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第1章
72捕獲②
しおりを挟む「そうだね。私のことは考えてくれないのかな?」
「……っ、殿下?」
自分に向けられた声が、いつも甘く響く声に感情が乗っていないと非常に心臓に悪かった。口角が強張り、身体が竦む。
ぐいっと引き寄せられ、動けないレオラムは完全に抱き込まれた。
そっと見上げると、カシュエル殿下は彫刻のような整った顔でにこりと美しく微笑むと、視線をそのままブライアンへと向けた。
「ギルド長。レオラムが世話になったね」
「いえ。それは別にいいのですが、まさか転移魔法で来られるとは」
完璧な笑顔と目の前で起きた事実にかなり焦ったが、ブライアンは年の功で取り繕った。
だが、先ほどのことはギルド長として肝が冷える出来事で冷や汗は止まらないし、いまだに脳が混乱している。
ブライアンにとってレオラムは優れた治癒士の一冒険者というだけではなく、取り巻く環境が複雑で興味深い人物であった。
冒険者時代の仲間であるダニエルを通してレオラムと知り合ったが、その後、貴族が本人には内緒でと絡んできたからだ。蓋を開けたら第二王子だったのは別の話であるが、それだけでも気になる存在ではあった。
とにかく、どちらもレオラムにとって悪い条件ではないし、友人の邪魔をするでもない依頼ならばそれに加担することには迷わなかった。
最終的に丸く収まればいいとは思っていたし、その複雑さは面白いことになっていると成り行きに半ば好奇心を持って見守っていたのだが、自分に直接関係するとなるとまた別だ。
王都のギルド長として、あっさり侵入されては沽券に関わる。
年長者として笑顔で出迎えながら、そこのところははっきりさせたくて触れると、王子は口元を少し上げるだけの笑みを浮かべた。
「緊急だからね」
「……緊急でギルド内のしかもこの部屋に直接来られるのもどうかと思います。防衛の面でもギルドの面目丸つぶれです」
「しっかりとここの防衛魔法は機能しているから心配ないよ。こんなことができるのは私くらいなものだから、あなたの仕事に落ち度はない。下だと騒ぎになると思ってね」
「複雑だ……」
ブライアンは思わず頭を抱えた。
確かに階下に第二王子が現れた日には、収拾がつかない騒ぎになるのが目に見えているので気遣いはありがたいのだが、だからと言って、大事な商談など行うこの部屋にあっさり侵入されても困る。
「大丈夫。普段は使うつもりはない」
つまりは、目の前に王子の大事なレオラムがいるから、時間を惜しんで手っ取り早く転移魔法でやってきたということだ。
レオラム自身も普段と違って落ち着きがなかったし、先ほどの話からして王子に何の相談もなく勝手な行動をしたのだろう。
レオラムもレオラムでいろいろ事情があるのだろうし、それに対して踏ん張ってきた姿を見てきたので、ブライアンも思うところはある。
だが、いい加減、自分がどれだけ大事に思われているかということをもっと自覚し、いろいろ諦めて白状すればいいと思ってしまう。
レオラムが逃れられるとは思えないし、周囲にとっては早くカシュエル殿下に完全に落ちてくれる方が平穏だ。
普段は、なんて軽々と言ってのける第二王子は、確かに桁違いの魔力の持ち主で魔術使いである。
だが、それにしてもとは思うが、やはり王族の中でも王子は特別なのだと無理やり納得させた。
次元の違う相手を理解しようとすると、こちらの方がおかしくなりそうだ。
こういう時は己の中の基準に背かなければ、そういうものとして受け止めておく方が平和である。
「さて、レオラム。今回は何があったか城に帰って話をしようか?」
再び、ギルド長と話を終えた王子に視線を向けられ、レオラムは肩が強張った。
逸らすことを許されない視線に囚われたまま、顎をわずかに引く。
「レオラム、帰るよね?」
「…………帰り、ます」
それ以外の返事があるだろうか?
逃すまいとばかりに軽々と片腕で抱き上げられ自由を奪われ、レオラムは縮み上がった。
「あれだけ普段言っていたのに、私の相談なしにどうして進めようと思ったのか、しっかりと説明してくれるよね?」
静かに諭すように告げられ、蠱惑的な紫の瞳で覗きこまれる。
見透かすような神秘的な瞳はひたすらレオラムに注がれており、そこに感情を見い出すことができず、それが返ってカシュエル殿下が本気で怒っているのではと思えた。
「殿下……」
「レオラム。これで何度目だろうか。手配に関しては二度目だよ。そろそろ私も本気で考えなければならないようだね」
その考えを肯定するかのように、耳元でささやかれる。
レオラムは今までになく胸が騒ついて、凍りつく表情のまま王子を見返すことしかできなかった。
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