとじゃない?」
秦宮は頭から血を流しながら荒い息遣いでフラフラと立ち上がる。
「今のは危なかった……あと刹那の一瞬自分の刀を着地地点に刺して地面を割り、その残骸が緩衝材になっていなければ間違いなく即死してた……クソッ……視界も掠れる……手に力も入らない……でも今ここであの大禍津姫を止めないと……」
大禍津姫は秦宮の様子を見て袖で口元を隠し、くすりと笑い
「自分の想像より私が遥かに格上だった事に驚いたのかい?暗部はこれまで幾度となく大禍津姫の分霊を打ち倒してきた……」
大禍津姫はカツン……カツン……と秦宮に歩み寄り自分の刀を拾い鞘に納め、耳元で
「私の骸傀儡いやあなた方には分霊の方が馴染み深いでしょうか。私は捌番目です」
強すぎる筈だ……一桁の数字を冠する骸傀儡……千年以上顔ぶれの変わらない正真正銘の大禍津姫直属の分霊だ……でも今はそんなこと関係ない!!
秦宮は両手で柄をしっかり握り構え、脚に霊力を集中させる。
「秦宮流 神速」
そこからの戦闘は苛烈を極めた。
これまでにない強さで地面を蹴り大禍津姫に斬り掛かる秦宮は先程までの速度とは一線を画し、それに驚いた大禍津姫の行動を1手遅らせその隙をつき首に刃が当てるも大禍津姫は全身を切っ先向けて高速回転させ、スリッピングアウェーの要領で首の切断を回避し、左手で峰から秦宮の刀身を掴み、いつの間にか握られた右の裏拳を秦宮の腹部に放つ。
咄嗟に秦宮は後方に飛び衝撃を最低限に抑える動きをするが裏拳は秦宮の腹部に深々と入り、地面が衝撃波でヒビ割れる。しかし背後に飛び退く事によりダメージを最小限に抑えた秦宮は手に握られた刀を手放し大禍津姫の腕をがっしりと掴んで微笑みかける。
「さっきのお返し」
先程大禍津姫にされた一本背負いを真似て勢いを出来る限り殺さずに地面に投げようとするも大禍津姫は秦宮の刀を空中に置くように捨てつつ柄を握り、秦宮の脚を切ろうと振るう。
秦宮はそれを跳躍で回避しつつ左脚で大禍津姫の左手を踏み砕き、手を離された刀を右脚の後ろ蹴りにて宙に蹴りあげる。
「これで!どうだ!!」
そして雄叫びと共に大禍津姫の身体を地面に叩きつける。
土煙の中、大禍津姫の首の骨が砕ける感覚が大禍津姫の身体を伝って腕に伝ってくる。秦宮は後方に飛び退き、降ってくる刀の柄をパシッと掴み受け止め再び構える。
「痛いじゃないですか……私の投げ技を一回受けただけでここまで再現するとは……でもこれで……」
土煙の中から姿を現した大禍津姫を見て天知はヒッと声をもらす。大禍津姫の首は完全に折れ、垂れ下がり首の皮膚が伸びて捻れ、逆さまの状態でこちらを見て笑っている。しかしそんな事より最も驚いたのは大禍津姫が手に持つ砂時計の中に秦宮が入っている。
「あら、世界が逆さまですね……この頭に血が上るような違和感の正体がわかりました。」
大禍津姫は秦宮が入った砂時計を地面に置き、頭を持ち上げ元の位置に戻しポキッポキッと2回ほど首を鳴らし少し気難しい顔をしている。
「まだ首がグラグラしますね……」
「秦宮さんをどうしたの?」
天知の問に大禍津姫は笑みを浮かべ
「邪魔だから永久にループする時間に幽閉したのです」
ふと秦宮の入った砂時計にヒビが入りパリンと割れ、白煙が吹き出し、その中から元に戻った秦宮が姿を現す。秦宮は般若の様な怒りに満ちた顔をしている。
「貴様勝負を侮辱するのか?」
相当ご立腹のようだ。刀を掲げ、横薙ぎを放つ。大禍津姫はそれを身を屈めて回避し秦宮から距離をとる。
「おっと、出てくるのが早すぎですよ秦宮杏子。それに殺し合いに規則なんてありません。」
大禍津姫は首に手を当て先程スリッピングアウェーで斬首を回避した時についた傷から流れる黒い血を拭い、それをペロッと舐めると邪悪な笑みを浮かべる。そして両手を祈るように組み
「兇禍神地 禍津陽之幼巫女」
大禍津姫の周りに地面から4体の小さな大禍津姫が這い出てくる。よく見ると小さな大禍津姫の関節は球体関節であり人形のようだ。
「そして……構築陣地 黑壊血鎖」
大禍津姫の両掌から赤黒い鎖がジャラジャラと溢れ出る。それを見た三人は一同にある思考が脳裏をよぎる。
「術式も陣地も一人一つの筈だ。ありえない。コイツどれだけの術式と陣地を使えるというの!?」
叫ぶ夏野里を一瞥して大禍津姫は三人を見据え悪意に塗れた満面の笑みを浮かべ答える
「陣地が一人一つ?誰が決めた?。術式が一人一つ?誰が決めた?。千年前じゃこんな事基礎ですらない。折角ですから教えてあげましょう。私の陣地の数は……」
驚く三人を横目に大禍津姫は続ける。
「それでは鏖殺のお時間です。幼巫女達奴らを狩れ。」
4体の人形が刀を抜きこちらに突進して来る。秦宮は顔に影を落とし、ニヤッと笑う。そして
「ねぇ大禍津姫さん、花火って綺麗ですよね……ドンッと音が響き、夜空に光の花を咲かせる。」
秦宮は懐から何かを出し突進してくる人形と大禍津姫の前に軽く投げる。
「え!嘘でしょ!!」
それを見た瞬間、夏野里と天知が耳を塞ぎ伏せる。天知の声を聞き大禍津姫は二人をみて異常な光景だと悟り再び視線を目の前の秦宮に戻す。そして秦宮が投げたものを凝視し、それが何か気付いた瞬間それは爆ぜた。
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!何た゛こ゛れ゛!!」
大禍津姫の悲鳴と共に辺りを凄まじい閃光と爆音、衝撃波が襲う
その閃光手榴弾は魔改造が施され人体すら透過させる程の圧倒的な光量へと強化された上小型であり、生きた人間にはほぼ無害であるにも関わらず隠世の常闇を根城にする存在に対して驚く程の殲滅能力を誇り、技術さえ確立してしまえば大量生産が可能な事と神に仇なす愚者への裁きという意味から「神の裁き」と呼ばれ世界中の暗部に好まれた。
炸裂したケラウノスの閃光は数秒で厄災の外殻である巨大なドーム型の結界内部全域に広がり1986年、2008年双方の外殻にヒビを入れ、そのヒビからレーザーの様に光が漏れる。
━━2008年 厄災現地━━
「うわぁ花火ィ!綺麗だ~」
プレアデスが目をまん丸にしてその光景を見つめている。その横で驚きを隠せないサジタリアスは声を漏らす。
「あれはどう見たってケラウノス……でもエアリーズもトーラスもヴェルゴさんもあんな装備は持っていなかった筈、一体誰が……」
━━2008年 総本部━━
男性隊員が慌てふためいた様子で廊下を走り突き当たりの大きなドアを叩き、返答を待たずに中に入る。
「総司令官様大変です!!和歌山の厄災型結界ドームの外殻がヒビ割れ、内側からケラウノスの光が!!」
総司令官の椅子には1986年と全く同じ姿、いや若干髪色が薄くなってはいるがほぼ同じ姿をした少女が座り頭を抱えている。
「ああ知ってるよ……現地及びその近辺にいる全暗部隊員に伝令!第三種戦闘配置!ケラウノスで消し飛ばなかった悪霊や怪異が溢れ出て来るぞ!!」
「了解!」
男性隊員は慌てて司令官室を後にする。
━━1986年 総本部━━
「総司令官様、ケラウノスが発動した様でございます。」
秘書の様な女性が窓の外の曇空を眺めながら総司令官の椅子に座る少女に話しかける。
「ああ知っている。あの秦宮がそれ程追い込まれていると言うのか……まさか数百年以上沈黙を保っているアイツが動いた……?」
「アイツとは総司令官様のご知り合いでしょうか?」
司令官室に暫くの静寂が包み総司令官の少女は重い口を開く。
「大禍津姫の骸傀儡肆号機……いや███ █と言うべきか。」
「その方は何者なのですか?」
総司令官の発言に驚きを隠せない秘書の様な女性が尋ねる。
「私達は仲間だった……私達は仲間のはずだった……██よ…………そんなにも私達を……世界を許せないのか……」
「総司令官、その██という存在の身に一体何が?」
暫しの沈黙の後、総司令官が淡々と語った内容に秘書の様な女性は口を手で抑え驚く。
「そんな……そんな事って……」
━━隠世████層 広間━━
大禍津姫が出現させた幼巫女は4体ともガラガラと崩れ落ちる。
「ク゛ソ゛ッ何だ今の゛は!頭が痛い゛!霊力が上手く゛練れ゛ない゛、クソッどうなって゛るんだ!」
大禍津姫の目と耳から黒い液体が流れている。
「大禍津姫、流石の貴方もコレはさぞ堪えたでしょう。対隠世悪霊及び怪異の特攻兵器「神の裁き」、流石の大禍津姫にも効きましたね。って言っても聞こえていないでしょうが。」
秦宮は後方に飛び退き刀を鞘に収め居合の構えを取る。
「夏野里!!天知!!隊長命令、20秒ほど時間を稼げ!!奴は今ほぼ全ての術式や陣地が焼ききれて使用できない!!」
秦宮は2人に指示を出す。
「了解です」
天知はライフルを構え大禍津姫の右足に照準を合わせトリガーを引き、射出された弾頭は大禍津姫目掛けて空を切り迫ってゆく。
それを一瞥した大禍津姫はバク転の要領で後方へ回避するが、夏野里が背後に回り込み首目掛けて一閃、大禍津姫の顔は苦痛に歪んでおりケラウノスのダメージが半端では無いことが伺える。
「想定内だ!」
大禍津姫は下段からの後ろ蹴りにて刃ごと夏野里を蹴り上げる。
「クソ……」
すかさず天知は大禍津姫の身体の中心向けで狙いをすませ、トリガーに指をかけるも、大禍津姫は蹴り上げられ大きな隙を晒す夏野里の腹に肘打ちをする。
「ケハッ!!」
肘打ちは深々と刺さり夏野里を容易に失神させ襟を掴み肩に担ぎながら夏野里を盾に天知に向かって突撃する。そして十数メートルの距離から天知に向けて夏野里の身体を投げる。
天知はライフルを地面に落とし、夏野里を全身で受け止める。大禍津姫は天知が落としたライフルを拾いながら回し蹴りを繰り出し2人を吹っ飛ばし額に左手を当てながら苦悶の表情で2人にライフルを突きつける
「……チェックメイトだ」
突然尋常じゃない霊力を感じ、3人ともその方向を見ると同時にゴオオオッと凄まじい風が吹き抜け、大禍津姫の白い長髪がパサッと地面に落ちる。よく見ると大禍津姫の白髪は首の辺りでバッサリと切られ、首にも青白い細い線が横にはいっている。
ガシャン……
大禍津姫は構えていたライフルを落とし、不敵に笑う。
「やるじゃん……秦宮 杏子…………」
夏野里と天知は風下を向く。視線の先暗闇の中、秦宮が倒れている。2人は視線を大禍津姫に戻す。
大禍津姫は少しずつ上を向いてゆく。いや首の前方から少しずつ裂けて後方に頭部が傾いているのだ。そして程なく大禍津姫の首は地面に落ちコロコロと少し転がり首は淡い青色の光を放ちながら崩れてゆく。身体も力なく地面に伏す。二人は大禍津姫の首が完全に消えるまで眺めた後
「これで倒せたの……?」
少しの静寂の後、天知の疲れきった声が静寂を打ち破る。
「あぁ……私達の勝ちだ……」
と夏野里は答え秦宮に歩み寄り手を差し伸べる。秦宮はゆっくり夏野里の手をとり、立ち上がると肩を借りて歩く。
「なぁ秦宮、大禍津姫の分霊の中でも最上位を討祓したんだぜ私ら、帰って祝杯だ!」
意気揚々と喜びを爆発させる夏野里を横目に秦宮は苦笑いを浮かべ
「私達まだ未成年よ……飲酒だなんて……」
「そんなお硬いことを言うなよ秦宮」
二人の様子を見て、この2人のやり取りがずっと続けばいいなと内心で微笑みながら二人の少し後を明美を背負った天知が歩く。そんな中、天知はとんでもないものを見た。
視界の端……ギリギリ見えるかどうかの場所で何かが動いた。天知は振り返る。そこには首の無い大禍津姫の身体と巨大な砂時計が二つ。「砂時計が消えていない」それが意味するのは大禍津姫は倒されていないという事。
「は……」
天知が二人を呼ぼうとした瞬間、大禍津姫の亡骸の背中が膨らみ、刀身が突き出す。そして蛹が蝶になるかの如くその刃で大禍津姫の背中を裂き天知と同じ位に見える白装束を身に纏った少女が出てくると同時に大禍津姫の身体はサラサラと砂山が風で崩れる様に消える。
その瞬間天知の全細胞が理解する。今目の前にいるあの少女が先程まで戦っていた大禍津姫の本来の姿であり、切り落とされた頭はすぐ崩壊したのに身体が崩れなかった理由を。
そして恐怖で声が出ない。天知は二人に手を伸ばすが何者かに肩を掴まれる。背後を見ると先程まで100m以上向こうに立っていた少女がもう目の前におり、天知の肩を掴んでいる。足音も近付いてくる気配すらしなかった。それにこの距離を一瞬で移動している。この少女が先程の大人の形態とは一線を画す化物である事が容易に理解し得た。少女は恐怖で硬直する天知の耳元に顔を近付け一言
「落ちよ」
天知の意識がふっと消えその場に倒れる。その音に反応した秦宮と夏野里は振り返るも少女は夏野里の目の前に立ち拳を握り構えている。
「愛宕霊体術極ノ型 魂砕牙獦 呪貫」
突き出された拳は夏野里の腹部をまるで豆腐のようにいとも容易く肉を抉り風穴を開ける。少女は腕を引き抜き更に追撃を加えんと拳を握るも、すかさず秦宮は抜刀、少女に切りかかり少女はヒラリと華麗に刃を回避、二人から距離をとる。そして背後に手をかざし空間を歪みさせる。
「運命が交わる事があればまた会いましょう。」
少女邪悪、いや邪悪を通り越して狂気に染った笑顔を浮かべ空間の歪みを潜る。すると急速に歪みは小さくなってゆく。
「待て!!大禍津姫!!」
秦宮は懐からもう1つケラウノスを取り出し閉じ切る寸前の門に投げる。秦宮の手を離れたケラウノスはギリギリで空間の歪みの中に落ちてゆく。
「アイツらは強かった……もし私の弱点を見抜かれてたら負けてたのは私だったかもしれない……」
少女はクスッと笑い振り返る
「今度こそお前らを皆g……」
少女は目を見開き言葉につまる。振り返った少女の目の前に浮かんでいたものそれは……
秦宮が先程空間の歪みに投げ入れた「神の裁き」……その瞬間大禍津姫は全てを理解する。
「クソ巫女ォォォ!!」
ケラウノスは爆ぜた。しかし先程と違い光が逃れる場所がない。ケラウノスの光は歪みに呑まれんと張られた結界の壁に反射し少女を蒸し焼きにする。
「この借りは……絶対……に……返す…………秦宮……きょ…………う………………k………」
凄まじい閃光中に少女は消える
秦宮は夏野里に駆け寄る。夏野里の腹には直径7cm程の風穴が空いており、床に血溜まりを作り、傷口からは内臓を見えているものの急所は外れている。流石は夏野里、貫かれる寸前に体を捩らせ急所を反らせたようだ。秦宮は夏野里の応急処置をして肩を撫で下ろし息を整え考える。
「夏野里は直ぐに医療機関で医者に見せた方がいいが往復する時間はない。このまま進むのが最善策か……流石に私も三人は同時に運べない……天知が起きるのを待つか……」
秦宮は明美の肩をトントンと叩くが反応は無い。
「それにしてもこの少女血塗れのパジャマを着ている。何があった……呼吸も脈も正常だし……なぜ起きないのか不思議なくらいだ……」
秦宮は自分の装備を地面に広げて整頓する。ケラウノスの副次的効果だろう。悪霊も怪異も姿を表さない。
「さてゴールはもうすぐここで30分程仮眠を取ろう」
秦宮は避霊香を炊き横になる。
「チェックメイト……」
幼い少女の声と共にコンッと小突かれた砂時計は倒れ丸テーブルの上を転がる。丸テーブルの上にはチェス盤があり、駒の代わりに数多の砂時計が並んでいる。その一つ一つに小さな暗部隊員や悪霊、怪異などが入っており、そのどれもが出口を探して彷徨っている。
ドサッ……
「あら捌式……彼女達と戦ってみた感じどうだった?」
「あの野郎空間の歪みにケラウノスを投げ込みやがった。」
全身が黒焦げ四肢は焼損し白煙を上げながら横たわる捌号を一瞥し少女は呆れた顔をして捌号を見下ろす。
「で?不月神の断片を使って星村紗季という悪霊を作り厄災まで引き起こしたのに成果はないの?てか私の質問に答えてくれる?」
丸テーブルに頬杖をつき真紅の瞳をした白髪の少女は砂時計を指先で摘み暫く砂時計の中を眺めるとテーブルに置き、粘土細工のような人型の人形を懐から取り出し、がっしり掴むと捌号の身体は見えない力で拘束され、ゆっくりと宙に浮き、少女が人形の首を捻ると人形と同じように捌号の首も捻れる。
「申し訳ございません……」
必死に許しを乞う大禍津姫を意に介さず、少女は人形の首を回すのを辞めない。
首が8回ほど回り、既に意識が掠れた頃白髪の少女は人形を丸テーブルに置き、それと同時に大禍津姫は地面に落ちる。
「さて不必要になった玩具を解体したいんだけどさ。星村紗季、あの骸傀儡の霊核は私の宝物の一つなんだけど誰か回収して来てくれる?」
辺りに静寂が包む。
「お嬢、私が直々に行きましょう。秦宮杏子にも興味がありますし。」
「あら、肆号貴方が出るなんて珍しい。気をつけて行っておいで。」
肆号は歪みを潜り別の層へ移動する。少女はそれを手を振り見送る。その場にいた他の大禍津姫の分霊は全員同じ考えが頭を過ぎり、少女を除いたその場の全員が秦宮達侵入者を憐れむ。
「侵入者達にとって最悪な相手だ。」
肆号は足音を響かせながら暗い廊下を歩く。
「華寅……凄まじい作戦を思いつくものだよ……」
バサッと紅い羽織を身につけ、天井を見てため息をつく
「まだ会いに行く時ではないかな……」
暫く歩き肆号は空間の歪みを出現させ、歪みに触れて大きくため息をつく。
「あの頃のまま何事もなければ私達の道は分かたれることは無かったのかもしれない。でももう過去には戻れない。華寅も霧江も敵なんだ。感情を殺せ……」
肆号は大きく深呼吸をして歪みに入る。哀情に塗れしその背中には……黒いバツで上から塗りつぶされた鳥居の紋とそして……
二人の声が重なり頂上決戦早々それぞれの最強の手札を切る
「斬殺呪相白神の羽衣」
と唱えると同時に秦宮の装衣が純白に染まり、天女の羽衣のような物を纏った姿になる。刀も先程の赤紫の刃から蒼白の刃に変わり、刀を纏う蒼白いオーラに触れた地面を削り取る。そしてゆっくり切っ先を大禍津の方に向ける。
一方大禍津姫は
「魂依狐神夢ヵ幻棘獄神装大刻車」
半透明の狐耳と尻尾が形成されゆっくりと揺れている。背後に2つの巨大な砂時計、両手には左右非対称の刀身を誇る二対の日本刀が握られており、足元には赤い光を放つ曼荼羅模様が浮かぶ。そして片方の刀を秦宮に向け不敵な笑みを浮かべる
双方深く構え、しばしの静寂が包み、同時に踏み出す。
「いざ勝負!!」
相手に向かって突進する。
双方相手の間合いに入るには数秒とかからずほぼ同時に斬り掛かる。振られた刃は衝突し火花を散らす……と思いきや大禍津姫の刀は秦宮の刀をすり抜け秦宮の身体を斬り裂こうと尚も加速する。
「なっ!すり抜けた!?いや今はそんな事どうでもいい……今考えられる仮説が正しければ……」
秦宮は右足に霊力を集中させ地面に転がる骨鳥居の残骸を大禍津姫に向けて蹴り、背後に飛び退く。
日本刀には反りがある。背後に飛び退けば身体を斬り裂かれるまで1/100秒程の猶予があるのだ。
刃が秦宮の衣服にめり込む。
「間に合え!」
秦宮の叫びも虚しく右肩に痛みが走る。がギリギリ間に合ったようだ。大禍津姫の凶刃は秦宮の右肩の皮一枚を斬り身体の大部分をすり抜ける。すかさず右拳を固く握り霊力を集中させ突き出す。拳は大禍津姫の左頬を捉え、秦宮の腕には大禍津姫の頬骨が砕けるような感覚が伝わる。
しかし吹き飛ぶ瞬間大禍津姫の瞳がギロッと秦宮を睨み
「まず壱」
と小声で呟く。そしてなんと刀を二振りとも手放し、秦宮の突き出された右前腕をがっしり掴む。
「なっ!」
大禍津姫は殴り飛ばされた勢いを殺さずに秦宮の腕を掴んだまま後方に跳ね、さらに速度、重さを乗せた一本背負いを行い秦宮を地面に叩きつける。それは尋常ではない威力であり、叩きつけられた瞬間着地地点が抉れ土煙が舞う。
「ふーん……やるね……受け身はギリギリ間に合ったと……けど立つのもやっとじゃない?」
秦宮は頭から血を流しながら荒い息遣いでフラフラと立ち上がる。
「今のは危なかった……あと刹那の一瞬自分の刀を着地地点に刺して地面を割り、その残骸が緩衝材になっていなければ間違いなく即死してた……クソッ……視界も掠れる……手に力も入らない……でも今ここであの大禍津姫を止めないと……」
大禍津姫は秦宮の様子を見て袖で口元を隠し、くすりと笑い
「自分の想像より私が遥かに格上だった事に驚いたのかい?暗部はこれまで幾度となく大禍津姫の分霊を打ち倒してきた……」
大禍津姫はカツン……カツン……と秦宮に歩み寄り自分の刀を拾い鞘に納め、耳元で
「私の骸傀儡いやあなた方には分霊の方が馴染み深いでしょうか。私は捌番目です」
強すぎる筈だ……一桁の数字を冠する骸傀儡……千年以上顔ぶれの変わらない正真正銘の大禍津姫直属の分霊だ……でも今はそんなこと関係ない!!
秦宮は両手で柄をしっかり握り構え、脚に霊力を集中させる。
「秦宮流 神速」
そこからの戦闘は苛烈を極めた。
これまでにない強さで地面を蹴り大禍津姫に斬り掛かる秦宮は先程までの速度とは一線を画し、それに驚いた大禍津姫の行動を1手遅らせその隙をつき首に刃が当てるも大禍津姫は全身を切っ先向けて高速回転させ、スリッピングアウェーの要領で首の切断を回避し、左手で峰から秦宮の刀身を掴み、いつの間にか握られた右の裏拳を秦宮の腹部に放つ。
咄嗟に秦宮は後方に飛び衝撃を最低限に抑える動きをするが裏拳は秦宮の腹部に深々と入り、地面が衝撃波でヒビ割れる。しかし背後に飛び退く事によりダメージを最小限に抑えた秦宮は手に握られた刀を手放し大禍津姫の腕をがっしりと掴んで微笑みかける。
「さっきのお返し」
先程大禍津姫にされた一本背負いを真似て勢いを出来る限り殺さずに地面に投げようとするも大禍津姫は秦宮の刀を空中に置くように捨てつつ柄を握り、秦宮の脚を切ろうと振るう。
秦宮はそれを跳躍で回避しつつ左脚で大禍津姫の左手を踏み砕き、手を離された刀を右脚の後ろ蹴りにて宙に蹴りあげる。
「これで!どうだ!!」
そして雄叫びと共に大禍津姫の身体を地面に叩きつける。
土煙の中、大禍津姫の首の骨が砕ける感覚が大禍津姫の身体を伝って腕に伝ってくる。秦宮は後方に飛び退き、降ってくる刀の柄をパシッと掴み受け止め再び構える。
「痛いじゃないですか……私の投げ技を一回受けただけでここまで再現するとは……でもこれで……」
土煙の中から姿を現した大禍津姫を見て天知はヒッと声をもらす。大禍津姫の首は完全に折れ、垂れ下がり首の皮膚が伸びて捻れ、逆さまの状態でこちらを見て笑っている。しかしそんな事より最も驚いたのは大禍津姫が手に持つ砂時計の中に秦宮が入っている。
「あら、世界が逆さまですね……この頭に血が上るような違和感の正体がわかりました。」
大禍津姫は秦宮が入った砂時計を地面に置き、頭を持ち上げ元の位置に戻しポキッポキッと2回ほど首を鳴らし少し気難しい顔をしている。
「まだ首がグラグラしますね……」
「秦宮さんをどうしたの?」
天知の問に大禍津姫は笑みを浮かべ
「邪魔だから永久にループする時間に幽閉したのです」
ふと秦宮の入った砂時計にヒビが入りパリンと割れ、白煙が吹き出し、その中から元に戻った秦宮が姿を現す。秦宮は般若の様な怒りに満ちた顔をしている。
「貴様勝負を侮辱するのか?」
相当ご立腹のようだ。刀を掲げ、横薙ぎを放つ。大禍津姫はそれを身を屈めて回避し秦宮から距離をとる。
「おっと、出てくるのが早すぎですよ秦宮杏子。それに殺し合いに規則なんてありません。」
大禍津姫は首に手を当て先程スリッピングアウェーで斬首を回避した時についた傷から流れる黒い血を拭い、それをペロッと舐めると邪悪な笑みを浮かべる。そして両手を祈るように組み
「兇禍神地 禍津陽之幼巫女」
大禍津姫の周りに地面から4体の小さな大禍津姫が這い出てくる。よく見ると小さな大禍津姫の関節は球体関節であり人形のようだ。
「そして……構築陣地 黑壊血鎖」
大禍津姫の両掌から赤黒い鎖がジャラジャラと溢れ出る。それを見た三人は一同にある思考が脳裏をよぎる。
「術式も陣地も一人一つの筈だ。ありえない。コイツどれだけの術式と陣地を使えるというの!?」
叫ぶ夏野里を一瞥して大禍津姫は三人を見据え悪意に塗れた満面の笑みを浮かべ答える
「陣地が一人一つ?誰が決めた?。術式が一人一つ?誰が決めた?。千年前じゃこんな事基礎ですらない。折角ですから教えてあげましょう。私の陣地の数は……」
驚く三人を横目に大禍津姫は続ける。
「それでは鏖殺のお時間です。幼巫女達奴らを狩れ。」
4体の人形が刀を抜きこちらに突進して来る。秦宮は顔に影を落とし、ニヤッと笑う。そして
「ねぇ大禍津姫さん、花火って綺麗ですよね……ドンッと音が響き、夜空に光の花を咲かせる。」
秦宮は懐から何かを出し突進してくる人形と大禍津姫の前に軽く投げる。
「え!嘘でしょ!!」
それを見た瞬間、夏野里と天知が耳を塞ぎ伏せる。天知の声を聞き大禍津姫は二人をみて異常な光景だと悟り再び視線を目の前の秦宮に戻す。そして秦宮が投げたものを凝視し、それが何か気付いた瞬間それは爆ぜた。
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!何た゛こ゛れ゛!!」
大禍津姫の悲鳴と共に辺りを凄まじい閃光と爆音、衝撃波が襲う
その閃光手榴弾は魔改造が施され人体すら透過させる程の圧倒的な光量へと強化された上小型であり、生きた人間にはほぼ無害であるにも関わらず隠世の常闇を根城にする存在に対して驚く程の殲滅能力を誇り、技術さえ確立してしまえば大量生産が可能な事と神に仇なす愚者への裁きという意味から「神の裁き」と呼ばれ世界中の暗部に好まれた。
炸裂したケラウノスの閃光は数秒で厄災の外殻である巨大なドーム型の結界内部全域に広がり1986年、2008年双方の外殻にヒビを入れ、そのヒビからレーザーの様に光が漏れる。
━━2008年 厄災現地━━
「うわぁ花火ィ!綺麗だ~」
プレアデスが目をまん丸にしてその光景を見つめている。その横で驚きを隠せないサジタリアスは声を漏らす。
「あれはどう見たってケラウノス……でもエアリーズもトーラスもヴェルゴさんもあんな装備は持っていなかった筈、一体誰が……」
━━2008年 総本部━━
男性隊員が慌てふためいた様子で廊下を走り突き当たりの大きなドアを叩き、返答を待たずに中に入る。
「総司令官様大変です!!和歌山の厄災型結界ドームの外殻がヒビ割れ、内側からケラウノスの光が!!」
総司令官の椅子には1986年と全く同じ姿、いや若干髪色が薄くなってはいるがほぼ同じ姿をした少女が座り頭を抱えている。
「ああ知ってるよ……現地及びその近辺にいる全暗部隊員に伝令!第三種戦闘配置!ケラウノスで消し飛ばなかった悪霊や怪異が溢れ出て来るぞ!!」
「了解!」
男性隊員は慌てて司令官室を後にする。
━━1986年 総本部━━
「総司令官様、ケラウノスが発動した様でございます。」
秘書の様な女性が窓の外の曇空を眺めながら総司令官の椅子に座る少女に話しかける。
「ああ知っている。あの秦宮がそれ程追い込まれていると言うのか……まさか数百年以上沈黙を保っているアイツが動いた……?」
「アイツとは総司令官様のご知り合いでしょうか?」
司令官室に暫くの静寂が包み総司令官の少女は重い口を開く。
「大禍津姫の骸傀儡肆号機……いや███ █と言うべきか。」
「その方は何者なのですか?」
総司令官の発言に驚きを隠せない秘書の様な女性が尋ねる。
「私達は仲間だった……私達は仲間のはずだった……██よ…………そんなにも私達を……世界を許せないのか……」
「総司令官、その██という存在の身に一体何が?」
暫しの沈黙の後、総司令官が淡々と語った内容に秘書の様な女性は口を手で抑え驚く。
「そんな……そんな事って……」
━━隠世████層 広間━━
大禍津姫が出現させた幼巫女は4体ともガラガラと崩れ落ちる。
「ク゛ソ゛ッ何だ今の゛は!頭が痛い゛!霊力が上手く゛練れ゛ない゛、クソッどうなって゛るんだ!」
大禍津姫の目と耳から黒い液体が流れている。
「大禍津姫、流石の貴方もコレはさぞ堪えたでしょう。対隠世悪霊及び怪異の特攻兵器「神の裁き」、流石の大禍津姫にも効きましたね。って言っても聞こえていないでしょうが。」
秦宮は後方に飛び退き刀を鞘に収め居合の構えを取る。
「夏野里!!天知!!隊長命令、20秒ほど時間を稼げ!!奴は今ほぼ全ての術式や陣地が焼ききれて使用できない!!」
秦宮は2人に指示を出す。
「了解です」
天知はライフルを構え大禍津姫の右足に照準を合わせトリガーを引き、射出された弾頭は大禍津姫目掛けて空を切り迫ってゆく。
それを一瞥した大禍津姫はバク転の要領で後方へ回避するが、夏野里が背後に回り込み首目掛けて一閃、大禍津姫の顔は苦痛に歪んでおりケラウノスのダメージが半端では無いことが伺える。
「想定内だ!」
大禍津姫は下段からの後ろ蹴りにて刃ごと夏野里を蹴り上げる。
「クソ……」
すかさず天知は大禍津姫の身体の中心向けで狙いをすませ、トリガーに指をかけるも、大禍津姫は蹴り上げられ大きな隙を晒す夏野里の腹に肘打ちをする。
「ケハッ!!」
肘打ちは深々と刺さり夏野里を容易に失神させ襟を掴み肩に担ぎながら夏野里を盾に天知に向かって突撃する。そして十数メートルの距離から天知に向けて夏野里の身体を投げる。
天知はライフルを地面に落とし、夏野里を全身で受け止める。大禍津姫は天知が落としたライフルを拾いながら回し蹴りを繰り出し2人を吹っ飛ばし額に左手を当てながら苦悶の表情で2人にライフルを突きつける
「……チェックメイトだ」
突然尋常じゃない霊力を感じ、3人ともその方向を見ると同時にゴオオオッと凄まじい風が吹き抜け、大禍津姫の白い長髪がパサッと地面に落ちる。よく見ると大禍津姫の白髪は首の辺りでバッサリと切られ、首にも青白い細い線が横にはいっている。
ガシャン……
大禍津姫は構えていたライフルを落とし、不敵に笑う。
「やるじゃん……秦宮 杏子…………」
夏野里と天知は風下を向く。視線の先暗闇の中、秦宮が倒れている。2人は視線を大禍津姫に戻す。
大禍津姫は少しずつ上を向いてゆく。いや首の前方から少しずつ裂けて後方に頭部が傾いているのだ。そして程なく大禍津姫の首は地面に落ちコロコロと少し転がり首は淡い青色の光を放ちながら崩れてゆく。身体も力なく地面に伏す。二人は大禍津姫の首が完全に消えるまで眺めた後
「これで倒せたの……?」
少しの静寂の後、天知の疲れきった声が静寂を打ち破る。
「あぁ……私達の勝ちだ……」
と夏野里は答え秦宮に歩み寄り手を差し伸べる。秦宮はゆっくり夏野里の手をとり、立ち上がると肩を借りて歩く。
「なぁ秦宮、大禍津姫の分霊の中でも最上位を討祓したんだぜ私ら、帰って祝杯だ!」
意気揚々と喜びを爆発させる夏野里を横目に秦宮は苦笑いを浮かべ
「私達まだ未成年よ……飲酒だなんて……」
「そんなお硬いことを言うなよ秦宮」
二人の様子を見て、この2人のやり取りがずっと続けばいいなと内心で微笑みながら二人の少し後を明美を背負った天知が歩く。そんな中、天知はとんでもないものを見た。
視界の端……ギリギリ見えるかどうかの場所で何かが動いた。天知は振り返る。そこには首の無い大禍津姫の身体と巨大な砂時計が二つ。「砂時計が消えていない」それが意味するのは大禍津姫は倒されていないという事。
「は……」
天知が二人を呼ぼうとした瞬間、大禍津姫の亡骸の背中が膨らみ、刀身が突き出す。そして蛹が蝶になるかの如くその刃で大禍津姫の背中を裂き天知と同じ位に見える白装束を身に纏った少女が出てくると同時に大禍津姫の身体はサラサラと砂山が風で崩れる様に消える。
その瞬間天知の全細胞が理解する。今目の前にいるあの少女が先程まで戦っていた大禍津姫の本来の姿であり、切り落とされた頭はすぐ崩壊したのに身体が崩れなかった理由を。
そして恐怖で声が出ない。天知は二人に手を伸ばすが何者かに肩を掴まれる。背後を見ると先程まで100m以上向こうに立っていた少女がもう目の前におり、天知の肩を掴んでいる。足音も近付いてくる気配すらしなかった。それにこの距離を一瞬で移動している。この少女が先程の大人の形態とは一線を画す化物である事が容易に理解し得た。少女は恐怖で硬直する天知の耳元に顔を近付け一言
「落ちよ」
天知の意識がふっと消えその場に倒れる。その音に反応した秦宮と夏野里は振り返るも少女は夏野里の目の前に立ち拳を握り構えている。
「愛宕霊体術極ノ型 魂砕牙獦 呪貫」
突き出された拳は夏野里の腹部をまるで豆腐のようにいとも容易く肉を抉り風穴を開ける。少女は腕を引き抜き更に追撃を加えんと拳を握るも、すかさず秦宮は抜刀、少女に切りかかり少女はヒラリと華麗に刃を回避、二人から距離をとる。そして背後に手をかざし空間を歪みさせる。
「運命が交わる事があればまた会いましょう。」
少女邪悪、いや邪悪を通り越して狂気に染った笑顔を浮かべ空間の歪みを潜る。すると急速に歪みは小さくなってゆく。
「待て!!大禍津姫!!」
秦宮は懐からもう1つケラウノスを取り出し閉じ切る寸前の門に投げる。秦宮の手を離れたケラウノスはギリギリで空間の歪みの中に落ちてゆく。
「アイツらは強かった……もし私の弱点を見抜かれてたら負けてたのは私だったかもしれない……」
少女はクスッと笑い振り返る
「今度こそお前らを皆g……」
少女は目を見開き言葉につまる。振り返った少女の目の前に浮かんでいたものそれは……
秦宮が先程空間の歪みに投げ入れた「神の裁き」……その瞬間大禍津姫は全てを理解する。
「クソ巫女ォォォ!!」
ケラウノスは爆ぜた。しかし先程と違い光が逃れる場所がない。ケラウノスの光は歪みに呑まれんと張られた結界の壁に反射し少女を蒸し焼きにする。
「この借りは……絶対……に……返す…………秦宮……きょ…………う………………k………」
凄まじい閃光中に少女は消える
秦宮は夏野里に駆け寄る。夏野里の腹には直径7cm程の風穴が空いており、床に血溜まりを作り、傷口からは内臓を見えているものの急所は外れている。流石は夏野里、貫かれる寸前に体を捩らせ急所を反らせたようだ。秦宮は夏野里の応急処置をして肩を撫で下ろし息を整え考える。
「夏野里は直ぐに医療機関で医者に見せた方がいいが往復する時間はない。このまま進むのが最善策か……流石に私も三人は同時に運べない……天知が起きるのを待つか……」
秦宮は明美の肩をトントンと叩くが反応は無い。
「それにしてもこの少女血塗れのパジャマを着ている。何があった……呼吸も脈も正常だし……なぜ起きないのか不思議なくらいだ……」
秦宮は自分の装備を地面に広げて整頓する。ケラウノスの副次的効果だろう。悪霊も怪異も姿を表さない。
「さてゴールはもうすぐここで30分程仮眠を取ろう」
秦宮は避霊香を炊き横になる。
「チェックメイト……」
幼い少女の声と共にコンッと小突かれた砂時計は倒れ丸テーブルの上を転がる。丸テーブルの上にはチェス盤があり、駒の代わりに数多の砂時計が並んでいる。その一つ一つに小さな暗部隊員や悪霊、怪異などが入っており、そのどれもが出口を探して彷徨っている。
ドサッ……
「あら捌式……彼女達と戦ってみた感じどうだった?」
「あの野郎空間の歪みにケラウノスを投げ込みやがった。」
全身が黒焦げ四肢は焼損し白煙を上げながら横たわる捌号を一瞥し少女は呆れた顔をして捌号を見下ろす。
「で?不月神の断片を使って星村紗季という悪霊を作り厄災まで引き起こしたのに成果はないの?てか私の質問に答えてくれる?」
丸テーブルに頬杖をつき真紅の瞳をした白髪の少女は砂時計を指先で摘み暫く砂時計の中を眺めるとテーブルに置き、粘土細工のような人型の人形を懐から取り出し、がっしり掴むと捌号の身体は見えない力で拘束され、ゆっくりと宙に浮き、少女が人形の首を捻ると人形と同じように捌号の首も捻れる。
「申し訳ございません……」
必死に許しを乞う大禍津姫を意に介さず、少女は人形の首を回すのを辞めない。
首が8回ほど回り、既に意識が掠れた頃白髪の少女は人形を丸テーブルに置き、それと同時に大禍津姫は地面に落ちる。
「さて不必要になった玩具を解体したいんだけどさ。星村紗季、あの骸傀儡の霊核は私の宝物の一つなんだけど誰か回収して来てくれる?」
辺りに静寂が包む。
「お嬢、私が直々に行きましょう。秦宮杏子にも興味がありますし。」
「あら、肆号貴方が出るなんて珍しい。気をつけて行っておいで。」
肆号は歪みを潜り別の層へ移動する。少女はそれを手を振り見送る。その場にいた他の大禍津姫の分霊は全員同じ考えが頭を過ぎり、少女を除いたその場の全員が秦宮達侵入者を憐れむ。
「侵入者達にとって最悪な相手だ。」
肆号は足音を響かせながら暗い廊下を歩く。
「華寅……凄まじい作戦を思いつくものだよ……」
バサッと紅い羽織を身につけ、天井を見てため息をつく
「まだ会いに行く時ではないかな……」
暫く歩き肆号は空間の歪みを出現させ、歪みに触れて大きくため息をつく。
「あの頃のまま何事もなければ私達の道は分かたれることは無かったのかもしれない。でももう過去には戻れない。華寅も霧江も敵なんだ。感情を殺せ……」
肆号は大きく深呼吸をして歪みに入る。哀情に塗れしその背中には……黒いバツで上から塗りつぶされた鳥居の紋とそして……
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