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第1章

29そもそも④

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「殿下、このまま寝るのですか?」
「そうだね」

 ふぅっと息を吐き出すように問いかけるが、まだ視線が突き刺さっている。
 話しかけてはみたが、カシュエル殿下と視線を合わせる勇気は持てなかった。自分を見るその双眸に何かを見つけてもまずいとも思う。
 明確なものは掴めておらず、むしろ、今は顔を見ないで済む方がいいような気がした。

「おやすみ」

 じっとしていると、小さく息をついた王子が静かに告げた。
 その際に柔らかな感触が頭上でしたが、きっと気のせいに違いない。

「……はい。おやすみなさい」

 レオラムはここに来てからのもろもろを飲み込み、就寝の挨拶を返した。
 小さな小さな声は王子の胸に吸い込まれ、聞こえたかわからないが、今度ははっきりと唇が頭上に落ちてきた。


 ──これって、殿下はやっぱり自分のこと……。


 そういう思考になりかけたが、具体的に何をどう考えていいのかわからなかった。
 そもそもレオラムはここから出て行くつもりなのだしと、あまり深く考えないように蓋をする。

 しばらく相手の様子をうかがっていたが、規則正しく胸元は上下し王子は何も言うつもりもなく本当に寝るようだ。
 ただ、拘束された腕の力で、すぐに寝たわけでもないだろうことはわかる。

 なんだろうなぁ、とレオラムは深く息をついた。
 過剰に振り回され気味であり、今のところ転がり落ちるように流されている。
 あんなことまでされても、今も明らかに寝るにはリラックスできる体勢ではないのに、完全に居心地が悪いとは思えないことが、自分でも不思議だった。

 レオラムの過去を知って、心配してくれていたとわかったことも大きい。
 例えば、どうしてあのような傷を負っていただとか全ての事情を知っているわけではないと思うが、あの時の自分を気にかけてくれていた人がいたという事実は、じわじわとレオラムの内に喜びが広がっていく。
 
 気にしないように、傷つかないように、これ以上駄目にならないように。

 そうやって生きて来たレオラムは、それだけで絆されてしまいそうだ。
 他人からすれば、そんなことでと思うのかも知れないが、当時の自分が知ったら間違いなく王子と会うことを目標の一つとして生きるための活力に変えていただろうと思えるくらい、その存在はとても貴重なものだ。


 ──でも、このまま流されるわけにはいかない。


 レオラムは改めて決意する。
 たらればの話をしても仕方がなく、王子はこのままレオラムを留めておこうとしているが、それでは何も過去と決別できないままだ。
 感謝はするが、このまま王宮に閉じ込められては敵わない。

 一人で考える時間が持て改めて気持ちを確かめていると、わずかに拘束の力が緩んだ。
 レオラムはそっと顔を上げ、目を閉じたカシュエル殿下を見つめた。
  
 なにもかも特別で手の届かない遠いところにいるはずの人。
 心音を聴くほど近くにいることに違和感しかなく、他人の心音をこのように聞くこと自体が初めてであったが、耳を傾けていると落ち着くような気がした。

 とくとくとく、と王子の心臓の音が自分の心臓の音と重なる。
 自分の考えもまとまったからか次第に心地よい眠気に誘われ、最後に王子が瞼を閉じたままなのを確認し、レオラムもそっと目を閉じた。

 すると、よほど疲れていたのかふわぁっと欠伸が漏れる。
 王族と共寝して緊張よりも眠気が勝ち、どこか壊れた自分の感性にレオラムは苦笑した。

 そもそもこうなったのはと思い返すと、聖女召喚を見届け、これでお役目ごめんだとばかりに気分よく満月を見上げ、さようならの挨拶をしても何かと絡んでくる勇者に捕まっていたことから始まった。
 あの時、さっさと扉を出て振り切ってでもその場所を離れていたらこんなことにはなっていなかったんじゃないだろうかと、薄れゆく意識の中で最後に思った。


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