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第1章

33不安①

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 しばらく視線が絡み合っていたが、レオラムは気まずさに視線を逸らした。

「レオラム。君をもう見失いたくない」

 カシュエル殿下の真摯な声が響く。それに対して、答えを持ち合わせていないレオラムは小さく下唇を噛み締めることしかできない。
 王子はそんなレオラムを見て、何を考えているのかわからない表情で続けた。

「まずは朝食からだね。しっかり栄養を摂らないと」

 話が後回しになったことにほっとしていいのか複雑な思いのままカシュエル殿下を見返したその時、来訪を告げるノックとともに来訪者が訪れた。
 レオラムはびくりと身を強張らせたが、王子は涼しい顔をして入室を許可した。

 まるで見計らったかのようなタイミング。メイドや使用人、そして護衛が朝の挨拶を述べ、明らかに高位貴族だとわかる立派な服を着た金髪で眼鏡をかけた男性が訪れた。
 吊りあがり気味の細い目で冷たい印象を持つその相手は、記憶に違いがなければこの国の宰相のはずである。

「殿下、おはようございます」
「おはよう」
「よく眠れましたか?」
「ぐっすりとな」
「それは良かったです」

 親しげに会話がなされる中、使用人たちは脱いだ服を回収したりと、プロフェッショナルな彼らは、レオラムがいても不躾に見てくることなく各々の仕事をこなしていく。

 シャッと一気にカーテンが開かれ、明るい日差しが部屋全体を照らした。停滞気味だった時間が動き出し、一晩過ごしたはずなのに途端に知らない部屋みたいで居心地が悪くなる。
 先ほどまで二人きりだった空間が一気に賑やかになり、精緻な造りの内装も含め、場違い感が半端ない。

 レオラムは身を縮こめて、なるべく存在感を消すよう息を最大限に潜めた。
 周囲の様子をそれとなく観察しながら、カシュエル殿下と宰相の会話に耳を傾けていたが、二人の会話が不自然に止まり妙な沈黙に視線を上げる。

「……!?」

 レオラムはびくぅっと肩を跳ねさせ、そろそろと視線を戻した。

 なぜか、二人して見下ろすような形でじぃっとレオラムを観察していた。
 カシュエル殿下は穏やかな目でレオラムを、宰相は眼鏡の奥に面白そうな光を宿していて、どうして二人して自分をそんな眼差しで見るのだと居心地が悪く落ち着かない気持ちになる。

 宰相を近くで見たのはこれが初めてであるが、年齢は三十半ばくらいだろうか。四十はいっていないと記憶している。
 文系のインテリ感を醸し出す男は、レオラムと視線が合うと鋭い双眸を細めた。見ていることを隠さず、レオラムの姿に上から下へと視線を走らせてくる。

「無事、確保なさったようですね」
「朝から何をしに来た?」

 確保? とレオラムが首を傾げるが、カシュエル殿下がレオラムの肩を引き寄せたので、それどころではなくなった。
 人前で肩を抱かれ、王子の手を振り払うわけにはいかず、寄り添うように話を聞く羽目になる。

「それをおっしゃられますか? 昨晩は大業を成され聖女を送り届けた後は聖女が引き止めるのにも構わず、そのまま部屋にこもられたと聞き倒れていないか心配していたのです」
「本音は?」
「聖女のことを私たちに押し付けた後は全く顔を出されなかったので、そちらの首尾はどうなったのかと確認しにきました」
「そうか。見ての通りだ」
「ええ、初動は上々といったところでしょうか。ああ、初めまして。あなたがレオラム様ですね。私はメイソン・エバンズと申します」
「彼は宰相だ」

 王子が補足してくれたが、やっぱり宰相であっていた。
 異例の若さで抜擢されたエバンズ宰相は有名である。随分の手練れだと政治に疎いレオラムでも聞いたことがあるくらいの人物だ。

「レオラム、です」

 性は名乗るほどでもないだろう。冒険者は平民が多いし、冒険者ギルドにはレオラムと下の名前だけで登録していた。
 訳ありで冒険者をしている者も多く、詮索しないのが暗黙のルールである。

 だが、貴族社会では名乗る方が一般的だ。
 名乗られて名乗らないのはどうなのかと悩んでいると、カシュエル殿下が今度は背後から覆いかぶさるように腕を回してきた。

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