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第1章
70妹からの手紙②
しおりを挟む「レオラム様。あなたがここから出て行けばこの国が滅びますがよろしいんですか?」
「聖君である殿下がそんなことするなんて思えませんし、力があると言っても大袈裟ではないでしょうか?」
「どうでしょうか」
「冗談ですよね?」
「冗談とお思いで?」
「えっ」
しごく真面目な顔でこんこんと脅され、不安になる。
心臓に悪い。
これって、脅しだよね?
いやいや、魔王復活目前とささやかれるこの世界。魔王が完全復活したら、それどころではないと思うけど?
そのために聖女召喚したじゃないかと、いろいろ突っ込みたいことが満載であるが、エバンズに言ったところでと思った。
これから聖女と勇者一行が魔王討伐に行く前に、レオラムがここから逃げるだけで国が滅びるって意味がわからない。
冷徹な眼差しで真剣に諭すように話され、権力の塊のような人に刃向かうなんてできやしないというよりは、相手は宰相。やはり言葉を選ばないと後が怖い。
これだからエバンズとの会話は油断ならないのだ。最初の頃、城に、部屋にいなくてはと思わせた要因のひとつもこの人であるし。
「ですから、逃げてはいけませんよ。くれぐれも行動は考えてください。よろしくお願いしますね」
にこっと笑うけれど、笑えてませんよ? お願いという名の脅しである。
もともと冷たい印象の人だから、やっぱりそれも込みで脅しにしか見えない。
そもそも、自分でも自分の気持ちだとかはっきりわかっていない。
執着を含んだ愛情を注がれ受け入れてはいるが、なぜ王子がそこまで自分にこだわり、愛を注いでくれるのか理由がわからない。
こういったものに理由を求めるものかどうかもわからないが、出会ったときのことも思い出せていないし、立場の違いから先も見えない。
このまま先が見えず不安なら、自ら描く未来へと進もうとすることは自然ではないだろうか。
嫌ではないけど、相手が聖君と呼ばれるこの国の第二王子だからこそ、それだけの思いではレオラムがここにずっといるためには弱い。
カシュエル殿下の愛情に胡座をかいたままというのは、どうもレオラムの性格的にも合わないし、何よりまずはと思うのだ。
エバンズを見送り、一人になってレオラムは渡された手紙を開いた。
ギルドを通していた妹とのやり取りは、ここからでもできるように王子が手配してくれ、カシュエル殿下が少しでもレオラムにとって良い環境になるようにしてくれているのは十分伝わっている。
「どうしたらいいのかな……」
田舎に帰りたい。だけど、全てを話したくない。
カシュエル殿下を悲しませるようなことはしたくないし、レオラム自身がその腕を振り払ってまで強行したいとは思えない。でも、逃れたい、逃げてしまいたい衝動にもかられる。
どれも自分の気持ちであり、現状は行き詰まっている。
はぁっと息をついて、まずひとつずつできることをと封を切った。
前回送った手紙には、時間を作って帰ることと、周囲に気をつけて過ごすようにと書いた。
いつもと変わらないけれど、初めて帰ると示した手紙の返事なので、レオラムは緊張して手紙を持つ手が知らず知らず震えた。
取り出すと、一枚だけの紙。
「珍しいな」
今までは数枚、少なくても5枚以上はレオラムの体調への気遣いや近況報告があれこれと書かれていた。
レオラムが18歳になって妹の方も状況が変わったことや、前回とそんなに間が空いていないということもあるだろうが、あまりにもそっけなく思える。
ふぅっと息を吐き出し、折りたたんであるそれをそっと開き、レオラムは思わず叫んだ。
「えっ。はぁーっ!!!!!!」
叫んだ後、外に控えている護衛に聞かれて心配されては大変だと口を押さえ脱力する。
「いやいやいやいや、ありえない。えっ、ちょっと待って」
そこに書かれている文字を何度も確認し、レオラムは天を仰いだ。
「どうしてそうなる?」
短い文章に用件だけを書いた内容。
しかも、その内容がやばかった。
しばらく会えていないが、兄さん、兄さんと可愛く呼ぶ姿が今でも思い浮かぶし、手紙にもそれが伝わるような文面だった。なのに、この手紙には目立つように『バカ兄』と書かれている。
あんなに優しくいつも気遣う手紙をくれていた妹にバカと言われ、唯一の肉親に、レオラムの生きがいでもあった妹の言葉に、レオラムはショックを受ける。
「何があった?」
元気そうではあるが、これは思っていたのと違う。
全く別の意味で心配なことが増え、レオラムは感情をあらわに立ち上がった。
「ダニエル。シメる!!」
あのムカつく大人は本当にムカつく。
レオラムは居ても立ってもいられず、先ほどエバンズに釘を刺されたことや、カシュエル殿下への迷う思いなども吹っ飛び、必要最低限のものが入っているカバンを引っ掴むと部屋を飛び出した。
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