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第1章
34不安②
しおりを挟む「殿下!?」
びくりとレオラムの背中が揺れる。
咎めた声で名を呼んでしまったが、王子はものともせずに涼しげな声で平然とそのまま軽く体重をかけてくる。
「嫌な予感がするからレオラムを補充したい」
嫌な予感? 宰相が来たから?
ぐっと足を踏ん張りつつ宰相を見上げると、口端がうっそりと吊り上がった。
眼鏡の奥の瞳は角度から光で反射してよく見えないが、油断ならない相手だと王子が警戒するのもわかる気がした。
「察しが良くて助かります」
「何が助かるのだか。見ての通り忙しいのだが?」
「そのようですね。ただ、こちらもこちらで事情がありますので」
平然と会話を続けないでくれませんか?
なんとか無礼にならないように脱出を試みるが、一向に抜け出せそうにない。ぽんぽんと、王子の手を叩いて訴えてみるが、あっさりと去なされる。
「レオラム、じっとして」
「ですが、近いなぁって」
あと、加減はされているが自分より大きい相手は重いし、人に見られていることをもっと考えて欲しい。
「今更? 昨夜はもっと」
「わぁぁぁーっ」
ちょっ、何を言い出すのか。レオラムは立場も考えず思わず叫んだ。
カシュエル殿下はくすくすと笑うと、胸のあたりに置いていた腕を曲げレオラムの顎を軽く持ち上げた。
上から覗き込まれる形になり、レオラムは息を止める。
「レオラムにくっついていたいのだが」
「……ですが、」
「嫌?」
その聞き方はずるい。
「嫌ではないですけど」
そう言うしかないではないか。レオラムは困って硬い表情のままぽそぽそと告げた。
「ならいいな」
おんぶお化けになった王子が、満足そうな声で笑うとすりっと顔を寄せてくる。
それを見ていた宰相が興味深げに口端を上げたが、顎を固定されたレオラムからはまったくわからなかった。
「これはこれは、これほどとは」
「疑っていたのか?」
「疑うというよりは、信じ難かったのですよ。これを見て疑うなど滅相もありませんし、むしろ、よくここまで我慢なさったなと」
「……協力は感謝するが、余計なことは話さないように」
「わかっております。先ほどから牽制なさっていることも理解しておりますし、この場にいる者は殿下の意を汲める者ばかりですから」
「わかっているならいい」
「ええ。それよりも殿下と一晩いてこの態度……、興味深いですね」
「レオラムは特別だ」
「ええ、レオラム様は稀有な方ですね」
「……様?」
会話の途中だったのだが、さっきも敬称をつけて呼ばれた事を思い出し違和感を口に小さく乗せると、淡々とカシュエル殿下が告げエバンズが同意する。
ようやく顎から手を離してもらえ、改めて宰相と向き合った。
「レオラムは私の大事な客人だからね」
「そうですよ。これからよろしくお願いいたします」
理屈はわかるが、この国の宰相でありエバンズは伯爵でもあるのでレオラムからすればこれまた雲の上の人である。
エバンズはレオラムがここにいることを当たり前のように受け止めているが、むしろ疑問に思って欲しかった。
一冒険者が第二王子の私室にいるなんて、しかも一晩過ごしたとか普通はもっと気にすべき案件だ。
何やら、二人は政治とは関係ないプライベートなやりとりがあるようで、レオラムには測れないものが多くあった。
エバンズのこれからという言葉を聞かなかったことにして、歓迎ムードな空気に頬を引きつらせながら、レオラムはぎこちなく笑顔を浮かべた。
「よろしくお願いします……?」
社交辞令として頭を下げたが、途中、何をよろしくなのかわからなくて首を傾げる。
レオラムはカシュエル殿下を説得したら早々に田舎に帰るつもりであるし、王子で手一杯なところに宰相も関わることになると逃れられる気がしないので不安だ。
不安な気持ちのままそっとカシュエル殿下を見上げると、レオラムの反応をじっと見ていたらしい王子にぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
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