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第1章
28そもそも③
しおりを挟む居心地がいいのか悪いのかわからず、ちらちらと王子の様子をうかがうと、紫の透き通る瞳がゆらゆらと揺れた。
その揺れが何なのかを確認する前に、ふっとそれは消えてにこっと笑みを浮かべられる。
「慣れてくれ」
「…………」
慣れって、そもそも今日は仕方がないとしても帰るつもりだし。
そうは思ったが、レオラムは懸命にも口を噤み瞼を伏せた。
「レオラム、私に慣れて」
その瞼に息を吹きかけるよう静かに告げられ、レオラムは視線をカシュエル殿下へと戻した。
こちらに向けられた蠱惑的な瞳がすぅっと細められ、声に出さない考えを見透かすような眼差しに心臓がすくみ上がる。
「殿下……」
「レオラムと一緒にいたい」
額に吐息のようなキスを落とされ、レオラムは、はっと息を飲み込んだ。
殿下に囚われてから、言葉をかけられてから、浴室でのことなど、何度かまさかと思い王子に限ってそれはないだろうと頭の隅に追いやっていた考えが押し寄せてくる。
強引なのに、優しく触れてくるそれは嫌ではなくて、本当のところはまだはっきりとわからないからレオラムも態度で示せない。
水面下で静かに混乱するレオラムをよそに、カシュエル殿下は再びにこりと微笑むと、有無を言わさず向かい合うように横になり抱きしめてきた。
足も絡められ、身動きできなくさせられる。
「あの……」
「レオラムからしたら何もかも急で驚くことばかりだと思うけれど」
そこで言葉を止めたカシュエル殿下を見つめ、突然のそれにレオラムは瞬きをし、その通りだったので頷いた。
「はい」
「私の言ったことをよく考えて欲しい」
鼻先をレオラムの頭に押し当て、すん、と匂いを嗅がれ、耳元で囁かれる。
ぞくりと肌が粟立ち、耳朶が熱くなった。
浴室でのことをあっさりと思い出した身体はじわじわと耳同様に熱を帯びてくるようで、レオラムはもぞりと頭を動かしカシュエル殿下の吐息から逃れようとした。
だが、それさえも許さないとばかりにぎゅうっと抱きしめられ、うっとりと呟かれる。
「とても落ち着く」
「…………」
否応無く密着する身体とカシュエル殿下の匂いに包まれ、レオラムはひっそりと苦く笑った。
同じようにレオラムも王子の体温と匂いにうっとりしかけたものだから、人のことを言えない。
もちろん、こちらは偶発的に起きたことだが、相手は意図的に匂いを嗅いでいるのでまったく違う。
そもそも同じものを使って洗いましたがとかも思うわけだが、悪口を言われたわけでもあるまいし、浴室の出来事を思うと匂いくらいって思ってしまう。
人肌は落ち着かないようで落ち着く。
それは、誰にでもなのか、相手が王子であるからなのかは、圧倒的に経験不足のレオラムではわからないが、そわそわする気持ちは嫌だなと思うのに、くすぐったくもあってどんな顔していいのかわからない。
「レオラム、このままで」
「……はい」
それらの心情をぎゅっと自分の中に押し込め、受け流すことに慣れたレオラムはそのまま王子の腕の中で大人しくした。
すると、さらに閉じ込めるようにきゅっと力を入れられる。
これ以上ないというくらい王子と密着する状態になり、カシュエル殿下の胸もとに顔を埋めるような形になった。
思わず、イエスと返事してしまったが、このまま寝るのかな? 寝にくくない? 絶対寝にくいよねと言いたいところだが言えない。
うーん。……じっと見られてる気がする。
頭上に視線と言うにはあまりにも熱いものを感じ、レオラムは頑なに王子の胸元に顔を預けた。
どんな顔をしてどんな反応をしていいのか、何を話しかければいいのかわからない。体勢を変えてまで、王子を見る勇気はない。
ないけれど、一体どんな風に自分を見ているのだろうかと気になって考えてしまう。
レオラムは見透かすようで蠱惑的な紫の眼差しは凶器だと、一瞬視線が絡まっただけでぶるりと背筋に怖気が這い上がったあの感覚と、甘やかに柔らかく解ける眼差しを思い出し、ぞわりと身体を震わせた。
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