37 / 115
第1章
37田舎に帰りたい①
しおりを挟むカシュエル殿下の私室のソファに座りながら、レオラムは夜空を眺めていた。
欠けつつある月はゆっくりと動き、静かに星々とともに淡い光を地上に注いでいる。あと少しで中天に差しかかろうとしている月は、もう少ししたら窓から見えなくなるところだ。
明かりを絞った室内で、レオラムははぁっと肩を落とした。
背もたれに左腕を置きぺたりと頬をくっつけながら、徐々に視界から消えゆく月を眺める。
「いったい、いつになったら解放してもらえるのかな……」
勇者一行に聖女召喚の儀式に連れられ、終わったら終わったで勇者に絡まれ、カシュエル殿下に捕まり、気づいたら王子の腕の中にいた。
何がなんだかわからないうちに成人となる18歳の誕生日を迎え、そのまま囲われるように城に留まっている。
宰相がこの部屋に訪れて以降も、何度も帰りたいと告げなければと思った。だけど、あまりの身分の違いに、いつだってカシュエル殿下と接すると夢現つになる。
きっかけは知れたがどうしてそこまで自分にこだわるのかと、レオラムは美しすぎる王子を前にすると思考は全て止まってしまい、気づけば言われるがまま流されるがままとなっていた。
そんなことを繰り返しているうちに、レオラムが王宮に滞在するようになって、聖女召喚が行われてから5日が経っていた。
その間、聖女は毎日騒動を起こし、王宮の通常の状態自体を知らないが、護衛の話によるといつになく落ち着かない空気が流れているらしい。
「聖女さまねぇ」
こちら側の事情で勝手に召喚されて、言わば聖女は被害者であるのであまり強く言えないが、もう少し大人しめに行動して欲しいと思う。
肝が座っていそうだと思ったが、やたらと活発で少しばかり思慮に欠けているようで、それに巻き込まれているカシュエル殿下は忙しくしていた。
──聖女、タフでアクティブ過ぎるのも問題なんだよなぁ。
レオラムは部屋にこもっていたので話を聞いただけなのだが、できるだけ無駄な動きをしたくないレオラムにとっては、それだけでお腹いっぱいになる。
普段の公務がある中で、聖女のカシュエル殿下に会いたいコールが激化していて、休息もろくに取れていないらしい。
カシュエル殿下の執務室などのプライベートゾーンへの侵入は、王子の魔術で絶許とばかりに阻止しているらしいが、隙あらばカシュエル殿下を探し回り、周囲はその聖女の居場所を探してと、訓練の方は遅れを取っているとのことだ。
だが、一度力を発揮するとさすがは聖女さまで、あっという間に大勢の騎士達の怪我を治したりと能力は優れており有能だと聞いている。
発動までにかかる時間も威力も桁違い。そのため、周囲も彼女の行動に対して強く言えない。
魔王討伐に出向くまで、機嫌を損なわないように立ち回ることが大変で、それに一番割を食っているのはカシュエル殿下と、訓練に付き合わされる勇者一行であった。
あと、聖女の養子先であるダルボット侯爵も、心労ででっぷりした腹が二回りくらい小さくなったらしい。
とにかく、日々元気すぎる聖女のせいで、朝この部屋を出てから晩に帰ってくるまでカシュエル殿下は非常に忙しく、態度には出さないがこの部屋に帰るころには疲れているのは見て取れた。
そんな殿下を前にして、レオラムも自分の話を切り出す機会を失い、今に至るわけである。
「でも、今日こそは話をしないとなぁ」
いつまでも、このままというわけにはいかない。
田舎に直接自分が出向かなくても大丈夫なように、細心の注意を払って自分ができうる手立ては打ってはいる。
いつ何があるかわからないからとしてきたことが、まさかこのような形で役立つとは思わなかったけれど、ここまで来ると確認しておきたいし、一度出向いて決着をつける必要があると思っていた。
そのことを考えると、ぎゅっと心臓が捻られたような痛みを覚えてレオラムは身体を丸めた。
背中が、腕が、あらゆるところがじくじく痛み出すようで、あるはずのない痛みに襲われるような感覚に陥りそうになる。
応援ありがとうございます!
24
お気に入りに追加
4,024
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる