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第1章
38田舎に帰りたい②
しおりを挟む感情が激しく揺れ、レオラムの茶色の瞳が明らかに異なる黒に近いものへと濃く陰っていく。
「はぁぁぁー」
重くなる気持ちに、ゆっくりと目を閉じる。
過去に囚われすぎないようになるべく当時のことを考えないようにしているが、真っ黒な煤の中に入って視界が見えなくなりそうだ。
──ああー、ダメだ。あまり考えるな。
ふぅーと細く長く息を吐き出し、騒ぐ心を落ち着かせる。
ひとまず、やることはやっているので慌てる必要はないのだが、引き止められるのが長ければ長くなるほど、嫌なことから逃げる気持ちが膨れ上がりそうでそれが心配だった。
「本当、嫌だ」
気を張っていないと、すぐに過去に囚われる弱い自分が。
冒険者として活動していた時は危険と隣合わせで、人の視線などに対しても常に気を張っていたので、良くも悪くもただひたすら目的のために頑張っていたらいいだけだった。
だが、いざ18歳になると現実味を帯びてきてあれこれ考えてしまう。
それに、周囲が忙しくしているのに、自分だけ部屋で何もしない状態というのは居心地が悪くて仕方がなかった。
5日もあれば飽きるのを通り越して苦痛となりつつあって、カシュエル殿下がいない日中は、暇すぎて考えることも多く余計に感情が揺れ、帰りたいと思う気持ちや理由も増えてくる。
そんなことを考えているうちに、窓から見える月は完全に姿を消していた。
雲一つない晴れ渡った夜空は、こういう日は清々しい気分になるどころか、迷子のような頼りない気持ちにさせた。
そんなレオラムの気持ちを反映するかのように、ひとつ、星が流れ落ちて消えていく。
それと同時にふわりと部屋の空気の流れが変わった気配がして扉の前に視線を投じると、カシュエル殿下が転移魔法で姿を現した。ここ最近は聖女に捕まらないように、必ず魔術を用いて帰って来るのが定番だ。
ふわふわと空気が光とともに舞い上がる中、カシュエル殿下は長い襟足の髪を優雅に払い、わずかに伏せていた視線を上げると迷わずレオラムの姿を捉える。
「レオラム」
硬質な美しい顔立ちが綻び、名を呼びながら緩やかに笑みを浮かべていく。
すたすたと一直線にレオラムのところまで歩いてくると、両手を伸ばしてレオラムを抱き上げた。
「うわっ」
「ああー、レオラムだ」
何度されても慣れない浮遊感に声を上げると、肩に顔を埋められる。
がっちりとホールドしながら、すんと首元の匂いを嗅がれそのままべったりと張り付かれ、レオラムは苦笑した。
これは、定番となりつつある挨拶のようなものになっていた。
最初の頃は抵抗していたのだが、力でも言葉でも敵わず、今は受け入れることにしている。
抵抗すれば、時に少し悲しげに、時に本当は嫌じゃないだろうとばかりに、小さく首を傾げて、嫌? と聞かれて拒絶できなくて。
本気で嫌なら暴れて抵抗しているが困るなという程度なので、王子の好きにさせている方が拘束される時間が短くなることを学んだ上だ。
そして、この後に必ずある儀式。
それが来ることに緊張してわずかに息を潜めていると、一通りレオラムの匂いとくっつくことを満喫した王子から、ぶわりと魔力が放たれる気配がした。
「んっ」
「リラックスして」
ぞわりと空気が動き、構えていても刺激される感覚に思わず声を漏らすと、とんとんと背中を叩かれ、浸すようにカシュエル殿下の魔力がレオラムに流れ込む。
それらの行為は慣れてはきたが、他人の魔力が這い回る感覚にレオラムは身震いする。
違和感と共に奥底に熱が帯びてくるようなそれらの感覚を、なじませるように息を整える。しばらくすると初めて感じた時のように、ぬるま湯に浸かったようにゆったりと心地良くなっていく。
塗り替えられると思うほどの魔力は、今では少しずつレオラムの魔力に馴染んでいくようで不思議な感覚だった。
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