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第1章

25問題だらけです③

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 あの頃は生きることに必死で、この美しい銀髪や蠱惑的な瞳を忘れるはずはないとは言い切れなかった。
 それだけ、当時のレオラムには余裕などなかった。

「……申し訳ないのですが、殿下と謁見の時以外に会った記憶はありません。人違いということはないでしょうか?」
「レオラムで間違いないよ。私たちの出会いは偶然であの時は私も素性を隠してフードを深く被っていたし、レオラムも随分憔悴していたようだから、私のことなど記憶にないのも仕方がない」

 細めた目の奥が、寂しそうに光る。だが、言葉はレオラムを気遣うものが放たれた。
 ちくっ、と胸が痛む。

 この存在感の塊のような第二王子を忘れるって随分と失礼な話だし、それと同時に我ながらヤバい状態であったと今更ながらに自覚した。
 あの状態を知っているから、レオラムに構っているのだろうか。考えもしない理由であったが、少しばかり王子の行動理由の一端が見えた気がした。

「そうですか……。えっと、気にかけていただきありがとうございます。その、この確認も当時のことを心配してくださってということでしょうか?」
「主な目的はそうだね」

 主な?
 ちょくちょく王子の言葉は引っかかるが、当時のレオラムを知っていて心配してくれていたのだとしたら、この羞恥塗れの行いに強く文句も言えまい。

 恥ずかしいし嫌だけど、強引に脱がされ洗われながらの確認にカシュエル殿下なりの理由があると知って、少し安心したというか。
 それでどうして下半身というかあんなところまでとは思うけれど、心配のため隅々までというのなら王子のことを忘れていた分我慢すべきというか。

 忘れていることの負い目もあり、レオラムのカシュエル殿下の印象が、雲の上すぎて理解不能な人から、少しばかり親近感を持たせる高貴な人に変わる。
 構われるのはその当時のことがあるからとわかり、理由わけがわからない状態から少し脱し余裕ができる。
 レオラムはわずかに肩の力を抜いた。

「それでしたら見ていただいてわかるように、あの当時の傷はすっかり綺麗になりましたし、パーティーを組んで活動していた時も大した怪我もしなかったので大丈夫です」
「そのようだね。ただ、名前以外の詳しいことを何も聞かずに別れてしまったのをずっと後悔していた。後になって探したけれど、どこのレオラムかもわからなくて随分探した」
「もしかして、謁見の時に視線が合ったと思うのも偶然ではなかったのですか?」
「ああ。レオラムはすぐ視線を外して、それからはまったくこちらを見ようとしなくなったけどね」

 ちろりと悪戯っぽくそれでいて何かを求めるかのようにレオラムに視線をやると、カシュエル殿下はかすかに首を傾げ微笑む。
 意味深な微笑みに、レオラムはタジタジになりながら頭を下げた。

「それは……、その、申し訳ありませんでした」

 こちらはただただ恐縮していただけであるが、まさかカシュエル殿下がそのような思いでいてくれたなんて考えもしなかった。
 レオラムが悪いわけではないのだが、自分が随分薄情のような気がしてくる。

「さっきも話したれど、当時のレオラムの状態を思うと仕方がないことだとは理解しているよ。謁見の時のことも過去であるし、今は事情を知り私のところにいる。それが大事だ。これからは側にいて、怪我ひとつさせたくない。だから、その前に今の状態を確認させて欲しかった。ということで、続きは湯船でね」
「はあ、うわっ」

 そう告げたカシュエル殿下は、レオラムを軽々と抱え込むと浴槽へと移動する。
 筋肉むきむきではないのに、ものすごく安定感がある。あっという間に運ばれると、じゃぶっと温かい湯に肩まで沈み、王子の膝の上に座らされた。

 先ほどから、何度も子供のように抱えられているが、身長体重の差を思うとカシュエル殿下からしたらなんて事ないのかも知れない。
 ガン見されていた身体が多少隠れること、湯の気持ち良さからレオラムの口からほぉっと息が漏れた。

 いつもとは違う疲れにずるずると身体を沈め、もういいやとカシュエル殿下に身体を預けた。
 ふっ、と嬉しそうな吐息とともに、ぎゅっと背後から抱きしめられる。

 ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りにリラックスモードになりかけて、レオラムはそこではっとした。


 ──ちょっと待って!! ついつい理由とかわかって安心しかけたが、まったく問題解決してなくない??


 そのタイミングで、背後にいるカシュエル殿下に顎を肩に置かれる。
 レオラムの頬に触れるか触れないかの位置に王子の顔があることにドギマギしていたら、続く王子の言葉にレオラムは卒倒した。


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